第2話 対天使人類防衛軍
廊下に出たユウリたちを迎えたのは一人の黒髪の女だった。
「はじめまして。本日、皆様の基地案内のガイド役を務めさせていただきます。司令部所属のオペレーター、カンザキと申します」
黒髪の女、もといカンザキは自己紹介と共に会釈した。
「まずはこの『第六部隊棟』から案内させていただきます。ちなみに先程まで皆様がガイダンスを受けていた部屋は講習室。座学や戦術、天使に関する講習会で使われる部屋です。今後も頻繁に皆様が利用することになるでしょう」
カンザキは先頭に立って歩き出す。ユウリたちもカンザキの後ろについて進み出した。
***
最初に案内されたのは第六部隊に所属する執行官たちの拠点となる場所、『第六部隊棟』だ。
第六部隊に限らず全ての部隊にこのような建物がある。どの部隊も大まかな業務内容は一致しているが、部隊ごとに『役割』が異なるため、各部隊の拠点は内部構造に異なる箇所も見受けられる。
「こちらは第六部隊棟の事務室です。ご覧の通り、デスクワークのための部屋です」
ユウリたちが連れて来られたのは広い事務室。室内にはパソコンや書類が乗ったテーブルがいくつも並んでいる。室内で椅子に座って作業しているのは第六部隊の執行官たちだ。
(ガイダンスでも話してたけど、執行官もデスクワークってするんだ。思ってたより軍人はやる事が多いんだな)
「凄いねあの机。あの青髪のメガネかけてる人の机だけ、他よりずっと書類乗ってるよ。見た目通り真面目な人なのかな?」
そう言いながら誰かがユウリに話しかけてきた。
つい先程も聞いた声だ。ユウリが振り向くと、そこには予想通りの人物がいた。
「君は……」
「さっきぶりだね。ペン借してくれてありがと」
先程ユウリがペンを貸した少女だ。彼女も第六部隊の新隊員なので当然だが、ユウリと共に基地の案内を受けている。
「ちなみにアタシの名前はノルン・ヘリクシェン。ノルンって呼んで。貴方の名前は?」
「ボクはユウリ・ラインヴァス。同じ第六部隊の新入りだ。それにしても君、よく話しかけられるよね……初対面の相手に」
「まぁね。コミュ力が数少ないアタシの取り柄だからさ。貴方は話すの苦手だったり?」
「苦手じゃないよ。人と話すのは好きだけど、今は緊張してるから流石に……昨日も寝れなかったし」
「ははっ気を張り過ぎだよ。まぁアタシも緊張してるけどさ。さっきのルーヴェス隊長の話もあったし」
二人が小声で話している内にも第六部隊棟の紹介は進行する。すぐに事務室の紹介が終わり、カンザキを先頭に新隊員たちは事務室を出た。
「こちらは会議室になります。頻繁に使うような部屋ではありませんが、情報共有や作戦会議、平常業務などの際に使われます」
その後は大量の椅子とテーブルが配置された会議室を見て回ったり──。
「こちらは資料保管庫になります。天使に関するデータも多くありますが、その他にも第六部隊の担当都市である第六都市の情報や第六部隊隊員の過去の業務記録もあります。事務作業や講習時に利用されることが多いですね。皆様は明日から研修期間なので、参考にしたいデータがありましたら、ここを訪れてみてください」
資料が並んだ棚や電子上で記録されたデータを閲覧するパソコンが並んだ資料保管庫を見たりもした。
ユウリの想像より部屋の種類が多かった。明日以降、これらの部屋を把握して使い分けなければならないと思うと、少し不安になってくる。
「次は総合司令棟の紹介になります。皆様、私に付いてきてください」
その後も基地の紹介は続いていった。
***
そもそも、なぜ防衛軍内で執行官が六つの部隊に分かれ編成されているのか。それは執行官の防衛区域を分け、より効率的な国家防衛を実現するためである。
この最終防衛国家ロズリカはその名の通り、人類に残された最後の国だ。
人類の生存圏の九割以上が失われた現代。過去に存在した国々は全て滅んでいる。ロズリカは人類が生き残るために立ち上げた最後の砦だ。現存する人類は全てこの国に集まり、天使と戦いながら今を生きている。
最終防衛国家ロズリカは全部で第一都市から第六都市までの六つの都市に分かれており、都市ごとに果たす役割も分かれている。
そして防衛軍では、一つの部隊につき一つの都市の防衛を担当している。第六部隊なら第六都市といったように、各部隊は同じ数字の都市を防衛しているのだ。
「こちらが総合司令棟になります。ここは執行官の方々は司令部の者から呼ばれない限りは、あまり来ることは無い場所なので、軽く紹介させてもらいます」
続いて紹介されたのは総合司令棟。ここでは防衛軍全体の管理を担っている。
執行官を含む防衛軍内の全役職の管理と方針決定、防衛軍の予算や設備の管理、防衛軍の関連組織との業務提携など、業務の種類はいくつもある。
カンザキが担うオペレーターも総合司令棟に拠点を置く役職の一つだ。主に戦闘中の執行官の指揮と作戦立案を担っている。
「どこもオフィスだらけだねぇ。司令部なんて入隊する前から表立って名前を聞くこと無かったけど、こういう所がアタシたちの仕事を支えてるってことかな」
「そうだね。ボクたちにとって縁の下の力持ちってことになるね」
移動中、気付けばユウリはノルンと話していた。いつの間にかノルンとの会話に慣れている自分にユウリは内心驚いていた。
***
「こちらは基地内の食堂になります。概要は一般的な飲食店と特に変わりません。食事を摂るための場所です」
次に来たのは食堂。木目調のテイストで彩られた内装はカフェに似た落ち着いた雰囲気を感じさせる。数階に分けられた広い建物内には、大量のテーブルと椅子が置かれていた。
「もちろん基地の外にも他の飲食店がありますが、勤務時に近場な場所で食事を摂るならここが最適です。防衛軍は何かと過酷な仕事が多いですから。その分ここで皆様がリラックスできるよう、様々なメニューが用意されています」
既に食堂内には多くの人がいる。執行官や司令部所属の者など、防衛軍中の組織から腹を空かせた者たちが集まっていた。
「広いねぇここ。皆でパーティとか出来そう!」
「確かに出来そうだけど、許されるかなぁ……それ」
などと、ユウリとノルンが話していた時だった。
「お、もしかして新人の執行官か!」
声をかけながら近付いてくる者がいた。二十代半ばの茶髪の男だ。
「ローグ執行官。昼食ですか?」
近付いてきた男にカンザキが尋ねた。
「ああ。と言っても食った後だけどな。それで、こっちの人たちは……」
「本日から第六部隊に入隊する執行官の方々です。今は基地案内の最中になります」
「おっと、案内の最中だったか。こりゃ邪魔して悪かったな。にしても俺と同じ部隊か……」
男はユウリたちの方を向き、
「今日の夜、もし空いてたらここに来てくれ!執行官の恒例行事でな。皆で歓迎会やろうって事になってんだ!だから───」
「ちょっとローグ、何やってるのよ」
話している最中の男の襟首を、誰かが後ろから掴んだ。男と同年代であろう銀の長髪をした女だ。
「ジェリット、何しやがる!」
「それはこっちのセリフよ。ごめんなさいカンザキさん、迷惑かけちゃって」
「いえいえ、ジェリット執行官もお勤めご苦労さまです」
女は襟首を掴みながら男を引っ張り、食堂の出入り口に向かう。
「邪魔してごめんなさいね。執行官は大変だけど、何かあったらいつでも私たちを頼ってちょうだい。これからは同じ戦場を生きる仲間なんだから」
ユウリたちにそう言い残して、女は男を引っ張りながら食堂を去った。
「……パワフルな人だったね」
「うん、ボクもあれくらい気概のある人になりたいや」
***
「こちらは技術研究開発棟になります。防衛軍の技術開発を担っている技術研究開発部の第一拠点となる場所ですが、こちらも総合司令棟と同じく執行官の方々はあまり来ることのない場所ですので、軽く紹介させていただきます」
今度は技術研究開発棟。建物内は白衣姿の研究員が行き交ってた。ほとんどの部屋の出入り口や廊下に『関係者以外立ち入り禁止』と書かれた張り紙や看板がある。
「『戒具』をはじめとする天使に関する技術や装備のほとんどがここで創出されています。技術研究開発部は執行官に次ぐ天使討伐の要と言える組織です」
時々扉が開いている部屋がある。そこから室内を覗くと、室内に無数の機材があるのが見える。その大半がユウリたちには未知の機材だった。まさに最新技術の研究所といった雰囲気である。
***
「こちらは医療管理棟、防衛軍の医療施設になります」
さらに続いて訪れたのは医療管理棟。建物内の雰囲気は病院に似ている。まさに医療施設だ。
「ここでは医療機器や技術の開発から医療の提供まで、医療全般を取り扱っています。戦闘で負傷した執行官の治療に使われるのが大半ですが、防衛軍だけでなくロズリカ全体の医療にも携わっています」
防衛軍では執行官が戦場で負傷してくる事など当たり前だ。人類の要である執行官をサポートするために、防衛軍には世界最高峰の医療が用意されている。ある意味、ここが防衛軍の心臓とも言える。
「明日以降の研修で説明を受けることになると思いますが、執行官の皆様にはここで毎月二回、定期検診を受けてもらうことになっています。負傷した際や体調が優れない時には遠慮せずご利用ください」
説明されながら建物内を案内されていると、ユウリはある扉の前で二人の女が立っているのを見た。
「姉さん……わざわざ付いてこなくてもいいのに、なんで付いて来たんですか。と言うか第四部隊の仕事はどうしたんですか」
「だって今日はマキアの定期検診の日でしょう?妹の健康状態を把握するのは姉の義務。特にマキアは無茶な働き方ばかりしてるんだから。この前の定期検診でも『不健康な生活習慣だ』って指摘されたじゃない」
「姉さんが人の健康について言いますか。盲目なのに」
「私は目はダメだけど、それ以外はとても健康だから。少なくとも定期検診で健康状態を指摘されたことは無いわ」
片方は白と黒が混ざった長髪の女だ。目元にはクマもある。少なくとも健康状態は良くなさそうだ。
もう片方は黒髪のロングヘアーの女。髪にはレース付きの白いカチューシャも付けている。
白髪と黒髪が混ざっている方より歳上に見える。体も健康そうだが、何故か両目を閉じている。さらに首に機械的な黒い首輪を付けていた。
両者共にやや癖が強い。
(服装からして、多分ボクと同じ執行官の人だよね。執行官にも色んな人がいるんだな……)
そんな事を思いながら前を向いた瞬間だった。
「……ん?あれ?」
ユウリは気づく。ユウリの周りにいたカンザキたちがいなくなっていた。
「もしかして……置いていかれた?」
正しくは自分が付いて行けなかったのだ。先程のやや癖のある二人に意識を向けている間に、他の者たちは先に進んでしまった。
(ど、どうしよ!?皆どこに行ったのかな!?案内の流れからして上の階?じゃあ私も階段を登れば……って階段がどこにあるか分からない!)
混乱しながらもカンザキたちを探して廊下を進む。だが新たな問題に直面した。
(ダメだ!医療管理棟の構造が複雑すぎる!)
行く先々に曲がり角がある。どこをどう進めばカンザキたちに追い付けるのか分からない。まるで迷路にいるような気分だ。
(どうしよう。これじゃあこの階層を出るだけで一苦労だよ。追い付くどころじゃない)
思わず頭を抱える。このままではガイダンスを受け損ねるばかりか、初日から迷子になる問題児として見られる可能性がある。
しかし慌てふためいても現状は進展しそうにない。こうなったら近くにいる誰かに道を尋ねようかと考えた時だった。
「……君、もしかして迷子か?」
「ッ!?」
横から声をかけられた。驚きのあまり飛び跳ねそうになりながら、声がした方向を見る。
そこにいたのは二十代半ばの黒髪の男。服装からしてユウリと同じ執行官だ。
「間違っていたらすまない。ただ困っているように見えたから、声をかけたんだが……」
「いえ、合ってます。めちゃくちゃ迷子です」
全力で困っていることを訴えた。何一つ包み隠さず訴えた。
「そうだったか。ちなみにどこに行こうとしているんだ?」
「それが分からないんですよね……私、今日入隊した新隊員で、今基地の案内を受けてたんですけど」
「なるほど。その途中で逸れてしまったのか」
男はすぐにユウリの状況を察した。
「あの、貴方は一体……あ、私はユウリ・ラインヴァスです。第六部隊に所属することになった新入りの執行官です。よろしくお願いします」
尋ねるより先に自己紹介と共に会釈するユウリに、男も名乗った。
「俺はシドウ・レン。君と同じ第六部隊所属の執行官だ。こちらこそよろしく」




