Episode6:《ヘスペリディア》で生きるためのガイダンス・《エデン大戦》とフェルタの夢
「――これからお話しするのは、皆様の歴史の教科書には掲載されることのない、私たちの、惑星《エデン》の”消された歴史”です。」
そう前置きし、フェルタは《エデン》の世界地図が映った背景のスクリーンの前に立ち、その歴史を語り始める。
かつてこの惑星には、私たちレリギオスの国がありました。私たちの祖先は、この《エデン》の母なる大地の上で生まれ育ち、神の子孫たる王の下、《魔法》の力を使って家を建て、街を作り、そして大陸全土を覆う一つの国を築き上げました。”アリティア帝国”――「神が作りし完璧なもの」という意味の名がついたその国は、皆様の暦法に換算して約200万年の間、先祖より伝わる儀式や風習を大切に護りながら繁栄し続けてきました。
今から21年前、2367年のある日、帝国最大の港町・ゼルフィネの空に突如として、5体の巨大な”鯨”が現れました。
《エデン》中のどの生物よりも大きいその”鯨”は、尾鰭と胸鰭から青い炎を噴き上げながら空中を飛行し、ゼルフィネの港へと近づいてきていました。観たこともない光景に国中は大混乱に陥り、帝国存亡の危機とまで言われました。当時帝国の皇女であった私は、皇帝の緊急の命を受け、家臣と共にすぐさまゼルフィネへと向かいました。
私がゼルフィネ港に着いた頃には、”鯨”は皆既に着水し、その内1体はその身を港の桟橋に密着させて静止していました。私たちはすぐさま着陸し、その1体に近寄ってみました。”鯨”の皮膚はとても頑丈な鋼でできており、その側面には水晶のように透明な物体でできた無数の眼がついていました。しかも身体には沢山の砲台らしき突起物があちらこちらに生えていました。それは”鯨”どころか、生物ですらないようでした。家臣の1人がこの”鯨”の生死を確かめるために斧を振るおうとしたところ、突如”鯨”の皮膚の一部がめくれ上がり、そこから何か生命体らしきものが出てきたのです。
白く分厚い皮膚に大きな丸い頭。一応人間の形をしてはいるものの、黒光りする滑らかな顔面には眼も鼻も口も見受けられませんでした。初めて見るその未知なる生命体に対して、当時の私が半分恐怖しながらも、もう半分は沸き立つ知的好奇心で興奮していたのを覚えています。恐らくこれは歴史を、そして世界をも変える”出会い”になると、私は感じていました。そして人型は、ゆっくりと頭部の覆っていた皮膚を引きはがし、その中身を見せたのです。
「――Piacce!!こんにちは、皆さん!私は《地球》という星から来た者です!」
私たちが白い皮膚だと思っていたものは全身を覆う衣服のようなもので、そこから出てきた生命体の顔は、耳が丸いことを除けば私たちにそっくりな顔立ちをした人間の男性のようでした。彼は初めに「Piacce(=はじめまして)」とアリティア語の挨拶をしてくれましたが、その後はアリティア語ではない聞き慣れない言語で何かを話し続けていました。当時の私たちはその意味を全く理解できませんでした。彼もそのことを察したようで、彼はすぐに腰につけた鞄から何かを取り出しました。薄い鉄板の片側に、同じ大きさの光る水晶の板をはめ込んだような道具でした。彼はその表裏を一度見せてから、その鉄板になっている側を私たちに向けて何か作業を始めました。ぱしゃ、という乾いた音がその板から鳴った後、彼は板を裏返しました。
私たちは驚きました。板の水晶になっている側に、私たちの姿と背景のゼルフィネの街並みが、そっくりそのまま写し取られていたのです!彼に筆を持って絵を描くような動作は見られませんでした。いや、彼はほぼ何もしないで、家の瓦の一枚一枚、衣服の皺の一本一本まで緻密に再現されたその絵を、ほんの一瞬で鉄板の上に描きあげてしまったのです。初めて見る”タブレット端末”で撮影された”写真”――それは私たちの物とは仕組みこそ違いますが、とても高度な《魔法》のようでした。
私たちが”写真”に興奮していると、彼の仲間と思われる”鯨”の体内から別の沢山の人型がぞろりと出てきました。揃って黒い制服に身を包んだ彼らの中には、アリティア語を僅かながらも解する方がいらっしゃいました。その方の話によれば、彼らは《地球》と呼ばれる、このアリティアの空の遥か高く、遥か遠くにある場所から来た、と言いました。また彼らは、UGE・地球連合政府と呼ばれる組織の一員で、新たな居住地を探すために、この”惑星”の環境と、私たちの社会や文化について詳しく調べに来たのだ、と言いました。まだ”宇宙”や”惑星”という概念など知る由もなかったその頃の私たちは、きっとその場所こそ、私たちの伝承に伝わる”神々が住まう楽園”であり、高度な文明を持つ彼らは、その楽園からこの地に降臨した”神”、あるいはその”使いの者”であると解釈しました。私たちは彼らを大いに歓迎し、彼らをお城へ招き入れました。皇帝との謁見の際、《地球》の方々は自身の開発した様々な機具を紹介してくれました。先程の”タブレット”をはじめ、”電子レンジ”で作った煮込み料理の試食、”バイク”による曲芸、”銃”による狙撃実演、”ゲーム機”によるレクリエーション――皇帝だけでなく、私も家臣たちも彼らの発明品に胸を躍らされました。彼らの方からもまた、《魔法》をはじめとする私たちの文化・技術に深い興味を示してくださり、故に私たちは、自然と彼らとの友好的な交流を進めることができたのです。
これが、エデン人と地球人類の”出会い”でした。
その日から、定期的に多くの地球人類がこの惑星を訪れるようになり、帝国各地に地球人類の居住区が形成されていきました。その居住区建設に伴い、私たちの生活は大きく変貌しました。地上には巨大なビルや鉄道の路線が次々と作られ、地下には電線やガス管、水道管などのいわゆるインフラ設備と呼ばれるものが帝国の大都市圏に建設されていきました。それらは地球人類の居住区域だけでなく、レリギオスの一部家庭にも供給され、加えてUGEの方々は、彼らが普段使用している様々な機具を、大都市周辺の各レリギオスの家庭に無償で与えて下さりました。”洗濯機”や”掃除機”は日々の雑事をより簡易なものし、”エアコン”や”扇風機”は、特に暑い夏を迎えるアリティア半島の各都市で大変重宝されました。私たちはサピエンスの方々が使う機械の数々を、見様見真似ながら使い始め、更にはサピエンスが着ている衣服を着たり、サピエンスが食べている料理を食べたりと、多くのレリギオスが従来の仕来りだらけの生活から脱却し、《地球》の最新鋭で自由な生活文化に染まっていきました。それまで《魔法》の力によって繁栄してきた帝国は、それに代わる新たな技術の登場により、今までに類を見ない急速な文明の発展を経験することとなりました。
一方でサピエンスの方々にとっては、私たちの存在そのものがとても衝撃的だったようです。私たちレリギオスは、地球人類の皆様にとっては初めて遭遇した地球外知的生命体、というものになります。故にサピエンスの方々は、私たちの生活や食べる物、社会の構成や文化などをひたすら研究しておられました。特に私たちにしか扱えない《魔法》は、彼らにとっては「精神的エネルギーを応用した未知の、そして大いなる可能性を孕んだテクノロジー」として、最も盛んに研究されてきました。前述の通り、サピエンスは《魔法》を扱うことができませんが、彼らは自らが発達させてきた科学技術と、私たちの《魔法》とを融合させ、更なる高次元の技術を産み出そうとしてきました。皆様のIDEA-Watchにも組み込まれておりました「アストラル流体検知装置」も、その取り組みの中で生まれたものでした。軈てサピエンスの方々はそこから発展させて、使用者のアストラル流体を増幅させる装置や、簡単な動作で発動できる《魔法》を組み込んだ携帯充電器やカイロなどの商品を次々と創り上げていきました。そうした発明品は、《エデン》以外のサピエンスの植民星でも爆発的なヒットを記録し、更なる《エデン》への渡航者の増加をも促したそうです。
こうして私たちとサピエンスは、種族や言語と言う壁を超えて、互いに手を取り、互いの文化・文明を融合させながら、新しい世界を築くための”種”を産み出していきました。その”種”が芽吹き、成長し、いずれ天にも届くほどの”大樹”となって、私たちとサピエンスの関係は更に親密なものになっていくのだと、その時の私はそう信じて止みませんでした。
ですが、その《希望》は突然、容赦なく打ち砕かれました。
2373年11月29日、帝国領の13の町や村をUGEの軍勢が同時に襲撃し始めたのです。UGEは襲撃した地域を占領するや否や、そこに住んでいたレリギオスたちを見境なく殺害し、そこに建っていた建物や、生活に使っていた道具も全て跡形もなく破壊してしまいました。目的も理由も、いまだ不明。つい昨日まで明るく接して下さっていたUGE軍の方々が、人の心を忘れた悪魔のような形相で、私たちの前に立ち塞がったのです。その日からUGE軍の侵攻は止まることを知らず、3ヶ月の間で帝国の領土の約45%がUGE軍の手中に堕ちてしまったのです。
私はその間、何度も何度も、何度もUGEの役員や軍関係者に武装を放棄し、攻撃を止めてもらうよう直談判を繰り返しました。ですが私の声も、国民の願いも、僅か一言の言葉でさえUGEは聴く耳を持って頂けませんでした。それどころか、UGEは私たちレリギオスのことを「高危険度の原生生物」として認定、この《エデン》上から塵一つ残さず殲滅すると発表したのです。その発表があった2374年3月5日の夜、遂にアリティア帝国議会はUGEを敵対組織と認定。翌日、帝国は正式にUGEに対し宣戦布告を表明し、ここに6億もの全国民を総動員しての大規模な防衛戦が幕を開けたのです。
開戦当時、帝国軍には銃器のように無限に礫を連射できる弩など一つもありませんでした。代わりにあったのは、先祖より受け継いだ《魔法》の力。そこにサピエンスの身でありながらUGEの暴挙に異を唱え帝国側について下さった方々が、《地球》の軍事技術と組み合わせて《魔法兵器》なるものを開発して下さりました。私が持つ、このナイフと一体になった2挺の自動拳銃、ハルピュイアV-2373もその一つです。私たちはこの《魔法兵器》と従来の《魔法》とを携え、UGE軍に立ち向かいました。
宣戦布告表明後、帝国軍は順風満帆の快進撃を続け、奪われた領土の奪還に次々と成功しました。元々土地勘優れていたこと、私たちの《魔法》を駆使した戦術が相手に知られていなかったこと、そして何より、故郷を取り戻したい、護りたいという国民たちの強い想いが、度重なる勝利の軌跡を産み出してくれました。こうして1年半後には、失った帝国の領土の80%を取り戻し、このままの勢いでUGEをこの惑星から追い出してしまおうと、私たちはそう強く決心したのです。
しかし、その時既に、2つの大きな誤算があったのです。UGEは、宇宙を長時間航行できる巨大戦艦を作れるほどの高い技術力を有しています。これは私たちの《魔法》をもってしても、簡単には真似できない芸当です。いくら《魔法》が彼らにとって未知のテクノロジーであるとは言え、それほどの高い技術力を持つ彼らがこうもあっさりと私たちに敗北を喫し続けるなど、冷静に考えると非常に"不自然"でした。なのに彼らは負け続けた。私たちはその結果から、《魔法》が地球人類の科学よりも優れた技術であると思い込んでしまったのです。これが一つ目の誤算でした。
そしてもう一つは、私たちが地球人類に対して、あまりに無知だったことでした。即ち、この宇宙にどれ位の地球人類がいて、その内どれ位の人がUGEに所属しているのかを、当時の私たちは調査も概算もしていなかった、ということです。
2375年9月19日。アリティア帝国軍は、当時のUGE占領地としては最後の地となるニルバティア島の奪還に向かいました。これを、レリギオスとサピエンスの最後の戦いとするために。私たちは短期決戦を選び、UGE軍の本部が根城としているニルバティア島の旧ノルドニア市街地への奇襲を画策しました。まだ日も登らない同日午前4時、帝国の飛翔兵部隊5万名と飛龍兵部隊600騎が一斉にノルドニアに上陸。UGE軍本部への直接攻撃を仕掛けました。私フェルタと皇帝が率いる隊は、ノルドニアから海を隔てた所にある大陸上の都市ツァルシアで、その様子を見届けていました。恐らく、いや、間違いなくそこにいた兵士の誰もが帝国の勝利を確信していました。
しかし、午前5時13分のことです。日の出と同時に、1機の飛行機がノルドニア上空にやってきました。UGE軍の爆撃機です。
その爆撃機は、たった1発の、大きな黒い卵のような爆弾を、ノルドニア市街地に向けて降下させたのです。
たかが1発の爆弾で――そう思っていました。ですがその時、私の隣にいた地球人の技術者は、酷く青褪めた表情でその爆弾を見つめていました。そして感極まった悲痛な叫びで、こう警告したのです。
「逃げろぉぉ!!早く逃げろぉぉぉぉ!!あの爆弾の爆風を浴びてしまったら、皆死んでしまうぞぉぉぉぉ!!」
その刹那、突然、眼の前が文字通り真っ白になったのです。炸裂した爆弾が放つ閃光で、私たちは一瞬視界を奪われました。そして――
〔〔〔〔〔ドォォォォォォォォン〕〕〕〕〕
大陸全土を震わせるほどの凄まじい爆音が、海を一つ隔てたこのツァルシアの地にまで轟いてきたのです。
そして目映い閃光の中で、私は遠方で何かがもくもくと立ち昇るのを見たのです。
ニルバティア島全体を覆いつくす、巨大で不気味な、キノコ状の雲。
爆心地周辺のニルバティア島の地形は大きく抉られ、ノルドニアの市街地もそこにいた帝国の部隊も、存在の跡形もなく消し飛ばされてしまいました。
爆発からしばらくして、私たちの頭上にどす黒い雨雲が立ち込めました。先程の技術者が、「もうじきここに”黒い雨”が降る!それを浴びてはならない!」と言いました。私たちは咄嗟に《魔法》で作ったドーム状のシェルターに避難しました。技術者の予言の通り、数十秒後に空から黒くて粘っこい雨が降り始めました。
1時間後くらいでしょうか。不気味な黒い雨が降り止むと、兵士の一人が、海岸線に無数の黒い物体が打ち上げられているのを発見しました。
それは爆弾の爆風に巻き込まれた人たちの、無残に焼き爛れた死体でした。
死体の山の中には、帝国の兵士だけではなく、UGE軍の兵士の姿もありました。助けを求めようとしたのか、爆発の惨状を伝えに来たのか、彼らは敵味方関係なくその身を寄せ合い、ツァルシアの海岸をびっしりと埋め尽くすように押し寄せてきました。その苦悶と絶望に満ちた表情は、見るに堪えないものでした。
”水素爆弾”――そう呼ばれる地球人類の科学兵器は、戦局も、この惑星の地形も、大きく変えてしまったのです。
ノルドニアへの水爆投下以降、UGE軍は各植民星から大勢の兵士を《エデン》に派遣。およそ20億という桁違いの大軍をもって一転攻勢に出たのです。その圧倒的な兵力と、電磁式自動小銃、人造巨神などの新たに戦線に導入された様々な兵器を前に、私たちの《魔法》は悉く打ち破られていきました。加えて帝国兵の中には、先の水爆の威力に畏怖して戦意を喪失した者も多く現れるようになり、中には自ら命を絶つ者まで出てきました。UGE軍の急速な軍備増強と帝国軍の戦力低下により、アリティア帝国は敗戦を重ねて再び領土を次々と失い、大勢の国民の血や涙が、《エデン》の大地や海に無残にも流れていきました。
そして2377年12月13日。遂に帝国の首都・アルモがUGE軍の怒濤の攻撃により陥落され、私の父――皇帝ゴルディウスは、大勢の国民と共にその戦火の中に消えていきました。
《エデン大戦》――4年間に及ぶサピエンスとレリギオスの戦争は、こうして幕を閉じました。
アリティア帝国は事実上滅亡し、大戦後の惑星《エデン》の地上には、地球人類の居住区が次々と作られていきました。200万年も存続した帝国の城塞や街、そして戦争で亡くなったレリギオスの死骸は全て粉々に破壊され、居住区はそれらを覆い隠すように隙間なく建てられていきました。
国を滅ぼされ住処を無くした私たちに、最早UGE軍と戦えるほどの戦力も気力も残っていませんでした。戦争に敗れた私たちは、兎にも角にも”安全な住処”が必要でした。自分自身の生命、そしてレリギオスという種とその文明を存続させていくために。
ですが皇帝――いえ、父はそのような場所を私たちに用意してくれていました。それが今皆様がいる、この《ヘスペリディア》です。当初の《ヘスペリディア》は、背景の画像のように橋で峡谷に繋がれた状態でありました。父に近しかった者の話では、もしも首都が攻め落とされた場合に備えて、父とその側近の者、地球人の技術者とが共同でこの建設したものだと聞いております。私たちは12月14日の深夜、生き残った国民たちと共に一斉に《ヘスペリディア》へと避難しました。そして同日朝、慣れ親しんだ母なる大地と、燃え盛るアルモの街との別れを惜しみながら、《ヘスペリディア》と地上を繋いでいた固定橋を破壊。十分な高度に達したところで特殊な防御結界を展開して、私たちは《ヘスペリディア》と共に文字通り”雲隠れ”しました。以降、私たちは物資の確保や人員の救出などの場合を除いては地上に降り立つことなく、この空飛ぶ大地の上で日々を過ごして参りました。いつの日か、再び故郷の地を踏むことを夢見ながら――
21年間の歴史を語り終えると、フェルタの眼から光るものが零れ落ちた。フェルタはそれを見せまいと、両腕の振袖で顔を覆った。迫害の恐怖、帝国を滅ぼされた絶望感、種族を存続させねばならないという使命感。加えて彼女には、”皇女”という他者よりも高い地位に立つ者としての重圧もある。いずれも齢16、17の南星宮高校の生徒たちにとっては計り知れない、複雑で耐えがたい心境である。それを彼女は、その小さな小さな身体一つの中に、ぐっと抑え込んでいたのだ。
「――ごめんなさい。人前ではもう泣くまいと、心に誓っておりましたのに――。」
一頻り泣いた後、フェルタは袖で濡れた頬を拭い、再び語り始める。
「私たち、《ヘスペリディア》の民には、2つの大きな”夢”がございます。一つは先程も申し上げた通り、再び《エデン》の大地の上で平和に暮らすこと。もう一つは――」
フェルタは深く息を吸い、大きな声を絞り出して、もう一つの”夢”を叫んだ。
――地球人類とレリギオスが、共に笑って暮らせる世界を創ること――
「『あれだけ悲惨な目に遭わされたのに、何故?』と思われる方もいるでしょう。確かに、私たちはUGE軍の犯してきた殺戮行為・略奪行為の数々を許してはいません。ですがそれが、地球人類全体の総意によるものでないことを、私たちは知っています。現に大戦時のアリティア帝国には幾名もの地球人の協力者がおりました。そして今も、この《ヘスペリディア》には5万のレリギオスの民の他に、2000名程の地球人が生活し、私たちの活動を全力でサポートして下さっています。私たちと地球人――違いこそ多いですが、それでも互いに分かり合える可能性は、まだ残されています。レリギオスの子供とサピエンスの子供が同じ土地で仲良く遊んでいる光景。レリギオスがサピエンスと同じ会社で、サピエンスと同じ待遇で元気に働ける光景。そしてレリギオスとサピエンスとの間で自由な恋愛が生まれ、自由に婚姻できる幸せな光景――今はUGEの情報操作によって”化け物”扱いされている私たちですが、いずれは以前のように”人間”として認められ、人権を取り戻し、そのような光景を現実のものにしようと、私たちは心の底から願い、日夜努力し続けているのです。
そのために私たちが続けている活動がございます。レリギオスの姿を目撃してしまった一般のサピエンスの方々を、この《ヘスペリディア》へと亡命させるという活動です。私たちは度々地上に降りては、そうした地球人の方をお救いし、UGEの手の届かないこの《ヘスペリディア》へと招き入れているのです。勿論ただ連れてきておしまい、と言う訳ではなく、住まいの斡旋や食糧・衣服等の供給といった日常生活に欠かせない物資の提供とともに、レリギオスの文化の紹介やアリティア語の教育など、特に《ヘスペリディア》で生活するにおいて必要となる情報の提供も私たちの仕事です。この《ヘスペリディア》が目指すのは、私たちの”夢”であります”レリギオスとサピエンスの平和的共存”――その一歩となることなのです。なので皆様にはこれから、この《ヘスペリディア》での生活を通じて、私たちのことを更によく理解して頂きたいのです。そのために必要な物や情報は、いくらでもご用意して差し上げます。
私は初めて出会ったその時から、地球人の方々が大好きでした。今までも、そして、これからも。皆様がレリギオスのことをどう思っていらっしゃるかはよく分かりませんが、少なくとも全員好意的というわけではない、ということは重々承知しております。ですが私たちと皆様は、いつか互いを分かり合う時が来ることを知っています。かつての地球人類が、”国”や”民族”と呼ばれる隔たりを打ち払い、UGEという差別のない、理想的な組織を結成できた時のように。皆様と私たちとの間にある隔たりは、《地球》と《エデン》という2つの惑星の距離と同じくらいあるでしょう。ですが聡明な地球人類の皆様の力があれば、その果てしない距離の隔たりなど、ぐんと縮めていけると、私は信じています。
Si gratesu Mios askultos.――ご清聴ありがとうございました。」
締めの挨拶と共にフェルタが深々とお辞儀すると、どこからかぱち、ぱちと手を鳴らす音が聞こえてきた。一人だけだったその音は、二人、三人、八人、十五人――と増えていき、ついに会場全体が拍手の音で一杯になった。光もエルクも福希も、精一杯力強く彼女に拍手を贈った。その温かい音の抱擁に、フェルタは先程とは違う別の涙を浮かばせずにはいられなかった。フェルタは何度も「Gratesu...Gratesu...」とお礼を述べながら、下座の方へと姿を消していった。
彼女の想いは、レリギオスの願いは、南星宮高校の生徒たちの胸に確かに届けられていた。




