∥008-H 閑話休題・歴史探訪――ハーバート・ウェストの改心
#前回のあらすじ:あぽかりぷす・なう!
―――1945年8月15日。
奇しくも、我々にとっての終戦記念日。
アメリカ合衆国はこの日を最後に崩壊し、後に東西へと分裂するのである。
そのきっかけとなった第一の要因―――首都ワシントン近郊にまで迫った『死者の軍勢』。
次に、それを打倒すべく、極秘裏に進められていた―――『アーカム計画』。
この時点で『死者の軍勢』は既に百万単位にまで膨れ上がっており、首都ワシントン目前にまで迫りつつあった。
正に絶体絶命の状況、そこへ最後に残された一縷の望みとして提示されたのが、『アーカム計画』である。
しかし、それすらもナイアルラトホテップによって用意された、巧妙な罠であった。
ホワイトハウス前、固唾を飲む民衆の前にて、高らかに読み上げられる『死霊秘法』。
上空に生じた、虚空へ通じる『門』。
それを通じ、この世へと溢れだしたクリーチャーの群れ。
各国のマスコミを招いて大々的に開かれた式典は血に染まり、生きたまま貪り食われる犠牲者たちの悲鳴によって満たされた。
米国首脳陣は全て消息不明。
式典の参加者はその多くが死傷した。
導くべき頭を失い、アメリカ合衆国は事実上、この日を最後に無政府状態へとなり果てたのである。
―――望みはもう、残されていないのか?
―――人類に、希望の明日は来ないのか?
否。
まだ、唯一つの光明が残されている。
それは、式典の裏側で繰り広げられた暗闘。
ミスカトニック大学の有志達による、必死の抵抗が生んだ奇跡。
ハーバート・ウェスト博士の改心であった―――
・ ◆ ■ ◇ ・
[マル視点]
「蔵書である、『死霊秘法』が悪用されるのをよしとしなかったミスカトニック大学は、『アーカム計画』の発動を阻止すべく決死隊を編成しました。集められたのは在学生・教授・OBを中心とした十余名。彼等は協議の末、『計画』の舞台であるホワイトハウス、そして首都に迫りつつある『死者の軍勢』の二つを相手取り、孤独な戦いを始めたのです」
「えっと。人数が限られてるんだし、どちらか片方に集中した方が良かったんじゃ・・・?」
「どちらにせよ、圧倒的な数の差がある訳ですからねぇ~。なけなしの戦力を片方へ集めるよりは、ダメ元で両面作戦に出ようと考えたみたいですねぇ。特に、ハーバート・ウェストに関しては確固とした勝算があったようですし・・・」
引き続き、喫茶店にて。
現在、俎上に上がっているのは第二次大戦末期における、ミスカトニック大学の動きについて。
首都ワシントンで進行中であった二つの危機、それに対し彼らは二手に分かれ、阻止すべく行動を開始したのだという。
その片方、『死者の軍勢』の対処にあたったチームが選択したのは―――斬首作戦。
トップ一点狙いの、暗殺計画であった。
「勝算・・・って?」
「それはですねぇ。『死者の軍勢』が抱える構造的欠陥—――ハーバート・ウェストの存在です。そも、『軍勢』は皆、『死体蘇生者』の蘇生薬によって蘇った死者です。逆を言えば、件の狂科学者無しで彼等は成立しない訳ですねぇ。つまり―――」
「ウェスト博士をやっつければ、『死者の軍勢』は崩壊する・・・?」
「その通り。根幹となる蘇生薬の供給を停めてしまえば、『軍勢』そのものを攻略しやすくなると考えたんですねぇ。少なくとも、不死身のタネを潰す事は出来る訳ですからねぇ~」
「なるほど・・・」
「ですが、ただ殺しただけでは復活する恐れがあります。相手はゲームに例えるなら、蘇生アイテム使いたい放題のチートプレイヤーですからねぇ・・・キヒヒヒヒ!」
「それ、ありていに言って無理ゲーなのでは・・・?」
奇怪な笑い声を上げる老人に、ぼくは呆れたように呟く。
聞けば聞くほど絶望的な状況に思えるが、歴史上、『死者の軍勢』はここで一度敗走しているのだ。
何らかの奇跡が起きて、決死隊はその目的を達したと見るべきだろう。
「一体どうやったんだ?とでも言いたげですねぇ・・・。先程も言った通り、大学側には勝算がありました。それはトップが一人だけの歪な構造に留まらず、『死者の軍勢』に付きまとう不審な点の数々も関係していたんです」
「不審な点・・・?」
「例えば―――切断された頭部が喋り出す。千切れた腕が独立して動く。腹腔を突き破った大腸が、触腕の如く蠢き出す―――等々。生理学的に考えてありえない現象が、彼らの周りには散見された訳です」
「不思議な話だけれど、ゾンビってそーゆーモノなんじゃ・・・?」
「チッチッチ。いいですかぁ?あくまで彼らは蘇生者、生きているんです。蘇生薬によって復活した肉体は体温があるし、刃物で切れば血だって出る。文字通り、死体が動いているのとは訳が違うんですよねぇ~」
「死体とは、違う・・・?」
首がない状態で、平然と戦い続ける兵士。
逆に、頭のみで部下に檄を飛ばす指揮官。
銃弾を受けて千切れ飛んだ腕がひとりでに動き、防戦する兵士の脚を掴む―――等々。
内戦開始後、『死者の軍勢』を相手取る米軍は幾度となく、その異常性に苦しめられていた。
ただの死体ならいざ知れず、相手は一度死んだと言え、一応は生者の括りに入る存在である。
それが、ホラー映画の怪物さながらの奇行を繰り返す現実を前に、当時の米軍はおおいに混乱したのだという。
「ですが、あり得ないんですよねぇ。千切れた腕に指令を送る神経は、どこに?叫ぶ生首の声帯に、空気を送る肺は?頸動脈が切断された状態で一体、どうやって大脳の活動に必要な血液を・・・?ペテンでないのなら、何らかの超常的な現象が介在した可能性を疑わねばなりません」
「言われてみれば、確かに・・・?」
「つまり―――件の蘇生薬は結局の所、純然たる科学の産物では無かったのですよ」
「えぇっ!?」
真調が発した言葉に、思わず素っ頓狂な叫びを上げてしまう。
『死者の軍勢』の盟主たる、『死体蘇生者』。
その代名詞とも言える薬液は、科学的知見から人類を『死』から克服させる存在であった―――筈だ。
それが実は、オカルトの産物だった?
一体どういう事なのだろうか。
ひとしきり首をひねった後、ぼくは目の前でほくそ笑む老人を見つめ返すのだった。
「処方された者は死から蘇り、場合によってはその身に超自然的な力を宿す。蘇生薬に関する事実を纏めれば、その効能は見えてきます。過去の歴史に於いて、それと類似する存在はそう多くはありません。それは所謂―――『丹』。道術に於ける究極の目的の一つであり、人を不老不死の存在―――『神』へと引き上げる為の霊薬です」
「人を神様へと変える薬・・・ってコト!?」
「その通り。『丹』を作り出す手段は大まかに二つ、『外丹』と『内丹』です。調合した薬を接種するのはこの『外丹』に当たりますのでぇ、蘇生薬の正体はこの『外丹』という事になりますねぇ。ちなみに、一度死を経た者が『丹』によって蘇った場合、それは道術に於いて『尸解仙』と呼ばれます」
「尸解仙・・・」
つまり。
蘇生薬とは、死者を『尸解仙』へと変じ、既に『尸解』した者には即座に肉体を蘇生させる効能を持つ、『丹』の一種である。
こういう事になる訳だ。
「知り合いの道士に蘇生薬について尋ねた折、そう結論付けていましたねぇ。純粋に科学的知見による死の克服を求めて、たどり着いたものがオカルトの産物だった訳です」
「それって何だか、皮肉な話ですよね・・・」
「キヒヒヒヒ!そうですねぇ・・・。そして当時、ミスカトニック大学も同じ結論にたどり着いていました。彼らが携えたのは、『丹』の効力を無効化し、二度と復活できなくする一発の弾丸だった訳です。それを以てハーバート・ウェストを弑し、『死者の軍勢』の動きを止める手筈でした。ですが―――」
老人はそこで言葉を切る。
『停滞』のルーンを刻まれた、特殊な弾丸。
それが、不死者を作り出す怪人を殺す為、大学側が持ち出したものであった。
「『軍勢』の対処に向かった若者たちは果たして、ハーバート・ウェストへ銃弾を撃ち込む事に成功しました。体内に残ることで、蘇生薬液の働きを阻害する事を目的とした、そういう弾丸です。ちりはちりに、灰は灰に。天才医学者を元の死体へと戻す筈の銃弾は―――想定とは異なり、彼、本来の意識を取り戻すよう作用しました」
「・・・『お れ は し ょ う き に も ど っ た !』ってヤツ?」
「ま、そんな所ですかねぇ」
―――実のところ、復活して以降のハーバート・ウェストはずっと正気では無かった。
『死体蘇生者』にはとある邪術が仕掛けられ、それは理性を奪い、術者の意のままに操っていたのである。
古代の邪法―――『制約』。
放たれた弾丸は結果として、一人の男を古の呪縛から解き放ったのであった。
「撃ち込まれた弾丸は、ウェスト博士に仕掛けられていた『制約』と干渉し、本来の意識を取り戻しました。酷薄で人命を軽んじる人物ではありますが、あくまでその行動原理は、医学の発展の為。人類滅亡など望まないというのが、彼本来の意向だったようですねぇ~。結果として、『死体蘇生者』とその旗下にある『死者の軍勢』百万は、まるまる人類サイドへ寝返ったという訳です」
「おぉ・・・!!」
ここへ来て、ようやく希望の持てる展開。
思わず拳に力が入るが、しかし、既に『アーカム計画』は発動秒読みの状況である。
対する人類サイドは十数名の大学勢と、百万の『死者の軍勢』による急増チーム。
結果として『計画』は実行され、舞台は次の場面へと移る事となる。
次の舞台となるのは北米大陸中央部、首都圏より撤退する民衆と、それを護る死者達。
西アメリカ建国エピソードの一つとして語り継がれる、『長征』の始まりである―――
今回はここまで。




