Episode4:《ヘスペリディア》で生きるためのガイダンス・序章
2388年5月25日(水) 5:58P.M. アネモニア城・議会場
「――おっ!エルク!!」
「福希もいるぞ!!」
生徒の何人かが、議会場に入ってきたエルクと福希の姿に気付き駆け寄ってきた。
「よっ。」「どーも、どーも。」
二人は軽く返事をして、生徒たちに無事を証明する。
議会場内部は空中を漂う沢山の蝋燭で明るく照らされており、この入り口からでも広く全体を見渡せる程であった。前方中央にある大きな講壇の上には、城の庭園に咲いていたものと同じ青い花を飾り付けた演台が置かれ、その背後には巨大な白いスクリーンが天井から降ろされていた。講壇の脇には、ヴィシュヴァカルマンではないが同じ白衣を着た人物たちが忙しなく相談したり駆けまわったりしている。正に今にもガイダンスが始まるぞ、という雰囲気である。
「良かったぁ……エルクくん、ワタシが着いた時には泡吹いて倒れてたからてっきり死んだのかと――」
「おいコラ!!人を勝手に殺すんじゃねぇ!?」
「エルク、面白かったぜ~!お前の気絶してる姿!お前が気絶している間に、福希がお前にキスしてたしさ!!」
「なっ……!?」
「えっ!?」
一人の生徒の証言を耳にしたエルクは、福希を鬼の形相で睨みつける。
「おい……今のコイツの話しは本当か?福希ィ!!」
「まままま待ってください!!あれは君が息してなかったので、人工呼吸を、と思いまして――」
ガシッ。
エルクは右手で福希の頭を掴んだ。
「黙れ。お前にアニメやゲームの趣味があることは知っていたが、まさかそういう趣味もあるなんてしらなかったぞ……!!」
「だ……だから違うって……いたぁああああああ!!」
「おいエルク、今はそんなことしてる場合じゃないだろ?放してあげなよ。」
「――!!」
後ろから光が現れて、エルクにそう優しく指示する。エルクは分かった分かった、と言いたげにしぶしぶ福希の頭を放した。
1時間半振りに光の顔を目撃した生徒たちは、その瞬間、皆、背筋に冷たいものが走るのを感じていた。
「やぁ、皆。どうやら無事だったみたいだね?」
生徒たちに気付いた光は、何気ない笑顔で彼らにそう言い放った。一方の生徒たちの表情は、皆何かに脅えているような、とても引きつった顔をしていた。
「――ど、どうしたんだい?皆?そんな怖い顔して――??」
光は彼らに問いかけた。だが誰一人として、光の問いかけに答えようとはしない。それが、”答え”だったからだ。それを察したエルクが、光の手を取り言葉をかける。
「――望月。いいから早く座ろうぜ。ガイダンスが始まっちまう。」
「え?う、うん。そうだね……。」
エルクは議会場全体を見渡した。そして右側後方に、空席だらけになっている一画を見つけた。
「あそこに座ろうぜ、望月。」
「あそこ!?皆と一緒のところに固まった方がいいんじゃ――っておい、エルク!?」
光の言い分を無視して、エルクは彼の手を引っ張りその場から連れ出してしまった。
福希も慌てて二人に着いていこうと踵を返すと、本人が去って安心したのか、生徒たちは思わず本音をこぼしていく。
(エ、エルクのヤツ、大丈夫か?望月と二人きりになってさ――)
(お、おい!誰かエルクを助けてやれよ!?殺されるかもしれねーぞ!?)
(アハハ……冗談言うなよ……いくら光が”レリギオス”だからって、そんなヒドイ真似するわけないだろ……)
彼らはひそひそと喋ったつもりであろうが、福希の耳にはしっかりとその陰口が聞こえていた。
(やはり皆、望月君のことを恐れている……。望月君の能力のお陰で生命を救われたにも関わらず、彼らは寧ろ望月君のことを疑い怪しんでいる……。彼の持つ《希望の痣》が、レリギオスの能力だと知ったから。以前はあんなに信頼し、羨望し、必要としてきた望月君の力を、こうも簡単に態度を豹変させるとは――)
生徒たちの変貌に閉口しつつ、福希はそのまま彼らの下から立ち去っていった。
2388年5月25日(水) 6:00P.M. アネモニア城・議会場
エルクと光は、議会場最後列の一番端の席に到着する。遅れて福希もやってきて、端からエルク・光・福希の順で座席に座った。
3人が座ってしばらくすると、会場全体を照らしていた蝋燭の炎が次々と消え、辺りはどんどん暗くなっていく。と同時に、会場に男性の声でアナウンスが響き渡った。
〔皆様、ご着席下さい。お待たせいたしました。これより、新しく《ヘスペリディア》の住民となる南星宮高校の皆様のために『《ヘスペリディア》で生きるためのガイダンス』を開講いたします。〕
蝋燭の最後の1本が消えると同時に、前方のスクリーンにガイダンスの題名が表示される。見慣れた”地球人類の言語”の表記の下に、全く見慣れない記号の羅列があった。単なる模様には見えない。それは何かしらの意味を持った”文字”のようだった。
〔まずはこの《ヘスペリディア》の総指揮官を務めておられます、フェルタ・エオルシア・フルトニオス様にご登壇頂きます。〕
アナウンスの紹介と同時に、場内の床から小さな光球が舞い上がり、そしてそよ風が吹き始める。室内で扉は閉められている上に、窓や空調設備らしきものもないというのに、なぜ”風”が――。
(そう言えば、学校にフェルタさんが現れた時も”風”が――)
光がそれを思い出した時、そよ風は勢いを増して凄まじい突風となり、光球はそれに煽られて光線となり風の軌跡を勢いよくなぞり始める。風の軌跡は螺旋を描き、空中のある一点に向かって集中する。集まった光線は光る繭のようなものを形作り、軈てそれは人の形に変わる。そして――
パァァァァン――
真っ白なスクリーンの前に突如現れた、それを上回る純白さを持つ振袖状の衣服を纏った、空中を浮遊する銀髪の少女。彼女こそがフェルタ・エオルシア・フルトニオス。この《ヘスペリディア》を統治する最上位の権力者たる人物である。そして光が初めて出会ったレリギオス、”空飛ぶ少女”その人である。
ちょうど演台の真上にあたる場所に搭乗した彼女は、しばらくしてゆっくりと降下していき、そして壇上に両足を付け”登壇”――いや、”降臨”した。
議会場後ろのスポットライトが点灯し、一斉にフェルタの姿を照らし出すと、フェルタは両手を高らかに掲げ、そして宣言する。
「Karosäte!!南星宮高校の生徒の皆様、 ようこそ《ヘスペリディア》へ!!
改めまして、私はフェルタ・エオルシア・フルトニオスと申します。この《ヘスペリディア》内の政全体を取り仕切り、そして、ここに住む5万ものレリギオスの民を束ね、彼らの生命と豊かな生活を護る”総指揮官”という職に就いています。――まぁ、分かりやすく言えば、”レリギオスのリーダー”ということですね♪」
説明が少々堅苦しいと思ったのか、フェルタは咄嗟ににっこりと笑みを見せた。が、光やエルク、福希を除く生徒たちの表情は変わらず堅く冷たい。無理もない。ついさっきまで、普通に高校生として生活していたはずの彼らは、ただレリギオスの姿を目撃したというたったそれだけのことで、政府から命を追われる身となってしまった。彼らはもう、今まで当たり前に謳歌していた”日常”に戻ることができない。そしてこの先をどう生きればいいのか、彼らは路頭に迷っているに違いない。
その辛さ、その悩み、その痛みを、フェルタは身に沁みて分かっていた。
軽く咳ばらいをひとつして、フェルタは話を続ける。
「まずはお疲れの中、当ガイダンスにご参加頂き誠に有難うございます。本当なら皆様の心身の疲労を鑑みて明日以降に実施するのが理想だったのですが、100名以上いる皆様を匿うための住居の手配には”少々”時間を要するため、こちらを優先致しました。加えて皆様も、情報や考えのご整理がついていらっしゃらないご様子ですので、このガイダンスを通じて私たちレリギオスや《ヘスペリディア》についての”正しい”知識を学んで頂き、それを今後の生活に役立てて頂ければと存じます。
と、その前に。先のUGE軍の襲撃でお亡くなりになってしまわれた皆様のご友人方のご冥福をお祈りするため、皆様の慣習に従いまして、1分間の黙祷を捧げたいと思います。」
フェルタの提案に従い、会議場は1分間の間、悲しい静寂に包まれた。黙祷の最中、誰かのせせり泣く声がとてもよく聞こえていた。
1分後、再びフェルタの口が開く。
「さて、皆様は幸か不幸か――いや、今は”不幸にも”と言っておきましょうか――私たちレリギオスの姿を”目撃”してしまわれました。皆様は実際に私があの学校に現れるまで、レリギオスの外見が如何様であるかをご存じでなかったと思われます。それもそのはず。私たちレリギオスは、ご覧の通り、皆様地球人類と殆ど変わらない外見をしております。唯一の外見上の違いを申上げるならば、この”尖った耳”でしょうか。ですがこれさえ隠してしまえば――ほら。皆様と全く見分けがつかなくなります。これに《変身魔法》の効果を加えれば、最早同じレリギオスでも地球人類だと勘違いするレベルの変装になります。実は地球人類の方々が暮らしておられる居住区の中には、数こそ定かではありませんが、沢山の私たちの仲間が隠れて暮らしているのです。もしかしたら、皆様のかなり近い所にもいたのかもしれませんね。」
フェルタはそう言うと、議会場奥に座る光に目線を送った。それに呼応するように、生徒たちもざわつきながら光の顔を見た。その眼差しは冷たく、光の純粋な心に痛く突き刺さる。
(大丈夫だ。お前が何者だろうが、俺は望月の味方だからな。)
光の心情を察したのか、エルクがそっと耳元でそう呟いた。その言葉のおかげで、光は幾分か心の傷を癒すことができた。
「そして、レリギオスの姿を目撃した者――即ち、レリギオスが人間の姿をした生命体であると知った者は、UGE関係者を除いては、一人残らずUGE軍によって殺害されてきました。UGE軍がそうする理由はよく分かっていませんが、恐らくは社会の混乱を防ぐためである、と私たちは踏んでいます。故に皆様は、今日に至るまで、私たちがこのような人間型生命体であることを、知ることも気付くこともなく、平穏無事に暮らしていけたのです。
――しかし、事態は急激に変化しました。一本の”ある動画”が、地球人類の全居住区に向かって配信されたからです。」
フェルタがパチンと指を鳴らすと、背景のスクリーンに一本の動画が映し出される。
それは光が撮影した、空飛ぶ少女の動画であった。
「皆様も、一度はご覧になったでしょう。この動画は、UGE関係者ではない民間人によって初めて撮影されたレリギオスの映像です。既にお気づきの方もいらっしゃるとは思いますが、この動画に映る空を飛ぶレリギオスは私です。この動画は今はUGEによってインターネット上から削除されていますが、削除された頃には、時既に遅し。この動画は全宇宙でおよそ450億回も再生され、そしてあろうことか、その動画に対する匿名の書き込みの一つに、こう書かれてあったのです。」
”レリギオスだ!これこそがレリギオスの本当の姿だ!”
「結果的には正解ですが、全く根拠などなかったその書き込みを真に受けた人たちは、これを更に他のメディアに拡散し、情報は瞬く間に宇宙の隅々にまで伝播しました。動画は投稿から僅か30分で、もうUGEの力を以てしても抑え切れない程の影響力を持ってしまいました。今やこの広い宇宙で、レリギオスが人型をしていることを知らぬ者はいないでしょう。そして今頃UGEは大慌てでしょうね。機密事項としてきた私たちの姿を白日の下に晒され、動画を観た地球人類、少なくとも再生回数と同じ450億人全員を皆殺しにしなければなりませんから――」
フェルタは平然とそんなおぞましいことを口にした。それを聴いた生徒たちの表情が一気に凍り付く。
「失礼。少々怖がらせてしまいましたね。」フェルタはすぐにその場を取り繕う。「流石にUGEもそこまでの暴挙は行わないでしょうが、私たちに対する何らかの対処措置がなされることは明白です。現に、皆様が腕につけていらっしゃるそのIDEA-Watch。電源はついているのに、画面がほぼ真っ暗で全く反応がないはずです。これは皆様のIDEAがUGEによって凍結・閉鎖され、皆様の方からは一切の操作ができないようにされてしまっているからです。通話やメール、インターネットに接続することはおろか、そのIDEA-Watchを腕から外すことすらできなくなっているはずです。――あ、無理に外そうとしないで下さい!その状態で無理矢理それを外そうとすると、高電圧の電流が皆様の身体に流れます!同時に大音量のアラームが鳴り響き、その位置情報が近くのUGE軍に送信され、どのような場所であっても皆様を確実に捕らえられるようなシステムになっているのです!
――ですが、安心して下さい。この《ヘスペリディア》は全体を何層もの特殊な《結界魔法》で蔽われており、外部からこの島を視認できないだけでなく、外部から飛来するあらゆる物質をそのまま透過させたり、《ヘスペリディア》内から発せられる電波を外部に漏れないよう遮断したりする効果を持っています。皆様がUGE軍の攻撃を受けたり、あるいはUGE軍に居場所や動向を探られたりするようなことは、この《ヘスペリディア》の中にいる限り起こり得ません。そして有事の際にこの《ヘスペリディア》を護るのが、ここにいる”ヘスペリディア騎士団”です。先程高校で私と共に駆け付けた2人のレリギオスも、この騎士団のメンバーなのです。彼らはこの私が絶対の信頼を置く戦闘のプロフェッショナル。この先どのような事が起こっても、彼らが必ずや皆様の生命をお護り致します。」
フェルタは心臓を胸に当て、生徒たちに敬意を示す。同時に議会場内にいた兵士たちも同じポーズを取りながらその場に跪く。フェルタの言動、並びに兵士たちの一糸乱れぬ動きからは敵意を一切感じない。彼女たちは、本気でこの生徒たちを護り通すことをここに誓ったのである。
「挨拶が長くなってしまいましたが、早速『《ヘスペリディア》で生きるためのガイダンス』を始めさせていただきます。
まずは、私たち”レリギオス”のことについてご説明しましょう――」




