Episode12:《希望》は己が手の中に
2388年5月25日(水)4:02 P.M. 第13居住区・南星宮高校 廊下
(死にたくない!!)(助けて……!!)(こんなところで終わってたまるか!)(オレにはまだやりたいことがあるんだ!!)(生きてママのもとに帰るの!!)(生きたい!!)(ここで死ぬなんてイヤ!)(皆ともっと一緒にいたい――)(諦めない……きっと誰かが助けてくれる――!!)
「――!?」
突如大勢の声が光の耳に雪崩れ込む。光は吃驚して思わず眼をぱっと開いた。
それは間違いなく、生徒一人ひとりの声だった。だが、誰もその声と同じ口の動きをしていない。皆ただ口を大きく開けて、言葉にならない鳴き声を上げるのみだった。光はふとエルクの顔を覗いてみた。
(光と、福希と、一緒に《地球》に行く約束だったのに――くそ!!)
それは明らかにエルクの声だったが、光の眼は、それがエルクの口から発せられていないことを発見した。彼はただ涙と同量の鼻水を垂らしながら、うううう、という音を唸り続けていた。
光はこの時理解した。
これは、皆の“心の声”だと。
そうか。皆はまだ、生きる希望を捨ててはいなかったんだ。
まだ生きたい、もっと皆といたいという想いが、光の胸にぞくぞくと突き刺さる。
けれど、この絶望的状況を打破するなんてことは、スーパーヒーロー的な存在がここに参上して来ない限り、最早不可能だ。
今の僕には、どうしようもない。
「ごめん、みんな――」
クラスメイト達に深く深く詫びながら、光は再びその瞳を閉じようとする――
〔いいや。まだ終わりではないぞ、少年。〕
――?誰だ?この声は?
謎の音声が、生徒達の心の声に紛れて光の耳に入った。閉じかけていた瞳をまた見開き、光はその声の主を探した。
声の感じからして、それはおそらく10歳にも満たない子供の声だ。だがここは高校。10歳以下の子供など、ここにいるはずはない。クラスメイトの中にも、UGE軍の中にも、該当するような人物は当然見当たる訳がない。
「誰だ?今、僕を呼んだのは?」
正体不明の声の主に、光は思わず問いかける。謎の声は、すぐに返答をよこしてきた。
〔我は《伝令》を司る者。其方の“同胞”だ。〕
“同胞”――?一体何のことだ?
光は辺りを見渡し、《伝令》を司る者、とやらの位置を探る。だが、左右や後ろ、真上や真下を調べても、その所在を掴むことはできない。エルクや福希たちの反応から察するに、その声はどうやら光にしか聞こえないようだ。訝しげにその様子を眺めるブラッドアイをよそに、光は首を上下左右に振りながら、その声の主に向かって叫ぶ。
「君は何者なんだ!?“同胞”ってどういうことなんだ!?一体どこにいるんだ!?」
だが光の質問には一切答えずに、《伝令》を司る者は光にこう呼び掛ける。
〔――少年よ。今、其処で阿鼻叫喚の声を挙げる其方の朋友たちを、救済したいとは思わんか。〕
「――は!?」
質問の回答でないその発言に、光は一瞬戸惑いを覚えた。
だが“救済”という彼の言葉に、光は食いついた。この窮地を切り抜けられる可能性が、まだ残されているというのか?すぐさま光は《伝令》を司る者に問いかける。
「――皆が助かる方法を、君は知っているのか!?」
《伝令》を司る者は即座に応答する。
〔ああ。知っている。其方の朋友たちを救うための“武器”は、もう既に其方の“手”にあるのだ。〕
「“武器”!?」光は自分の両手を確認する。いや、確認するまでもない事だが、自分にはUGE軍の電磁式自動小銃に対抗できるような武器など、何一つ持っていない。
「皆を救う“武器”だって!?どこにもないじゃないか!?そんなもの!!」
馬鹿にされたような感じがした。光は怒りを露わにして、姿なきその声に向かって吠える。
しかし次に放たれた《伝令》を司る者の言葉に、光は絶句する。
〔あるではないか。其方の左手に刻まれた、《希望の痣》という名の武器が。〕
「なっ――?」
光はふと、革のグローブに覆われた自分の左手を見る。
まさか、と思った。
そして《伝令》を司る者は、そのまさかを口にする。
〔望月光よ。その《希望の痣》で、朋友たちの危機を救ってみせよ。〕
「――!!」
光は身震いした。
生まれた頃からある、幾何学模様の黒い痣。
母の燈がそれを《希望の痣》と呼んで、たいそう大事にしてくれたこの左手。
それは触れた者に幸福をもたらしたり、願い事を成就させたりできる特殊な力を持つ。
光は実際に、その左手の力で多くの人々の笑顔を見てきた。
それはそれで嬉しかった。
だが、実感がなかった。何の労苦もなく、ただ手で触っただけですごく感謝されるのが、なんだか不釣り合いで歯がゆい感じがしていたのだ。
本当にこの能力は、誰かのためになっているのか?
本当にどんな人のどんな願いでも、叶えてしまうのだろうか?
それを確かめてみたいと、光は幼い頃からずっとそう思っていたのだ。
その好機が、よりによってこの危急存亡の秋に訪れたのである。
今まで色んな人の、色んな願いを叶えてきたこの左手。
だが、この左手で人命を救った経験なんて、これまで一度たりともない。
こんな大人数の生命を、この細い左手一本で救えるのか?
常識的に考えて、出来る訳がない。
けど、もし出来るとしたら?
皆の「死にたくない」「生き残りたい」という生存本能だって、願いであることに変わりないはずだ。
出来るかもしれない。不思議な力を持つ、この左手の《痣》なら。
正直、不安だった。だがそれ以上に、皆を救いたいという使命感が、光の心には勝っていた。
光は、この生か死かの大博打に賭ける決意を決めた。
やると決めた以上、絶対に失敗は許されない。《伝令》を司る者に、光は問いかける。
「どうすればいい?この左手一本で、皆を救うには――!?」
《伝令》を司る者は、その方法を伝える。
〔手袋を外し、盾の如く左手を翳せ。そしてこれから我の言う呪文を、一言一句正確に唱えよ。この呪文は貴様にしか扱うことができぬ故、慎重に記憶せよ。〕
光は、《伝令》を司る者が唱えるその呪文に、しっかりと耳を澄ませ、そして記憶した。
言葉の意味こそ分からないが、どこかで聞き覚えのある感じがしたその呪文を、光はすぐに覚えることができた。
迷いは最早ない。仲間を救いたいという強い決意だけが、光の心を支配した。
「総員、充電完了!いつでも発射できます!」
「分かった。総員、砲撃用意!!」
「「「はっ!!」」」
電磁式自動小銃の充電が完了した。キリキリキリキリという甲高い雑音が校舎中に響き渡り、ブラッドアイたちは即座に電磁式自動小銃の照準を定める。
「おい、何ボケっとしている?『ヘルヴォル』展開!!アレに巻き込まれても知らんぞ?」
「は、はいっ!!」
ダジボーグに嗾けられ、柳花は『ヘルヴォル』を前面に向けて展開する。
その時が来た。
光はエルクの肩を両手でつかみ、彼に密着していた身体をゆっくりと離していく。
「――望月?」
エルクはきょとんとした顔で光を見つめている。そんなエルクに、光は優しい微笑みを返す。
「エルク。約束しただろう?一緒に《地球》に行くって。あの約束、絶対に叶えよう!いや、叶えてみせる!!」
間もなく殺されるという時に、爽やかな微笑と前向きな発言をする光の真意を、エルクは全く理解できずに当惑していた。
「何言ってんだよ望月……もう無理なんだよ!!俺たちはここで――」
「無理じゃない。僕がエルクを、福希を、皆を救ってみせる。この左手で。」
光は手袋をしたその左手をエルクに見せつける。今まで多くの人の願いを叶えた《希望の痣》が、その下に刻まれている。
エルクも光の《痣》で自身の願いを成就させた者の一人だ。それ故に《痣》の能力は本物だと認めてはいる。だが――
「そんなの……いくらお前の自慢の左手でも無理だよ!!相手はUGEなんだぞ!?そんな《魔法》とか《奇跡》みたいなこと、たとえお前でも――」
分厚いコンクリートの天井を容易く穿つ程の威力を持つ、UGEの電磁式自動小銃。それを左手一本で防げたら、それは間違いなく《魔法》とか《奇跡》と呼ぶに相応しい現象だろう。
光は震える指先で革手袋をめくり、左手の《痣》を見せながらエルクを説得する。
「できるさ。僕は今までこの《痣》の能力で、何人もの人達の願いや夢が実現するのを見てきた。僕の知る限りだけど、この左手に触れた人々の願いは、漏らさず全部叶えてきた。――今そこにいるクラスの皆は、まだ誰も生きるのを諦めていないはずだ。誰かがきっと助けに来てくれる、そんな一縷の《希望》を諦めずに祈り続けている。エルク、君もそうなんだろ?」
「――!!」
その時エルクは、初めて自分の本心に気が付いた。この不条理な事態を、「これが運命だ」と何度も何度も自分に言い聞かせて誤魔化してきたけれども、そうだ、自分はまだ、こいつらと一緒にいたい。もっと一緒にいたいけれど、なす術がないから本心を偽って、こうして光の身体をきつく抱き締めているのだ。エルクは、光を掴んでいる腕をそっと外す。そして光にこう問いかける。
「――今度は、お前が救ってくれるのか?俺たちのことを?」
“今度”という言葉に、エルクや福希と初めて会った時のことを思い出しながら、光はこくりと頷く。
「うん。あの時、君と福希が僕を護ってくれたように、今度は僕が、君たちを護る番だ。絶対に誰も死なせない。この《希望》の左手に誓ってね。」
光の言葉に、エルクの涙はさらに勢いを増していく。光が本当に自分たちをUGEの攻撃から防いでくれるのか。そんなことはどうでもよかった。ただそれを言ってくれただけで、エルクはとても嬉しかった。
エルクは光の左手を両手でぎゅっと握り、自身の想いを光に託す。
「助けてくれ――。絶対に助けてくれ!!俺はまだ、お前らと一緒にいたい!!望月!!必ずこの願い叶えてくれぇ!!必ず、必ずだぞッ!!」
「――ああ。勿論さ。必ず全員助け出してみせるから。」
にこりと微笑む光の自信に満ちた笑顔に、エルクは渾身の信頼を彼に寄せた。エルクは光の手を握っていた両手を解き、頼んだぞ、と言って見送った。光はすっくと立ち上がり、ブラッドアイの方に身体を向ける。
それを、ブラッドアイの部下の一人が不審がる。
「!?――副隊長!?あの少年が立ち上がってこちらを向いています!?」
だがブラッドアイは聞く耳を持たない。
「だから何だというのだ。今から3カウント後に一斉射撃を行う!!良いな!?」
「――了解!!」
ブラッドアイの指示に、部下たちは誰も異議を挟むことなく、眼前の生徒達への射撃に集中していた。
そして、運命のカウントダウンが始まる。
「行くぞ!“3”……!!」
電磁式自動小銃の安全ロックが解除。ガチャッ、という機械音が一斉に木霊する。
(あの十何挺もの電磁式自動小銃の攻撃を、本当に防げるのか?)
未だに光の心中には、そんな疑念が付きまとっていた。
(わからない。けど、やるしかない!やらなきゃいけない!
これは、望月光にしかできないことなんだ!)
光はそう自分に言い聞かせ、ぎゅっと左の拳を握る。
「“2”……!!」
ブラッドアイらAXel軍は、銃のスコープに片目を近づけ狙いを定める。その標的の中心に、望月光がいた。
(死にたくない。こんな所で終わりたくない。
それは、生徒の皆が想っていることだ。
僕だってそうだ。こんな所で、何も出来ずに死ぬなんてごめんだ!)
光の、生徒全員の強い想いが、左手の《痣》を青白く、そして激しく発光させる。それは皮手袋の隙間から漏れ出すほど、今まで以上にない輝きを放っていた。
「“1”……!!」
ついにブラッドアイ達は、電磁式自動小銃の引き金に指をかけた。
同時に光は、右手で左手の手首をがしっと掴み、右手人差し指を左手と手袋の隙間にかけた。
(僕にはまだ、生きなければならない理由がある。
皆と一緒にやりたいことがある。
皆と一緒に行きたい場所がある。
皆に話したいことが、伝えたいことが山ほどある。
たくさんの会いたい人が、護りたい人が大勢いる。
そしてこの惑星の、この世界の知りたい“謎”や“秘密”が、僕らにはまだ沢山あるんだ!!
だから……だからこんな所で、殺されてたまるか!!)
バッ!
光は勢いよく、左手の手袋を外す。
左手の《希望の痣》が、青白い輝きを激しく放ちながら、その姿を現す。
同時にブラッドアイが、部下たちに攻撃の指示を下す。
「発射ああああああああ!!」
電磁式自動小銃の引き金が、一斉に引かれる。
その刹那、光は左手を正面に翳し、先程謎の声が教えてくれたその“呪文”を、正確に、素早く紡ぎ始めた。
「Si, Hemitie teskios 《Esperios》!!」
その“呪文”が唱えられた直後、《希望の痣》はさらにその輝きを増し、そこにいた全員の眼を眩ませた。
そして――
(((((ドゴオオオオン)))))
電磁式自動小銃の、雷鳴の如き凄まじい銃声が、ニューアシヤ中に轟き渡った。




