∥エイプリルフール特別編:明さんのほんとうにあったこわいはなし
[明視点]
「大きいわ!それに広い!」
「・・・なるほど、これは大したものだ」
がらり、とスライドドアを開けると同時に、歓声が上がる。
目の前に現れたのは、クリーム色のタイルで敷き詰められた大浴場。
大小3つの湯舟、個室サウナ、広々とした洗い場。
これら総てが、公衆浴場ではなく単一のクランが所有しているというのだから恐ろしい。
「あはははは!とーーーうっ!!」
「待たんか(ガッシ)」
「ぐえっ」
豪奢な大浴場に感動していた二人の間を、元気のよい笑い声が駆け抜けてゆく。
するりとしなやかな腕が伸び、声の主が通り過ぎる間際にそれをひっ掴んだ。
ぐえ、とカエルを潰したような声が上がる。
強制的に急ブレーキを掛けられ、一人の少女がぺたん、と浴室に尻もちをついた。
「ケホッケホッ。・・・もぉ~、何するの~?」
「風呂場で走る奴があるか」
「キャシー!大丈夫ですの!?」
風呂場への突撃を阻止され、涙目で咳き込むのは長い黒髪の少女。
そして、彼女に続いて現れたのは、クラン『Wild tails』の盟主、エリザベス嬢とその従者であった。
三人とも、見事な肢体を惜しげもなく晒したままである。
何しろここは大浴場、湯浴み着もしくは全裸がドレスコードの空間だ。
無論、明・アルトリア・梓の3名もまた、同じくすっぽんぽんであった。
(約一名、自前の毛皮を纏ってはいたが)
彼女たちは皆、ここの湯を目当てに集まった者達である。
その発端は今朝、【揺籃寮】での出来事にまで遡る―――
・ ◆ ■ ◇ ・
事の始まりは今朝、寮の風呂場に湯を供給する、年代物のボイラーが壊れたことに端を発する。
明たち『召喚組』の生活基盤は、【イデア学園】内部に存在する。
現世を生きるマル達『スカウト組』と異なり、元は死者である彼女達は寝食をこちら側で補う必要があるのだ。
無論、風呂に入らずとも戦いに支障は無いが、心の健康にとってそれは一大事。
そんな需要を見越してか、【学園】内部には幾つもの公衆浴場、そしてレストランの類が点在していた。
しかし今回、彼女たちは梓のツテを頼ることにした。
【学園】最大級の規模と人員を誇る、女性だけのクラン『Wild tails』。
女所帯という事もあってか、そのクランハウスが内包する浴場は【学園】内でも屈指の規模を誇る。
それを贅沢に貸し切り、命の洗濯と洒落込むことにした訳である。
「お陰で、こうして風呂にありつけた訳だが・・・。お前達までわざわざ付き合う必要は無かっただろうに」
「そーお?あたしは、おねーちゃんとおフロ入りたかったけどなぁ」
湯舟に浸かる前に、ボディソープでくまなく全身の汚れを落とす。
女性のみのクランというだけあってか、浴場の備品は【学園】内で流通するブランド品の数々で取り揃えられている。
普段使っている物とは段違いの泡立ちに舌を巻きつつ、乙女たちは姦しく語らい合っていた。
「あわあわ~」
「誘って貰ってなんだけど・・・。本当に、ここの備品使わせてもらっちゃっていいのかしら?ほら、私、他の人の何倍も量が必要だし・・・」
「あぁ・・・」
「その程度、別に気になさらなくてもよろしくってよ?クラン全体で使う量と比べれば、誤差の範囲ですもの」
その途中、アルトリアの呟いた一言に皆の視線が一斉に集まる。
全身くまなく泡だらけになったその姿は、あたかも大型犬をシャンプーするが如し。
成程、全身剛毛に覆われたゴリラこと彼女だけに、薬液の必要量も普段の3倍増しなのだろう。
エリザベスがそれを問題なしと断ずる一方、その視線はしっかり白い泡に包まれた体の輪郭へと注がれていた。
全身に生えた剛毛は素肌に張り付き、女性らしい本来のボディラインが露わになっている。
その光景を前に、金の令嬢はしみじみと呟くのだった。
「それにしても。貴女、本当に人間だったのね・・・」
「その言い草、いくら何でも酷くない!?」
「普段からゴリラな分、ギャップとか凄いし・・・。そう思うのも仕方ないだろ」
「くっ」
一切悪気のないその一言に、メスゴリラがたまらず吠える。
とある事情により、アルトリア=ジャーミンは類人猿が如き肉体へと、カフカ的変身を遂げていた。
とても人間とは思えぬ異形の身体、それを元に戻すことこそが、彼女が掲げる【学園】に於いての命題でもある。
それはそれとして、「お前人間だったのか」はその場に居た者共通、かつ率直な感想であった。
歯噛みするゴリラを一人洗い場に残し、乙女たちは湯舟へと移動する。
「おっふろー♪おっふろー♪」
「湯質も結構良いな。水源は何処から?」
「現世から、鉱泉を特別に引かせて貰ってますの。大手クランの優遇阻止の一環として、暫く前に獲得いたしましたのよ?」
「お風呂一つでそんな事までするだなんて、大手って贅沢なのね・・・。でも、この気持ちよさを知っちゃうとそうも言ってられないわ・・・。チラッ」
「寮ではやらんぞ」
「ケチ!」
一番風呂を堪能していると、遅れてやてきたゴリラがちらちらと物欲しげな視線を送ってくる。
揺籃寮にも大浴場を、という言外の要求をすっぱり却下すると、アルトリアは不満げに口を尖らせた。
よそはよそ、うちはうち。
狭い風呂場には狭いなりの、良さというものがあるのだ。
濡れゴリラの恨めしそうな視線を黙殺していると、自分を見つめる視線が一つだけではない事にふと気付く。
振り返って見ると、英国主従の二人がそろって興味津々といった様子でこちらを見つめていた。
「それにしても・・・。本当に、弟とソックリなんですのね」
「ん?・・・あぁ。そういえばお前に、素顔を晒すのはこれが初めてか」
「叶様と瓜二つのようで、それでいて全く異なる『究極の美』・・・。眼福です」
「流石に言い過ぎだろう、それは」
切れ長で、怜悧な輝きをたたえた灰色の瞳。
シミ一つない白磁の肌、ほっそりとした腰は乱暴にかき抱いたら折れてしまいそうだ。
抜けるように白い肌はうっすらと桃色に色づき、立ち上る湯気の奥で汗ばんでいる。
細く繊細な亜麻色の髪は湯気を吸い、艶めかしく肌に張り付いていた。
見る者は誰でも見惚れ、時を忘れて見入ってしまう。
先程銀の従者が口にした通り、人が到達しうる究極の美、そう呼んでも過言ではないであろう。
今回、公衆浴場を利用できなかった理由の一つ。
先程は口に出さなかったが、それは彼女の素顔にあった。
「・・・・・・はっ!?だ、駄目よ!私にはキャシーという者が・・・!」
「あたしがどうかしたのー?」
「お嬢様、ヨダレが・・・(拭き拭き)」
「むぐぐ。・・・こ、この程度で屈したと思わないでよ!?」
「・・・?」
匂い立つような色香に当てられたのか、金の令嬢はうわごとのような呟きを漏らす。
しかし、正気を取り戻すと、意を決したように女性家令を押しのけ、ざばり、と仁王立ちに立ち上がった。
わなわなと振るえる指を突きつけ、顔を真っ赤にしたまままくし立てるエリザベス。
何やらわからんが、とにかく凄い剣幕だ。
わからないがとりあえず、頷きを返しておく。
その動きにつられ、喉元から鎖骨にかけてつう、と玉の雫が滑り落ちた。
「なんて、美しい・・・ハッ!?」
可能ならば、あの雫となって鎖骨の窪みに抱かれていたい。
何時の間にか夢見心地になっていたエリザベスは、慌てて太腿をつねって正気を取り戻す。
何ということだろう。
一度ならず二度までも、東洋人の小娘などに目を奪われてしまうだなんて!
憤慨しつつ、しかし令嬢の視線はぴたりと亜麻色の髪の少女へと固定されていた。
この美貌は———危険だ。
英国貴族に血を連ねる者として、これ以上の醜態を重ねる訳には行かない。
なけなしの理性を総動員し、エリザベスはそっぽを向いて危険な美貌を視界の外に追いやるのだった。
「・・・ふ、ふん!調子にお乗りあそばされない事ね!だ、第一?自慢のお胸だって、私の方が大きい訳ですし・・・!」
「まあ、確かに」
「・・・くっ!な、何よ!?お顔はともかく、プロポーションに関しては私の圧勝ですのよ!?・・・どうせ、このお腹も!ぶよぶよのお肉がたっぷり付いて、つい、て・・・馬鹿な。つまめる肉が無い、だと―――!?」
「「「・・・・・!?」」」
何が彼女をそうさせるのか、すっかりムキになったエリザベスがむんずと腹肉を鷲掴む。
そのまま、わきわきと両の手を蠢かせた後。
恐るべき事実を悟った令嬢は、愕然としたまま呟きを漏らすのだった。
その場に再び、衝撃が走る。
「まさか、本当に?」「え、何この腰。内臓詰まってるの・・・?」「お肌すべすべー」
「おい、こら。お前ら―――」
「全く脂肪が付いていないようでいて、触ればしっとりと弾力が指を押し返す・・・。神の手による芸術の如き質感―――感服です」
「・・・いい加減に、しろ!」
ごつん。
都合四発。
脳天に拳骨を落とし、強制的にその場を収集させる。
後に残されたのは、でっかいタンコブをこさえた乙女が4人。
そして、それを尻目に湯を堪能する明。
声にならぬ呻きを上げる彼女たちをよそに、亜麻色の髪の少女はそっと溜息をつくのであった―――
・ ◆ ■ ◇ ・
「ねーねーねー。どうやったらあたしも、おねーちゃんみたいになれるのかな?」
「別に、特別な事は何も・・・?強いて言うなら、日々の努力の賜物だろうな」
「そーなの?」
「そうだ」
脳天に残る痛みも薄れた頃。
またぞろ、梓がそんな事を言い出した。
残る3名も、無関心を装いつつこっそり耳をそば立てている。
彼女たちもまた乙女、己の美を求める求道者なのだ。
「あたしも、こう・・・ボン!キュッ!ボン!って感じになりたいのにー。前にTVでやってた通り、おフロ上がりに体操したりー、牛乳飲んだりー、してるんだよ?」
「・・・必要なだけの栄養と、運動が足りてるのなら、まあ・・・後は、体質だろう。私だって、朝の走り込みくらいで特別な事は特に、何もしてないからな」
「本当に、それだけでそのプロポーションが・・・?」
「信じられないか?」
こっそり聞き耳を立てていた少女たちが、無言のまま揃って頷きを返す。
はあ、と小さく溜息をつくと、明は八つの瞳を見つめ返した。
・・・これは、きちんと説明しないと納得して貰えそうにないな。
「繰り返すが・・・私のこれは、体質だ。思い出してみろ、私の弟はどんな体形だった?」
「おとーとクンのこと・・・?」
「ガリッガリだろう?虚弱体質で、小食。あの年齢にしてほとんど筋肉すら付いてない、典型的なモヤシ体形だ。実は、あれでもマシになった方でな、昔は、ちょっとしたきっかけで死にかねない位の虚弱児だった。あの頃は、どうにかして肉を付けさせようと色々試したもんだよ」
「なる、ほど・・・?」
明の言葉に、皆は彼女の弟である会取叶の姿を思い浮かべる。
華奢で低身長、ほとんど少女にしか見えない外見。
加えて言うならば、超、が付くほどの美少年である。
言われてみれば、この二人の体形はよく似通っているのかも知れない。
無論、女性と男性という性差を別にすれば、だが。
そして―――二人は血のつながった、双子同士である。
「私もな、小学校らへんまでは似たようなモンだったよ。唯一違ったのは、ある程度丈夫に生まれついた点か。食べても運動しても、肉が付かないあたりは全く同じだな」
「それが、どうすればこんな・・・?」
「―――本来はな、筋肉を付けたかったんだよ」
「筋肉?」
「ああ」
細い所は細く、出ているところは出ている。
女の理想、と呼んで差支えのない完璧なプロポーション。
それを持つ当の彼女は、そんな自分を誇るどころか煩わしく思っているかのようだ。
そして事実、明にとって現在の体形は、理想とするものでは無いのだと言う。
思わず漏れ出た呟きに、彼女は無言の頷きを返した。
「肉体作りを意識する最初のきっかけは、両親の死だった。私と叶が七つの時に、母様と父様は死んだ。―――事故だったよ」
「!」
「そんな幼いころに・・・?ご両親が亡くなられた後、何処かに引き取られたりは・・・?」
「まあ、順当に親戚―――というか、うちの親戚連中を纏める、いわゆる本家に引き取られる流れになったよ。だが・・・その本家というのが、端的に言いえば、屑だったんだ」
「ええ・・・?」
幼い事に亡くした両親、そして世間へたった二人、放り出された姉と弟。
プロポーションの秘訣の話題から、飛び出してきたのはまさかの壮絶な身の上話。
思わず表情を引き締める少女たちに、明はへらりと笑顔を返す。
彼女にとってこれは、あくまで過ぎた事。
今更、語るまでもない過去なのだ。
「別にそう珍しい話でも無いだろう。得てして敵というのは、外ではなく身内から現れるもんだ。これはあくまで、村の噂と両親の様子から纏めた内容だが―――私を引き取ろうとしたのは、故郷の権力を一手に牛耳る一家の当主だった。そいつは、絵にかいたような強欲パワハラ親父でな。本妻と妾を、気分次第でとっかえひっかえしてるような屑野郎だった訳だ」
「それは、何と言うか・・・。お先真っ暗ね?」
「だな。本家に入ったら初潮を迎えた頃には輿入れして、そのまま世間からはフェードアウト。残りの余生は当主の妾の一人として一生、屋敷の中で飼い殺し・・・。そうなればもう、後は泣いても喚いても村の外へ出る事は叶わなかっただろうな」
「初潮?え?・・・結婚可能な年齢になったら、ではなく??」
「そうだよ。あの村の女には、ハナから人権なんてものは無い」
突如として飛び出してきた、耳を疑うようなワードの数々に場の空気が瞬時に凍る。
おそるおそる聞き返すと、帰ってきたのは簡素な肯定であった。
・・・できればそこは、否定して欲しかった。
エリザベスの脳裏に、世間一般における日本―――大日本帝国に関する評判が浮かぶ。
曰く―――奴らは悪の基軸。
極東アジアにおける、害悪国家の最たるものだ―――と。
これまで彼女が出会った日本出身者は、マルと始めとした善良な者ばかりであった。
だからこそ、ありていに言えば油断していたのだ。
昭和の闇を煮詰めたような、壮絶な出生の秘密。
亜麻色の髪の少女が語るそれは、どろりと濁った真実を詳らかにする。
「・・・うちの母様が、そうだったからな。うちは会取の分家筋―――無数に枝分かれした、血筋のうちの一つだ。そこに産まれた少女が母様で、それを見染めて迎え入れたのが、前の旦那―――つまり、本家のご当主様。・・・と、いう事になっている」
「・・・なっている?」
「ああ。だが、どうやら真実は違うらしい。私にとっての母方の祖母は、本家の―――まあ、当主に近しい血筋の女でな。そいつを養子に出して、育ったらまた引き取った、というのが本当のところだそうだ。一応、体面だけは保とうとしたんだろうな」
「・・・・・・ちょっと、お待ちなさい。それって、近親―――」
「お嬢様、そこまで」
盛大に顔を引きつらせ、言いかけた言葉を女性家令が引き留める。
今の話が事実だとすれば、明の家系図は大変ややこしい事になるだろう。
危険な血の交わりを隠す為の養子縁組、その結果実を結んだのが、彼女。
しかしあくまで、これはただの噂話。
一つとして確証の無い、寒村の子供が聞きかじったたわ言に過ぎないのだ。
・・・尤も、その時、その場で肌に感じた空気感、当事者の様子から『限りなく真実に近い』と判じたものではある、が。
「―――と、ここまで長々と身の上を語ったが、な。これは全て、私が感じていた危機感を共有して貰う為だ。あの頃、7歳の餓鬼に過ぎなかった私は、こう思った。『このまま引き取られたら、人生が終わる』・・・と」
「あぁ・・・」
誰ともなしに、溜息のような呟きが漏れる。
両親を失って早々、地獄のような家に引き取られると知った少女の内心は、如何程の物であっただろうか。
「そ―――それで?結局、その後は故郷を出られたのよね・・・?こうして今、無事で暮らしてるんだし」
「まあ、な。・・・無事、と言うべきかは判断に悩む所だが」
―――『召喚組』は総て、過去に生存していた死者である。
それは彼女もまた、然り。
今、こうして【学園】に居るということは、何処かで死を迎えたという事。
そういう意味で、彼女自身判断に悩むと言った訳だ。
若干脇道に逸れた話題を修正し、明は話を続ける。
「・・・私はな、筋力が欲しかったんだよ。アクション映画のヒーローみたく、面倒ごとを片っ端からちぎって投げて解決できるような、腕力がな。だが、現実にそんなものはありはしない。あの頃の私はただの痩せっぽちの子供で、現実は過酷だった。だからまあ、周りを巻き込んで何でもやって、あのクソみたいな村から命からがら逃げ出した、という訳だ」
「ほぇー・・・」
「それはその、大変だったと思うけれど・・・。危ないことは、してないのよね?」
「大丈夫。ちょっと、火をつけた位だ」
「十分大ごとよね、それ―――!?」
思わず叫ぶアルトリア。
「今更時効だろう」と笑う明。
「そういう訳で。ようやく自由に使える時間と、環境を手に入れたことで、私は意気込んで肉体改造に乗り出した訳だ。だが―――ここでも問題が発生した」
「それは―――?」
「行列だよ。手始めにランニングを始めた公園でな。何故か、私の後を男達が付いてくるんだ。毎度毎度、同じ顔がノロノロと、同じコースを金魚のフンみたいに。・・・それも、日を追うごとに数が増えていった」
「・・・うわぁ」
さわやかな早朝の公園、遠目にも明かな美少女が小走りに走る後ろを、妙に紅潮した顔の野郎どもが追いかける。
生々しいわりに現実味のない体験談に、その場の全員が顔をひきつらせる。
ひときわ目を引く美少女だったとは言え、誘蛾灯の如くロリコンを引き寄せるとは―――流石、と言うべきか。
「流石におかしいと思って、ランニングコースを家の近くへ変えたんだが・・・。次の日には見覚えのある顔が、金魚のフンのようにまたゾロゾロと。―――流石に、まずいと思ってそのまま交番へ駆け込んだよ」
「そ、その後は・・・?」
「行列は消えた。だが代わりに、その時の警官が何かにつけて家へ来るようになった。気にかけて貰えている、位に始めは考えてたんだが・・・。そのうち、私物が無くなるようになってな。ある日、風呂場で気配を感じて振り返ると・・・窓に、べったりと警官が―――」
「怖い怖い怖い!!」
「で。その時ようやく理解した訳だ。これは、素顔も隠さないといけないな―――と」
「とんだ恐怖体験ですわよ!?夢にでも見たらどうしてくれますの!!?」
二の腕にサブイボを立てつつ叫ぶ令嬢。
それに対し、あっけらかんと「すぐに慣れる」と返す明。
・・・何だかんだで、明のルーツが語られる形となった訳であるが。
生来の誘蛾灯系少女である彼女は、今、語ったような経験を繰り返す事で生きる為の技能を磨いたのだろう。
ただそこに居るだけで異性を引き寄せる魔性が、素顔と素性を隠し、生きるスタイルを確立させたのだ。
「そんな出来事があった後も、地道に鍛錬を続けていたんだが・・・。結果は、ごらんの通り。筋肉はロクに付かず、邪魔な脂肪ばかりが付くという有様だ。不幸中の幸いとして、それなりに馬力は出せるようになったんだがな」
「な、成程・・・?」
プロポーションの秘訣、という出だしで始まった長い話は、こうして一旦の結末を迎える。
結論から言えば、彼女の言の通り日々の鍛錬と体質次第、という訳だ。
納得いくような行かないような、微妙な空気が流れる中、エリザベスは胸中に抱いた疑問を口にする。
「・・・贅肉が殆ど無い理由は、判りましたわ。けれど、そんな身の上でよくもまあ、男性恐怖症にならなかったわね、貴女?」
「ふむ。・・・何故だ?」
「何故、って・・・。私の知人にも、過去に異性にひどい目に遭わされてから、「男は皆滅んでしまえ!」だなんて言い出した人が居ますもの」
男嫌いになっても不思議のない身の上に、そんな疑問を呈する彼女。
それに対する明の答えは、実に簡素なものだった。
「男が滅んだら、次に滅ぶのは女だろう。言ってることおかしくないか?そいつ」
「・・・ですわよね」
男性絶滅論者の知人に対する素っ気なく、かつ容赦のない評価に思わず頷くエリザベス。
異性から好色の視線を常に受け続け、それに対し敵意を抱かずにいられるのか?
それに対する答えもまた、簡潔なものだった。
「誰も彼も、男と女から産まれてくるものだろう。それを無視して片方滅べ、なんて道理が通ってたまるか。何より―――男の総てを敵視するというなら。一番身近で分かたれない存在を―――拒絶しなきゃならなくなる」
「・・・なるほど」
唯一の肉親であり、双子の弟である彼。
先程、言外に示したのは、きっとあの少年の事だろう。
彼女にとっては、自分を煩わせる総てを敵と断ずるよりも、己の半身が優先されるのだ。
ようやく腑に落ちた答えに、令嬢はゆっくりと頷くのだった。
「さっきの質問だが、私の外見は母様と瓜二つだそうだし、弟もそうだ。梓の家系で、豊満な体つきの女性が居るなら将来、そうなれる可能性はあると思うが・・・。どうなんだ?」
「うち、おかーさんも親戚のコも、スレンダーばっかり・・・」
「じゃ、次の世代に期待だな」
「むー・・・」
突きつけられた無慈悲な現実に、思わず頬を膨らませる梓。
からりと笑って頭を撫でると、亜麻色の髪の少女は慈しむように見つめる。
こうしていると、仲睦まじい姉妹のようでもある。
若干の嫉妬交じりに二人を見つめるエリザベスに、無言で傍らに侍るシルヴィー。
「・・・それにしても、ビックリしちゃったわ。まさかあなたが、そんな波乱万丈な人生を歩んでるだなんて」
「ん?ああ。そういえば言ってなかったが―――今日は、何月何日だ?」
「えっ?四月一日・・・って、まさか!?」
四月一日、エイプリルフール。
一年で一日だけ、嘘をついてよい―――特別な日。
話がいい感じに纏まりかけたところで、ゴリラが口にした何気ない言葉をきっかけにその場の空気が再び凍り付く。
愕然とする少女たちを前に、亜麻色の髪の少女はぺろりと赤い舌を出すのだった。
「信じるも信じないも、お前たち次第―――ってな」
今週はここまで。




