Episode3:《決意》と《迷い》のエルク
2388年5月25日(水) 5:51 P.M. 《ヘスペリディア》・アネモニア城
空中要塞都市《ヘスペリディア》のほぼ中央の位置に建つフェルタの居城・アネモニア城。赤い屋根の多い城下町の建築物群とは対照的に、透き通るような真っ白な外壁と鮮やかな青色の屋根は、遠目でもその美しさが分かる程である。巨大な鋼鉄の城門を潜り抜けた先にある庭園には、城の屋根と同じ青色をした花々が咲き乱れ、光たちの到着を祝福しているようであった。
城の正門前に着くと、そこには4人ほどのレリギオスの衛兵が、待ち構えていた。彼らはフェルタの姿を見るや否や、その場で跪き彼女への最上の敬意を示した。正門は既に開いており、フェルタは衛兵たちに一人ずつ挨拶しながらそのまま中へと入っていく。光たちも衛兵たちに軽く会釈しながらフェルタの後に続いた。
2388年5月25日(水) 5:53P.M. 《ヘスペリディア》・アネモニア城1階中央廊下
「ここが、アネモニア城の内部です!この中央廊下の先にある議会場で、ガイダンスを行います!」
白い大理石に青い絨毯が敷かれた長い長い廊下の上で、フェルタは遠くにある茶色の大きな扉を指差した。あそこが最終目的地の議会場の入り口らしい。
「皆様のご友人方は、既に議会場にて待機なさっております。私が先導しますので、ささ、こちらへ!」
フェルタに促されて、光たちは再び歩を進める。扉までは優に500mはあった。先頭を行くフェルタとヴィシュヴァカルマンは、二人で何やら会話をし始めていた。
「皇女――貴女とは長い付き合いになるのですが、未だに私の正しく名前を覚えていないというのはどういうことですか!?」
「ええっ!?私はしっかり覚えていますよ!?博士の名前!」
「――念のため言ってみ給え。」
「“竹輪買うマン”博士!!」
「誰が“竹輪買うマン”だ!?何故間違える!?ていうか毎回違う間違いをするのも何故なんだ!?」
「ええええっ!?!?」
(フェルタさん、絶対覚える気ないんじゃあ……)
二人のコミカルな会話を後ろで聴いていた光は、なんだかんだでこの二人はとても仲の良い間柄なのだろうと感じていた。二人がどれほどの付き合いなのかはまだ知らないが、何度名前を間違えられてもフェルタの傍を離れない竹輪買うマン――じゃなくてヴィシュヴァカルマン博士は、きっとフェルタに何か特別な感情を抱いてそこにいるのだろうと、光は考えた。
「――。」
「ん?」
光はふと、隣に並んで歩いているエルクが、こちらの表情をじろじろと窺っていることに気付いた。何か 自分に言いたい事でもあるのだろうか。光は、エルクに会話を切り出す。
「どうしたんだい?」
「!!」
エルクはびっくりしたのか、向こうを向いて何度も咳払いをした。そして覚悟を決めたのか、光に自身の本心を打ち明けてくれた。
「……悪かったな。」
「え?」エルクが何に謝罪しているのか、光は最初分からなかった。
「……いきなり、胸ぐら掴んだりしてよ……」
「ああ……」光はそこでようやく理解し、思い出した。ブラッドアイから自分がレリギオスだと知らされた時、エルクがとても悲しい表情になったのを。そして彼が凄い剣幕で自分の胸ぐらを掴み殴りかかろうとしたのを。
「別にいいさ。君のそういうところは昔からだったし。」
「――そうだな。」エルクは光と出会った頃を思い出していた。「なぁ、望月?」
「何?」
「正直のところ、お前は知ってたのか?自分がレリギオスだって。」
その質問を受けて、光はどきっとした。もしかしたら、またエルクが暴挙に出るかもしれないと思ったからだ。傍にいた福希もどうやらそれを聴いて、眼鏡の奥の瞳を光らせた。回答によっては、この三人の関係が取り返しのつかない状態になるかもしれない。それを避けようと光は、沈黙を通そうとした。が――
「頼む。正直に答えてくれ。別にそうだったとしても、俺は殴ったりしねぇから。」
「――!!」
光はエルクの眼を見た。いつものエルクらしい、真っ直ぐで真摯な目つきだ。恐らくどのような現実でも、彼は素直に受け入れてやるという覚悟を決めているのだろう。光はそれを感じ取り、安心し、ついに口を開く。
「――知らなかったよ。僕がレリギオスだったなんて。確かにこの《痣》の力は、人間業じゃあないけれどさ、それがレリギオスの能力だなんて、全く知らなかったよ。」
光の話に、エルクは黙って聞き入っていた。あの時とは違い、エルクは非常に冷静で寛容になっていた。
「けど、この期に及んでこんなことを言うのはおかしいけれど、僕は本当にレリギオスなのかって今も疑っているんだ。レリギオスがどんな姿をしているのかも、どんな能力を持っているのかも知った上で、それでも。」
「――俺もそう思ってる。」意外なことに、エルクは光の意見に同調してくれた。「意識はしてなかったけどよ、俺だってお前のこと、ずーっとごく普通の人間だって思ってたよ。その《希望の痣》の力は抜きにしてさ。けど本当のレリギオスを目の当たりにして、お前がレリギオスだってのを知って、それから俺なりに少し考えた今、お前はどうも、普通のレリギオスとは違う“何か”があるって俺は思ってる。あのフェルタって娘や、高校に現れた鎧のヤツやドラゴンに乗ったヤツにはない、“何か”が。……つっても、そもそも『普通のレリギオス』ってのがどういうヤツなのか、俺もまだまだ分かんねぇんだけどよ。」
そう言ってエルクは、くすりと笑ってみせた。根拠も理屈も全くない。だが光はその言葉に、とても救われた気持ちになった。
「なんだよそれ。エルクらしいや。」
そして気が付けば、光の顔にもしばらく忘れていた笑みが戻っていた。
「それにお前は、俺たちの命を護ってくれた。お前は、自分がレリギオスであろうがなかろうが関係なく、最初から俺たちの味方でいてくれた。俺にはお前のような《痣》はねぇし、レリギオスみたいに《魔法》なんざ使えるワケがねぇ。けどお前がピンチの時や困っている時は、絶対にこの俺、エルキュール・フォルスが助けてやる!いいな?」
エルクは握り拳を作り力強くそう発言した。それを聴いた光は、小学生の頃のあの約束を思い出していた。
〔オマエ、オレたちの“ともだち”にならないか!?もしオマエがまたその《アザ》でいじめられたら、オレたちが全力でまもってやるから!!〕
(そっか――。エルクもあの約束、ちゃんと覚えてくれてたんだ――。)
光は嬉しかった。エルクのその想いが、《事変》を経た今でも変わらずに存在していたからだ。
「――うん!だって僕たち、“友達”だからね!!」
「ああ、そうさ!!俺たちの友情は、こんなことで壊れちまうようなヤワなもんじゃねぇ!!これからもよろしくな、望月!!」
「うん!よろしく!!」
光とエルクは顔を見合わせ、改めて互いの絆を確かめ合った。
「おーい、何を二人だけで盛り上がっているのですかー??」
ふと後方から声がした。光とエルクが振り向くと、先程の二人の会話を聴き混ざりたそうにこちらを見つめる福希の姿があった。
「ボクだって二人の“友達”の一人だってこと、お忘れではありませんよね??」
福希のその言い方、その表情は、自分だけ仲間外れにされて拗ねているのが容易に分かるものだった。彼のご機嫌を取り戻すため、光は直ちに返答する。
「勿論だよ!福希!!忘れてないよ!?君も僕たちの“友達”さ!!ね、エルク?」
「あっ?!……おっ、おぅ。そうだな……。」エルクはなぜか明後日の方向を向く。
「おやぁ??フォルス君、何ですか?その反応は?ボクは“友達”なんかじゃないとでも??」
訝しむ福希の眼に、エルクは一瞬ぎょっとする。エルクは、その本心を隠そうと慌てて作り笑いをしてごまかす。
「そ……そんなワケねぇだろ!?福希も俺の“友達”だ!“友達”!!アッハハハハ!!」
エルクは福希の身体を引き寄せ、肩をベシベシと何度も叩いた。だがその一撃一撃の強さはプロレスラーのビンタ並みの衝撃で、福希の顔をひどく歪ませた。
「痛い痛い痛い痛い!!ちょっ……力強すぎ!?」
「アハハハ!!気のせい!気のせい!」
「気のせいじゃないです!!あ、イテェエエエエ!!」
(良かった――いつものエルクと福希だ。)
光は以前と変わらない二人の様子を見て、安堵の笑みを浮かべる。
「ちょっと望月君!?にっこり笑ってないで早く止めてぇええええ!!」
その頃エルクは、福希の“あの発言”を思い出していた。
(“食べたく”ないんですか?君も?“生命の実”が、すぐそこにあるというのに――??)
(ボクはこの瞬間を、何度も生まれ変わりながらずっと待っていたんですから――!!)
高校にフェルタたちが現れた時、そしてフェルタの作った“穴”に福希が入ろうとした時、彼はそんな意味深な発言をしていた。あれは何だったのだろうか。エルクは普段、一度聞いてもすんなりと覚えることのできない頭脳の持ち主だ。しかしこの福希の発言だけは、一言一句正確にエルクの記憶に残っている。
(あの時の福希は、まるで別人だった。いやでも、好きなアニメとかの話をする福希の顔は、だいたいあんな顔だったような――でもあの時の表情は、それとは違う。なんか、“狂気”みたいなものを感じた――)
エルクは福希に、疑いを持っていた。根拠はない。ただ漠然とした印象だけだが、福希は何かを企んでいる。恐らく狙いは、あのフェルタというレリギオスの皇女だろう。しかしそれ以外のことは何も分からない。それに――
「もう、いい加減放してくださいよ!?フォルス君!!君の馬鹿力を何度も耐えられるほど、ボクの防御力は高くないんですよ!?」
今そこにいる福希は、いつも見知ったクラスメイトの福希だった。あの時感じた“狂気”のようなものは、そのリアクションからは全く感じられない。
(気のせい――か。)
エルクはそう思うことにし、福希の肩を持ちながら歩を進めた。
(望月君……君のその能力のおかげで、ボクの長年の“夢”は今、現実のものになりつつある……!!君と“友達”になれて、大正解でしたよ……!!)
「――さて、着いたぞ。」
そうこうしている内に、光たちは議会場の大きな扉の前に立っていた。その高さは優に5mはあるだろう。扉は木製だが頑丈で重く、中の部屋の音声の一切をこちらに漏らさない高い遮音性を持っていた。その両脇には衛兵が2名立っており、城入口にいた衛兵と同様に、彼らもフェルタを見るなり膝をついて深い敬意を示した。
「ここが議会場の正面扉だ。君たち3人はここから場内に入り、会場内の適当な座席に座って待ってい給え。私と皇女はこの脇にある控室でガイダンスの準備をするため、ひとまずここで失礼する。皇女、こちらへ。」
そう言ってヴィシュヴァカルマンは、正面扉ではなくその左の奥にある小さな扉へとフェルタを誘導する――が、なぜかフェルタは泣き出しそうな顔をしている。
「どうしました、皇女?」
「すみません、“ミクロネシア”博士。少しお時間を頂けますか?」
「あ、ああ……構いませんが……私の名前は“ヴィシュv……」
ヴィシュヴァカルマンの訂正を無視して、フェルタは光の目の前に立った。そして深刻な面持ちで光の左手を両手で握りながら、彼女はこう告げる。
「光様……暫しのお別れ、どうかお許し下さいませ……!!」
「え?」
「本当ならば貴方の御傍にずっと御付きしていたいのですが、私は今、この《ヘスペリディア》を束ねる者としての職務を全うしなければなりません……!心苦しいですが、ここでさようならです……。」
「う、うん……?」
光の返事と同時に、フェルタはぐっと力を込めて光の手を握り締めた。
「光様!!私がいない間、他の女に誑かされてはいけませんよ!!絶対に!!」
「は、はいぃぃっ!?」
「――皇女、お時間です。」呆れた顔をしたヴィシュヴァカルマンがフェルタを光から引き離す。
「あぁっ!?待ってください!!まだ光様にお伝えしなければならないことg――」
「これ以上、中の生徒たちを待たせる訳にはいきません。つべこべ言わずに、さっさと用意を済ませますよ、皇女!」
「やぁっ!?引っ張らないでくださいよ、博士ぇ!!あぁぁぁっ……!!」
バタン。
泣きじゃくるフェルタの身体を引っ張りながら、ヴィシュヴァカルマンは奥の小さな扉の向こうへと消えていってしまった。
エルクと福希は、その様子を少し離れたところから確と見ていた。
「あの皇女様……高校で初めて会った時と望月君の前とでは、随分キャラが違いますね……。」
「“キャラが違う”と言えば――」エルクは福希の顔を見つめる。
「――どうしたんですか?」
「――!!」福希と目線が合いそうになったエルクは、ばっと顔を反らした。「いや……なんでもねぇ……。」
「?」
「ミナミホシノミヤコーコーノ、オセイトサマデスネ?」
フェルタとヴィシュヴァカルマンが立ち去った後、衛兵の一人が、片言で光たちに話しかけてきた。
「オハナシワ、フェルタサマヨリオキクシマシタ。ドウゾ、オハイルシテクダサイ。」
そう言って二人の衛兵は、議会場の重厚な扉を開き始めた。扉が開くと同時に、議会場からは賑やかな話し声がどっと漏れ出した。
「行こう。エルク、福希。皆が待ってる。」
「おう!」「はい!」
3人は議会場の中へと入っていった。既にそこには、先に避難していた南星宮高校の生徒132名が待っていた。




