第5話 守護者と破壊者
任務が始まった直後、執行官たちは一斉に動き出す。
彼らの周囲で光が瞬いた。光の中から現れたのは機械的な武具の数々。
剣や斧、鎌、二丁拳銃、弓からライフル銃まで。様々な武具が一つずつ執行官たちのもとに現れた。
戒具──それは執行官に与えられる、天使を殺すための専用武器。使用者の身体強化やシールドの展開、回復の促進、『固有機能』の発動など、様々な機能が搭載されている。
また、それらの機能は戒具の出力に応じて程度が変わる。戒具には0から100%まで出力が存在し、出力に応じて戒具の性能が上下する。
(皆もう戒具を呼び出してる。ボクも出さないと!)
周りに乗じて、ユウリも自身の戒具を召喚する。
右手に光が瞬いた。次の瞬間、彼女の手に握られていたのはパイルバンカーだ。
武器の後方は楕円状の作りで、噴出装置が取り付けられている。前方には槍のような形状の金属があった。
『戒具・起動・現在出力28%』
戒具が起動を告げる機械音声を鳴らす。側面にある取っ手を握り、ユウリはパイルバンカーを持ち上げた。
数キロはありそうな重量感のある外見だが、実際に持ってみると意外と軽い。戒具による身体強化の影響もあるだろうが、やはり普通の金属では考えられない軽さだ。
遠距離射撃を任された執行官はオペレーターの指示と共に動き始めた。前線での戦闘を任されている者たちは指定された執行官と合流してグループを組んでいる。ユウリも同行する執行官を探して周りを見た。
「よっ!アンタがユウリ・ラインヴァスだな」
ユウリに声をかけながら近付いてきたのは四人の男女だ。
「確か、ローグさんですよね?」
彼らの顔は見覚えがある。出撃前に見た作戦指示書に、同行する執行官として情報があった。
「ちゃんと作戦指示書の内容を覚えてたか。初仕事から良い心掛けだ!なら簡単に自己紹介しよう。俺はローグ・ウォルザック。斧使いの近距離担当だぜ」
先に名乗ったのは茶髪の男。彼は大斧を肩に担いでいる。第一印象はやんちゃな男である。
ユウリにとっては作戦指示書だけでなく、基地案内の時に食堂でも見た顔だ。
「あーしはアセロラ・エヴァーディア。戒具は剣、つーか裁ちバサミの片刃です。まぁ後で増やしますけど。攻撃から敵の妨害、回復まで色々できます。怪我したら頼ってください。よろ」
次に名乗ったのは青緑の髪を後頭部で丸くまとめている女だ。
顔は驚くほどの無表情に染まってる。それでいて一挙一動が丁寧だ。まさに瀟洒という言葉が相応しい。
右手には剣を握っている。剣は刃から柄まで、全体が裁ちバサミの片刃のような作りをしている。
色々と意識を惹くポイントがあるが、最もユウリの意識を惹いたのは他でもない。
(あ、あーし?よろ?というか『増やします』って何を……?)
この女、雰囲気に対して口調がチャラい。
「僕はケイン・ルーメンと申します。武器は見ての通り盾。防御とカウンターが得意です。変形機能を使えば遠距離狙撃も可能ですが」
続いて赤茶髪の男が名乗った。伸ばした髪を首元で束ねている。
持っているのは自身の身長と同等の大きさの盾。盾は下部分が鋭利に尖った刃になっている。他にも噴出装置や銃口が取り付けられていた。ただ防御するだけの盾ではないことは明らかだ。
「危険を感じたら僕かアセロラを頼ってください。君たち新隊員は我々防衛軍の貴重な希望。必ず僕たちが守ります」
アセロラと同じく気品のある男だ。だがアセロラと違い、口調にまで気品が窺える。
「あとは私ね。私はジェリット・キュアロン。フロートガンが武器よ。中距離からの援護射撃を担ってるわ」
最後に名乗ったのは銀髪の女。ロングヘアーを三つ編みで束ねている。
彼女の周囲にはフロートガンと呼ばれる長さ三十センチ程の浮遊式光線銃が十二丁、滞空している。
ユウリにとってはローグと同じく、食堂で見た顔だ。
「さぁ自己紹介も済んだ。そろそろ行こうぜ。ちなみに今日は自己紹介したが、普段は現場で情報共有なんてしないからな」
「しないんですか!?」
「そうですよ。戦場では一分一秒が貴重なので、自己紹介に時間はかけられません。出撃前に同行者の情報が作戦指示書で共有されるので、そこで仲間の情報を覚えます。現場で話すのは、その場での連携や作戦くらいです」
言いながらローグ、ジェリット、ケインは前に出る。そのまま彼らは当たり前のように建物の屋上から飛び降りた。
「えっ!?飛び降りた!?」
「つーわけなんで、貴重な一分一秒のために行きましょーか」
「それってまさかボクたちも飛び降りるってことで──」
「怖いなら目閉じてていいですよー」
アセロラはユウリを左腕で担ぐと、ローグたちに続いて飛び降りた。
***
第六都市・第四区。普段なら人が行き交っているこの街は、今は地獄のような光景に染まっていた。
至るところに見られる破壊の跡と炎上する建物。街中のスピーカーからサイレンが鳴り響いている。
『警報、警報、第六都市・第四区内で天門が発生しました。避難指定区域は二番街、三番街、四番街。避難指定区域内にいる方々は今すぐ避難シェルター、もしくは避難指定区域外に避難してください。繰り返します。第六都市・第四区内で──』
『繧「繧。繧。繧。繧。繧。繧。繧。!!』
警報音に重なるように理解不能な叫びが響き渡る。警報を鳴らしている屋外スピーカーに刃が突き刺さり、破壊された。
それは大鎌の刃だ。その柄を握っているのは、身長四メートルほどの人型の怪物。
体は赤い肉で模られており、肉の上を骨のような白い鎧で覆っている。背には一対の純白の翼が生え、頭上には光輪が浮かんでいる。
これが今回出現した天使。防衛軍の規定では、『人型武装種天使』という区分に分類される個体だ。
街中にはこの天使と似た外見の天使が何百体といた。それぞれが剣や鎌、鉄槌など異なる武具を持ち、目についた物を片っ端から破壊していた。
『繧「繧。繝???繧ォ繧。……?』
その時、路上の天使たちがある事に気付いた。
近くから妙な気配がする。大きな物音と血肉の匂い。それらは次第に近づいている。
気になって天使たちが道路の先を見る。ソレらの視界には、五人の男女が映っていた。
「人型武装種天使か。あのサイズなら中型……見た感じ、遠距離にはあまり強くなさそうだな。ユウリ、付いて来れてるか?」
「は、はい!何とか!」
「そりゃ上々!じゃあ早速目の前にいる天使どもを狩るぞ」
ユウリたちは路地を疾走しながら、進行方向にいる天使を捕捉する。
彼らの前にいる天使の数は十八体。その中で、最も近くにいる天使との距離は二十メートルほど。既に十分近づいた。
「先に言っておくけど、ユウリさんは今回は無理して前線に出なくていいからね。なるべく私の近くにいて。まずは私たちの戦い方を見て学んでちょうだい」
「はい!」
「良い返事ね。なら始めましょうか」
ジェリットとユウリはその場で止まった。一方、ローグとアセロラ、ケインはそのまま天使の群れに直行する。
「まずはこれでどうかしら」
『戒具・出力上昇・現在出力50%』
機械音を鳴らす戒具。ジェリットが手をかざすと、全てのフロートガンが一斉に光線を放出した。
光線は一度ではなく、何度も繰り返し放たれる。十二丁ものフロートガンを同時に操作していながら、外れた光線は一発も無かった。
光線は空中で不自然に曲がっては、寸分の狂いもなく天使に命中する。それも脚や腕、関節部分など、確実に天使の機動力を奪う箇所を狙っていた。恐ろしいほど精密なコントロールである。
しかし、この程度で倒れるほど天使という生物は弱くない。撃たれても尚、顔色一つ変えずに天使たちは武器を構える。そこへアセロラたちが突撃した。
「ほいっと」
アセロラは剣を投擲する。剣は一直線に天使の胸部に迫っていた。それも弾丸並みの速度だ。
だが天使はその速度に反応する。眼前に迫った剣を持っている大鎌で弾き飛ばした。剣は遠くへ吹き飛ばされてしまった。
天使の口角が上がる。このまま武器を失ったアセロラを殺すつもりだったのだろう。
しかし、次の瞬間にその表情は変わる。剣を弾いた直後に、アセロラが懐に入っていた。
それだけではない。アセロラの両手には、先ほど弾き飛ばしたはずの剣が一本ずつ握られていた。
天使は大鎌を振り抜いたばかりだ。すぐに次の攻撃には移れない。
その隙にアセロラが攻撃に出る。刺突で天使の喉元を穿つと、そのまま剣を横へ引き抜く。そして攻撃で天使が狼狽えた瞬間に、凄まじい速度で連撃を叩き込んだ。
『ッ…繧ォ……!!』
斬られた天使に動く力はほとんど残っていない。地に膝を着きそうになるのを、なんとか堪えている状態だ。
だがアセロラは追撃することなく、次の天使の討伐に取り掛かった。
理由は分からないが、天使にとっては好機である。今の内に肉体を再生しようとする天使の背後で、密かに大斧が振り上げられる。
「トドメは俺の仕事なんだ。悪いが木っ端微塵だぜ」
ローグが大斧を振り下ろす。天使の体は両断されただけでなく、刃から拡散した衝撃波によって木っ端微塵に吹き飛んで絶命した。
「ローグ、次はこっちです!」
ケインが声をかける。彼は目の前の天使の攻撃を盾で弾き返すと、盾を薙ぎ払うことで先端の刃で天使を斬りつけた。さらに横から天使を盾で殴打し、天使を吹き飛ばす。
「任せろッ!」
吹き飛ばされた天使に立て直す暇を与えず、ローグが追撃を加える。高威力な彼の一撃が、天使の体を再び木っ端微塵に吹き飛ばした。
ローグたちは同じ手段を繰り返し、付近の天使を減らしていく。彼らの連携は手順としては分かりやすい。とても合理的な戦術だ。
まず中距離から連続精密射撃が可能なジェリットが天使の機動力を奪う。次に近距離戦闘に長けたアセロラとケインが動きの鈍った天使を追い込む。そして高い攻撃力を誇るローグが弱った天使にトドメを差す。
全員が自身の能力を活かし、一切の無駄なく天使を殺している。彼らの洗練された連携に、ユウリは驚愕していた。
この連携が以前から計画され、研鑽を重ねていたものだと言うのなら、まだ納得できる。だが出撃時の説明からして、彼らにこのグループで連携を練習する瞬間など過去に無かったと考えられる。
つまりこの連携はアドリブで行っているのだ。作戦指示書から把握した仲間の能力から、即興で状況に合った戦術を考え、完璧に実行している。
一体どれだけの訓練と経験を重ねれば、そんな芸当ができるのか。ユウリには想像もつかない。
「よし、この場は片付いたな!次行くぞ!」
一分もかけずに十八体の天使の掃討が終わった。凄まじい手際の良さだが、天使はまだまだ残っている。
路地の先から他の天使たちが走ってきている。数は三十体はいるだろう。ローグたちも迎え撃つべく、その場から駆け出した。




