∥008-G 閑話休題・歴史探訪――暗躍するトリックスター
#前回のあらすじ:人呼んで・・・アーカム計画!
暗い髪の毛、くびれた身体の、黒いお方――いつもガラスと金属の不思議な器具を頼りにしては、それをもっと不思議な道具にくっつけて。あの方の話には、科学のことが多く――電気学とか心理学とか――そのあとに力を見せつけられるのです。それで目の当たりにした人はみな言葉をなくして、たちまちその名がとどろくようになりました。
―――H.P.ラヴクラフト ナイアルラトホテップ
・ ◆ ■ ◇ ・
[マル視点]
「『ナイアルラトホテップ教団?』」
「えぇ。第二次世界大戦末期のアメリカにて、『アーカム計画』の推進を影ながら後押しした集団。それがナイアルラトホテップ、そして彼奴の信奉者達です」
・・・初めて耳にする名前だ。
ぼくは思わず小首を傾げ、その名前をオウム返しに繰り返した。
昼前の喫茶店、ぼくと真調は引き続き歴史のおさらい中だ。
先程のやり取りが交わされたのは、合衆国の命運に終止符を打った『計画』について、声を潜めて言及された後のことである。
「なにしろ彼等には、自身を示す定まった名称がありませんですからねぇ。『星の智慧派』等と呼ばれる事もありましたが・・・。まぁ、便宜上ここは、『教団』と呼ぶこととしましょう。ナイラルアトホテップは、エジプト出身のファラオの末裔を名乗る、瘦身の男でした。それが北米大陸に姿を現して以降、急速に信徒と勢力を拡大し件の『計画』を推し進め始めたのです」
「めっちゃ怪しい奴じゃん・・・。それっていわゆる、カルト教団的な?」
「ま、そんな理解で良いと思いますよぉ?天災・疫病・戦乱・・・、世が乱れる時には決まって、そういう素性のわからない怪しげな輩がにょっきり生えて出るモノですからねぇ~。ロシア帝国に巣食う怪僧、王侯貴族を手玉に取った錬金術師、エトセトラ、エトセトラ・・・」
―――ナイアルラトホテップとやらも、そういった手合いの一人だという事であろう。
世に人を惑わす種の尽きる事なし。
世相に後押しされる形で、合衆国政府は益々迷走を強めていく事となる。
それを背後から操っていたのが、件の扇動者という訳だ。
「・・・問題は、件の人物が力ある者―――まごうことなき『神』であった事ですねぇ」
「えぇっ!?でも、そいつはエジプト王の末裔だって・・・」
「それもまあ、全くの嘘ではないのでしょう。時には人々に智慧を与え、時にはその本性を表し、災いを振りまく。長いヒトの歴史の中で、気まぐれに玉座に就いた事もあったのでしょう。ナイアルラトホテップとは、そういう性質の存在だとご理解くださぁい。ですが・・・その本質は異形。人類発祥より遥かな昔、宇宙開闢後の遠い遠い星の果てで発生した―――神性なんです」
「神様・・・それも邪神、ってコト!?」
「えぇ。つまりはそもそもの価値基準が、我々のそれとは程遠い存在だった訳ですねぇ」
第二次大戦末期、混迷のアメリカにて暗躍したトリックスター。
その正体は、星の彼方より飛来した『外つ世界の神』なのだという。
驚くべき話だが、ぼくはこの時、奇妙な既視感を覚えていた。
(それって、【学園】にいるあの『神様』と同じ・・・?)
【夢世界】に位置する【神候補】の本拠地、【イデア学園】。
その根幹であり、無限の豊穣を齎す神器【ダグザの大釜】。
その本来の持ち主であり、今は【学園】でのんきに粥を貪る神―――『ダグザ』。
彼もまた、外宇宙にその起源を持つ古の神であった。
食いしん坊のかみさまと、人々を惑わす悪いかみさま。
両者の持つ共通点は、如何なる秘された事実に基づくものであろうか?
一瞬、考え込んだぼくは老人の声に我に返ると、慌てて会話の内容に耳をそば立てるのだった。
「・・・何れにせよ、米国政府が取った奇妙に見える行動の裏には、必ずその背後に潜む『教団』の影がありました。そして―――そもそもの元凶である、『死者の軍勢』。彼奴等もまた、『教団』の手引きによって地獄より蘇った存在だった、という訳ですねぇ」
「めっっっちゃ悪いヤツじゃん・・・!西から自分の手下に攻めさせておいて、東では人々の不安を煽って。そんで、その妙ちきりんな『計画』を進めさせた・・・って訳でしょ?」
「キヒヒヒヒ!仰る通りでして・・・はい。現在に於いても、密かに各国は『教団』とその頭目を明確な『敵』と認定し、警戒を強めているのです。知られざる世界の裏側、という奴ですねぇ」
「なるほど・・・」
外宇宙より飛来せし審神、ナイアルラトホテップ。
その下僕にして手足である、『教団』。
彼等の思惑通り、『アーカム計画』は実行まで秒読みの段階にあった。
しかし、全ては演出された危機であり、ナイアルラトホテップの筋書き通りの展開であった。
要は壮大なマッチポンプであるが、何も知らぬ人々に取れる選択肢など、端緒から存在し無かったのだ。
かくして、アメリカの栄光は地に堕ちる事となる。
どれだけ馬鹿げた選択であったとしても、大衆がそれを望むのであれば選ばざるをえない。
民主主義が持つ最大の欠点、それを突かれる形で民衆は運命の日を迎える事となった。
「無論、抗う者達は居ました。『計画』のキーとなる『死霊秘法』、それを蔵するミスカトニック大学はその危険性を再三忠告し、どうあっても聞き入れられないと見るや、決死隊を編成して『計画』の阻止に動いたのです」
「おぉ!・・・あ、でも。結局『アーカム計画』が実行されたって事は、その人たちは・・・?」
「お察しの通り、一手及ばず。唯一の成果を残し、彼らの運命は潰えてしまった訳ですねぇ・・・カワイソウ!」
「えーと。唯一の成果・・・って?」
「それについては、また後程。・・・何にせよ、『計画』は実行されてしまいました。喝采する民衆の前で高らかに『死霊秘法』は読み上げられ、虚空を引き裂きバケモノが溢れ地に満ちる。その光景は全世界へと中継され、世界はようやく現状を認識しました。黙示録の時は来たれり―――人類の黄昏の時代の到来です」
合衆国万歳!合衆国万歳!
口々に叫び、熱狂する民衆たち。
高揚する民とは対照的に、奇妙な緊張に支配されまま、銃を手に直立する兵士たち。
そして壇上に立つのは痩身で、浅黒い長身のあの男。
堀の深い顔立ちに笑みを張り付け、アラブの狂える詩人が記した秘法を解き放つのだ。
光。
そして―――中空に穿たれる、闇。
キャンバスの中央にタールをぶち撒けたようなそこから、無数のおぞましいものが溢れだし―――
現代に生きる人間であれば、一度は目にしたことのある映像。
1945年のあの日、終末を指す時計は0時0分0秒へと設定された。
世界に終わりを齎した『アーカム計画』―――その顛末である。
今週はここまで。




