∥008-F 閑話休題・歴史探訪――復活の死体蘇生者
#前回のあらすじ:合衆国崩壊の序曲!
『地獄が満員になると、死者が地上を歩き出す
―――ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』
・ ◆ ■ ◇ ・
―――ハーバート・ウェストは、19世紀-20世紀に掛けて暗躍した狂科学者である。
痩せぎすで小柄な体格、くせのある金髪、薄いブルーの理知的な瞳。
ミスカトニック大学にて医学を修めた彼は、在学当時から『死』と、それを克服する為の理論を追い求めていた。
死とは生命の状態の一つに過ぎず、緻密な計算の元に調合した化学物質を注入すれば、その活動を続行する事が出来る。
不可逆にして絶対的な『死』を否定し、生命の新たな可能性を拓かんとする彼の理論。
それは大いに人々の議論を呼び、また、多くの者から批判を受けた。
しかし―――若き天才を突き動かす情熱は衰える事無く、無謀な実験へと駆り立てる事となる。
数多の動物実験、そして―――人体実験。
夜毎繰り返される、冒涜的な行為の数々。
その果てに、若きウェストは『死』を覆し生命を賦活させる、とある薬液の開発を果たした。
だが、輝かしい栄光に支払われた代償は、後に彼を追い詰め、その命を奪う結末を齎す事となる。
―――第一次世界大戦終戦後。
ボストンの郊外に居を構えていた彼の元へと、一つの郵便物が届けられる。
それは人間の生首であり、過去、ウェストが蘇生薬を投与したある男のものであった。
その夜、首のない男が率いる謎の一団が、館へと襲撃を掛ける。
それらは全て、過去にウェストが実験により蘇生させた死体の群れ。
彼らは皆、冒涜的な実験の末に廃棄され、あるいは新鮮な死体を確保する為、狂科学者の手により殺害された者達であった。
『死』からの解放を謳う男は、との昔に決して越えてはならないラインを踏み越えていたのだ。
数多の凶行を繰り返した狂科学者は、その身を八つに引き裂かれ、ついに己の所業の報いを受ける。
異形の集団はおぞましき哄笑を上げ、ボストンの闇へと消えて行くのであった。
―――それから数十年、第二次世界大戦末期。
混迷を極める西海岸に、あの夜姿を消した筈の男が再び現れた。
痩せぎすで小柄な体格、くせのある金髪、薄いブルーの狂おしく燃えるような瞳。
その手に携えられた注射器には蛍光色の薬液が湛えられ、次々と物言わぬ死者へと注入される。
迸る絶叫、見開かれた双眸に宿る、無尽蔵の活力。
『死体蘇生者』―――ハーバート・ウェストの復活である。
・ ◆ ■ ◇ ・
[マル視点]
―――『死者の軍勢』とは、ハーバート・ウェストの手によって蘇生された、戦死者たちによる軍を指す。
それは国籍・年代・あるいは性別を問わず。
ありとあらゆる戦場を渡り歩き、『死体蘇生者』によってかき集められた地獄の混成部隊であった。
本来、『死』の克服には綿密な計算が必須である。
それ故、蘇生薬の調合には、被験者毎に別のレシピが存在する。
だが、復活したウェスト博士は汎人類的に使用可能な、『試作型汎用蘇生薬』を完成させていた。
1943年、北米大陸西岸。
そこに端を発し、徐々に東へと進軍を開始した『死者の行軍』。
行進するかつての死者たちの懐には一本のアンプルが隠され、再度の絶命と同時に体内へと注入する仕掛けが施されていた。
戦死と共に即座に生命を賦活され、戦線へと復帰する蘇生者たち。
降り注ぐ弾雨をものともせず、突き進む『軍勢』はことごとく、立ち向かう敵対者を葬り続けた。
そして―――動くものの無くなった戦場を徘徊するのは、『死体蘇生者』の腹心たち。
彼らの手には注射器が握られ、満たされた薬液によって戦死者を立ち上がらせ、自陣へと加えて行ったのである。
「『死者の軍勢』は戦線の拡大に比例してその数を増し、最終的に百万規模にまで膨れ上がったみたいです。米軍も必死の抵抗を続けましたが徐々に押し込まれ、ついには東へ向けて退却を始めました。ですが・・・彼らにとって敗北は終わりでは無く、かつての同胞へと銃を向ける、無間地獄の始まりに過ぎなかった訳ですねぇ~~~」
「そりゃ、世界最大の覇権国家も崩壊するワケだ・・・」
真調が語る合衆国崩壊の経緯に、思わずぼくは溜息を漏らす。
前回に引き続き、某喫茶店にて。
小柄な少年と怪しいジジイというけったいな取り合わせは、テーブル越しに顔を突き合わせこの世界の歴史をおさらいしていた。
―――死んでも死なない軍勢 VS 世界最強国家。
第二次世界大戦のトリを飾る事となった、悪夢のカード。
その結末は、皆も知っての通りアメリカの敗北で終わった。
厄介と呼ぶにこれ以上ない特性に加え、『軍勢』は実に効率的に、合衆国を内部から切り崩していったのだ。
その一つとして挙げられるのが、各都市間の寸断である。
「アメリカさんも当初、ただそれだけで崩壊する程切迫してはいませんでした。ですがぁ・・・。それに楔を入れたのが、都市間を分断する封鎖。それと、風説の流布なんですねぇ」
「封鎖と・・・流布?」
「えぇ。アメリカという国はよく『でっかい田舎』と称されるように、各地に点在する地方都市を除く大部分は農地か、手つかずの原野が広がっています。『軍勢』はあえてそこに手を付けず、都市同士を繋ぐライフラインを寸断するように動いたんですねぇ。内戦開始後の彼等はまだそれ程数を増やしてませんでしたし・・・」
「それを補う為に、噂と孤立でパニックを狙った・・・?」
ぼくの呟きに類人猿めいた老人は、無言でコップの水を口に含む。
歩く死体によって構成された、『死者の軍勢』。
その実態は想像以上に狡猾に、当時のアメリカを追い詰めていたようだ。
「結果、取り残された人々は追い立てられるようにして、『西』を目指しました」
「西?東じゃなくて・・・?それじゃ、むざむざゾンビになりに行くようなもんじゃん!」
「キヒヒヒヒ!・・・おっしゃる通り。ですが都市を封鎖した『軍勢』はわざと穴を作って、避難民の流れを誘導したんですねぇ」
猿めいた顔をくしゃりと歪め、老人は不気味な笑い声を上げる。
「この流れは西岸の湾口都市を通じ、周辺各国へと人口を流出させました。カナダ、メキシコ、太平洋沿岸地域に点在した、欧米列強の植民地・・・。合衆国から溢れだした難民の波は、結果として北米大陸で起きていた異常事態を世界へ報せる、メッセンジャーとなった訳です。それと同時に国家の体力を奪う、遅効性の毒として機能した訳ですねぇ」
死者の軍勢による、太平洋戦争への介入。
この報せを受けた列強諸国はしかし、この動きを黙認した。
ヨーロッパは未だ第二次大戦の最中にあり、海を越えて救援を出す程の余裕が無かったのだ。
合衆国は周囲からの救援を得られず、崩壊へと向かう動きを加速させる結果となる。
一方。
アメリカ首脳陣もまた、この事態を前にただ手をこまねいていた訳では無かった。
『軍勢』が目指す先、合衆国の中枢は南北戦争以来初となる大規模な内戦に対し、形勢を逆転させる秘密作戦を計画していたのだ。
それは、当時最高の科学者達がその知恵を結集させた、原子力の軍事転用計画。
所謂、マンハッタン計画であった。
しかし、この計画が日の目を見る事は無かった。
並行して発案され、極秘裏に進行していたもう一つの極秘作戦。
こちらが採用され、実行に移されたからである。
「世界有数の稀覯書を蔵するミスカトニック大学、その奥深くに所蔵された、禁断の知識。アメリカ政府が採択したのは、17世紀ラテン語版『死霊秘法』を用いた、オカルトによる反抗作戦でした。人呼んで―――『アーカム計画』」
それが、世界最大国家を崩壊させた最後のピース。
混沌の門を開き、人類社会を滅亡へと導く全ての発端であった―――
今週はここまで。




