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第六十話 はじめの一歩

 第六十話   はじめの一歩



 「ふぅ……  我ながら、よくやった……」 撫子は自宅で満足している。

 前回、吉野の訪問で情けない姿をみられた撫子。 その後悔が残っており、休みの日は掃除をしようと思っていた。


 しかし掃除をしたのは、思ってから数週間が経っていた頃である。



 「しかし…… 何故に人を救おうと思うのに、自分の部屋は救えないのだろうか……」


 数週間、特に休みも無かった訳でもない。 それでも撫子は、洗濯はするが干しっぱなし。 コーヒーカップは飲む時にだけ洗うようにしていた。



 ようやく安心したので外出。 アパートを出て、階段を降りると


 「こんにちは……」 声を掛けてきたのは松田 祐介である。 撫子のアパートの真下に住んでいる中学生だ。



 「祐介君、こんにちは。 学校はどう?」

 「はい。 ちゃんと行っています」


 撫子は、安心して微笑んだ。


 「良かった。 今日、学校は?」 撫子が訊くと、祐介は下を向く。

 この表情で察した撫子は、祐介に顔を近づけると


 「ちゃんと話してごらん」 祐介の目を見る。


 困った表情の祐介は、撫子から目を逸らして

 「お姉さん、うつ病って何?」 


 「うつ病…… 心の病気よ。 それがどうかしたの?」 撫子が首を傾げると


 「友達が病気になって、お見舞いに行ったら不機嫌そうな顔をされてさ……」

 祐介はショボンとした表情になっていく。



 (とりあえず祐介君じゃなくて良かった……)

 しかし、撫子は『お人好し』である。


 「その友達の家に案内してくれる? それと、ちょっと待ってて!」

 撫子は、凄い勢いで二階に駆け上がっていくと


 「お待たせ! じゃ、行こうか」


 特に祐介が頼んだ訳でもないが、勝手にカウンセリングに行く気になった撫子である。



 そして、祐介が案内をすると

  “ピンポーン” 撫子がインターホンを鳴らす。 


 「はい…… あれ、松田君……」 友達の母親が玄関に出てくると、目を丸くする。



 「すみません…… 私、祐介くんの同じアパートで心理カウンセラーをやっています久坂と申します」 撫子が頭を下げると


 「はい…… あの、依頼をしていませんが……」


 「そうですよね。 勝手に来て申し訳ございません。 悪徳のセールスではございませんので……」



 撫子は祐介から聞いて、勝手に来てしまった事を説明する。


 「入ってください」 母親が家の中に案内をすると、祐介は自宅に戻っていく。



 「すみません……」 撫子が頭を下げると、

 「こちらこそ…… 息子が部屋から出てこなくなって、一週間が経ったんですが……」



 母親の名前は 河合 和子。 息子の名前は 河合 じゅん 祐介と同じ、中学二年生である。



 「学校でイジメか何かあったのでしょうか?」 撫子が訊くと

 「特に無かったようです。 仲の良い松田君も言っていましたが、普段通りに生活をしていたのですが……」



 「突然、変わってしまったのですね?」


 撫子は仮説をたてる。 ここで考えられるのは……

 ・統合失調症 ・せん妄 ・境界性人格障害(境界性パーソナル障害)である。



 「一度、病院に行かれては……」 撫子が言うと、母親の和子はため息をつく。


 「どうされました?」 撫子が訊くと

 「病院を嫌っていまして……」


 「それはどうして?」 撫子が訊くと、和子は首を振る。


 (ただの病院嫌い? うつ病で身体が重いのかな……)



 「私が前に、「調子が悪そうだから精神病院に行こう!」と言ったのですが、それから閉じこもってしまいまして……」


 これを聞いた撫子は、(その言い方じゃ、嫌がるわ……) そう思ってしまった。


 今ではメンタルクリニックなどと小洒落た言い方が多い。 また病院でも心療内科などという呼び方なのだが……


 (精神病院って……) 撫子は苦笑いになっていく。



 「あの……おそらく呼び名ではないでしょうか? 精神病院というと不適切というか、重そうなイメージになりますが……」


 撫子は申し訳なく説明をすると


 「あぁ…… そんな言い方なのね…… だからか」 和子が苦笑いをする。



 「それが原因とするには早いですが、息子様に会えますか?」



 そして撫子は母親に案内をされ、純の部屋の前にやってきた。


  “コンコン……” 失礼します。 撫子は返事が来る前にドアを開けてしまった。


 「うわっ―」 部屋の中から驚く声が聞こえると

 「すみません― 私、心理カウンセラーの久坂と申します……」



 慌てて自己紹介をすると、「そうですか。 何でしょうか?」 純は冷静になったのか、落ち着いた声で反応する。



 「私、松田君と同じアパートに住んでて…… 話を聞いて、来ちゃいました」


 それから撫子は純と向かい合って座る。



 「ごめんなさいね…… その、心の問題と聞いて突っ走っちゃって……」


 「あぁ…… そういうこと……」



 「なんでも、お母さんが「精神病院」という言葉で病院が嫌になったのかな?」

 撫子が訊くと


 「確かに、言い方だよね……」 純が苦笑いをする。



 (あれ? 普通の表情……) 撫子はキョトンと純を見つめる。 ここで撫子は感情の起伏の波を探っている。


 感情の起伏が激しい場合は双極性障害や境界性パーソナル障害を疑うものだからだ。


 そして話していくうちに、あるヒントが出てくる。


 「僕のパーソナル障害を疑っているの?」 純の発言に、撫子が驚く。

 (中学生で「パーソナル障害」って?)



 これは大人でも身近に聞いた人しか出てこない言葉だからだ。 医師、看護師や心理カウンセラーなら聞く言葉だが、中学生が発する言葉で驚くのが普通だ。



 「純くん…… なんで、その言葉を……」

 撫子が驚いて訊いてしまうと、純はニコッと微笑む。


 そして机の上から本を渡す。 そこには精神や心理学の本がたくさん出てきた。


 「これを勉強していたら、感情が不安定になって……」


 この話を聞いて、撫子は「はあぁぁぁ……」と、大きな息を吐く。



 「これは大学で専攻する本よ…… 中学生が読むには早いかな……」

 撫子が説明すると、純は不思議そうな顔をする。


 (なんて顔しているのよ…… 私が中学生の時なんて、アイドルや遊びの事しか考えてなかったわよ……)


 撫子は自身の中学生の時と比べてしまい、ちょっと恥ずかしさを覚えてしまうと


 「マセていますか? 先走っていますか?」


 「マセていると言うか、変わってる?」 撫子は、つい言ってしまう。



 これがカウンセリングだったら問題になってしまう発言である。


 「この手を目指す人は変わっていると言うか…… あまり居ないわよ?」

 撫子は自身の仕事にまで否定をするような言葉になってしまう。



 「良い機会だわ。 それなら社会科見学に行きましょう……」

 撫子はスクッと立ち上がり、純に掌を差し出すと


 「お姉さん、『てのひら』って知ってる?」 純が訊いてくる。



 「これでしょ?」 撫子は掌を純に見せると

 「違うよ。 心理カウンセラーの場所の『てのひら』だよ! この近くにあるんだって」


 純の目はキラキラしていた。


 「あぁ…… それか。 って、えぇぇ……?」 撫子は驚きの声をあげる。



 「どうしましたか?」 母親の和子が部屋に飛び込んでくると

 「す、すみません…… 大声を出してしまって……」 撫子は、しきりに頭を下げている。



 「それで、『てのひら』がどうしたの?」 

 「本に出たりと話題だからさ……」 純の説明は見事なのだが……



 (そんなに美化される仕事じゃないから、もっと普通の路線に憧れを持ちなさいよ……) 撫子は驚きの表情から、苦笑いへと変わっていく。



 そして、話を本題に戻す。

 「それで、カウンセラーに憧れて心が不安定になったのに、なぜ病院に行かないのかしら?」


 「怖いんです……」 純がポツリと漏らすと「何に?」 撫子は次の言葉を待った。



 すると、「僕が本当に変だったら……」 この言葉に撫子は『ハッ―』とする。


 (純くんは、自分を知ったの? これだけの本を読んだから……?)



 「もし、本当に僕が壊れていたら……」

 「それなら、なおさら……」 撫子は純の肩に手を置く。


 「お姉さん……」


 「純くん、『てのひら』に憧れているんだよね?」 撫子の言葉で純が頷く。


 「それなら、まず自分を知ることから勉強してみない? お母さんが言っている『精神病院』じゃなくて、心療内科という所でさ……」



 純が驚いた表情をする。 これは、純が精神病院と心療内科の違いを知らないからだ。



 これは、一般の方にも難しい判断だろう。


 精神病院とは、うつ病、統合失調症、双極性障害、不安障害など精神的な問題を扱う所である。 これらの疾患は主に、「こころ」に関連する症状が中心である。



 心療内科とは、ストレスや心理的要因で身体に影響を及ぼす症状(心身症)を扱う。 過敏性腸症候群、緊張型頭痛、自律神経失調症などが含まれている。



 日本では精神科と心療内科の診療科名は、医師の裁量に任されているため同じ医療機関で両方の診療科名があげられていることが多い。


 そして、患者が受診しやすいように心療内科の名称が使われることが一般的である。



 「じゃ、まず一歩から…… 社会科見学をしに行こう! それと……私が『てのひら』の代表の久坂です」 そしてニコッと笑うと、純は驚きの表情を見せる。



 撫子は純を説得し、『自分を見つめる はじめの一歩』を踏み出す勇気を与えたのだった。



 そして、大学病院。 純と撫子は八田の診察を待った。



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