表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
EDENERー《楽園》に住まう者たちー  作者: Caries10
Chapter1:偽りの《楽園》
13/63

Episode12:《希望》は己が手の中に

 2388年5月25日(水)4:02 P.M. 第13居住区・南星宮みなみほしのみや高校 廊下


 (死にたくない!!)(助けて……!!)(こんなところで終わってたまるか!)(オレにはまだやりたいことがあるんだ!!)(生きてママのもとに帰るの!!)(生きたい!!)(ここで死ぬなんてイヤ!)(皆ともっと一緒にいたい――)(諦めない……きっと誰かが助けてくれる――!!)

 「――!?」

 突如大勢の声が光の耳に雪崩なだれ込む。光は吃驚して思わず眼をぱっと開いた。

 それは間違いなく、生徒一人ひとりの声だった。だが、誰もその声と同じ口の動きをしていない。皆ただ口を大きく開けて、言葉にならない鳴き声を上げるのみだった。光はふとエルクの顔を覗いてみた。

 (光と、福希と、一緒に《地球》に行く約束だったのに――くそ!!)

 それは明らかにエルクの声だったが、光の眼は、それがエルクの口から発せられていないことを発見した。彼はただ涙と同量の鼻水を垂らしながら、うううう、という音を唸り続けていた。

 光はこの時理解した。

 これは、皆の“心の声”だと。

 そうか。皆はまだ、生きる希望を捨ててはいなかったんだ。

 まだ生きたい、もっと皆といたいという想いが、光の胸にぞくぞくと突き刺さる。

 けれど、この絶望的状況を打破するなんてことは、スーパーヒーロー的な存在がここに参上して来ない限り、最早不可能だ。

 今の僕には、どうしようもない。

 「ごめん、みんな――」

 クラスメイト達に深く深く詫びながら、光は再びその瞳を閉じようとする――


 〔いいや。まだ終わりではないぞ、少年。〕

 ――?誰だ?この声は?

 謎の音声が、生徒達の心の声に紛れて光の耳に入った。閉じかけていた瞳をまた見開き、光はその声の主を探した。

 声の感じからして、それはおそらく10歳にも満たない子供の声だ。だがここは高校。10歳以下の子供など、ここにいるはずはない。クラスメイトの中にも、UGE軍の中にも、該当するような人物は当然見当たる訳がない。

 「誰だ?今、僕を呼んだのは?」

 正体不明の声の主に、光は思わず問いかける。謎の声は、すぐに返答をよこしてきた。

 〔我は《伝令》を司る者。其方の“同胞”だ。〕

 “同胞”――?一体何のことだ?

 光は辺りを見渡し、《伝令》を司る者、とやらの位置を探る。だが、左右や後ろ、真上や真下を調べても、その所在を掴むことはできない。エルクや福希フーシーたちの反応から察するに、その声はどうやら光にしか聞こえないようだ。いぶかしげにその様子を眺めるブラッドアイをよそに、光は首を上下左右に振りながら、その声の主に向かって叫ぶ。

 「君は何者なんだ!?“同胞”ってどういうことなんだ!?一体どこにいるんだ!?」

 だが光の質問には一切答えずに、《伝令》を司る者は光にこう呼び掛ける。

 〔――少年よ。今、其処で阿鼻叫喚あびきょうかんの声を挙げる其方そなたの朋友たちを、救済したいとは思わんか。〕

 「――は!?」

 質問の回答でないその発言に、光は一瞬戸惑いを覚えた。

 だが“救済”という彼の言葉に、光は食いついた。この窮地を切り抜けられる可能性が、まだ残されているというのか?すぐさま光は《伝令》を司る者に問いかける。

 「――皆が助かる方法を、君は知っているのか!?」

 《伝令》を司る者は即座に応答する。

 〔ああ。知っている。其方の朋友たちを救うための“武器”は、もう既に其方の“手”にあるのだ。〕

 「“武器”!?」光は自分の両手を確認する。いや、確認するまでもない事だが、自分にはUGE軍の電磁式自動小銃レールライフルに対抗できるような武器など、何一つ持っていない。

 「皆を救う“武器”だって!?どこにもないじゃないか!?そんなもの!!」

馬鹿にされたような感じがした。光は怒りを露わにして、姿なきその声に向かって吠える。

 しかし次に放たれた《伝令》を司る者の言葉に、光は絶句する。

 〔あるではないか。其方の左手に刻まれた、《希望の痣》という名の武器が。〕

 「なっ――?」

 光はふと、革のグローブに覆われた自分の左手を見る。

 まさか、と思った。

 そして《伝令》を司る者は、そのまさかを口にする。


 〔望月光よ。その《希望の痣》で、朋友たちの危機を救ってみせよ。〕


 「――!!」

 光は身震いした。

 生まれた頃からある、幾何学模様の黒い痣。

 母のあかりがそれを《希望の痣》と呼んで、たいそう大事にしてくれたこの左手。

 それは触れた者に幸福をもたらしたり、願い事を成就させたりできる特殊な力を持つ。

 光は実際に、その左手の力で多くの人々の笑顔を見てきた。

 それはそれで嬉しかった。

 だが、実感がなかった。何の労苦もなく、ただ手で触っただけですごく感謝されるのが、なんだか不釣り合いで歯がゆい感じがしていたのだ。

 本当にこの能力は、誰かのためになっているのか?

 本当にどんな人のどんな願いでも、叶えてしまうのだろうか?

 それを確かめてみたいと、光は幼い頃からずっとそう思っていたのだ。

 その好機が、よりによってこの危急存亡のときに訪れたのである。

 今まで色んな人の、色んな願いを叶えてきたこの左手。

 だが、この左手で人命を救った経験なんて、これまで一度たりともない。

 こんな大人数の生命を、この細い左手一本で救えるのか?

 常識的に考えて、出来る訳がない。

 けど、もし出来るとしたら?

 皆の「死にたくない」「生き残りたい」という生存本能だって、願いであることに変わりないはずだ。

 出来るかもしれない。不思議な力を持つ、この左手の《痣》なら。


 正直、不安だった。だがそれ以上に、皆を救いたいという使命感が、光の心には勝っていた。

 光は、この生か死かの大博打に賭ける決意を決めた。


 やると決めた以上、絶対に失敗は許されない。《伝令》を司る者に、光は問いかける。

 「どうすればいい?この左手一本で、皆を救うには――!?」

 《伝令》を司る者は、その方法を伝える。

 〔手袋を外し、盾の如く左手をかざせ。そしてこれから我の言う呪文を、一言一句正確に唱えよ。この呪文は貴様にしか扱うことができぬ故、慎重に記憶せよ。〕

 光は、《伝令》を司る者が唱えるその呪文に、しっかりと耳を澄ませ、そして記憶した。

 言葉の意味こそ分からないが、どこかで聞き覚えのある感じがしたその呪文を、光はすぐに覚えることができた。

 迷いは最早ない。仲間を救いたいという強い決意だけが、光の心を支配した。


 「総員、充電完了!いつでも発射できます!」

 「分かった。総員、砲撃用意!!」

 「「「はっ!!」」」

 電磁式自動小銃の充電が完了した。キリキリキリキリという甲高い雑音が校舎中に響き渡り、ブラッドアイたちは即座に電磁式自動小銃の照準を定める。

 「おい、何ボケっとしている?『ヘルヴォル』展開!!アレに巻き込まれても知らんぞ?」

 「は、はいっ!!」

 ダジボーグに嗾けられ、柳花ユファは『ヘルヴォル』を前面に向けて展開する。

 その時が来た。


 光はエルクの肩を両手でつかみ、彼に密着していた身体をゆっくりと離していく。

 「――望月?」

 エルクはきょとんとした顔で光を見つめている。そんなエルクに、光は優しい微笑みを返す。

 「エルク。約束しただろう?一緒に《地球》に行くって。あの約束、絶対に叶えよう!いや、叶えてみせる!!」

 間もなく殺されるという時に、爽やかな微笑と前向きな発言をする光の真意を、エルクは全く理解できずに当惑していた。

 「何言ってんだよ望月……もう無理なんだよ!!俺たちはここで――」

 「無理じゃない。僕がエルクを、福希を、皆を救ってみせる。この左手で。」

 光は手袋をしたその左手をエルクに見せつける。今まで多くの人の願いを叶えた《希望の痣》が、その下に刻まれている。

 エルクも光の《痣》で自身の願いを成就させた者の一人だ。それ故に《痣》の能力は本物だと認めてはいる。だが――

 「そんなの……いくらお前の自慢の左手でも無理だよ!!相手はUGEなんだぞ!?そんな《魔法》とか《奇跡》みたいなこと、たとえお前でも――」

 分厚いコンクリートの天井を容易く穿つ程の威力を持つ、UGEの電磁式自動小銃。それを左手一本で防げたら、それは間違いなく《魔法》とか《奇跡》と呼ぶに相応しい現象だろう。

 光は震える指先で革手袋をめくり、左手の《痣》を見せながらエルクを説得する。

 「できるさ。僕は今までこの《痣》の能力で、何人もの人達の願いや夢が実現するのを見てきた。僕の知る限りだけど、この左手に触れた人々の願いは、漏らさず全部叶えてきた。――今そこにいるクラスの皆は、まだ誰も生きるのを諦めていないはずだ。誰かがきっと助けに来てくれる、そんな一縷の《希望》を諦めずに祈り続けている。エルク、君もそうなんだろ?」

 「――!!」

 その時エルクは、初めて自分の本心に気が付いた。この不条理な事態を、「これが運命だ」と何度も何度も自分に言い聞かせて誤魔化してきたけれども、そうだ、自分はまだ、こいつらと一緒にいたい。もっと一緒にいたいけれど、なす術がないから本心を偽って、こうして光の身体をきつく抱き締めているのだ。エルクは、光を掴んでいる腕をそっと外す。そして光にこう問いかける。

 「――今度は、お前が救ってくれるのか?俺たちのことを?」

 “今度”という言葉に、エルクや福希と初めて会った時のことを思い出しながら、光はこくりと頷く。

 「うん。あの時、君と福希が僕を護ってくれたように、今度は僕が、君たちを護る番だ。絶対に誰も死なせない。この《希望》の左手に誓ってね。」

 光の言葉に、エルクの涙はさらに勢いを増していく。光が本当に自分たちをUGEの攻撃から防いでくれるのか。そんなことはどうでもよかった。ただそれを言ってくれただけで、エルクはとても嬉しかった。


 エルクは光の左手を両手でぎゅっと握り、自身の想いを光に託す。

 「助けてくれ――。絶対に助けてくれ!!俺はまだ、お前らと一緒にいたい!!望月!!必ずこの願い叶えてくれぇ!!必ず、必ずだぞッ!!」

 「――ああ。勿論さ。必ず全員助け出してみせるから。」

 にこりと微笑む光の自信に満ちた笑顔に、エルクは渾身の信頼を彼に寄せた。エルクは光の手を握っていた両手を解き、頼んだぞ、と言って見送った。光はすっくと立ち上がり、ブラッドアイの方に身体を向ける。

 それを、ブラッドアイの部下の一人が不審がる。

 「!?――副隊長!?あの少年が立ち上がってこちらを向いています!?」

 だがブラッドアイは聞く耳を持たない。

 「だから何だというのだ。今から3カウント後に一斉射撃を行う!!良いな!?」

 「――了解!!」

 ブラッドアイの指示に、部下たちは誰も異議を挟むことなく、眼前の生徒達への射撃に集中していた。


 そして、運命のカウントダウンが始まる。

 「行くぞ!“3”……!!」

 電磁式自動小銃の安全ロックが解除。ガチャッ、という機械音が一斉に木霊する。


 (あの十何挺もの電磁式自動小銃の攻撃を、本当に防げるのか?)

 未だに光の心中には、そんな疑念が付きまとっていた。

 (わからない。けど、やるしかない!やらなきゃいけない!

 これは、望月光にしかできないことなんだ!)

 光はそう自分に言い聞かせ、ぎゅっと左の拳を握る。


 「“2”……!!」

 ブラッドアイらAXelアクセル軍は、銃のスコープに片目を近づけ狙いを定める。その標的の中心に、望月光がいた。


 (死にたくない。こんな所で終わりたくない。

 それは、生徒の皆が想っていることだ。

 僕だってそうだ。こんな所で、何も出来ずに死ぬなんてごめんだ!)

 光の、生徒全員の強い想いが、左手の《痣》を青白く、そして激しく発光させる。それは皮手袋の隙間から漏れ出すほど、今まで以上にない輝きを放っていた。


 「“1”……!!」

 ついにブラッドアイ達は、電磁式自動小銃の引き金に指をかけた。


 同時に光は、右手で左手の手首をがしっと掴み、右手人差し指を左手と手袋の隙間にかけた。

 (僕にはまだ、生きなければならない理由がある。

 皆と一緒にやりたいことがある。

 皆と一緒に行きたい場所がある。

 皆に話したいことが、伝えたいことが山ほどある。

 たくさんの会いたい人が、護りたい人が大勢いる。

 そしてこの惑星の、この世界の知りたい“謎”や“秘密”が、僕らにはまだ沢山あるんだ!!

 だから……だからこんな所で、殺されてたまるか!!)


 バッ!


 光は勢いよく、左手の手袋を外す。


 左手の《希望の痣》が、青白い輝きを激しく放ちながら、その姿を現す。


 同時にブラッドアイが、部下たちに攻撃の指示を下す。


 「発射ファイヤああああああああ!!」


 電磁式自動小銃の引き金が、一斉に引かれる。


 その刹那、光は左手を正面に翳し、先程謎の声が教えてくれたその“呪文”を、正確に、素早く紡ぎ始めた。


Si, Hemitieヘミティエ teskiosテスキオスEsperiosエスペリオス》!!」


 その“呪文”が唱えられた直後、《希望の痣》はさらにその輝きを増し、そこにいた全員の眼を眩ませた。

 そして――




 (((((ドゴオオオオン)))))




 電磁式自動小銃の、雷鳴の如き凄まじい銃声が、ニューアシヤ中に轟き渡った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ