Episode09:《デジマ》視察・その1
2388年5月30日(月) 11:30A.M. 《ヘスペリディア》第六フルリア・デジマ特別区居住部
南星宮高校の生徒たちが《ヘスペリディア》に来てから、早5日が経過しようとしていた。
「サピの新入り!それコッチに運んでくれや!」「はい!すぐに!」
「コレは傷薬用の薬草♪んでコッチは毒消しの木の実で、コレが惚れ薬ネ♪」「傷薬に毒消し……はい、覚えました!続きお願いします!」
「次のタイムセールはこれや!農家のサルキオスはんが丹精込めて育てはったこのバナニオス!5本一房230オーロのところ!今から30分以内のお買い上げの方に限り!100オーロで販売すんでー!さぁさぁ皆買うたってやー!!」
《ヘスペリディア》での生徒たちの社会進出は、割と順調であった。全135名の内、現在108名もの生徒が就職が決まり実際に自らの勤務先で働いている。多くはアルバイトも未経験だが、産業開発局の丁寧かつ徹底的なサポートにより、それぞれが持ち前の能力を活かせる職場や部署に就くことができた。数学などの計算が得意な生徒は店やギルド等の経理係に、文章力に自身のある生徒は新聞記者・出版業・通訳ガイド等に、体力自慢の生徒はそのまま体力を駆使する土木業や流通業等に入り、各自、少しずつではあるが着々と仕事を覚えていっている。一方で料理やプログラミング等の特別な技術を持つ者は、その分野の職場で才能を開花・発揮させ、他の生徒よりも早く重要なポジションに就かされるようになった。また一方で定職には就かず、音楽やダンス、イラスト等の芸術系な才能をもって、芸術を愛するレリギオスたちのハートを射止めた生徒も僅かながら存在する。
そんな生徒たちが暮らすのは、第六フルリア中央部にある「デジマ特別居住区」と呼ばれる場所。レリギオスを技術的・経済的・社会的側面でサポートする地球人たちが暮らす場所として、フェルタが建設した街である。その街並みはやや小規模であるが、地上にある地球人居住区のそれと殆ど変わらない。鉄筋コンクリート製の建物や、アスファルトで舗装された道路。建物内の自動ドアやエレベーターの動力は《魔法》ではなく電気であり、街を闊歩しているのはドラゴンの引く荷車ではなく電気自動車である。地球人にとってはごく当たり前の風景だが、レリギオスが大多数を占める《ヘスペリディア》においては、極めて異質な街に見えるだろう。
ちなみに、何故「デジマ」という名前なのかと言うと、フェルタが惑星《地球》における人類史の書物に読みふけっていた時に見つけた、かつて存在した日本という国家の「出島」という場所の名前に由来している。外界からの、または外界への接触を拒む結界を有するこの《ヘスペリディア》の姿を、鎖国時代の日本と照らし合わせてそう名付けたと言われている。
「デジマの街並み、随分と賑やかになったものですね。」
「ええ。何せ135名もの新顔が、一気に根付いたのですからね。活気が段違いです。」
一台のスポーツカーのような外見の黒い電気自動車が、遅い速度でデジマの街を自動走行している。中に乗っているのは二人。運転席でハンドルも握らずにIDEA-Watch風の端末を見つめる褐色肌の女博士と、助手席で物珍しそうに窓の外を眺める、白いワンピースを着た黒髪の少女。二人とも耳が丸いことから地球人であるように見えるが、どうもそうではないようだ。
「あれは何ですか博士!?あの男の人が口に咥えているものは?」
路上でジャズサウンドを演奏するバンドの一人が吹く金色の管楽器を、少女はもの珍しげに眺めていた。
「……ああ、サクソフォンですね。」女博士は当然のように答える。
「”さくそふぉん”?」対して少女は、その語を全く初めて聞いたかのようなリアクションをとる。
「通称サックスとも言う、地球人類の使う楽器です。胴体は真鍮でできていますが、吹き込む部分にはリードと呼ばれる木製の部品をあてがい、その振動で音を鳴らしているのです。」
「成程……。私どもで言うところの”リコディネッタ”の仕組みに似ていますね。」
「ええ、言われて見ればそうですね。」
博士は、”リコディネッタ”というものが何なのかを知っている上で少女に同調の返事を返した。リコディネッタはレリギオスの使う伝統的な木管楽器で、胴体部分はリコーダーに似るが吹き口部分にはクラリネットのようにリード状のものを使用する。初心者や子どもでも演奏しやすく、レリギオスの間で広く愛されている楽器である。
「でも、音色はイマイチですね。見た目は機械的でキラキラしていてカッコいいのに、音色は時々掠れたり外れたりして、まるでカビだらけのリコディネッタのような――。地球人の方々はあのような変な楽器の音を好んでいらっしゃるのですか?」
とても地球人の発言とは思えない感想を言う少女。何を隠そう、この少女は本物の地球人ではなく、《魔法》で地球人に変装したレリギオスだからである。一方で博士の方はれっきとした地球人の女性で、ジャズはたまにしか聴かないがその良さくらいは弁えているつもりである。
「ええ、まぁ。私はサックスの音、どちらかと言えば好きですね。あの音はレリギオスの楽器には出せない音ですから、すぐに馴染めないのは仕方のないことです。耳が慣れれば良さも判ってくるかと。」
「ふーむ……。」
少女は暫く、激しく奏でられるアルトサックスの音色を吟味していた。ここが見せ場と言わんばかりの巧みなアドリブ演奏に、周囲の地球人たちは演奏者に喝采を送り続けていた。しかし少女の耳には、自暴自棄でただ適当にボタンを押しながら吹いているようにしか聞こえなかった。そして二人が乗っている車はどんどんそのバンドから遠ざかり、ついにはサックスの音も聴こえなくなってしまっていた。
少女は”さくそふぉん”を理解することを諦め、姿勢を正面に直す。ところでこの二人がデジマを訪れたのには理由がある。
「ところで、今回の視察の目的。お忘れではありませんね?」
「はい!今回は、移住して来られて間もない南星宮高校の生徒の皆様の生活状況の確認のためで御座います!」
「――その通りです。」
少女がデジマ来訪の目的を記憶していることを確認し、博士はこくりと頷いてみせた。
二人は定期的にデジマ特別居住区を訪れては、そこに生活する地球人の暮らしぶりや環境の変化についての調査を行っている。この《ヘスペリディア》における地球人類は社会的マイノリティであり、故に《ヘスペリディア》稼働初期には地球人とレリギオスとの間に文化的・思想的差異によるトラブルの発生も少なくなかった。この定期的な視察には、そうした文化交流の促進ならびにそれによる地球人-レリギオス間の関係改善の他、デジマ地区の今後の都市計画の立案を図る上でも、現地の実情を把握するという重要な役割を担っている。
しかし、この少女にとってはまた別の意味で重要な意味を持つ。それは実際の地球人たちが創り愉しんでいる生の文化に、気兼ねなく地肌で触れることができるということ。地上の地球人居住区では職務やUGE軍の存在などのためにできなかったことが、ここでなら思う存分に体験できる。このレリギオスの少女にとって数ヶ月に一度のこのデジマ視察は、まるで遊園地に遊びに行くのと同じくらいのワクワク感を伴うイベントでもあるのだ。しかも今回は、いつもとは訳が違う。
「今回の視察、私が"単独"で行ってもよいというのは本当ですか?」
少女は目を輝かせながら博士に質問する。これまでのデジマ視察では、少女は必ず付き添いと同伴だった。故に本当は行きたいところに行ったり、やりたいことをやったりができなかったのである。それは地上での活動とはまた違う息苦しさであった。
「ええ。先程も少しお話しましたが、今回の視察は、新型"ASD"を使った『地球人同化システム』のテストも兼ねています。地球人の姿に変装した上で新型ASDを装着すれば、外見上でも性能面でも殆ど地球人と区別がつかなくなります。街を歩けば地球人には勿論、一般のレリギオスにも感づかれる可能性もないでしょう。このテストが上手く行けば、地上での物資調達や諜報活動等にも導入することを視野に入れています。――あ、ASDちゃんと着けてますよね?」
「はい、この通り!」
少女は首に付けた白いチョーカーのようなものを博士に見せつける。これはアストラル流体抑制装置(ASD:Astral Suppression Device)と呼ばれる、装着者のアストラル流体の体外への流出を抑制し《魔法》の発現を阻害する特殊な装置で、主にUGE軍が捕獲したレリギオスを生きたまま安全に連行するのに使う道具である。
「――では問題ありませんね。いつものように私が側にいますと、かえって貴女の正体がバレバレになってしまいます。よって、今回は特別に一人きりでの調査を認めます。」
「やったーー!自由にデジマで遊び放題ーー♪♪♪♪」
「ああっ、コラコラ!!まだ話は終わってません!!」
「むぅ?」
勝手に盛り上がる少女を窘め、博士は口を酸っぱくして注意事項を説明し始める。
「いいですか?本来、貴女のような方を街で単独行動させるのは非常に危険なことなのです。この《ヘスペリディア》に反帝国派のような危険因子は殆どいないとは思いますが、それでも万が一ということもあります。――貴女に、これをお渡ししておきます。」
そう言って博士は、レリギオスの少女にあるものを手渡した。それは液晶画面の着いた白色の腕時計型の機械。少女は、これに似た機械の存在を知っていた。
「……IDEA-Watch?」
「――を、レリギオス用に改造した簡易型試作機。"IDRA-Watch"と、仮に名付けておきましょうか。これに搭載されているビデオ通話機能は、側面の青いボタンで簡単に起動するように設定されています。通話は、私のこのWatchに自動的に繋がるようになっています。万が一身に何か起こりましたら、それでお知らせ頂きますようお願いします。」
説明を聴きながら少女は、IDRA-Watchの側面の青いボタンを試しに押した。画面がせり上がり、博士の横顔がドアップで映し出される。いつも見ているだけだった機械に初めて自分の手で触れることができた少女は、その感動で胸が躍っていた。
「「はい!!有難う御座いますっ!!」」
起動した通話機能のせいで二重になった少女の感謝の言葉が車内に反響する。この簡易的な設定は、機械の操作に不得手なレリギオスのために博士が作ったものであり、それが想定通りに使用されたことに博士は手ごたえを感じ微笑を浮かべた。
「ついでに、その隣の赤いボタンで動画撮影ができます。生徒たちと話せる機会があれば、是非それで撮影してきて頂けると助かります。ビデオ通話も動画撮影も、終了したい場合は画面を倒して元の状態にすれば大丈夫です。」
「判りました!!」
言われた通り画面を倒して通話を終了させた少女は元気な返事を返した。元々レリギオスの中でも地球人の機械や道具に人一倍関心を抱いていた少女の吸収力は、地球人の博士も目を見張るものがあった。
「――あ、そうそう。」博士はもう一つ忠告を思い出した。「くれぐれもあの金髪の少年を見かけても、そのまま別人のフリを演じてくださいね!?変な行動をして正体が周囲にバレてしまったら、視察は中止です!そのまま貴方を城まで連れ戻します!いいですね?」
少々強めの語気の博士の忠告に、少女は苦笑いしながら聴き入れた素振りをする。
「わ……判りました!判りましたから安心して下さいませ!”ビデオカメラ”博士!!」
「”ヴィシュヴァカルマン”だッ!!」
暫く道を真っ直ぐ進んだところで、ビデオ――失礼、ヴィシュヴァカルマン博士は車を駐車するようWatchで操作した。車が止まりサイドブレーキが自動で引かれると、助手席側のガルウィングドアがひとりでに開き始めた。車が止まったのは、往来の多いメインストリートに建つとあるカフェの前。ドアが開くと同時に、店から溢れ出すコーヒーの芳しい香りが少女の嗅覚を刺激した。
「ここら辺でいいでしょう。私はここでお待ちしております。」
「有難う御座います。」
少女はお礼を述べると、シートベルトを外し、アスファルトの道路の上に左足のミュールを乗せた。そしてそのまま身体を車外へと運び、全身に街の空気を馴染ませていく。一陣の風が東から吹き始め、少女は頭に被ったストローハットが飛ばされないように手でしっかりと押さえつける。
「――では博士、行って参ります。」
振り向いて少女は博士に手を振った。
「はい、お気をつけて。”皇女”。」
博士はそう言うとバタン、とドアを閉めた。雑踏と喧騒の中でその言葉を聴き取ることができたのは、そこにいた少女――もとい"皇女"ただ一人であった。
「――さてと。今、会いに行きますからね、光様!」
地球人の少女に身を隠し、元・アリティア帝国皇女、フェルタ・エオルシア・フルトニオスは、デジマの人混みの中へと飛び出していった。




