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EDENERー《楽園》に住まう者たちー  作者: Caries10
Chapter2:《サピエンス》と《レリギオス》
28/63

Episode10:デジマ《視察》その2

2388年5月30日(月) 11:45A.M. 《ヘスペリディア》デジマ特別居住区


 この《ヘスペリディア》に暮らす地球人類の人口は、先日新たに移住した南星宮みなみほしのみや高校の生徒も含めると、2207名にもなる。その内999名の地球人は、《エデン大戦》の時からアリティア帝国に付いていた者たちで、後は生徒たちに代表されるように《ヘスペリディア》稼働後にこちらに連れて来られた者たちで占められている。

 そして2207名の内2013名もの地球人類が、ここデジマ特別居住区に住んでいる。ゆえにデジマ特別居住区は《ヘスペリディア》内においては最大の地球人コミュニティである訳だが、レリギオスが全くいない訳ではない。デジマ特別居住区に住むレリギオスは直近の調査では1207名で、デジマ総人口の約3分の1を占めることになる。それ故、他の《ヘスペリディア》の街にも見られる神殿テンプリオ魔法学校モフィオスコロもこの街には存在する。これらは地球人にとってはあまり関係のない施設であるが、一方でレリギオス料理が楽しめる食堂や、レリギオスの民族衣装を購入できるブティック等も存在する。正にフェルタの言う、レリギオスとサピエンスの共存できる世界を一番に体現化している街であると言える。


 「あの服、とても可愛らしいですね。私たちのとは違って、地球人のファッションは色も形も多様性があって、素晴らしいものが多いのですね。」

 麦わら帽子に白いワンピース、青いショルダーバッグとミュールというシンプルかつエレガントな出で立ちで、一人の少女がブティックの前を通り過ぎていく。一見ごく普通の地球人の少女に見えるこの人物は、《ヘスペリディア》総指揮官でありこのデジマの街を設計したフェルタ・エオルシア・フルトニオスその人である。そして彼女のすぐ傍を、幾人もの地球人やレリギオスたちが通り過ぎていく。

 出会う人、すれ違う人、追い越していく人、追い越されていく人――老若男女、地球人・レリギオスを問わず、誰もが彼女の歩く姿を一瞥せずにいられなかった。彼女自身の美貌、あるいはファッションセンス、ウォーキングフォーム、漂う香水の爽やかな香り――どれもがその少女の存在感を引き立たせていた。だが地球人はもとより、アストラル流体を感知できるレリギオスでさえも、今すれ違った少女がフェルタ皇女であると知ることも、気付くこともできなかった。フェルタの扱う高度な変身魔法と新型ASDの性能の相乗効果は、想像以上に絶大であった。

 このデジマにおいてフェルタに課せられた目的は二つ。一つは南星宮高校みなみほしのみやの生徒たちの現況を知ること。もう一つは新型ASDの性能を確かめるため、自らの正体が周囲にバレることなく街で過ごすことである。だがフェルタは、更にある別の課題を自身に課していた。

 「さて、先程から何名かの生徒の方々とすれ違っていますが、光様のアストラルは欠片も感じられませんね……。あれ程のアストラル量を見逃すことなどないのですが……。」

 望月光との再会。それがこの街における、フェルタの第三の目的である。

 フェルタをはじめ、レリギオスは空気中に漂う僅かなアストラル流体の流れから、誰がどこで何をしているのかを感じ取ることができるとされる。またフェルタ曰く、光のアストラルの輝き・臭い・感触・風味は、レリギオスから見てもかなり"特殊"なので、たとえこのような人混みの中でも非常に分かりやすいのだという。しかしそれを感じられないということは、光はこの近辺にいないということになる。それ程広くないデジマの街での探索において、これは重要な手掛かりである。

 とは言えただ闇雲に歩いて探すのは効率的ではない。それに《ヘスペリディア》を統べる者として、生徒たちの近況の調査も怠ってはならない。何も収穫なしでは博士から大目玉を喰らうことは必至だ。

 「――ちょうどあそこに生徒の方がいらっしゃいますね。少し聞いてみましょうか。」

 たまたま仕事が休みなのか、それともまだ定職に就けていないのかは不明だが、10代後半くらいの若者が3名、ハンバーガーを頬張りながら道端でたむろしている。今の彼らは制服姿ではないが、《ヘスペリディア》にいる地球人で10代の者は、南星宮高校の生徒でほぼ間違いない。フェルタは、その事を知っていた。光の居場所を聞く()()()()と、フェルタはIDRAイドラ-Watchウォッチの動画撮影機能を起動させ、生徒たちにインタビューを試みる。


 「すみません。少しお時間宜しいですか?」

 3人の男子生徒の前に、一人の清楚な美少女が現れる。

 「お、おい!?見ろよこの!すっげぇ可愛いぞ!?」

 「――ホントだ!?い、いいいい一体何の用かなお嬢さん?」

 「オイラたちと遊びたいの?」

 3人は、美少女が自分たちに気があって話しかけたのだと思い込んでいる。当然、この地球人の美少女の正体がフェルタであることなど知る由もない。

 「いえ、私はこういう者でして――」

 そう言ってフェルタがバッグの中から取り出したのは、クロコディエ種の革でできた白の名刺入れだった。そこから名刺を一枚ずつ取り出し、3人に配っていった。名刺には「《ヘスペリディア》情報管理局局員」という肩書と、「五十嵐いがらし楓花ふうか」という名前が記されている。情報管理局は実在する《ヘスペリディア》の部局であるが、五十嵐楓花という名前の局員は実在しない。フェルタがデジマで単独活動するにあたって作られた偽名である。

 「私は”チーズバーガーマン”博士の依頼で、南星宮高校の生徒の皆様の近況を調査しに参りました。」

 フェルタは情報管理局局員の五十嵐楓花として、まずは視察の第一の目的を果たす。――ところで”チーズバーガーマン”とは誰だ。そんな子供向けアニメのキャラクターみたいな名前の人物など登場させた覚えはないが……。

 「”チーズバーガー”……ああ!あの説明会の時の博士!」

 なぜ分かる。なぜ納得するのか。今フェルタと3人の生徒の間に、恐らく一種の誤った認識が共有された。そして周りの誰もそれを訂正しようと思うこともなく、会話は進んでいく。

 「少しお話を伺っても良いですか?」

 「はい!何なりと!」

 「では早速――。」

 フェルタはIDRA-Watchのカメラを3人に向け、インタビューを開始する。

 「まずはそれぞれ自己紹介をお願い致します。」

 「オレはチェーザレ・バシリウスだ!」「グレゴリー・ナジアンゾス。」「ジョアン!ジョアン・クリソストモでーっす!」

 「皆様はここに来る前からご友人で?」

 「「「そうでーす!!!!」」」

 「今日はお仕事はお休みですか?」

 「はい!――と言っても、仕事してるのはオレだけで、グレゴリーとジョアンはまだニートで……」「オイオイ!?ニートじゃねぇよ!?」「そうそう!オイラはともかく、グレゴリーは()()()()()だし!」「それも違ぇよ!!」

 ――その後もフェルタは3人の近況をインタビューし続ける。居酒屋で働くチェーザレは、まかないで出されるレリギオス料理の虜になり、いつかそのレシピを覚えてみたいと言っている。グレゴリーはレリギオスの伝統的な弦楽器であるヴィターラの音色に魅了され、現在は著名な演奏者の下で修業しているという。ジョアンはまだ定職に就いていないが、《ヘスペリディア》に住むドラゴンとそれを乗りこなす人達を見て、自分もドラゴン乗りになりたいとようやく志を定めることができた。3人の話を聴く分には、それぞれこの《ヘスペリディア》での生活に楽しみを見出しており、将来への不安も今のところないように見受けられる。

 「――これでインタビューは終わりです。ご協力頂き有難う御座いました。」

 「「「ありがとうございました!!」」」

 充分にインタビューできたと感じたフェルタは、IDRA-Watchの画面を元に戻し、3人に深く頭を下げた。生徒たちもフェルタに深々と礼をし、インタビューは終了した。3人の顔は晴れやかで、一点の曇りもない。あの時、助けるためとは言え、生徒たちを半ば強引にこの地に連れてきてしまったことにフェルタは罪悪感を覚えていたが、それは3人のおかげでだいぶ薄らいだ。先程の感謝には、そうした理由もあったのだ。

 これで少なくとも博士に叱られることはなくなった。そしてフェルタは、次は自分自身の目的を果たそうと企む。

 「最後に、一つだけいいですか?私、ある生徒さんを探しておりまして――」

 「はい、誰ですか?」チェーザレの返答に、フェルタはそのままの勢いで質問する。


 「”望月光”、という生徒さんがどこにいるかご存知ですか?」


 「「「!!!!」」」

 その名がフェルタの口から出たその瞬間。3人から笑みは消え、強張ったぎこちない表情へと変貌した。フェルタはその表情の意味を、知らなかった。

 「あ……ああ……えっと、すみません!わかりません!そんな名前の生徒は知らなくて――なぁ、グレゴリー?」

 「お……おう!?オレも知らねぇなそんなヤツ!多分別のクラスだったんじゃないか、ジョアン?」

 「そ、そうだね!多分!――てなワケで、オイラたち何も知らないんです!すいません、役に立てなくって……!!」

 3人の生徒は口を揃えて「知らない」と言った。しかし彼らの眼は泳ぎ、頬には冷や汗が数滴流れている。誰がどう見ても、彼らが嘘をついていることは明らかだった。だがフェルタは、

 「そうですか。失礼致しました。」

 にっこり微笑んで返し、それ以上の詮索をしないこととした。

 「では私はこれで。ご協力有難う御座いました。」

 フェルタは3人に深々とお辞儀をし、別れの挨拶とした。

 「「「ありがとうございました!!!!!!」」」

 「あ、良かったらこの後お茶でも――」とチェーザレがお誘いをかけた時には既に、フェルタの姿は3人の前から消えていた。フェルタが彼らに渡した名刺には、電話番号も住所も記載されていなかった(レリギオスにそのような文化概念はないためである)。がっくりと肩を落とす3人を背に、フェルタは光を、あるいは次の生徒を探しに出た。




 2388年5月30日(月) 15:20P.M. 《ヘスペリディア》デジマ特別居住区


 その後もフェルタはデジマの街で幾人かの生徒と出会い、話をした。生徒たちの話を通じて、今現在の彼らの実情が浮き彫りになった。フェルタが話をした生徒たちの多くはレリギオスや《ヘスペリディア》での生活に好意的であったが、中には「仕事はつらい」「地上に戻りたい」「やはりレリギオスは嫌いだ!」などという本音を漏らす者もいた。恐らく地球人に変装でもしなければ聴くことのできなかったであろう生徒たちの生の声を、フェルタは直に聴けて大変有難く思った。と同時にフェルタは、為政者としての未熟さを痛感した。これまで《ヘスペリディア》に移住してきた地球人は若くても20代前半、それも専門的な知識・技術を持つ職業の者ばかりだった。彼ら南星宮高校の生徒のような10代の学生・非就労者の移住は初めての事だった。それも100名を超す大人数での移住は、《ヘスペリディア》稼働時の移住を除けば最も大規模な移住であった。そのためヴィシュヴァカルマンら地球人スタッフの意見を緊急に集め、どうにか彼らを就労させ生産力とするシステムを作ったが、生徒たちの話やその働きぶり・暮らしぶりを鑑みるに、急拵えのシステムは彼らにとって充分なものとは言えないことが判明した。視察が終わり城へ戻った後で、今後の彼らへの支援政策について博士や側近たちと早急に議論しあうことを、フェルタは決心した。

 そしてもう一つ、それとは別の問題が生徒たちの間に起きていた。望月光という特定の生徒に対する排斥、あるいは無視である。フェルタは最愛の光に再び会うため話しかけた生徒全員に彼の所在を聴いて回ったが、全員彼がどこにいるかを知らないばかりか、彼と関わるのを避けようと誤魔化しているのである。中には本当に光との交流が元々なかったであろう生徒もいたが、知らない”素振り”をしている生徒の表情は、フェルタにはすぐに分かっていた。自分の愛する人物がこのような仕打ちを受けていることに、フェルタは心を痛めていた。もしかして《ヘスペリディア》に来る前からこういう関係だったのだろうか?まだ光と出会って間もないフェルタには謎だった。

 確認するには直接光本人に会って聞くしかないが、フェルタは光の姿どころか、彼の放つアストラル流体の残渣ざんさすら未だに発見できずにいた。


 「光様……一体どちらにいらっしゃるのでしょう??早く見つけて、私が慰めて差し上げないと……!」

 気が付けば、フェルタはデジマで最も根元側(※)にある街唯一の魔法学校モフィオスコロ・オレイオス魔法学校の前に来ていた。地球人の眼には学校というより”教会”のように見えるこの建物では、デジマに暮らす30歳から180歳までのレリギオス83名が《魔法モフィア》をはじめ語学・数学・医学・歴史学などを学んでいる。建物こそあまり大きくはないが、地球人感覚で言えば小学校から大学までが一貫制となっている、レリギオスの世界でも珍しい形態の学校である。

 「流石にこの中にはいらっしゃらないでしょうね。――おや?」

 フェルタはその入り口近くで2人の地球人を目撃した。その奥で教職員のレリギオスが彼らに何か応対している。恐らくこの地球人2人は学校の中に入ろうとしているのではないかとフェルタは推測した。

 「ここは安全面の観点から地球人の方の立ち入りはお断りしているはずなのですが……。一体何があったのでしょう?」

 フェルタの言う通り、この魔法学校は攻撃性の高い軍事用の《魔法》の教育を主としており、故に《魔法》の使えない地球人がこの中に立ち入るのは、大怪我や呪縛魔法による重い疾病の危険性から原則禁止とされている。入口のレリギオスの教職員も何とかそれを2人に伝えようとしているが、どうもアリティア語しか喋ることのできない彼は全く説得できずにいる。

 「ここは私が何とかしなければ――」

 助太刀しようち思い立ったフェルタは、手前の石段をすたすたと駆け上る。


 「――Damy!! Sapiensiona!! Mios ya mitoma Sapiens enterios!!(訳:――駄目です!!サピエンスのお嬢さん!!ここはサピエンス立入禁止です!!)」

 職員は新たにやってきたフェルタを追い返そうとする。アリティア語を解さない普通の地球人なら、彼の言葉を全く理解できずにいただろう。しかしこの少女は違う。

 「Ya hena ansios. Si veniratta ot satosi Zis Sapiensios. Mie yudane Si.(訳:ご心配なく。私はこの方々を説得しに参りました。ここはお任せくださいませ。)」

 サピエンスにしてはとても流暢なアリティア語に感心したのか、職員はフェルタの言うことをすんなりと受け入れ、対応を任せることにした。

 「すみません。ここは魔法学校と言いまして、地球人の方が迂闊に立ち入ると怪我などをする恐れ、が――」

 フェルタが地球人の言葉で警告すると同時に、2人は彼女の方を振り向いた。

 「ああっ!?やっぱりそうですよね!?ほらフォルス君!ここは一先ず撤退しましょう!」

 一人は眼鏡と身の丈ほどの白衣を纏う、ウェーブのかかった茶髪の眼鏡の少年。

 「待てよヨウ!やっと久々に()()()に会えるってのに!ここで引き下がれっかよ!?」

 もう一人は何やら槍のような物を背負った、高身長の黒髪の男子生徒。

 2人はフェルタが初めて光と会った時から彼の近くにいた、福希とエルクであった。

 「――貴方がたは!!光様のご友人の!?」

 思わずフェルタはそのような反応を漏らす。

 「ん?アンタ誰?前にどっかで会ったか?」

 いけない!とフェルタは両手で口を塞ぐ。2人とは面識があるとは言え、この姿では会うのは初めてだったことを忘れていた。

 「望月君を知っている――?しかも"光様"って言い方……それにその声、どこかで――」

 ぎくっ、とフェルタは顔を引きつらせる。この眼鏡の少年に勘付かれる前に、フェルタは急いで話題を戻す。

 「そ……そんな事はさておき!お二方!ここは地球人の方は入ってはならない場所なのです!ささ!お引き取りを!!」

 フェルタは2人の前に回り込み、ぐいっと背中を押して入口から遠ざけようとする。しかしエルクが急に半身を翻して彼女の制止を振り切る。

 「ちょちょ、ちょっと待て!?俺は()()がここにいるって聞いてきたんだ!!一目で良いからアイツに会いたいんだよ!!」

 「えっ――!?」

(※)…空を絶えず移動している《ヘスペリディア》では東西南北が度々変わってしまうため、《ヘスペリディア》の各フルリアでは方角を示すのに、「先端側ピニー」「根元側ルーティー」「右岸側デクステリー」「左岸側シニストリー」という言葉を代わりに使用する。

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