Episode5:《ヘスペリディア》で生きるためのガイダンス・第1章「レリギオスの基本的な特徴」
南星宮高校の生徒たちは、意外にも皆静かにフェルタの話を聴いていた。レリギオスに抵抗を持つ者も持たない者も関係なく、である。それはとにもかくにも、今後生きていく上で、現在自らが置かれている状況を詳細に知っておきたいという自発的な欲求によるものだった。特に光は、皆を巻き込んでしまったことによる責任感と、自らの《希望の痣》の能力に対する懐疑心から、注意深くフェルタの語る言葉の一字一句を耳に入れていく。
――学校でお会いした際にも申し上げたことですが、私たちレリギオスは、皆様地球人類が訪れる遥か昔から、この惑星で暮らしてきました。
私たちの種族名として使われているこの「レリギオス(Religios)」という言葉は、元々私たちの言語で「人間」を意味する言葉の複数形でした。それを今から21年前に、とある地球人類の学者様が私たちの種族名として初めて使用し、今日に至るまで「レリギオス」という語は、惑星《エデン》の先住民たる私たちを指す語として使われてきました。
私たちの話す言語は「アリティア語」と言いまして、かつてこの星の大陸上に存在していた私たちの国――アリティア帝国の公用語であり、ここにいるレリギオスは今も日常的にこの言語を使用しています。先程私が登場した際に発した「Karosäte」という言葉。これは「ようこそ」という意味のアリティア語のご挨拶です。私や、私の臣下たちは、このアリティア語と皆様の言語の両方を使えますが、一般のレリギオスの殆どはアリティア語でしか会話できません。なのでこれから《ヘスペリディア》で生活される皆様にはアリティア語の習得が必須になっていくでしょうけれども、時間の都合上、アリティア語の単語・文法についての説明は割愛させて頂きます。このガイダンスの終了後、簡単なアリティア語の単語や挨拶、会話文等を記載したプリントをお配りしますので、是非そちらをご参照下さいませ。
ちなみに、皆様「地球人類」のことは、アリティア語では「サピエンス」とお呼びしています。これは本来のアリティア語ではなく、”Homo sapiens”という、皆様の生物としての”学名”なるものから拝借した呼称でございます。以降「サピエンス」という語が出てきましたら、それは地球人類と同義であるとご理解くださいませ。
さて、私たちレリギオスには、サピエンスである皆様にはない特徴をいくつか持っています。この長く尖った耳もその一つですが、これは両者を見分けるための単なる外見上の差異にしかすぎません。ここでは、レリギオスを特に特徴づける”2つの能力”についてご説明いたします。
1つ目は《寿命》についてです。私たちレリギオスは、皆様よりも遥かに長い時間を生きることができます。
皆様サピエンスの寿命はおよそ80歳前後。最先端の医学的延命措置を施せば、更にその倍近くの期間を生きることができるとお聞きしています。が、皆様が最新鋭の医療を受けてどれだけ寿命を延ばしても、私たちの死に目に遭うことはまずないでしょう。
なぜなら私たちレリギオスは、不慮の事故や病で死なない限り、最低でも”1000年”もの間生き続けることができるからです。しかも中にはそれ以上、即ち2000歳や3000歳を超える年齢のレリギオスもいて、彼らは今もこの《エデン》のどこかでひっそりと暮らしていると聞いています。さらにレリギオスはサピエンスと比べて成長がとても遅く、また、ある一定の年齢になると身体の成長がストップする仕組みになっています。ちなみに、一見すれば皆様と同い年位の外見をしている私ですが、私の実年齢は、今年で”182歳”になります。どうです?驚きましたか?
勿論、その証拠もございます。後ろのスクリーンをご覧ください。これは21年前、UGEの第1回《エデン》実地調査隊が、ゼルフィネの港町――現在の”ニューアシヤ”と呼ばれる地域で撮影した写真です。写真には3人の人物が映っていますが、写真左に映っているのが私で、中央がアリティア帝国皇帝であった私の母です。そして母と握手をする、写真右側のスーツ姿の人物――彼こそ当時この調査隊を率いていた現・UGE最高事務総長、アダムズ・エバーランド氏その人なのです。当時のエバーランド氏は42歳。現在のお姿と比較致しますと、この当時は皺がなく、髪も白髪などない真っ黒な髪色でした。一方でこの写真の私と現在の私とでは、服装を除けば全く変化がないように見えませんか。私とエバーランド氏は確かに同じ歳月を生きてきましたが、彼はサピエンス故に年老いていき、私はレリギオス故に21年経った今も、そしてこれからも、死ぬまでこの容姿のままで生きていくのです。これは私に限ったことではなく、全てのレリギオスがそのようにして生涯を過ごすのです。以上が、レリギオスの《寿命》の説明です。
そして、もう1つ。私たちレリギオスが持つ最大の特徴。それがこの、《魔法》の力です。
日常生活を豊かで快適なものにするために、皆様が科学技術を発展させてきたように、私たちは《魔法》という超自然的な力を人為的に操り、文明を発達させてきました。
先程高校にいた時、皆様は”アストラル流体”なる言葉を耳にしたと思います。これは私たちが《魔法》を発動させるために必要なエネルギーのようなもので、私たちの身体の中には膨大な量のアストラル流体が宿っているのです。
このアストラル流体自体は、実はサピエンスである皆様の身体にも存在しています。アストラル流体とは、生命の個々から発せられる強い思念・願望が産み出す非物質的・精神的な力で、レリギオスやサピエンスをはじめとする全ての生命に普遍的に宿っている力なのです。そして全ての生命は、各々が発するアストラル流体に影響されながら行動しているのです。寝たいと思った時に寝たり、特定の誰かに会いたい時にその人に会いに行くのも、全てアストラル流体によるものなのです。
ですが、サピエンスである皆様が宿しているアストラル流体はとても微量です。皆様のアストラル流体の量では、おおよそ皆様自身の肉体に影響を与える程度で、それを超える範囲の影響を産み出すことは、一般的にはできません。どういうことかと申しますと、そうですね……。最前列のツインテールの貴方、お名前は?――アリアーヌさんですね?ちょっと壇上までお上がり頂けますか。――はい、有難うございます。
例えばここにある飲み水をwinos、皆様の言葉でいう所の、お酒の”ワイン”に変化させてみたいと思います。ではアリアーヌさん、まずはこのお水を飲んでみて下さい。――ただのお水ですね?では次に、この魔法陣の上に水を置き、「ワインになれ」と強く念じてながら、こう唱えて下さい。《葡萄酒に転生せよ》と。――そうです。もっと心を込めて……。――はい、有難うございます。
ご覧のように、アストラル量の少ないサピエンスの方の力では、この水をワインに変える事は出来ませんでした。肉体の外にアストラル流体の作用を与えなければならないことから、微量でしかアストラル流体を持たないサピエンスにはそのコントロールが難しく、《魔法》を扱うことはできないとされています。しかし、膨大な量のアストラル流体を宿す私たちは、肉体の範囲外にもアストラル流体を放出して、自身の周囲の物質や環境をも変化させてしまえるほどの能力を持っています。では今度は私が同じようにして、この水をワインに変化させてご覧に入れます。
《葡萄酒に転生せよ》!!
――するとどうでしょう。ただの水だったものが忽ち暗紫色に濁り始め、ついにはこの通り、芳醇な香りを放つワインに変化致しました。これが私たちの言う、《魔法》の力です。
このように《魔法》は、魔法陣や呪文等の特定の発動方法を用いて、アストラル流体の作用を術者の肉体およびその外の環境等に適応させ、通常では起こり得ない超自然的な現象を必然的に発生させる、私たち特有の能力です。そしてレリギオスは皆、生活に必要な建物や日用品を作り上げたり、時として襲い掛かってきた敵に対して攻撃や防御を行ったりと、様々なシーンで《魔法》を駆使して生活しています。
もっとも、皆様の全員が科学全般に対して明るい訳ではないように、全てのレリギオスが《魔法》を巧みに扱える訳ではありません。生後30歳までのレリギオスは《魔法》を全く扱えないか、自らの意思で上手く制御することができません。それ以降の年齢になれば、レリギオスは”基礎魔法学校”といういわゆる小学校のような施設に入り、そこで初めて《魔法》の正しい使い方や制御の仕方を学ぶことができるようになります。
また、皆様が日頃親しんでいらっしゃる”ゲーム”なる遊戯での《魔法》のイメージと同様に、レリギオス各人のアストラル流体と《魔法》には”属性”という概念がございます。属性には、「火」「水」「風」「地」「光」「闇」、そして「無」の7種類が存在します。一般にレリギオス各人はそのうちの少なくとも1種類、多い者では4、5種類もの属性のアストラル流体を宿しているのです。各人は自らのアストラル流体の属性構成の中で、最も大きな割合を占める属性の《魔法》を得意とし、一方で全く持たない、ないしは微量でしか持ち合わせていない属性の《魔法》を扱うことは不得手になる傾向にあります。私のアストラル属性構成の殆どは”felto”――即ち”風”の属性で構成されています。故に私は風を利用した《魔法》を得意としていますが、それ以外の、火や土といった系統の《魔法》は、基本的に扱うことができないのです。ちなみに、先程お見せした水をワインに変えた《魔法》は”無”の属性で、つまりはどのような属性構成を持つレリギオスでも扱うことができるという属性の《魔法》です。無属性の《魔法》はかなり便利ですが、それゆえに悪用される危険性も高いのです。先程お水をワインに変えたように、ただの石ころを金塊やダイアモンドに変えたりすることもできるので、悪い者はそうして作った偽の貴金属や宝石を売り捌いて私腹を肥やしているそうです。
――と、最後はちょっと脱線したお話でしたが、以上が私たちレリギオスの基本的な特徴でございます。
では続いて、そんな私たちレリギオスがUGEに命を狙われているその理由について、私たちとサピエンスが初めて出会った21年前の出来事から振り返ってお話し致します。




