第3話 楽園より来たる者
互いに自己紹介を済ませた後、ユウリはシドウ・レンの先導のもと、廊下を進んでいた。
「すみません、わざわざ案内させてしまって……」
「構わないさ。俺も今は定期検診から帰るところだったからな」
「そうだったんですか……その、定期検診って何ですか?」
「定期検診は執行官全員が毎月二回受けるものだ。天使と戦っていると、色々なところで目に見えない異常が体に溜まったりするからな。体が本当に万全の状態か確認するのが目的だ。健康診断みたいなものだと思ってくれ」
そこで今度はレンが尋ねる。
「それはそうと、基地案内を受けてる新隊員たちが今どこにいるか、心当たりとかあるのか?」
「すみません、全く無いです。まだこの医療管理棟にいるかもしれないですけど、そうじゃなかったらもう……」
「なら皆から逸れてどれくらい経った?」
「……大体、十分くらいだと思います。今いる階層で逸れました」
「それだともう医療管理棟を出ている頃合いだな。これより上の階はあまり紹介する必要の無い場所だからな。次の施設を紹介しに行くのが妥当か……君たちの基地案内のガイドをしているのは誰か分かるか?」
「オペレーターのカンザキさんです」
「あの人か。分かった」
レンは立ち止まり、手首に付けた腕時計型端末を操作し始める。
腕時計型端末のレンズから空中に画面が投影された。その後も投影された画面を指で操作すると、やがて通話画面が現れた。
「今からオペレーターに連絡してみる。少し待っていてくれ」
レンが画面上の通話ボタンを押すと、すぐにオペレーターに繋がった。
それからレンは一分ほどオペレーターと通話をしていた。通話を終え、ユウリに話しかける。
「確認が取れた。今は訓練棟に向かってるみたいだ」
「本当ですか!?ありがとうございます!」
ユウリは頭を下げて感謝した。
「せっかくだから君を訓練棟まで連れて行こう。多分、訓練棟の場所も分からないだろう?」
「はい。助かります」
その後、レンと共にユウリは訓練棟に向かった。
だが訓練棟に着くまで時間がかかる。せっかく同じ部隊の先輩である執行官に会えたので、ユウリは質問してみることにした。
「シドウさん、執行官って普段どうしてますか?もしかして、常に殺伐としてるとか……」
「そんな事は無い。普段は皆好きなようにやってるさ。業務外なら隊員同士で食事や遊びに出かける者もいる。業務中や訓練中はそれなりに真面目にやっているが、常に気を張っているという事は無い。殺伐とするのは戦場にいる時くらいだ」
「そうなんですか……良かった」
職場での人間関係を恐れていたユウリにとっては安心できる話であった。
「やっぱり、ルーヴェス隊長が原因か?」
「あはは……その通りです。実はさっきのガイダンスでちょっと怖いことを言われまして……あれが必要な話だった事は分かります。ボクたちの認識を改めて、気を引き締めるための話だった事は。でも、もし執行官が皆あんな感じだったら、人間関係でやっていける気がしないなぁ……と」
「気持ちは分かる。俺も入隊したばかりの時は似たような事があった。あの人の厳しい言葉は、もはや新隊員の通過儀礼と化している。だがルーヴェス隊長の厳しさは決して私情によるものじゃ無い。あの人は十年以上執行官をやってる大ベテランだ。多くの戦場を生き抜いてきたからこそ、ルーヴェス隊長は執行官の厳しさと戦場の過酷さをよく理解している。だからあの人は厳しいんだ。俺たち執行官を死なせないためにな」
執行官の各部隊には部隊の統率者として、隊長と副隊長という役職がある。隊長と副隊長は普段は現場に出ることは無い。基本的には管制室で現場の指揮を務めている。
無論、この地位に就けるのは部隊をまとめるに相応しい実力と経験、統率力を持つ執行官だけだ。そうでなければ、執行官たちの命を預かる事は許されない。
「シドウさんは最初から第六部隊にいたんですか?」
「ああ。その時からルーヴェス隊長は第六部隊で隊長をやっていた。ただ俺は入隊後に何度か部隊の配属先が変わったからな。入隊後に第六部隊にいたのは半年だけ。その後、第一部隊と第二部隊を渡って、二年前に第六部隊に再配属された」
「配属先って変わるんですね」
「部隊の戦力調整のためだな。ルーヴェス隊長の話を聞いた後ならもう分かっていると思うが、防衛軍では執行官が死ぬことは珍しくない。最低でも毎年百人以上の執行官が死亡する。そして執行官が死亡すれば、もちろん死亡者が出た部隊の戦力が落ちる。そういう時に配属先の変更が起きる」
改めてレンの口から過酷な事実を突きつけられ、ユウリは表情を強張らせてしまう。
「……ちなみに、毎年どれくらいの執行官が入隊するんですか?」
「俺が知る限りだと、百人から百五十人だな。医療管理部や技術研究開発部がなるべく死者を出さないよう、年々技術や設備に改良を重ねているが、執行官の救助にも限界がある。結果、毎年の死者数と入隊者数の人数がほぼ同じだ。だからいつまで経ってもなかなか執行官が増えない。防衛軍の永遠の悩みだな。あと『四年前の災害』の影響もあるが……これはいいか。まぁ執行官になる基準が先天的な身体適性に依存するから、こればかりは仕方ない」
「確か『戒具』との身体適性ですよね。あとは単純な身体能力が問われるって聞きましたけど」
「そこの適性問題さえ解決できれば、もっと執行官の人数も増えるのかもしれないが、そこは技術研究開発部に任せるしかないな……っと、出入り口に着いたな」
話している内に医療管理棟の一階出入り口まで来ていた。
「ここを出れば訓練棟はすぐだ。このまま向かおう」
二人は自動ドアに近づく。
彼らの接近を検知してドアが開いた。そのまま外に出ようとした。
その時だった。
『───緊急警報!!緊急警報!!』
けたたましい警報音が防衛軍の基地全域に鳴り響いた。音は医療管理棟のスピーカーからも流れている。
『全執行官に通達!!たった今、第六都市第四区にて天門が発生しました!天使の戦力、および被害指定区域は現在調査中。第六部隊所属執行官は直ちに出撃棟に向かってください!繰り返します!たった今、第六都市第四区にて──!!』
スピーカーから緊迫した声が響く。
それは厄災の襲来を告げる知らせ。百年前、突如としてこの世界に現れ、人類を絶滅の危機に追いやった人類の宿敵。天使の名を冠した化け物たちが再びこの世界に現れたことを表していた。
「シドウさん、これって……!?」
「天使どもめ、こんな時でもお構いなしか……!」
レンは顔を顰めながらユウリに声をかける。
「警報の通りだ。たった今、第六都市の第四区に天門が発生した。つまり天使どもがそこに現れたってことだ。発生地は第六都市、俺たち第六部隊の防衛担当都市だ。俺たちは今すぐ出撃棟に集まって現場に出る必要がある」
「それって、今から天使と戦うってことですか!?」
「そうだ。入隊早々で不運な事だが、現れた以上はやるしかない。天使は自然災害と同じだ。いつでもこの世界のあらゆる場所に現れる可能性がある。とにかく出撃棟に向かうぞ。ユウリさん、君にも着いて来てもらう」
「……っ!はい!」
二人はその場から走り出した。警報で指示された通り、基地内の出撃棟に向けて。




