Episode13:呼び起こされし《化け物》・前編
2378年4月11日(火)2:50P.M. 第13居住区・天湧小学校
「この“バケモノ”め!!」
「今すぐこの町から出ていけ!!」
それは、今から10年前のこと。天脇小学校に入学した望月光は、クラスに馴染むことができず、生徒の何人かからいじめを受けていた。
その原因は、彼の左手の《痣》である。
この頃には既に、光には左手に手袋をする習慣が身についていた。この奇怪な文様の《痣》の存在を隠すためだ。だが、それがかえってクラスメイトの注目や興味を集め、今一人の男子生徒が、無理やり彼の手袋を引き外して、その《痣》を見てしまったのである。黒く複雑な文様のその《痣》は、同級生の眼から見れば、不気味でおぞましいものにしか見えなかった。まさに“バケモノ”の手。そんなレッテルを貼られてしまったせいで、光は一瞬にして周囲から孤立を極めてしまったのである。
「「「バーケモノっ!!バーケモノっ!!」」」
「う……うぅ……」
光は壁にもたれて蹲り、その“バケモノ”のような手で溢れる涙を必死にせき止めようとしていた。
(だれか……たすけて……)
光は心の中でそう叫んだ。その時一瞬だけ、左手の《痣》が青白く光った。
すると――
「まて!あくとうども!!よわいモノをいじめるヤツは、このエルキュール・フォルスさまがゆるさねぇ!!」
光の願いが通じたのか、背中にマントを纏った黒い髪の少年が、颯爽と光たちの眼の前に参上した。それは幼い頃のエルクであり、この時はまだ光とエルクは互いに初対面に近い関係であった。
「なんだ、オマエ?この“バケモノ”のみかたなのかよ!?」
「“バケモノ”じゃねぇ!!そいつはれっきとした人間で、オレの“ともだち”だ!!」
光に集っていたいじめっ子の注目が、すべてエルクに注がれる。その隙を見計らって、もう一人の影が光の下にこっそりと近付いてくる。
「あ、あの……だいじょうぶですか?ケガとかありませんか?」
茶髪のウェーブに黒縁メガネの少年が、光の肩を優しく持つ。どうやらあのマントの少年の仲間らしいと判断した光は、素直に彼に応答する。
「うん……だいじょうぶ。ありがとう。」
「よかった。ここはフォルスくんがなんとかしますから、さっさとここをはなれましょう。」
メガネの少年は光の肩を担ぎ、光をその場から避難させる。エルクが注意を引き付けたおかげで、二人は難なくその場を離れることができた。それを知らないいじめっ子たちは、フォルスに対して強い敵意を露わにする。
「おい、みんな!!コイツは“バケモノ”のみかたをする“うらぎりモノ”だ!!コイツもやっつけろ!!」
「「おおおおおおっ!!」」
いじめっ子たちは、一斉にエルクに向かって殴りかかる――!!
スカッ――
ビシッ! バシッ! ドカッ!
いじめっ子たちの拳は空を切り、逆にエルクの強烈なパンチやキックが彼らの急所に直撃する。
「ぶはっ!?」「ぐふっ!?」「うぐゎぁあ!!」
まともにダメージをいじめっ子たちは地面に崩れ落ち、しばらくそのまま蹲っていた。
「く……くっそう!!おぼえてろよぉおおお!!!!」
捨て台詞を吐いて、いじめっ子たちは校舎の角の向こうへと消えていった。
「あ、ありがとう。たすけてくれて……。」
左手の《痣》を右手で隠しながら、光は深々と頭を下げて二人に感謝する。
「いいってことよ!きにすんな!そーいや、じこしょーかいがまだだったな!オレはエルキュール・フォルス。よぶときはエルクでいいぜ!で、こっちはフーシー。」
「ヨウ・フーシーです。よろしく。」
「よ、よろしく……。」
それまで友人を持たず、誰とも仲良くなれなかった光少年にとって、2人の友好的な態度はとても新鮮で、温かい感じがした。信頼できる仲間を手に入れたような、大きな安心感が光を包んだ。
光からある程度信頼を得たのを確信して、エルクは光に事の成り行きを質問する。
「えーっと、おまえはたしか、“もちづきひかり”だったな?なんでアイツらにいじめられてたんだ?おまえ、なにかしたのか?」
「うっ――」
光は言葉に詰まった。もしかしたらこの2人も、《痣》を見たら態度を変えるかもしれない。そんな恐怖が、光の唇を強張らせる。
何も答えられない光の代わりに、ずっと光の横で介抱していた福希が助け船を出す。
「もしかして、その“左手”がげんいんですか?」
「――!!」
光はどきっとして、左手を包む右手の力を更に強くする。その光の反応を見たエルクは、福希にその理由を問う。
「“左手”?どういうことだ、フーシー?」
「もちづきくんをここまではこんだとき、左手に黒いアザみたいなものが見えたんです。すごくふしぎなもようで、まるでゲームとかに出てくる“まほーじん”みたいな――」
福希の証言を聴いて、エルクは光の左手に視線を向ける。
「なぁ、もちづき。その左手、見せてくれないか?」
「――――!!」
エルクの言葉が、光の心拍数が加速させる。一層の恐怖は、光の手を震え上がらせ、瞳には涙を生じさせようとしていた。
その不安が、エルクにも伝わったのだろう。エルクは光の肩にポンと手を置き、声をかける。
「だいじょうぶ。オレたちはアイツらとはちがう。おまえのそのアザを見ても、ぜったいにわらったり、バカにしたりしない。ぜったいだ。」
エルクの優しい声に、光の心は揺れ動く。この2人なら、信頼してもいいのかもしれない。
「――ほんと?ほんとにわらわない?」光は問いかける。
「ああ、もちろん!男に二言はねぇ!!」エルクは即答する。同時に福希も、光に優しく微笑みを返す。
「――わかった。」
光は右手の力を抜き、それを左手からすっと外す。幾何学模様の黒い《痣》を見たエルクと福希は、宣言通り笑いもせず、真剣な眼差しでそれを見つめた。しばらくの沈黙の後、先に口を開いたのは福希だった。
「その《アザ》はいつごろできたんですか?とてもしぜんにできたようには見えませんが――」
「生まれつき、だよ。ぼくが生まれたころから、この《アザ》はあったんだ。《きぼうのアザ》ってお母さんはよんでて、“ねがいごとをかなえる力がある”らしいんだけど――」と、光は答える。
その光の回答を聴いて、エルクは眼を輝かせる。
「すっげぇえええ!!そんな力があんのか、それ!?ホントに“まほー”みてぇじゃんか!!」
「えっ――!?」
エルクのキラキラした羨望の眼差しに、光は戸惑いを隠せずにいた。光の左手を、エルクの両手がいきなりぎゅっと握り込んだ。その瞬間、再び《痣》が青白い光を放つ。
「なぁなぁ、ためしてもいいか?その《アザ》の力、ホンモノかどうかを!」
「う、うん。いいけど――」
光の返事を待たずして、エルクはポケットから何かを取り出す。それは、同じ年頃の男の子が持つには相応しくない、ピンク色のコンパクト型のおもちゃだった。コンパクトの鏡の部分はスクリーンになっているのだが、そこには蜘蛛の巣状の大きな罅が入っていた。
「これ、オレのいもうとのおもちゃなんだけど、昨日うっかりふんづけちゃってさ、このとおり、がめんがわれちゃったんだ……。しかもクリスマスプレゼントでもらったヤツだから、とても大切にしてたんだけどさ……オレじゃあなおせないし、新しいヤツも買ってやれない……。だから、どうにかしてコレをもとどおりにしてほしいんだ!!たのむ、もちづきッ!!」
「え、えぇ!?」
いくらなんでもそれは無茶すぎると、その頃の光は思っていた。福希もエルクの要求に難色を示す。
「フォルスくん、いくらなんでも、それはむちゃなんじゃあ――」
「いいんだ!!もちづきの左手の力がウソだったとしても、もちづきをせめたりしないし、そんときはとんときで、いもうとやパパとママにちゃんとあやまるから!!ただ、できるのなら、ちゃんともとどおりにもどして返したいんだ!!おねがいだ、もちづき!!」
必死に嘆願するエルクの姿に、光の心に、なんとかしてあげたい、という気持ちが芽生えていた。
光は、エルクの要求に応えることにした。
「――わかった。できるかどうかわからないけど、やってみるよ。」
「ホントか!?ありがとう!!」
エルクから光の手にコンパクトのおもちゃが手渡される。だが道具もないし、直し方も分からない。どうすればいいか皆目わからなかった。
その時、光の胸に、ある言葉が浮かんできた。
〔いいか、光。誰か大切な人が困っていて、他になす術がなくなったら、迷わずお前のその左手を使え。その左手の《痣》が、お前とお前の大切な人を、しっかりと助けてくれるからな。〕
それがいつ、どこで、誰から聞いた言葉だったかは、光自身ももう全く覚えていない。だが確かにその言葉は、光の胸の奥に深く刻まれたものだった。
その言葉を思い出した光は、コンパクトを両手で優しく包み込み、「直れ、直れ……」と念じ始めた。
キラァアアア……
念じ始めてから数秒後、光の左手の《痣》が再び光り出し、両手の隙間から、青白い輝きが漏れ出し始めた。エルクと福希は、一瞬目映い輝きに目を逸らすものの、その人間業ではない不思議な現象を、暫し両目に焼き付けていた。
やがて《痣》の輝きは弱まっていき、光は両手を開いてコンパクトの状態を確認する。
するとどうだろう。先程まで細かく罅割れていたコンパクトのスクリーンが、まるで新品同様の傷一つない綺麗な姿に戻っているのである。その奇跡のような出来事に、エルクや福希は勿論、光自身も驚きを隠せずにいた。
「うそ、だろ――!?こんなことって――!?」
「もちづき!!ちょっとそれ、見せてくれ!!」
エルクは慌てて光の手からコンパクトを奪い取る。側面にあるスイッチを押して電源を入れると、可愛らしいネコのようなキャラクターの映像が、一切のノイズなくコンパクトのスクリーンいっぱいに映し出された。
「すげぇ……直ってる……。」
「ななな、なんということでしょう!?ただ手にふれただけでおもちゃを直すだなんて……!?」
エルクと福希はしばらく直ったコンパクトをまじまじと見続けていた。そして思い出したかのように光の方を向き、ぐいっと駆け寄って彼に抱きつき、そのキラキラさせた瞳を光に浴びせた。
「すげぇよ!オマエ!!こんな“まほー”みてぇなことホントにできるのかよ!?」
「今の、どーやってやったんです!?あんなげんしょー、科学ではしょーめいできません!!キミは一体、何ですか!?“まほう使い”?“れいのうりょくしゃ”?“れんきんじゅつし”!?」
「ちょちょっ――!!かおが近いよ、二人ともぉっ!?」
二人の強い揺さぶりと矢継ぎ早の質問攻めを振り解き、光は呼吸を整える。エルクと福希も、振り解かれたことで幾分か冷静さを取り戻したようだ。エルクは光に謝罪する。
「ご、ごめんよ、いきなりだきついたりなんかして――。でも、すげぇぜ!!オマエのその力!!たしかにヘンな《アザ》だけどさ、今のオマエののうりょく見せられたらバカにしたりなんてできっこねぇよ!!」
するとエルクは、両手をパンっと叩き、何かを思いついたような素振りを見せる。
「そうだ!!オマエ、オレたちの“ともだち”にならないか!?もしオマエがまたその《アザ》でいじめられたら、オレたちが全力でまもってやるから!!」
「とも、だち――?」
その単語を耳にした瞬間、光の身体中を春の日差しのような温かい何かが包み込んだ。
「はい。“ともだち”は、おなじ“ともだち”をまもり、ささえ、助け合うものなんです。ボクももちづきくんの“ともだち”になりたいです!もちづきくんが何かにこまったとき、全力でサポートさせていただきます!!」
そう言って、福希は光に左手を差し伸べる。光は未だ唖然とした表情で福希の手の平を眺めていた。
「どうしたんだよ?ホラ。手をにぎろうぜ!これは“ともだち”になるためのケーヤクだ!」
エルクもそう口にし、今度は右手を光の眼の前に差し出す。
光はしばらく、二人がくれた優しさの余韻を、ひしひしと噛み締めていた。そして、光は決意を固めた。
「じゃあ――」
光は左手で福希の手を、右手でエルクの手を、がっしりと掴んだ。
「じゃあぼくも、エルクとフーシーがこまったとき、たすけてあげる!この《アザ》の力で!!」
「ああ!それでこそ“ともだち”だ!!」
「ありがとう!そしてこれからもヨロシクです!もちづきくん!!」
エルクと福希はにっこりと笑い、望月光を新しい“ともだち”として迎え入れた。
これが、光とエルクと福希の出会いであり、光が記憶する中では、《希望の痣》の力を使用した最も古い記憶である。
2388年5月25日(水)4:07 P.M. 第13居住区・南星宮高校 廊下
真っ白な閃光に包まれた空間の中、光はその出来事を思い返していた。今日まで何気ない日常を過ごしてきたつもりではいたが、あの時から光は、自分が他とは違う、どこか異質で特別な存在なのではという意識を強く感じていた。それは実際その通りであり、最初は単なる偶然だと思っていた《希望の痣》の力も、何度もその効果を目の当たりにするうちに、それが確かな効果を持った能力として実感できるようになっていた。
その左手は、十数挺もの電磁式自動小銃と相対する形で前方に翳された。破格の破壊力を持つ兵器相手に、《希望の痣》が太刀打ちできるのか、光は未だに半信半疑だった。左手を翳した瞬間、光は電磁式自動小銃の銃口から電撃を纏った弾丸が放たれるのを、その眼で目撃した。銃弾は確かに発射されたというのに、光の身体には恐ろしい程に痛みや痺れが全くない。痛みを感じる間もなく即死したということなのか、それとも――。
〔〔キリキリキリキリ……〕〕
耳障りな電撃音が光の耳に雪崩れ込む。まだ自分は生きているのか?光は試しに、左足を動かそうと意識してみた。光が左足に強く意識を集中させると、左足のある方から、ジャリっ、という地面の砂粒を踏みにじるような感触があった。地面は堅く、しっかりと立てる程安定している。
どうやら、自分はまだ生きているようだ。
更に光は、翳した左手が熱くなっているのに気付いた。
どういうことだろう?自分の身体は今、一体どうなっているのか?
ぎゅっと閉じていた眼を、光はゆっくりと、開けて、見た。
「――!?!?」
その光景に、光は眼を疑った。
空中で静止したままの電磁式自動小銃の弾丸。
そこから網目状に拡散する高圧電流の壁。
そして青白い炎に包まれた、自らの左手の変貌した姿が、そこにはあった。




