Episode9:暴かれる《秘密》
年が明けてからだいぶ経ちましたが、明けましておめでとうございます。(激遅)
本年も私Caries10と『EDENER』をよろしくお願いいたします。
久し振りの投稿、たいへんお待たせいたしました。
前回の投稿からかなり期間を開けてしまった分、前回までよりちょっと長めに執筆しました。(本社比約2倍)
どうぞ、お楽しみくださいませ。
2388年5月25日(水)3:42 P.M. 第13居住区・南星宮高校 廊下
電磁式自動小銃――2110年代にアメリカという国で開発されて以来、旧国連軍、そして現在のUGE軍の標準装備の一つとして正式採用されてきた兵器。銃口初速は1万km/hを超え、発射された弾丸は、1億Vの高圧電流を纏いながら、標的の肉体を引き千切るように、あるいは焼き切るように貫通していく。かつて《金星》、《ガニメデ》などで猛威を振るったグール・ブラッタ(人食いゴキブリ)の根絶や、ベガ第1惑星《オリヒメ》における多数の隕石群の破壊など、特に高速で移動するような標的に対して抜群の効果を発揮してきた。
そんな極めて強力、かつ超危険な兵器が今、120余名の星宮南の生徒たちに向けられている。
気を取り戻したばかりで事の経緯が皆目わからない光は、首を、そして身体をめいっぱい捩らせて現在の周囲の状況を確認する。
まず自分の現状について。光はなおも両手に手錠をかけられたまま、自分の身体が埃まみれの冷たい床に横になっていることを知覚する。両手は身体の前で拘束されてある。これならまだある程度の抵抗はできそうである。左足を動かすと背後に壁があることが分かり、眼前には見張りのUGE軍が一名立っている。その軍人やブラッドアイを含めたUGE軍は全員、一方に電磁式自動小銃を向けて注視しているせいか、光が起きていることに気付いていないようだ。が、彼らは倒れている自分を取り囲むように陣取っているため、光は自分からでは下手に動けないことを悟る。外部からこの状況を打破する“何か”が来ることを、光は求め始めていた。
次にUGE軍の向ける銃口の先を見る。先程まで和気藹藹と談笑を繰り広げていたクラスメイトたちは、電磁式自動小銃のその大きな銃口を目の当たりにして、顔色を失い石のように身体を硬直させてしまっている。いくらかの女子生徒の眼には涙らしき光るものが溜まっているのが見える。あるいは銃から背中を向けて蹲る者もいた。
ふと光は、頭一つ抜きん出た背の高い黒髪の男子生徒を見つける。エルクだ。そして彼の脇で両手を挙げてブルブル震える福希の存在も確認できた。二人は共に何かに向かって呟いているようだ。光は二人の視線の先を覗き見る。
そこには恐れ戦く生徒たちの前で腰に手を当て堂々と立ち、UGE軍を鋭く睨みつけている湯田衣栖佳の姿があった。
よく見ると、UGE軍の銃口は全て、クラスメイト全体ではなく彼女一人に対して向けられている。つまりUGE軍の目下の標的は、湯田衣栖佳一名ということなる。
では、なぜ衣栖佳は命を狙われているのだろうか?
「貴様!何故それを知っている!?」
緊張の張りつめる空気の中、ブラッドアイの怒号が響き渡る。衣栖佳に対する発言であることは明らかだが、“それ”とは何だろうか。さっき耳にした“レリギオス”のことを指しているのか。ブラッドアイの質問に、衣栖佳がその口を開く。
「知っていた――というより、分かっちゃったんです。AXelのおマヌケな言動の数々からね。」
「「「!?」」」
衣栖佳の大胆な返答に、ブラッドアイとその配下たちは思わず吃驚の声を漏らしてしまう。おいおい、政府相手におマヌケって言葉使うなよ、と、後ろの背の高い男子生徒が小声のガヤを飛ばす。衣栖佳はそれに一瞥するも、すぐにブラッドアイの方を向いて両腕を組み、その説明を述べる。
「おかしいんです。どうしてUGEの数ある部隊の中から、原生生物駆除を専門とするAXelが代表してここにやってきたのか。なぜ光を逮捕する必要があったのか。今日の流れを振り返ってみて、その答えはいたって簡単でした。これは、貴方がたAXelの管轄案件――“有害な原生生物の駆除”に該当するから。そしてこの《エデン》における有害原生生物と言えば、未だ正体不明とされる “レリギオス”を置いて他にありません。」
数多の銃口を向けられてもなお、泰然自若として語り続ける衣栖佳に、光は憧憬にも似た想いを抱いて彼女を見つめていた。
そして彼女は一呼吸を置いて、ブラッドアイに問いかける。
「光が投稿した動画に映る女の子。あれは間違いなく、レリギオスですね?」
それは光やブラッドアイだけではなく、その周囲にいる者全てを驚愕させるほどの衝撃的な発言だった。
(えっ?――今、何て言った?僕が撮った動画の女の子――あの娘が、“レリギオス”だって!?)
光は耳を疑った。いや、光でなくとも、衣栖佳のその言葉を聴いてすんなり信じることなど、誰もできないであろう。
確かにレリギオスの正体は、UGE関係者でもない限りは一般的に不明となっており、その姿には様々な説が飛び交っている。ある人はドラゴン、またある人はスライム状の物質、そしてまたある人は奇形の節足動物のような生命体だと主張する。あの人間の女の子のような姿をしたものが、レリギオスであるはずがない。光を含めた誰もが、そう信じていた。
だが、衣栖佳の言うことが本当であれば、光の抱えていた謎が多少なりではあるが解決できる。もう一つ公に知られているレリギオスの情報に、「《魔法》のような超自然的能力」というものがある。個体によって扱う能力が異なるという、特徴の表現にしては随分と曖昧で不確かすぎるが、例の動画の少女がレリギオスであるとすれば、彼女が動画内で空を飛んだり、一瞬で姿を消したりした現象の数々を、すべて《魔法》という言葉で片づけることができる。
それだけではない。ドラゴン説やスライム説など、様々な外見についての憶測が飛び交っているのに、これまで一般人によるレリギオスの目撃例が一件もないという謎に関してだ。これは、レリギオスはドラゴンやスライムと言ったようなあからさまで分かりやすいフォルムをしていないことを暗に示している。これに更に衣栖佳の説を加えると、私たちがレリギオスを発見できないのは、レリギオスの容姿が私たち人間と“そっくり”であるからであり、それはもしかすると、隣に住んでいる奥様や眼の前に座るクラスメイトなど、一見普通の人間だと思っていた人が、実はレリギオスなのかもしれないという衝撃の事実をも孕んでいる。
堂々たる態度で解き放った衣栖佳の一言は、もしかするとこの《エデン》を、否、全宇宙をも揺るがすことにも繋がるかもしれないと、光は漠然とそう考えていた。
ふと、光は思い出した。そう言えば昼休みに、空飛ぶ少女の動画を動画サイトに投稿した後、衣栖佳が何か呟いていたのを。よく聞き取れなかったが、動画の少女の正体についてだったことは確かだ。ということは少なくともあの時点で、(確証こそなかっただろうが)衣栖佳は動画の少女の正体に気付いていたということになる。だとすれば、彼女はどうやって動画の少女を“レリギオス”だと見抜いたのだろう?《エデン》育ちの自分たちに分からなかったことが、何故《地球》出身者の衣栖佳には分かったのか?
「答えて下さい!あの女の子は“レリギオス”ですか?違うんですか?違うなら、納得がいく根拠を提示して見せて下さい!!」
思索に耽っていた光の意識は、衣栖佳の空気を劈くような声によって再び現実に引き戻された。光は気が付かなかったが、それまで廊下にはただただ静寂のみが流れ、あの冷徹なブラッドアイ副隊長も、衣栖佳の質問に対してぐうの音も出せずにいたようだ。
それからまた数秒ほどの沈黙があった後、歯をギシギシと軋ませながら、ついにブラッドアイが口を開く。
「――何故分かった?」
苦渋の表情のブラッドアイが零したその言葉に、衣栖佳は勝利を確信したのだろう。衣栖佳は元々無い胸を、更に前に張って語り出す。
「先程貴方は、光に対してこう言ったはずです。『貴様が撮影した動画のせいで、全宇宙の民衆が脅威にさらされる羽目となった』――と。」
それを聞いたブラッドアイは一瞬その細い眉を顰めた。明らかに自分の身から出た錆で面目を潰され、この上ない屈辱を感じているようだった。なおも衣栖佳の説明は続く。
「光が今朝撮影した動画――そこには空を浮遊する謎の女の子が映っています。この少女の正体は一体何なのか、光はその手掛かりを求めて、動画サイトにその動画をアップロードしました。そしたら僅か3時間程で、貴方がたAXelが私たちの下にやってきた。しかもその間に、光の投稿した動画をネット上から削除させる工作までして。」
(えっ?――)
光はすぐさまWatchを開き、『WeTube』マイページの「投稿履歴」を表示させる。確か「【閲覧注意】《エデン》の空を飛ぶ謎の人影!?」とかいう陳腐な名前の動画のタイトルは「削除された動画」に書き換えられ、サムネイルは灰色の立入禁止マークに変わっていた。それをタップして再生させようとしても、真っ黒な画面の上に、
〈この動画は不適切なコンテンツを含むため、削除されました。〉
という無機質な文章が表示されるだけの映像になっていた。
(そんな――)
自分の投稿した空飛ぶ少女の動画が、ネット上から抹消されたのを知り、光は意気消沈としてWatchの画面を静かに消した。衣栖佳の説明はなおも続く。
「これは、とても不自然です。一見、ただのトリック動画とも解釈できる光の動画が、あれだけの再生数を記録しながらこんな短時間の内に削除されてしまうなんて。しかもそれからすぐに貴方がたが態々投稿者である光を訪ねて、彼を逮捕しようだなんて――まるでこれまでひた隠しにしてきた“何か”を暴露されて、急いでそれを揉み消しそうとしているかのような慌てっぷりです。」
衣栖佳のその台詞を聴いて、ブラッドアイは顔を下に伏せてしまう。ぎりぎりという握った拳の革手袋が擦れ合う音が、光の耳にもよく届いた。彼女の抑えられない悔恨か憤怒の現れだと光は感じ取った。恐らく自分の動画を消したのも、自分を逮捕したのも、UGE上層部から命令された極秘任務なのだろう。それをごく普通の女子高生一人に論破されて、彼女の軍人としての地位やプライドは、最早その形を維持できない位にぐらついてしまっているだろう。そんな状態のブラッドアイを気にかけることもなく、衣栖佳は一気にたたみかけていく。
「貴方がたが慌てるのも無理はありません。何を隠そう、光が撮影した動画に映る、この空を飛ぶ少女こそが、《エデン》を脅かす有害原生生物“レリギオス”の正体だからです。レリギオスの正体については、どういう訳か貴方がたUGEの機密事項になっていて、私たち一般人には知られていません。貴方がたが光を逮捕した理由は、彼がレリギオスの姿を撮影し、それをネットに投稿して宇宙規模でそれを拡散させてしまったから。UGE軍には様々な部隊が存在しますが、その中から貴方がたAXelだけがここに派遣されたことが何よりの証拠です。先程貴方の部下の一人が“計画”と口走ってしまっていましたが、その“計画”とやらのために、貴方がたUGEはレリギオスの正体を秘匿し続けてきたのでしょう。それが思わぬ形で台無しにされる恐れがあったから、急いで動画を抹消し光を拘束した。――違いますか?」
まるで犯人を追い詰めた名探偵のような、自信に満ちたドヤ顔を見せる衣栖佳。わずかに知り得た情報から導いたその推理は、こじつけと呼ぶにはだいぶ筋が通っていてもっともらしく思える。後はブラッドアイが自白するかどうかによるが――
「――目的はなんだ?」
長い沈黙と深い溜息の後、ようやく沈黙を破ったブラッドアイの第一声は、自白でも否定でもなく、衣栖佳に対する尋問だった。彼女は仮にも人類史上最大の政治的組織・UGEの構成員だ。組織最大の機密事項をそう簡単に自白したりはしないことは、光にとっても明白だった。
「――はい?」
「“貴様の目的は何なのか?”と訊いている。南星宮高校は第13居住区でも屈指の進学校と聞く。――湯田衣栖佳、と言ったか。先程の貴様の推理、まさか自分の頭の良さを披露したいがための行動ではないはずだ。恐らくは今そこでくたばっている望月光の釈放が目的だろう。違うか?」
それは遠回しに、衣栖佳の推理は正しい、と言っていると見なしていいのだろうか。素直に敗北を認めないあたり、流石はUGEの軍人、ただで転ぶような柔な相手ではない。恐らく質問に正直に答えなければ先に進めないと踏んだ衣栖佳は、ブラッドアイに返答する。
「はい。彼がレリギオスの動画をネットにアップロードしたのは、単なる知的好奇心から行ったものであり、決して貴方がたUGEへの敵意によるものではありません。彼は知らなかったのです。あの女の子がレリギオスだということも、レリギオスの正体を知った者がどうなるか、ということも。」
「正体を知った者がどうなるか」という言葉に、光は引っかかった。一体この先何が待ち構えているというのか。一抹の不安と恐怖が、光の身体を震わせる。するといきなり、衣栖佳が両膝を地面に落とし、ブラッドアイに向かって強く嘆願し始める。
「お願いです。どうか彼を釈放してくれませんか?もしどうしても駄目だというのなら、アタシが代わりにその裁きを受けます。彼に動画を投稿するよう指示したのは、このアタシです!処――じゃない、逮捕するなら、このアタシを逮捕してください!」
衣栖佳は頭を深々と下げ、額と地面に擦り付ける。教科書でしか見たことがない程の、綺麗な土下座である。
(えぇっ、ちょっ!?)
(シーッ!!今は黙ってろ!)
思わず驚愕の声を漏らす福希の口を、エルクが素早く手で封じ込める。福希が驚くのも無理はない。衣栖佳は急に光の身代わりになると言い出した。光だけではない。光があの動画を投稿するきっかけを作ったのは、衣栖佳とエルク、福希の3人の合意があったからだ。それを衣栖佳は、自分一人の責任として、他の3人の罪を肩代わりしようとしている。何という勇気と大胆さだろう。彼女がこれほど仲間想いな人間だったとは、光も予想だにしていなかった。彼女を見ているうちに、光の心拍数は上昇し、顔は熱を帯びていく。光の中で、湯田衣栖佳という存在に対する認識が大きく変わり始めていた――
ブラッドアイはしばらく熟考した後、部下の一人に命令する。
「――よかろう。湯田衣栖佳。貴様を拘束する代わりに、こいつを釈放してやろう。ヤコブ、奴の手錠を解け。」
「し、しかし――!?」
「いいからやれ。」
「――はっ!!」
ブラッドアイが意外にもすんなりと要求を受け入れてくれたことに、衣栖佳はほっと安堵した表情を浮かべる。ブラッドアイに命令されたヤコブという兵士は、光を立ち上がらせ、自らのWatchで手錠の解除コードを入力する。ピピピピッという機械音がヤコブのWatchから鳴り渡り、同時に光の手錠のロックが外れ、手錠は乾いた金属音を立てて床に落下する。光は両手を持ち上げ、その自由を確認する。
「光ィィィィ!!」
どすっ、と衣栖佳の身体が光の胸に飛び込んできた。突然のことで光はバランスを崩し倒れそうになるが、右足で踏ん張りなんとか持ちこたえる。
「良かった……本当に良かった……。」
光は左肩が、何か温かい液体で濡れていることに気付く。それは紛れもなく、衣栖佳の流す涙だった。あの絶体絶命の状況の中、衣栖佳はずっと恐怖と使命感に押し潰されそうになっていただろう。普段見せない泣き顔に、光は、嗚呼、衣栖佳もやっぱり女の子なんだなと気付く。衣栖佳の髪から漂うシャンプーの匂いが、光に一入の安心感を与えてくれる。
だがそんな甘美な時間にずっと浸ってはいられない。光は衣栖佳の身体をそっと離し、彼女を気遣う。
「ありがとう、衣栖佳。でも今度は衣栖佳が――」
「平気。アタシなら大丈夫だから。安心して。すぐに帰ってくるから。」
衣栖佳は涙を手で拭いながら、既に手錠を拾って待機していたヤコブの方に向き直る。
「さ、兵隊さん。その手錠をアタシに。」
ヤコブは黙って首を縦に振り、衣栖佳の両手にその機械仕掛けの重厚な手錠をかける。
その瞬間、衣栖佳は光に向かって優しい微笑を見せてくれた。
「――必ず無事で帰ってきてくれ。」
「うん。約束する。元気でね。」
光は衣栖佳の微笑を見届けながら、ゆっくりとエルクと福希たちの下へ歩み寄る。
エルクと福希は、もう既に泣きべそをかいて光を見つめていた。
「望月イイイイイイイイ!!」
「望月くううううううううん!!」
二人は両腕を広げ、光の小さな身体をがっしりと抱き締める。さっきまで衣栖佳を抱いていた感触の余韻が、一瞬で消え失せてしまった。あまりにもきつく抱き締める二人に、光は少々うざったい感情を覚える。
「お、落ち着きなよ、二人とも……痛い、痛いってば……。」
「君が無事で帰ってきてくれたっていうのに、落ち着いていられますでしょうか!?いや、できませんっ!!おかえり望月くううううううううん!!」
「ああ……衣栖佳の男気溢れる説得には感動したぜ……湯田衣栖佳、本当にいい男だったぜ……」
「ちょっと!?アタシまだ死んでないし!!つーかアタシ女だっての!!」と遠くから衣栖佳のツッコミが飛んできたところで、二人は光から両腕を離す。気が付くと、先程まで恐怖で脅えていたクラスメイト達が光を取り囲んで、彼の帰還を祝福してくれていた。特に何も活躍していない分、光は彼らの言葉一つ一つがどれも照れくさく感じてならなかった。やっと明るい日常が戻ってきたのを見て、衣栖佳も安心の表情を浮かべる。クラスメイトの一人が、光にハイタッチを求めてきた。それに応じて、光は両手を挙げ――
――待て。何かがおかしい。
なぜブラッドアイは衣栖佳の要求をすんなりと受け入れた?
光は、衣栖佳の発言を思い出す。
彼女は言った。動画の少女の正体はレリギオスである、と。
そしてどうやら衣栖佳は、「レリギオスの正体を知った者がどうなるか」を知っているらしい。
衣栖佳はそれを知った上で、僕を解放させた。
だが、そう。衣栖佳はそのレリギオスの正体を、クラスメイトで溢れるこの廊下の真ん中で堂々と暴露してしまったのだ。
つまり、これは――
「総員、攻撃準備!!」
「「「「――ッ!?」」」」




