Episode10:《裏切り》
2388年5月25日(水)3:52 P.M. 第13居住区・南星宮高校 廊下
「総員、攻撃準備!!」
「「「「――ッ!?」」」」
一時は降ろされた電磁式自動小銃の銃口が、再び南星宮高校の生徒達に一斉に向けられる。その瞬間、生徒達の声は、歓喜から悲鳴へと変貌した。
「きゃああああああ!!」「おい待て、マジかよ!?」「何!?何が起こってるの!?」「たた、たすけてぇえええええ!!」
「ちょっ……何よこれ!?なんで光たちを殺そうとするの!?おかしいじゃない!?」
先程まで気丈に振舞っていた衣栖佳は、この想定外に血相を変えてブラッドアイに詰め寄る。それを見たヤコブが衣栖佳の腰当たりを抱えて制止に入る。
「『おかしい』?――フッ、笑わせてくれる。何もおかしいことなどないであろう?」
衣栖佳の動揺ぶりを見て、ブラッドアイが鼻で笑う。衣栖佳はそれに怪訝の色を浮かべ、ブラッドアイの横顔を鋭い眼光で睨みつけている。衣栖佳の敵視を傍眼に、ブラッドアイが反論を始める。
「レリギオスを見た一般人はいない、というのが常識であるはずだが、貴様はどういう訳か、その“ウラ”を知っているようだな。そうだ。貴様の知っている通り、レリギオスの正体を知った者は、皆我々AXelが、この手で“処刑”してきたのだ――。」
ブラッドアイの言葉に生徒達は凍り付く。彼らに今向けられた銃口が、先程までの脅しのためのものではなく、自分たちを殺害するためのものだと、はっきりと理解したからである。生徒達のどよめきには脇目も振らず、ブラッドアイは言葉を続ける。
「我々AXelの、《エデン》における主な任務は二つ。一つは、《エデン》の原生生物、レリギオスの駆除。もう一つは、レリギオスに関する詳細情報の、UGE外部への漏洩防止。後者には、レリギオスの目撃者や、それに準ずる情報所有者の処刑も含まれる。――我々が南星宮高校に来たのは、元々はレリギオスを映した動画の撮影者・望月光の逮捕、並びに彼の処刑のためだった。――が、今は違う。」
直後、ブラッドアイは首を斜め後ろに傾け、衣栖佳よりも鋭利な視線を彼女にぶつける。
「湯田衣栖佳。貴様は先程我々をマヌケ呼ばわりしたが、よく思い出してみろ。貴様はレリギオスの正体を、あろうことか、この場にいる生徒諸君にも聴こえる程大きな声で暴露したであろう?」
「――ッ!?」
ブラッドアイの指摘に、衣栖佳は仰天で目を大きく見開き、膝から地面に崩れ落ちる。彼女の腰を拘束していたヤコブの腕も、その重さで自然と離れてしまう。眼から大粒の涙を流して、ひどく咽び泣く衣栖佳の姿を見て、光は、抱えきれぬ程の絶望と、悔やみ切れぬ程の後悔の両方が今、衣栖佳の小さな肩に激しく圧し掛かっているのだと感じた。先程までの勇敢で堂々とした湯田衣栖佳は、もう跡形もない。光の心は、ただただ彼女を憐れむ気持ちと、この危機的状況に対する絶望感で一杯になっていた。
充電中の電磁式自動小銃を腰の位置まで下ろし、ブラッドアイは号泣する衣栖佳に身体を向き直す。そして衣栖佳にこう告げる。
「どうやらやっと理解したようだな。自分が犯した事の重大さに。貴様がレリギオスの正体を公にしたせいで、今ここにいる百何名かの生徒は皆、我々の処刑対象となったのだ。もし貴様があんな探偵の真似事をしなければ、彼らは今後も平穏無事に暮らすことができたというのに、貴様は彼らの理想を裏切る行為を犯した。貴様は唯一人の人間を救おうとして、結果として百余名の犠牲を産み出すことになった。そしてその救おうとした人間も、最早どう足掻こうと助からない。彼もついさっきまで、貴様の話を狸寝入りして聴いていたのだからな!」
ブラッドアイの言葉に、光の体がびくっと震えた。衣栖佳がレリギオスの正体を明かした時、自分が既に意識を取り戻していたのを、ブラッドアイは気付いていたのだ。もし自分があの時気を失ったままだったら、何事もなく助かったのだろうか。いや、たとえ自分は無事でも、レリギオスの正体を知ってしまったエルクや福希たちの運命に変わりはない。ブラッドアイは衣栖佳が生徒皆を裏切ったというが、光もまた、衣栖佳の意志に反する行為をしてしまったことに、大きな後悔を感じていた。
「一番のマヌケは、貴様だ、湯田衣栖佳!!貴様のマヌケな言動によって仲間が犬死にしていく様を、罰としてその眼に確と焼き付けるがいい!!」
ブラッドアイのその台詞を聴いて、反発するものがあったのだろう、衣栖佳は泣くのを止め、震えた身体と声でブラッドアイに抵抗する。
「――いやだ。」
「なんだと?」
「光が――皆がこうなってしまったのがアタシの責任なら、アタシがやるべきことは、唯一つ!アタシ自身の“能力”で、皆を助けることだ!!」
衣栖佳は震える二本の脚で再び立ち上がる。
その時、衣栖佳の両手を拘束していた手錠が外れ、コロンコロンと音を立てて床に落ちた。
後ろにいたヤコブがそれに驚く。どうやらヤコブが手錠のロックを解除したのではないようだ。
そして衣栖佳は、ブラッドアイの顔を睨み、その薄桃色の唇を動かし始める。
「Si, Hemitia teskios 《Prodis》!!」
衣栖佳は、そこにいた者全員にとって聴き馴染みのない謎の言語を呟いた。
まるで《魔法》の呪文のような言葉を放ったその瞬間、衣栖佳の身体から赤黒いオーラのようなものが現れ出て、炎のようにゆらゆらと輝き始めた。
それは光だけでなく、そこにいた全員が目撃した現象だった。
一体あれは何なのか?何が起きるというのか?
豹変した衣栖佳のその不気味な姿に、光たちは驚き慄く。
〔ピロリン!!ピロリン!!ピロリン!!ピロリン!!〕
突如耳障りな警告音が、全員のIDEA-Watchから鳴り響く。生まれて初めて聞くその警告音に、生徒達はさらに困惑を加速させる。4回の警告音の後、IDEA-Watchから機械のような声で非難勧告のアナウンスが流される。
〔【警告】超高濃度のアストラル流体を感知。強大な《魔法》が発生する恐れあり。市民の皆様は――〕
「――《魔法》?」
《魔法》とは何なのか?マジックを意味する「魔法」のことか?
それに“アストラル流体”という初めて聞く言葉。それは一体何だ?衣栖佳の身体から出ているあの炎のことか?
光はすぐさま自分のWatchに問いかける。
「おい、何なんだ《魔法》って!?何とか流体って何だ!?衣栖佳に何が起こってるのか説明してくれ!!」
だがWatchは質問を無視し、アナウンスを続けるばかり。そしてWatchから、次のような指示が出される。
〔UGEの戦闘員は、直ちに付近のレリギオスの殲滅にあたれ。〕
「レリギオスが近くに――!?まさか!?」
光は、Watchの言う“レリギオス”が何を、いや、“誰”を指しているのかに気付いてしまった。
湯田衣栖佳。
今その身体から謎のオーラを放っている彼女のことだと、光はすぐに認識した。
だが、時すでに遅し。
「ヤコブ!!衣栖佳を始末しろ!!」
「了解!!」
ブラッドアイの命令に、ヤコブは直ちに反応し、何かを腰元から取り出す。
それは、刃渡り20cm程のサバイバルナイフ。
しかも切れ味を増幅させる、レーザーカッター機構を搭載した特殊なナイフ。
それを観た光は、はっと目を見開く。
高出力のレーザーで覆われたナイフの鋭利な刃が、衣栖佳の背後に迫る。
「逃げろ、衣栖佳!!」
「――!?」
光は全力で叫んだ。
だが――
どすっ。
「うっ――」
衣栖佳の左胸から、鋭く尖ったナイフの先端が顔を出す。
その先端からは、衣栖佳の赤い、赤い血液が、ぽたぽたと滴り落ちていた。
ナイフと肉体が接する所では、衣栖佳の血が、レーザーに焼かれてぶくぶくと蒸発して、血腥い異臭を廊下中に漂わせる。
ぶしゅうぅぅ……
「か――は――」
ナイフが抜かれると、衣栖佳に纏わりついていたオーラは消え、彼女の身体は柱を失った塔のように、急速に地面へと崩れ落ちていく。
その時の衣栖佳の瞳は、光の方を見つめて、何かを訴えていた。
そして衣栖佳の身体が、
地面に近付くにつれ、
だんだんと、
その瞳の、
いろを、
にごら、
せて、
い、
く――
――ばたん。




