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EDENERー《楽園》に住まう者たちー  作者: Caries10
Chapter2:《サピエンス》と《レリギオス》
25/63

Episode7:《ヘスペリディア》で生きるためのガイダンス・《ヘスペリディア》での暮らし方

 2388年5月25日(水) 7:04P.M. アネモニア城・議会場


 (地球人類とレリギオスの共存――それがフェルタさんの”夢”――)

鳴りやまぬ拍手の中、光は自分の左手を見た。手袋の下に光る、《希望の痣》が宿った左手を。

 光はこの時、一つの、ある大きな決心を胸に秘めていたのである。

 (――やってみたい!皆のためにも、試してみる価値はある!)


 〔フェルタ皇女、有難うございました。〕

 再び男性のアナウンスが場内に流れる。フェルタは従者の誘導に従い、壇上を跡にする。

 〔続きまして、これから皆様が生活される、この《ヘスペリディア》の地理や生活等の基礎的知識についてご説明致します。ここからの説明は、《ヘスペリディア》科学技術局局長、"ドングリ・リスガタベタ"博士にお願い致し――〕

 「「「誰が”ドングリ”だぁああああ!?!?」」」

 「ひいぃぃっ!?!?」

 キィィィィン!!という甲高いマイクのハウリングとともに、女性のけったいな怒号が会場を震わせる。

 〔ご、ごめんなさい!間違えました!!”ビスケットマン”博士!!〕

 「それも違ああああああう!!」


 再びハウリングまじりに鋭いツッコミが響き渡る。先程までの粛然とした雰囲気はどこへやら。一瞬で会場は笑いの渦に包まれてしまった。

 その頃、光の頭には、この声の主の()()()がぱっと浮かび上がっていた。()()()が。

 「エルク……この声って確か……?」

 光はエルクに助けを求めた。エルクのような脳筋人間が覚えているはずなどないことくらい光にも分かってはいた。が、光はどうしても、その女性の()()()思い出せなかったのだ。

 「あぁ。”ミソラーメン”博士の声だ。」

 がくっ、と光は項垂れる。少なくともそんな名前じゃなかったことは知っていた。

 「フォルス君違いますよ?”味噌()()()ラーメン”博士ですよ?」

 どてっ、と更に光はずっこける。エルクはともかくとして、福希フーシーまで覚えてなかったとは想定外だった。しかもトッピングまで追加して――。

 「あれ?バターなんかついてたか?どっちにしろ美味そうだけどよwww」

 もういいや……。大笑いする二人をよそ目に、光は再び壇上に目を向けた。


 既に例の女性博士は登壇しており、設置されてあったマイクを外して持ち、テストをしていた。

 「あーあーあー。聞こえるかね?」

 先程までフェルタが使用していたマイクなので大丈夫なはずなのだが、褐色肌の女性博士は入念にマイクの確認を行った。

 「――おっほん!!えー南星宮高校の諸君!この《ヘスペリディア》までご足労頂き、大変感謝している。私のきちんとした紹介がなされなかったので、改めて自己紹介しよう!よーく覚えよ!!

 私は、《ヘスペリディア》科学技術局局長、”アンジュリ・ヴィシュヴァカルマン”だ!

 大切なことだからもう一度言うぞ?私は”アンジュリ・ヴィシュヴァカルマン”だ!!

 更にもう一度!!私は、”アンジュリ・ヴィシュヴァカルマン”だッ!!!!!!」


 アンジュリ・ヴィシュヴァカルマンという女性博士は、高らかに3回も名乗り上げた。同時に背後のスクリーンに、「アンジュリ・ヴィシュヴァカルマン」と彼女の名前がはみ出さんとばかりに大きく表示された。

 (((字、デカッ!?!?)))生徒の誰もが心の中でそうツッコんだ。

 (決まったな。これで私の名前が正確に彼らに伝わっただろう――)博士本人はどうやら大満足のご様子だ。

 「さて、レリギオスを目撃しUGEから追われる身となった諸君たちは、これからこの巨大な浮遊島の上で生活を過ごすこととなる。諸君たちの身の安全を守るため、そしてこの《ヘスペリディア》の存在を外部に漏洩しないためにも、申し訳ないが諸君たちがこの島から許可なく出ていく事は禁止とする。――まあそもそも、《ヘスペリディア》を覆う結界は、内側から外側に簡単には出られない仕掛けが施されてあるから、仮に《ヘスペリディア》の地面から飛び立ったり飛び降りたりしたとしても、結界に引っかかって弾き返されるのがオチだ。観念したまえ。」

 博士は目の前に表示されたホログラムのキーボードを叩いた。スクリーンから巨大な「アンジュリ・ヴィシュヴァカルマン」の文字が消え、代わりに3Dレンダリングで作られた島の地形が表示されていく。


 「ここからはこの《へスペリディア》がどういう場所なのかを諸君たちにお教えしよう。既に知っている者が殆どだろうが、この《へスペリディア》は惑星│《エデン》の上空およそ30km付近を浮遊する、36000平方kmという広大な土地を持つ浮遊島群である。《ヘスペリディア》は放射状に並んだ6つの菱形の島で構成されており、この島ひとつひとつを私たちは「花弁」に見立てて、”fluriaフルリア”と呼んでいる。今私たちがいるアネモニア城のあるこのフルリアは「第一フルリア」と言い、いわば《へスペリディア》の中枢を担うとても重要な場所となっている。そこから時計回りに「第二フルリア」、「第三フルリア」……と呼び、各フルリアは橋やトンネル等によって繋がり、自由に往来できるようになっている。ちなみに諸君たちが暮らすことになるのは、地図上ではここから左側に位置する「第六フルリア」だ。ここは6つあるフルリアの中でも、最も多くの地球人類が暮らしているし、水道・ガス・電気などのインフラは勿論、コンビニやショッピングモール等の商環境も充実している。地上にいた頃とだいたい同じ生活を、この地でも過ごせることだろう。


 ――とは言っても、ここは遥か上空に浮かぶレリギオスたちの隠れ家だ。地球人類よりもレリギオスの人口の方が圧倒的に多い。《ヘスペリディア》にある施設や設備の殆どは、レリギオスの特性や文化様式に合わせて作られている。アストラル流体が微量しかない我々では使うことができない道具があったり、入る事が許されない場所があったりと、少々不便なところもある。またここには、地上では見られない惑星《エデン》固有の生命体も数多く生息する。街の中でもドラゴン――レリギオスの言葉では「Dragonosドラゴノス」たちが平然と闊歩しているし、少し街を出れば、動物のように動く草木や、全身をゼリー状の物質でできた軟体動物などと出会うこともできる。中にはレリギオスと同様に《魔法》を使う生物もいる。

 このようなファンタジー・ワールドでの生活は、ある意味では驚きと享楽の連続だが、またある意味では不安と苦労の連続だ。特に諸君たちはつい先ほどまでごく普通の高校生だったんだ。《魔法》も使えない、アリティア語も判らないだけでなく、諸君たちには生活の糧となれるような特別な職業的技能スキルさえも身につけられていない。おまけに諸君たちのIDEAイデア-Watchウォッチも、今は凍結され使い物にならない。IDEAデータ内にあった諸君たちの銀行口座は、もう使用不可となった。職無し無一文、という訳だ。そんな状態では、今後の生活が思いやられるのではないだろうか?

 だが心配はいらない。まず、《ヘスペリディア》には「産業開発局」という機関があり、そこには「サピエンス就業支援部」という部署がある。即ちハローワークだ。《へスペリディア》にも地球人類のできる仕事はたくさんある。その中から、諸君たちの適性に見合った理想的な仕事を探すといい。勿論バイト経験とかがなくとも大丈夫だ。支援部にはビジネスマナーや就職先に必要な技能や知識を教えてくれる職業訓練の場が設けられている。またこれは実際に働き始めてからお世話になるかもしれんが、仕事における悩みなどを相談できる窓口もあるので、どうぞ有効に活用してほしい。

 当たり前だが、職に就きちゃんと働けばお金がもらえる。レリギオスの社会にも”貨幣”という概念はちゃんと存在する。だが地球人類の使うペックのような電子通貨ではない。歴史の教科書で見たことあるような、金や銀でできた小さな円盤のようなもの――これがレリギオスのお金、「Öroオーロ」だ。この世界では、これを使って経済活動を行う。

 そしてどんな経済活動をするにも、「情報」は必要不可欠だ。だが今の諸君たちをそのまま《ヘスペリディア》の街にほっぽり出しても、この地の正しい情報を得る手段がないために、誤った行動・結果に陥ってしまうことになるだろう。道に迷ったり、食あたりになったり、挙句の果てには全財産を騙し取られたり。せめてIDEA-Watchさえ使えれば――と思った者もいるだろう?

 そこでだ。諸君たちのIDEA-Watchを、この《へスペリディア》でも使用できるように改造してやろうと思っている。具体的にはまずWatchにかけられたロックを解除し、内蔵のアプリも、《ヘスペリディア》でも問題なく使用できるもの(時計機能、カメラ機能、電卓機能など)を除いては全てアンインストールする。そしてこの地での生活に必要な情報や知識を提供してくれる独自のアプリを搭載する。《へスペリディア》の「マップ情報」に最新情報を届けてくれる「ニュースアプリ」、「アリティア語自動翻訳機能」や「《エデン》動植物図鑑」――。これらのアプリを使い熟せれば、この見知らぬ土地でも快適に暮らせることだろう。勿論仲間同士のコミュニケーションのため、電話やSNSも使えるようにはなる。が、それらは前述の情報漏洩防止の観点から、《ヘスペリディア》の中でしか使用できなくなる。つまり外部とは一切の連絡ができなくなる。またインターネットも同じ理由から、特定の場所の特定の端末でしか使用できないので、外部の情報を自由に取得できないことをご了承頂きたい。その他ネットを介した動画・音楽の配信サービスやゲーム、ペックによる電子決済機能等も使用不可となる。

 この説明会ガイダンス終了後、諸君たち一人一人からWatchを回収する。ロックのかかったWatchの取り外しには細心の注意を要するため、回収の際はくれぐれも動かずにじっとしていて欲しい。回収したWatchは科学技術局で改造を施した後に諸君たちにお返しする。100個以上のWatchを数人のスタッフでいじくらねばならぬ故、返還できる時期は人によってまちまちになる。が、遅くとも3日以内には諸君の元に返すよう尽力する。


 最後に、レリギオスとの付き合い方についてだ。――と言っても、何も緊張したり脅えたりしなくてもいい。ここにいるレリギオスは皆温和で友好的な者ばかりだし、地球人類の文化様式等についての理解がある者も多い。諸君たちが何か困っている時、レリギオスたちは自ら近寄ってきて手助けしようとしてくれる。唯一の壁は、やはり言語だろうな。フェルタ皇女のように地球人類の言葉を話せる者もいるが、大半のレリギオスはアリティア語しか分からない。そこでさっきちらりと紹介した「アリティア語自動翻訳機能」を使って欲しい。これはレリギオスが喋った音声だけではなく、看板などに書かれているアリティア文字もカメラで撮ることで翻訳してくれる。無論、諸君たちの音声や文字をアリティア語に変換することもできる。しばらくの間はこの自動翻訳にお世話になりっぱなしになるだろう。それと、もし機械に頼らずにアリティア語を自在に使ってみたいと思う物好きが現れた時のために、「アリティア語辞典」と「アリティア語文法基礎」というアプリもIDEA-Watchに入れておくことにするので、こちらも役立ててくれたまえ。


 ――私からの説明は以上だ。これにて本ガイダンスは終了となる。レリギオスのこと、《ヘスペリディア》のことを少しでも理解できたならば幸いだ。」

 スクリーンの映像は消え、暗かった会場はだんだんと灯りを取り戻していく。度重なる疲労と、長い説明への退屈感からか、生徒の中には頭を垂れて居眠りしてしまった者も散見した。無理もない、と思ったか、博士は眠った生徒をたしなめるようなことはしなかった。

 「さてと、本当なら質疑応答の時間を設けてその他雑多な疑問とかを解決させてあげたいところだが……諸君たちも疲れたろう?頭の整理もしたいだろう?今日はこの辺でお開きにしておくとして、後日気が向いたらいつでも私が質問でも相談でも何でも乗ってやる。これから諸君たちのWatchを回収するが、そこに私の連絡先も付け加えておくから、困った時に連絡するといい。あ、イタズラ電話とかは間違ってもするなよ?絶対に、『もしもしぃ?"肉じゃがマン"博士ですかぁ?』みたいな電話をよこすなよ?そんなのにかまってやれるほど私は暇ではないからな。」

 そこで生徒たちの顔がようやくほころんだ。覚えにくい自らの名前を逆手に取った自虐ネタで、彼女は生徒たちに再び安堵の表情を思い出させた。一見冗談とか通じなさそうに見える"ほっこり・肉じゃがm"――失礼。アンジュリ・ヴィシュヴァカルマン博士の機転の良さに、光は舌を巻いたのだった。

 「ではこれにて、『《へスペリディア》で生きるためのガイダンス』を終了する。後ろの扉から出たら、私と同じ白衣を着たスタッフが諸君たちのIDEA-Watchを回収する。何度も言うが、IDEA-Watch回収時はなるべくじっとしていてくれたまえ。Watchの回収が終わった者から順番に、スタッフが第六フルリアまで案内する。その後のことについては現地の指示に従ってくれ。では、解散!寝ている奴は起こしてあげるんだぞ!?」

 生徒たちは一斉に重い身体を立ち上がらせ、後方のドアへと雪崩れ込んでいく。

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