第502話 戦力外ハピナ
ワイルド博士以下、多くの人々をゴーマの魔の手から救い出した功績によって、『祈祷師』ハピナは『勇星十字団』への推薦入団をすることとなった。
勲章授与を行ったワイルダート伯爵領を出立したハピナは、道中でも修行がてらのクエストをこなしつつ、ついに首都シグルーンへとやって来た。
「ほわぁ……ここが首都なのです……」
ヴァンハイト出身のハピナは田舎者ではなく、むしろシティガールなのだが、それでも首都の高層ビルが林立する巨大な街並みは圧巻である。ヴァンハイトもアストリア有数の迷宮都市として名高いが、首都の規模は倍以上。
人ごみに慣れていない田舎者は目を回してしまいそうな通りを、ハピナは流れに乗って歩き、無事に『勇星十字団』のクランハウスへとやって来た。
どこぞの貴族のお屋敷のように門には衛兵がおり、ハピナは大切に抱えてきた推薦状を見せれば、快く通行許可が下りた。
一歩を踏み入れば、その瞬間に強い魔力の気配をそこかしこから感じた。
「っ! こ、これが、『勇星十字団』……」
つい先ほどまで何も感じなかったのは、敷地が丸ごと結界で囲われていたからだろう。
幾ら広いとはいえ、街中の一等地に陣取るクランハウスから、超一流の冒険者が訓練で放った魔法や矢弾が飛んで行かないとも限らない。そうした流れ弾の事故を完全に防ぐためにも、非常に強力な防御結界が張られているのだ。
そして、その結界によって団員達が発する強い魔力の気配も遮断しているが……一歩でも中へと踏み込めば、ビリビリと肌を圧するような強い気配を嫌でも実感させられる。
これほどの強いプレッシャーを感じるのは、フルヘルガー討伐戦以来だ。
ハピナもあの戦いを経験していなければ、ここで体が竦んで動けなくなっていたかもしれない。
「でもっ、これからはハピナもクランの一員になるのです!」
自信を持て。自分を信じて、応援してくれた人達のためにも。
そう勇んで力強く一歩を踏み出した瞬間、
ズシャァアアアアアアアアアアア……と、けたたましい音を立てながら、人間が凄まじい勢いでハピナの目の前を転がって行った。
「ぴっ、ぴぁああああ……」
先ほどの決意はあっけなく吹き飛び、突然の出来事に硬直してしまう。ここがダンジョンの中であれば、何が起こってもおかしくないと常在戦場の気持ちで対応できたのだが……
「い、今の人、死んでるです……?」
「わっ、ごめんなさい! こんなところに人がいたなんて……大丈夫? さっき吹っ飛んで行った人とぶつかったりしてないかな?」
治癒の祈祷かポーションを使うか、と思ったところで、ハピナの前に現れたのは一人の女性である。
訓練用の木製なのに、恐ろしく大きく重そうな巨木の剣を携えた、見上げるほどに長身の美女だ。その見事なスタイルと、優し気な風貌に、思わず理想の女性像を見たかのように、ハピナは見惚れてしまいそうになる。
「えっと、あの……大丈夫、です……」
「そっか、良かった」
「あの、飛んでった人は……」
「大丈夫だよ、ちゃんと手加減はしてるから」
手加減すると、人は水平に何十メートルも吹っ飛ばされるものなのだろうか。心から疑問に思うが、本当に何の心配も無いと言わんばかりに微笑む美女を前に、ハピナは口をつぐんでしまう。
「それより、どうしてこんなところに一人でいるのかな? もしかして、迷子?」
「まっ、迷子じゃないのです! ハピナは、『勇星十字団』に入るためにやって来たのですぅ!」
しゃがんで目線を合わせながら、そう優しく問うてくる彼女の様子に、完全に子供と勘違いされていると察したハピナは、慌ててそう主張した。
「そうなんだ。まだこんなに小さいのに、凄いね」
「ハピナはちゃんと、成人しているのです!」
それもつい先日の話だが、それでもアストリアの法律上、15歳を迎えたハピナは立派な成人である。
ちゃんと正しい子供の作り方も学んだハピナは、どこに出しても恥ずかしくない一人前のレディであると自認している。子ども扱いなど、絶対に御免だ。
「そっかぁ、それじゃあクランハウスの中まで案内してあげる」
それでもまだ迷子扱いされているのか、そんな申し出をされるが……思いの外に広い敷地内に、受付業務をしてくれるクランハウス本館に正しく行けるかどうか若干の不安を覚えていたハピナは、素直に彼女の申し出を受けることにした。
「ありがとうございます。案内を、お願いするのです」
「気にしないで、ハピナちゃん……で、いいんだよね?」
「はいです!」
「私は双葉芽衣子。メイでいいよ」
◇◇◇
親切な女性団員メイの案内で、ハピナは恙なく全ての手続きを終えることが出来た。
だが、ハピナにとっての試練はここからが本番である。
「ハピナさん、貴女はまず仮入団という形となります」
「えっ、まだ入団できないのです!?」
対応したのはカッチリと白のクラン制服を纏った女性団員で、淡々とそう語った。
子供のようなハピナが動揺するリアクションを前にしても、全く情けも容赦もする気はないとばかりに、彼女は冷めた視線を向けるのみ。
「如何に貴族の方々から推薦があろうとも、栄えある我がクランへの入団が許されるのは、厳しい条件を満たした者のみ。こうした推薦状は、あくまで特別に入団試験を課す機会を設ける、というものに過ぎません」
どんなお偉いさんだろうと、それこそ王家であっても、ネームバリューだけで入団させるクランではない。最強を謳うこの『勇星十字団』に、誰も文句はつけられない。
何せ団長は勇者リリス。彼女に真っ向からケチをつけられる人物など、このアストリアには存在しない。そんな存在を許してはならない。
故にリリスの意向である『勇星十字団』の実力主義は、創設当時から徹底して遵守されており、その最強の証明が今も団員の誇りとなっている。
「本来の入団時期とは別枠で試験を受けられる、というだけでどれほど特別扱いをしているか、お判りでしょうか。不服ならば、今すぐお帰りいただいて構いませんが」
「大丈夫です! ハピナは自分の力で、ちゃんと入団してみせるのです!」
元よりコネの力で入るつもりはない。むしろ、きちんと実力を計った上で入団が許されるならば、運良く推薦を得られただけ、という批判を受けても、ハピナは自信をもって言い返せる。望むところだ。
「それでは、まずは簡単に貴女の実力を確かめさせていただきます。今すぐ始めても構いませんか?」
「よろしくお願いしまぁす!」
よろしい、と頷いてから、彼女はハピナを訓練場へと案内した。
広大なクランハウスの敷地には、訓練場や施設も様々であるが、やって来たのはだだっ広いグラウンド。そこでは主に剣士や戦士といった前衛職の団員たちが、実戦形式の組手に勤しんでいた。
そういった組手の光景はハピナとしてもヴァンハイトでの冒険者活動を通じて、馴染みのある景色ではあるが……『勇星十字団』の訓練の迫力は、やはり一線を画している。
よく見ればグラウンドの一角では、あの親切な女性団員メイが、巨木の剣を一振りして、先と同じように団員を吹き飛ばしていた。それも三人同時に。
吹っ飛ばされているのも同じ団員であり、選ばれし精鋭に違いはない。だがそれをゴーマでも相手するかのように、軽く蹴散らしている様は、彼女が団の中でも相当の実力者であることを伺わせた。
「今、ここで訓練をしているのは、今年入ったばかりの新団員が中心です」
「そ、そうなのですね……」
言われてみれば、自分と同じ年頃の、成人したてといった若い者達ばかり。納得すると同時に、ハピナでもざっと見ただけで彼ら一人一人が、自分の活動していたランク帯を軽く超える実力の持ち主であることが実感できる。
「ハピナさん、少々お待ちを――――委員長、少しよろしいですか」
「あら、どうかしたの?」
声をかけられていたのは、如何にも魔術師といった風情の、理知的な眼鏡の美女である。ここまで対応してくれた女性団員も十分にそう感じられる容姿だが、委員長と呼ばれた女性はそれを上回る知性と品性を感じさせてならない。
教会の孤児院では、まずお目にかかれないタイプ。すっごい頭良さそう、という感想しかハピナには思い浮かばなかったが。
「なるほど、分かったわ。そういうことなら――――美波、ちょっといいかしら」
「なぁーにぃー、涼子ちゃーん!」
委員長が一声かければ、一体いつからそこにいたのか、一人の少女が現れた。
この遮蔽物など何もないグラウンドでありながら、忽然と姿を現したようにしか見えない少女の存在に、ハピナは目の錯覚かと瞼を瞬かせた。
「ハピナさん」
「は、はい!」
「こちらは、今年入団した新団員のミナミさんです」
「こんにちは! 夏川美波でーっす」
登場時こそ一瞬だったが、やって来てからは元気溌剌とした明るい女の子といった印象で、現状ハピナの中では最も気を張らずに話せそうな人である。
制服の上着を脱いで、ブラウスとスカートだけの軽装。腰のベルトから左右に一本ずつ大振りのナイフを差している装備から、恐らくは盗賊職だろうと察せられる。
そんな冒険者らしい観察をする傍らで、ハピナも拙い自己紹介を済ませた。
「まずは彼女と軽い組手をしてもらいます」
「組手、ですか……?」
「武技でも魔法でも、ご自分の得意な戦いをしてください。勿論、基本的なルールは遵守でお願いします」
殺傷禁止。急所狙い禁止、寸止めなど、騎士や冒険者が訓練するにあたって組手や模擬戦の基本ルールは共通化している。勿論、2年も冒険者を経たハピナもよく知っている。
その取り決めに否はない。
「それでは、配置について」
「よろしくねー」
「よ、よろしくお願いします!」
両者の位置は、天職の差を考慮して、少し広めの間合いをとってある。剣士と魔術師が戦う時と同様のもの。魔術師ならば最低でも一発は攻撃魔法を撃てるだけの距離である。
緊張した面持ちの『祈祷師』ハピナ、登場時と変わらず能天気な顔をしている『盗賊』ミナミ。両者は配置につき、向かい合う。
「始め」
「我らが大いなる母よ」
開始の宣言と同時に、ハピナは全速力で駆け出す。距離を稼ぎ、回避に徹することで、『母なる祈り』の詠唱時間を稼ぐのだ。
今までは当たり前のように詠唱中の自分を仲間達に守ってもらっていたが、それがどれだけ甘えていたかを、ハピナはすでに思い知っている。故に、ソロであっても一人で詠唱を完結できるような立ち回りを、自分なりに磨いてきた。
この『母なる祈り』は詠唱時間の長さというデメリットを補って余りある、ハピナの誇る最大最強の祈祷。自分一人に使うだけでも、その効果は十分に活きる。
『母なる祈り』と『ガイアパワー』の二つを掛け合わせれば、天職『盗賊』と真っ向勝負もできるはず、
「天上より見守り給え――――」
「シュッ!」
「――――あうっ!」
しかし詠唱は強制的に中断させられた。
顔に直撃した小さな衝撃に怯んで、詠唱と足が止まってしまう。
慌てて目をパチクリさせて視界が戻った時には、自分の足元にテーンテーンと転がる、手のひらサイズのボールがあった。
美波は開始位置から動かず、ただボールを放り投げた後の体勢。ただ投げて当てた、それだけのこと。ボールは何の変哲もない、そこらの子供達が投げて遊ぶ玩具のカラフルなボール。殺傷力などなく、子供が直撃しても怪我しないソフトなタイプだ。
だが、これは実戦ではなく組手。
美波が投げたのがボールではなく、ナイフなどの飛び道具や毒物、あるいはゴーマ製の『詠唱潰し』だったなら、すでにハピナは死んでいた。
ボールとはいえ相手の攻撃が顔面に直撃している時点で、自分の負けであることは明白だが、
「もうちょっと続けていいよ。訓練だし」
「は、はいです!」
これは組手であると同時に、ハピナの力を試す試験でもあるのだ。
あっけらかんと言い放つ美波の言葉に、ハピナは今度こそ『祈祷師』の力を示すべく、更なる気合を入れて叫んだ。
「ふぉおおおおおおおおおおっ! パワッ――――」
「シュッ!」
「――――あうっ!」
今度は最短で発動できる『ガイパワー』すら、発動前にボールを当てられ妨害される。
相手が投擲攻撃をしてくる、と注意をした上で、たった一言の発動すら許されない。
これでは、どの祈祷も使えない。その事実に背筋が凍りそうになるが、
「まっ、まだです!」
「うん」
不屈の闘志を燃やしてハピナは挑み、それを美波は微妙な表情で受け入れたのだが……
「シュッ!」
「――――あうっ!」
「シュッ!」
「――――あうっ!」
「シュッ!」
「ぴぁあああああ……」
どう足掻いても、祈祷は一度も成功しない。『ガイアパワー』すら発動できない。
何とか見切って避けようとしたり、『閃光』を焚いたり、小太郎謹製の煙幕を張ったり、出来る限りの手は尽くしたが……
「シュッ!」
美波の投球は百発百中。目くらましなどものともせずに、完璧にハピナの頬を捕らえ続ける。
柔らかい玩具のボールとはいえ、何度も直撃を食らってハピナのほっぺたは衝撃と羞恥で真っ赤に染まっていた。
「うっ、う、うううぅ……」
「えっと、まだやる?」
「やるです!」
この手は使うまい、と自制していたが、そんなことも言ってられない。これではまだ、自分の力を何一つ示すことができていない。それどころか、ボールを投げられただけで完封される一般人と変わらない。
天職『盗賊』は『スロウダガー』を筆頭に、投擲スキルが揃っている。投げ物は彼らの得意とするところだが、天職持ちはこちらも同じ。そんなことは言い訳にもならない。
引くに引けないハピナは、自分だけの力では無いとしても、何も残せずこのまま終わることはできなかった。
「ハピマルぅううううううううううううううううううっ!」
頼れる召喚獣、相棒の黒き沈黙羊をハピナは呼び出した。
「んっ!?」
突然の召喚術に、流石の美波も驚いたか。目を見開いてハピマルを見つめていた。
「ふぉおおおおおおおおおおっ! パワーぁあああああああああああああああああっ!」
召喚したハピマルのモコモコボディを遮蔽物として、ついにハピナは『ガイアパワー』を発動させる。流石に射線が完全に遮られていれば、投擲物は通らない。
「ハピマル、行くですよっ!」
「メェエエァアアー」
ハピナが颯爽と鞍に跨れば、ハピマルは独特の間延びした長閑な雄たけびを上げて、猛然と駆け出す。小太郎の作ったハピマルは、ただの沈黙羊ではない。強化された足回りは、駿馬にも負けない速度と、絶壁を踏破する登攀力も併せ持つ。
「やぁあああああああああああああああっ!」
渾身の騎馬突撃。最早、玩具のボール一個で止められる勢いではない。
すでに『ガイアパワー』を宿したハピナの体は、力だけでなく、物理的な防御力も上昇している。本物のナイフを投げられても、弾くほどの頑強さだ。
そんな突撃ハピナに対し、美波がとった行動は、
「シュッ!」
同じボールを投げるだけ。
無駄だ、そんな玩具では、どこを狙っても――――思った瞬間、ハピナの視界が傾いた。
「へっ?」
直後に感じる浮遊感。内蔵が持ち上がり、確かな重量を感じさせる大きな胸の重さからも解放されて、ハピナは宙を舞っていた。
なんで――――という疑問は、玩具が故のカラフルさで目立つボールが答えを示していた。ソレは倒れ行くハピマルの足元から、激しく跳ねて飛んで行った。
美波が狙ったのは騎手たるハピナではなく、騎馬のハピマル。その脚、正確には、力強く大地を踏みしめるはずだった、その蹄だ。
ちょうど前脚の蹄が大地を踏む寸前に、滑り込むようにボールが入った。堅い地面と相反する柔らかな感触。勢いよく地を蹴るところに、ボールを踏んづけたらどうなるか。
宙を舞っている間にハピナの脳裏に過ったのは、沢山のボールを散らかして遊んでいたら、それを踏んで転んだ姉貴に「ちゃんと片づけなさい!」と怒られた幼き日の記憶。
すなわち、落馬の真っ最中にあるハピナに、もう打てる手は無かった。
「ぴぎゃぁああああああああああああああああああああっ!」
「あーっ……大丈夫……?」
天地がひっくり返ったような衝撃と共に地面に叩きつけられたハピナだが、『ガイパワー』のお陰でダメージはほとんど無かった。ここ最近のソロ活動で、ようやく身に馴染んできた受け身も、反射的にとれたのも幸いした。
しかし、良かったことなどそれくらい。ハピナ渾身の騎馬突撃は、ボール一個にあっけなく粉砕されたのだ。
「うぅ……は、ハピナは……まだ、なにも……」
「えっと、それじゃあ祈祷、だっけ? 長いの使ってもいいよ。待っててあげるから」
「ふぅうう……ふぁい……」
あまりにも情けないが、それでも自慢の『母なる祈り』だけでも披露しなければ、もっと格好がつかない。
溢れ出しそうになる涙を堪えながら、ハピナは震える足で立ち上がる。
「我らが大いなる母よ、天上より見守り給え」
そうして、改めて杖を構えて、詠唱開始。
美波のボールは飛んでこない。
「大地を行く子らに、その深き慈悲を与え、災厄を跳ね除けん。その身は健やかに、心は強く、清らかに」
いざ詠唱を始めれば、敗北感に乱れた心も落ち着く。
祈祷師の祈りとは、己の信仰そのもの。神へ捧げる神聖な行為。
故に、そこには一切の個人的感情を差し挟む余地はなく、
「長きを伸ばし、弱きは補う。やがて子は育ち、使命を果たす力を得ん。されど我ら、弱き子のまま世に溢れる悪意に挑まんとす。故に祈り、願う、打ち勝つ力を」
いつ何時であっても、母なる地母神は力を与えてくれる。
これぞ加護。『祈祷師』ハピナが秘めたる力の真髄。
「今こそ我が手に、母なる大地、大いなる地母神のご加――――」
「シュッ!」
「――――あうっ!」
何が起きたのか、分からなかった。
次の瞬間には、全能強化の力が漲るはずが、自分はどうして間の抜けた声を上げて、天を仰いでいるのか。
ただ一つ分かっていることは、祈祷『母なる祈り』は発動しなかったこと。
「あっ、ごめん……何かヤバそうな気がしたから、つい」
「ぴっ、ぴぃいぇえええええええええええええええええええええええん!!」
ついに限界を超えたハピナは、その場で蹲って泣いた。ワンワン泣いた。
◇◇◇
「ハピナさん」
「……はい」
訓練場のグラウンドから戻り、再び冷たい女性団員との面談に入るハピナは、もう彼女の顔を直視できなかった。
ただ俯いて、座り心地だけは良い椅子で、縮こまるように座るのみ。
「天職『祈祷師』の貴女に、直接的な戦闘能力はそれほど求めてはいません。ですが、我がクランには、前衛に守ってもらわねば、何も出来ないような後衛は一人もおりません」
それは強い自負だ。『勇星十字団』はただのクランではない。最強のクランなのだ。
「もしも貴女が一人だけで、竜災に襲われる村を前にしたなら、私は後衛だから一人で戦えません、と言えますか?」
それがただの低ランク冒険者、あるいは地方の教会に勤めるシスターの一人であれば、その言い訳は正当性を帯びる。
だが我々は、『勇星十字団』でそれは通らない。通してはいけない。
「我々は『勇星十字団』、勇者のクランです。たとえ一人であっても、人々を救い導く勇者の誇りと、それを成し遂げる高い実力が、団員全てに求められます」
彼女の言葉は、どこまでも真っ当だった。
ここはそういう場所なのだと。むしろ優しく諭しているとすら言えよう。
「その力を示さねば、団員として迎えるには能わず、また、それが育つまで面倒を見るようなことも、このクランではしていません」
ここは育てる場所ではない。最強を目指す者達の中でも、最先鋒を行く者が、自ら力を磨き、成果を積み重ねる場なのだ。
これから君はきっと強くなるから、と才能を見守ることは大事だろう。だがそれは『勇星十字団』でやることではない。
才能を磨き上げて強くなってから来る場所なのだ。ここは到達点であって、通過点ではないのだから。
「ハピナさん、貴女には、まだ仮入団の期間三ヶ月が残されています。その間に、入団するに相応しい成果を上げてください」
「えっ、あの……成果って……」
「無論、冒険者としての成果です」
先の決闘とも呼べない酷い戦いは、それでも本来なら相応の金を積まねば経験できないことだ。
『勇星十字団』の団員はすでに冒険者としては精鋭。彼らは自分の実力をさらに伸ばすために邁進しており、後進の育成が仕事ではない。試験のための模擬戦とはいえ、一流冒険者の貴重な時間を割き、その力の一端を見せているのだ。
つまり、これ以上はもうハピナ入団を計るためだけに、人手を割くつもりは無いということ。
「『勇星十字団』の名は名乗らず、シグルーンで冒険者活動をしてください。本来はソロが望ましいですが、『祈祷師』の能力はパーティでこそ発揮されるもの。自由にパーティを組んでもらって結構です。ただし、必ず貴女がリーダーとなってください」
ただのサポートメンバーとしてでは、成果を認めない。それをすれば、高ランク冒険者パーティへの寄生も許されてしまうからだ。
無論、よほど上手く取り入ることが出来れば、既存のパーティに入った直後にリーダーを名乗ることを許されるだろうが……そこまで出来るのならば、それもまた冒険者としての能力とも言える。
「それでは、貴女が『勇星十字団』を名乗るに相応しい成果を上げることを、期待しています」
かくして、ハピナは訪問初日でクランハウスから追い出され、
「あっ、コタローっ!?」
「げえっ、ハピナ!」
「コタローぉおおおおおおおおおっ!」
都合よく管理局ロビーで見かけた小太郎に、速攻で泣きついたのであった。




