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第4話 開戦の号砲

医療管理棟を出発して数分、ユウリとレンはある建物に到着した。

出撃棟と呼ばれるこの建物内は、今まで見た基地内の建物とは全く違う作りをしていた。

建物に入ってすぐ見えたのは広大な空間。階層を分ける天井も無い。

壁際にハ扉が付いた高さ三メートルほどの筒状の装置が、縦と横に連なって並んでいる。合計で四百機はある。

加えて上階にある装置の前には廊下が取り付けられている。廊下に上がるための階段やエレベーターもいくつか設置されていた。


(ここが、出撃棟……)


ユウリとレンの周りには既に第六部隊に所属する執行官たちが集まっていた。新隊員を含め、人数は合計で二百三十人。中にはユウリと同じく、今日入隊したばかりの新隊員もいる。新隊員たちは皆、表情から緊張が見てとれた。

無理もない。入隊した初日に、早速命懸けの戦場に駆り出されるのだ。全く臆さずにいるのは不可能だ。


「シドウさん、これ……どうなるんでしょうか」


「それは俺にも分からない。多分、君たち新隊員も出撃することになるだろう。ここから先は全員、命懸けだ。天使はいつ何を起こすか分からない。簡単に俺たちの予想を超えてくるからな」


目の前に近づきつつある過酷な現実が、ユウリの不安と恐怖を煽る。その心情を察してレンは言った。


「すまないが、俺には君を安心させられるような言葉は言えない。俺も君も、この先の戦場で死んでもおかしくないからな。ただそれでも、これだけは俺たち全員が思っている。天使には誰の命もくれてやらない。もちろん、君たち新隊員の命も含めてだ」


彼の言葉には大きな覚悟が籠っていた。

レンを含め、彼らは多くの戦場を生き抜いてきた。その中で数え切れないほど過酷な目に遭ってきた。中には仲間の死も含まれるだろう。

故に安易に誰かの命を保証することはできない。だがそれでも、彼らは戦う。

天使を殺し、少しでも多くの命を守るために。


『──第六部隊所属執行官に通達。現在、第六都市・第四区に出現している天使の脅威度が判明しました。現在確認している天使の脅威レベルはLv3(スリー)。敵個体数は千二百から千三百。繰り返します。天使の脅威レベルはLv3(スリー)。敵個体数は千二百から千三百』


放送は出撃棟のスピーカーから聞こえていた。

声の発信源は総合司令棟にある管制室。戦場を観測し、オペレーターたちが執行官を指揮するための場所だ。


『たった今、第六部隊所属の全執行官の腕時計型端末(ウォッチャー)に、今回利用していただく転移装置の番号を送信しました。執行官各員は指定された番号の転移装置に入ってください』


その時、執行官たちの腕時計型端末(ウォッチャー)の液晶画面が光った。液晶には執行官ごとに異なる数字と区画番号が書かれている。


『新隊員の方々にご説明します。まず壁際に並んでいる装置。これは現場に執行官の皆様を転移させるための転移装置になります。そして腕時計型端末(ウォッチャー)の画面下部にある大きな数字は、これから利用する転移装置の番号を表しています。全ての転移装置の扉に同じく数字が記載されていますので、表示されている数字と同じ数字が記された転移装置に入ってください。また画面上部にある区画番号は、その転移装置が何階のどの辺りにあるかを表しています。各区画への案内は腕時計型端末(ウォッチャー)の画面投影を点けていただければ、自動でマップとして表示します。マップに表示されたルートから転移装置に向かってください。急な説明になってしまい、申し訳ありません』


(ボクは八十七番、場所は二階のC区画か……)


腕時計型端末(ウォッチャー)の液晶側面にあるボタンを押すと、腕時計型端末(ウォッチャー)のレンズから空中にマップが投影された。マップにはこのエリアの情報が映されている他、利用するルートが示されていた。


「放送の通り、マップにあるルートを使って転移装置に向かえ。それと転移装置の中にはイヤホン型の通信機が用意されてある。それも耳に付けるんだ」


「分かりました。ここまで案内してくれて、ありがとうございます」


レンはユウリに背を向ける。


「……健闘を祈る。また後で会おう」


それは暗に、『仲間に生き残ってほしい』という彼の願いを告げていた。


「…………」


ユウリには確実に生き残れる自信など無い。むしろ脚が震えるくらいには、恐怖を感じている。

だが執行官としての人生を選択したのは他でもない自分だ。怯えてばかりではいられない。


「……もちろんです。後で今日のお礼、させてくださいね」


「そうか。なら尚更、勝たないとな」


そう言い残して彼は指定の転移装置に向かった。ユウリも緊張を堪え、指示されたルート通りに転移装置に向かう。

階段を使って二階に上がり、C区画に着く。そこで壁に並ぶ転移装置から指定されたものを探した。


(八十四、八十五、八十六……これだ!八十七番!)


八十七番の転移装置を見つけると、扉を開けて中に入る。

中には筒状の空間があった。装置内の至る所に未知の機材が取り付けられている。中にはスピーカーもあった。


『──こちら第六部隊隊長、ルーヴェス・アインドルト。第六部隊所属執行官に告ぐ。今回は脅威度が低いということで、新隊員の執行官にも出撃してもらう。まず装置内から見て、扉のすぐ右の壁にケースが付いている。そこに入っているイヤホン型通信機を左右どちらかの耳に付けろ。心配しなくても、これは戦闘中には落ちない。技術研究開発部が作った逸品だからな』


管制室にいるルーヴェスがスピーカー越しに説明を始める。ユウリは指示通りにイヤホン型通信機を取り出し、右耳に付けた。


『出撃にはあと二分ほどかかる。だから今の内に必要事項を説明する。特に新隊員はしっかり聞け。今回出現した天使はLv3(スリー)。ただ新隊員にはまだ脅威レベルの説明はしていなかったな。このレベルの天使はそれなりに強い。だが油断せず戦えば問題なく勝てる範囲だ。今回は新隊員以外の執行官がメインとなって戦う。新隊員は他の執行官のアシストだ。もちろん無理に戦闘に加わる必要はない。力になれないと判断したら退避しろ。安全を最優先に動け。こちらとしては、今回の戦いを通して戦場の実態というものを君たちに知ってもらう事を望んでいる』


腕時計型端末(ウォッチャー)の液晶がまた光った。新たに通知が来たのだ。


『今、第六部隊全員の腕時計型端末(ウォッチャー)に作戦指示書を送った。前線での戦闘を担う執行官はいくつかのグループに分けてある。そしてグループごとに担当エリアを割り当てている。遠距離からの後方支援を任されている執行官は各員にオペレーターを付ける。オペレーターの指示通りに動き、前線で戦う執行官をアシストしろ。要するにいつもの基本戦術だ』


ユウリも腕時計型端末(ウォッチャー)から空中に投影した画面を操作して作戦指示書を確認した。

ユウリに与えられた役目は前線での戦闘。指示には共に行動する執行官の情報や、自分の転移先の情報、そして防衛を任されているエリアの情報などもある。

同じグループの執行官は転移先が同じ場所で、すぐに合流できるようになっている。だが今回は新隊員としてアシストに徹しろ、との事らしい。他にも具体的な指示や出現した天使の情報もある。


『──転移準備が完了しました。まもなく転移を開始します。』


室内の装置が光りだした。すぐに室内は光に埋め尽くされ、ほぼ何も見えなくなってしまった。


『10……9……8……7……』


「……ふぅ」


転移のカウントダウンが進む。ユウリは目を閉じ、息を吐いてどうにか自分を落ち着かせる。

この先にあるのは戦場だ。今回はアシストがメインとは言え、戦場に立つからには危険は避けられない。


『6……5……4……』


Lv(スリー)。ルーヴェスの発言からして比較的弱い部類の天使なのだろうが、自分がマトモに戦える保証はない。自分はまだ何の訓練も受けていない未熟者なのだから。


(ああ、怖いな……これが戦うって事なのか)


襟元を掴む手は今も震えている。呼吸にも明らかな乱れがある。

怖い。その気持ちはどうやっても誤魔化せそうになかった。

それでも執行官として可能な限りの務めを果たす。執行官になると決めた時から、その覚悟は決めている。


『3……2……1……0……転移を開始します』


瞬間、体を強烈な浮遊感が襲った。

体の感覚が曖昧になる。音も光も何もかも、全てが遠のいて消えていく。

だがそれは一瞬の出来事だった。次の瞬間には全てが元通りに戻っていた。


「……っ」


ゆっくりとユウリは目を開く。彼女はどこかの建物の屋上にいた。周りには同じく転移されてきた執行官たちがいる。


「これは……そんな……っ!」


建物の外を見渡したユウリは目を疑った。

ここは第六都市の第四区にあるビル街のようだ。だが建物や道路など、至るところに破壊の跡が見られる。同じく街のあちこちから火の手が上がっていた。

そして路上や建物の壁にはナニカがいる。視界に映っている限りで数十体。

遠目なので姿まではハッキリと見えないが、明らかに人ではない。『この世界に存在してはいけないナニカ』たちだ。


『──全員、現場に着いたな。体に異常がある者はすぐにオペレーターに報告しろ。異常が無ければ、早速指示通りに動け』


イヤホン型通信機からルーヴェスの声が聞こえた。戦闘準備を整える執行官たちに、ルーヴェスは告げる。


『対天使人類防衛軍・第六部隊……任務開始だ』

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