∥008-B 閑話休題・某喫茶軽食チェーンにて
#前回のあらすじ:その後の昭和基地!
[マル視点]
「ご注文はお決まりですかあー?」
「これとこれ、くださいな」
間延びした喋り方の店員さんにメニュー表を示すと、ぼくはふかふかのシートに体重を預ける。
視線をゆっくりと上げると、対面側のシートにはちょこん、と小柄な老人が収まっていた。
外見年齢は60~70くらいか。
つるりと禿げ上がった額の上には、申し訳程度に灰色の髪が一房残されている。
先程の店員と言葉を交わした男は、こちらへ振り返ると皺だらけの顔をいっそうくしゃくしゃにさせるのだった。
「食べ盛りなのに、そぉんなちょっぴりで良いんですかぁ~??今日は、ボクチンの驕りですからぁ・・・。コレとか、コレとかどうです?・・・キヒヒヒヒヒ!」
「・・・お昼は、家で食べる予定ですんで!」
メニューに印刷されたビーフシチューをぺしぺし叩きながら、奇怪な笑い声を上げる老人。
対するこちらは掌を突き出すと、きっぱりと甘い誘惑を断るのだった。
そんなちょっぴりトゲトゲしたやりとりにも、何が面白いのか老人はニタニタしている。
黄色い歯をむき出しにしたその姿は、見れば見るほどチンパンジーそっくりだ。
つれない態度に見えるかも知れないが、ぼくはあまり、こいつに借りを作りたくは無いのだ。
過去、たっぷり遭わされた痛い経験のお陰か、眼前の老人に対する警戒心は常にマックスである。
まあ、もしかすると純粋な善意からの言葉なのかも知れないが・・・。
なにはともあれ、ぼくらは某喫茶店チェーンにてお茶をしばいていた。
時系列は南極での一件が落ち着いた、その次の休日。
穏やかな日差しが差し込む、昼前の出来事である。
事の発端は今朝のこと、目の前の怪老人が突然、家に訪ねてきた時にまで遡る。
唐突なアポ無し電撃訪問に、ぼくは咄嗟に場所を移すことを提案したのだ。
あまり、この男を家に上げたく無いというのが、行動の主な動機となる。
そんな怪しいジジイとの語らいの合間、店内へざっと視線を走らせる。
ランチタイム間近という事もあってか、店内はやや混雑し始めているようだ。
丁度、2人対面掛けの席が見つかったのはタイミングが良かったのだろう。
これで、相手がしなびた老人でなければ、もうちょっとウキウキするシチュエーションなのだが・・・。
「お待たせしゃーっしたー。クリームソーダとデザート、ごゆっくりどぞー」
「あ、ども」
密かに溜息を付いていると、ぼくが注文した分の皿が運ばれてくる。
相変わらず間延びした喋りのウェイトレスさんがテーブルの上に置いたのは、長靴の形にカットされたグラス。
室内灯を反射する透明の円筒は、ライトグリーンの液体を湛えてしゅわしゅわと気泡を上げていた。
その隣には、黒々と艶を放つデニッシュ生地。
そして、こんもりと聳え立った純白の塔がでん、と鎮座していた。
今や、全国展開されるようになったこの喫茶店が誇る定番メニューである。
その光景にちょっぴり心躍らせていると、ふいにテーブルの向こうでニタニタと嗤うジジイが視界に飛び込んで来るではないか。
なんだか弱みを握られたような気分になって、ぼくは小さく呻きを上げる。
そんなぼくを満足げに眺めると、老人は湯気を上げるコーヒーカップをゆっくりと傾けるのだった。
「それで?態々顔なんか見せて、一体何が狙いなんです・・・?」
「おやぁ?こりゃまた刺々しいですねぇ・・・。ボクチンは、こ~んなに友好ムードなのに!カナシイ!―――あ、そうそう。話は変わりますが・・・友達の話によると、彼の職場に珍しいお客さんが訪れたそうなんですよねぇ」
「また、藪から棒に・・・。で?そのお客さんが、一体どうかしたの?」
「えぇ、えぇ、それがですねぇ。つい最近お亡くなりになった筈の方と、瓜二つだというんです!ビックリでしょぉ?玄華さん、という方なんですけどぉ・・・。ひょっとすると、ご存じでしたぁ?」
「・・・ごほっごほっ!?」
ころころと変わる話の内容。
猿顔の怪老人と対面でクリームソーダを飲むという、実に心そそらないシチュエーションにげんなりしていると、唐突に爆弾がぶっ込まれる。
シュワシュワと弾けるのど越しを楽しんでたぼくは、唐突な展開に思わず咳き込んでしまった。
慌てて視線を上げると、怪しげなジジイは細めた瞼の間からニタニタと、こちらを見つめているではないか。
「ひっ・・・人違いじゃないですかねえ!?ぼくとその方は、あくまで無関係なんですけれど・・・!」
「キヒヒヒヒヒ!・・・そうでしたかぁ?」
やばい。
この口ぶりだと、目の前の老人は玄華さん達『深泥族』の生存に気付いている。
それどころか、下手すれば【学園】に身を寄せている事すらバレているかも知れない。
思いも寄らぬ展開に、ぼくは脂汗を流しつつ必死に言葉を探すのだった。
「・・・・・・あ!こちらこそ、話は変わりますけれど?最近、新しく知り合った友達が居まして。何でもその、玄華さんのそっくりさんで・・・ハトコだか、マタイトコに当たるんだとか!」
「ほほぅ?」
「その名もずばり幻花さん!・・・その方と、見間違えたんじゃ無いんですか?」
「おやおやぁ、そうでしたかぁ」
いささか苦しいとは自覚しつつ、ぼくは必死に話題逸らしを続ける。
―――つい先日、南極の地にて繰り広げられた激闘。
その中でひょんな事から、玄華さんの素性を現地の人に知られてしまうハプニングが起きたのだ。
人類発祥の遥かな昔より、深海底を住処としていたと言われる種族―――『深きもの』。
玄華さんとお子さんの野呂さんは、その一士族である『深泥族』の出身である。
そもそも、あの時の南極は【彼方よりのもの】の狩場である【影の国】の影響下にあった。
時間の流れが停止したそこに於いて、ぼくら【神候補】を除く人間が居る事自体がイレギュラーなのだ。
仮に、無関係の第三者が紛れ込んだとしても、凍り付いた時の中では意識を保つことすら不可能な筈。
しかし、何事にも例外というのは居るもので。
生命体としての枠を超越し、『覚醒』を果たした者が運悪く、かの地に集っていたのであった。
酷寒の地にて出会った彼等の顔が、ふと脳裏に浮かぶ。
・・・結局、彼等にはお別れが言えずじまいだった。
心の中にわだかまる後悔の念を押し殺し、ぼくは今、直面している問題へ再び思考を巡らせる。
真調が言及したのは、ほぼ間違いなく南極での一幕についてであろう。
であれば、その場合秘匿すべきは『深泥族』に関する諸々がマストだ。
それを念頭に、何とかしてこの場をごまかしきらねば・・・!
密かに決意を固めるぼくを前に、怪老人は再び奇怪な笑い声を上げる。
「そっくりさんというなら、一安心ですねぇ・・・キヒヒヒヒ!!」
「あ、あはははは・・・!」
「・・・で・し・た・ら。その『友達』の連絡先についても、お教えしなくて大丈夫そうですねぇ~?我猛さんという、元気の良い若者なんですが―――」
「いります!!!」
ほとんど反射的に、その一言は口をついて飛び出した。
その直後、しまった、と口をつぐむが―――時すでに遅し。
おそるおそる視線を上げると、ニタニタと嗤う老人の顔がまっすぐこちらを見つめている。
ヘビに睨まれるカエルの如く、だらだらと脂汗を流すぼく。
スマホに映し出されたメッセージアプリをチラつかせ、老人は嘯く。
「詳しくお話、聞きましょうかねぇ・・・?キヒヒヒヒ!」
「くっ!」
目の前に差し出されたエサに、まんまと喰いつく形となったぼく。
そのまま凍り付く様子に目を細め、軋り上げるような笑い声を放つジジイ。
またしてもしてやられた現状を前に、ぼくは歯噛みしながら女騎士のように呻くのだった―――
今週はここまで。




