第501話 無職な奴ら(4)
シルヴァ・クレイン。
ウラガ・オコーネル。
僕がシグルーンで見つけた、ピッカピカの原石だ。
この二人には、それぞれ異なる才能がある。僕の人を見る目はそこそこだけど、ルインヒルデ様からいただいた『神威万別』という神の目があるのだ。その御力をもって見出した人材である。
二人は必ず強くなる。天職を持たぬ無職のまま、強くなれるのだ。
「さて、準備はいい?」
「ぁぃ……」
蚊の鳴くような声で、デッカい体のトーナが頷く。
彼女については……完全に僕の趣味で声をかけた。正直、スマンかったと思っている。
でもしょうがないじゃないか、かつてのメイちゃんを彷彿とさせる、完璧な豊満体型。そりゃあね、『狂戦士』になって痩せたメイちゃんの方が、健全な肉体美として完成しているのは間違いないけれど、僕は以前の太い方の彼女も大好きだ。修学旅行の夜の内緒話でも、気になる女子に彼女の名を真っ先に挙げられるほど。
「そんなに緊張しなくていいよ。ほとんど見てるだけだから」
「……ぅ」
酒場でシルヴァの勧誘に成功した後、別なお店をはしごしている時に見つけたのが、トーナである。
いい剣士が加わってくれたから、お次は魔術師クラスも一人欲しいな、という気持ちで賑わう店を眺めていた。耳に入って来る雑多な噂話を解析しながら、まだ誰にも見出されていない才能の原石を僕は探す。
そんな時に目に入ったのが、魔法の才能ではなく太れる才能の彼女だったのだ。
見つけた瞬間、思わず二度見したね。うぉデッカ……ってなったし。
正直、これでもうすでに彼女の魅力に目をつけた男に囲われているようなら、僕とて素直に引き下がったさ。あの娘いいべ、って思いながら眺めるだけに留まった。
しかし幸運にもそんな見る目のある野郎は一人もいなかったようで、ついでに彼女は見るからに一人で狙いやすい無防備さで座っている。
それも小さく震えて、涙なんかを零しながら。
「どしたん、話聞こか?」
と、声をかけない選択肢は無い。最近流行りのナンパ台詞を吐きながら馴れ馴れしく接近したのは、勢いもあったが、彼女は実に僕にとって都合が良かった。そのスタイルも、一人でいたことも、そして魔法学生であったことも。
一言話した瞬間に察するレベルの重度のコミュ障。僕みたいによほどの魅力を感じていなければ、まずお近づきにはならないような女子である。
でも僕は素で口説くように根気強く彼女から話を聞きだし、こんな場所で一人で飲んでいる境遇、魔法学生としての立場、ダンジョンでの目的、そういった情報を把握した。
その上で、改めて思う。こんなに都合のいい子がいるのか。
本当に今夜の僕はツイいている。こんなに人との巡り合わせが良いとは。これも普段の行いの良さだろう。ああ、ルインヒルデ様のご加護。
トーナは典型的な貧乏学生だ。魔法は好きだが、才能は特に無い。コミュ力も無いので友人はおらず、ダンジョン探索を要するフィールドワークの課題になった瞬間、詰んだ。
彼女の通う魔法学校では、実際にダンジョンに潜って成果を上げることが重要な評価点となるらしく、コレが上手くいかなければ留年か退学しか道はない。
ギリギリの補欠合格で学校に受かったトーナに、ソロの魔術師として第一階層すら安定的に探索できる力もない。足りない力を補うために、仲間を集めるコミュ力もない。
やはり詰みだった。
それを今日一日、ダンジョンにソロで挑んであらためて実感し、ここで自分の人生に絶望しながらアルコールを舐めていたというワケだ。
うんうん、僕そういう子を探してたんだ。
この『風魔』を名乗る僕が求める人材の第一条件は、僕以外に組む者などいない孤独なはぐれ者であること。
第二条件は、僕が見出した才能を持つこと。あるいは、強い熱意と向上心を持つこと。
その点でいえば、トーナは初見で魔法の才能は見られなかったけど、苦学の末に齧り付いてでも魔法学校に合格した、魔法探求の熱意は本物のようだと思えた。
僕がちょこっと古代語や錬成について話せば、物凄い食いつきだったしね。魔術師らしい知識欲である。
そういうワケで、都合のいい女ことトーナちゃんは、僕に口説き落とされて、こうしてパーティの紅一点として加わることとなったのだ。
「それじゃあ、改造人間一号シルヴァのオペを始める!」
ここはスラム街付近に設けた秘密の地下拠点。表は年季の入った薄汚い古本屋、そこから地下通路を通って裏手の違法増築の廃ビルと繋がっている。
黒髪教会シグルーン支部も創設中だが、風魔としての僕はそっちと無関係を装うために、また別の拠点を必要としているのだ。
そこの地下室で、この日はまず最初の改造手術を行う。
トーナを助手に、全身麻酔でぐっすり眠っているシルヴァへ僕は向かう。
「と言っても、まずは簡単な呪印を刻むだけなんだけどね」
シルヴァの強みは、何と言っても自前の天才的な剣術。すでに彼は強いのだ。
なので必要なのは、魔力供給による、身体能力の底上げ。他に特別な能力は必要ない。
彼は下手するとそこらの一般人よりも低い魔力量で、第三階層でも戦闘するため、魔力の質を高める、戦士や騎士の間では『練気』と呼ばれる手法にも優れていた。
ただでさえ少ない魔力を最大効率で運用するため、自然と研ぎ澄まされていったのだろう。
彼の振るう武技『一閃』は、『剣士』上田と比べて、驚くほどに費やされる魔力消費が少ない。まるで武技ではなく、ただの斬撃かのように、ほんの一瞬しか魔力による強化を発しない。
単純な威力だけで言えば、身体能力の差を抜きにしても上田の方が圧倒的に上。
けれど最小魔力で威力がほんの一瞬しか、それこそ技の名の通りに一つ閃くだけの武技を、シルヴァは常に完璧なタイミングで当てる。超シビアなクリティカル判定を百発百中で成功させる神業だ。
ついでに言えば、余計な魔力が無く発動も一瞬のため、元から短い技後硬直もゼロである。ヘタクソな連撃武技よりも、シルヴァが一閃連発した方が素早いだろう。
だから適正レベルまで底上げできるだけの魔力さえ与えられれば、シルヴァは勝手に強くなる。蒼真悠斗のように、ド派手に輝く巨大な光剣みたいな必殺技など必要ない。より速く、研ぎ澄まされた『一閃』で、彼はあらゆる敵を斬り伏せるだろう。
「この呪印は、魔力を貯める効果と、魔力を循環させる効果、シンプルな二つの組み合わせ。これを手足と、額、首、胸、腹、に刻印すれば、並みの冒険者の魔力量は確保できる」
「でもぉ……ふうぅ……」
「確かに、彼の魔力回復量も人並み以下だから、減った時の供給方法はあった方がいいよね。そこでコイツの出番だ」
『血啜り』:生き血を啜られる贄を意味する呪印。生贄は最も原始的な儀式である。人が力を欲した時、それを他者へと求めた。その血肉を、魂を、我が物とするように。
『力の欠片』:小さな光石を意味する呪印。魔力の結晶は、たとえ小さな破片に砕けようとも、宿した力は等分される。拾い集めた欠片も、山と積もれば輝かしい宝玉に勝るだろう。
この二つの呪印によって、すでに一般人への魔力供給方法は確立している。ニューホープ農園で働くディアナ人の大半はこれを使っており、多くの人々が使用すればその分だけ運用データも重なり、それを元に改良が施され、より洗練されてゆく。
今回シルヴァに刻むのも、最初に農園のディアナ人達に施したものから、ちょっとだけ効率アップした改良型、いわばVer2.0といった具合である。
呪印は刺青のように肉体に直接刻むが、傷をつけているワケではないので、消すのも書き直すのも自由自在なのは便利である。呪印が進化すれば、後で幾らでも更新できるのだから。
なので、僕は心置きなく刻んで行けるのだ。
「はい完成」
「おぉ……わぁぁ……」
「うん、残念だけど形だけ真似すればいいワケじゃないから。これも呪術だから、刻印は正確でも、刻む術者の腕前によって効果は変わる。本職の『呪術師』とか闇属性の魔術師なら、上手く出来るかもね」
「じゃぁ……いん……」
「そうそう、僕の呪印で僕の魔力をもって刻印すれば、効果は発揮されると思うけど……刻印失敗したらどんな副作用でるか分かんないから。今度ゴーマでも捕まえて、試してみるといいよ」
「マッ……?」
「ゴーマにも呪印の効果があるのは、もう実証済みだから」
効果的過ぎて、僕が演じる偽オーマの新生ゴーマ王国は順調に勢力拡大してるんだよなぁ。
最恐の麻薬カルテルだとか言われているくせに、大事なマーラ畑を一向にギャング共は奪還できていない。本腰入れて攻め込んで来れば、急造の防備が精々のゴーマ占領村なんて奪い返されるかと思っていたけれど……全然そんなことは無かったぜ。
所詮は弱者から搾取しているだけの連中だ。ゴーマのような本物のモンスター相手には及び腰になる腑抜けがアストリアギャングの実態か。
まぁ、本当に強ければ冒険者でも騎士でも大成できるんだから、真の強者がギャングなんぞに落ちぶれることは滅多にないワケだ。戦力としては半端もいいところである。
「シルヴァの刻印は、ひとまずこれだけでいい。これ以上は、もっと馴染んでからで」
正直、改造手術と言えるほど大それた真似はしていない。農園のディアナ人には、適性のある者にもっと複雑で数の多い呪印刻んだこともある。
それでもシルヴァが特別なのは、
「奥の手として『精霊戦士』に覚醒できる」
「……っ!」
「そう、あのディアナの『精霊戦士』さ。つまり、術者たる僕本人から魔力供給を受けて、更なるパワーアップも可能ってこと」
ただし、ソレをするには本物の僕が必要なので、分身に過ぎない風魔と一緒にいる限りは、使えない手段だ。
あくまでこのパーティは別動隊であり、本物の僕と関わらせるつもりはない。ほどほどのサポート活動がメインなので、こっちの戦力も投入するような事態は勘弁である。
けれど、いざという時の手段は一つでも多い方がいい。
それもこれも、全ては『呪術師』たる僕との魔力適性が高い、シルヴァの才能というか、体質あってのことである。
彼は秘密の隠れ精霊戦士として、控えておいてもらおう。
そういうワケで、これで無事に改造人間、技の一号シルヴァ・クレインの完成だ。
◇◇◇
「これより、改造人間2号ウラガのオペを始める!」
シルヴァとトーナの二人と組んで数日後、新たに見出したのが彼である。
スラム街では掃いて捨てるほどいる、若さしか取り柄の無いチンピラ野郎。放っておけば、ギャングの鉄砲玉か、強盗の闇バイターといった捨て駒役で消耗される、救われることのないアストリア社会の底辺だ。
そんな彼と出会ったのも偶然。僕みたいな胡散臭いガキの勧誘に乗ったのは、人生一発逆転を夢見るチンピラマインドが故だろう。
でも君は幸運だよ、僕は詐欺師ではなく呪術師。本当に君を強くする手段を持っているのだから。
「ご覧の通り、彼に肉体的な強みは一切ない。僕と変わらないほどの低身長、筋肉の付きも良くないし、骨格も特に頑丈というワケでもない。オマケに無駄にデカい顔。これだけ頭が大きいと、重心が上よりで安定しないから、戦う上では不利にしかならないね」
本当に才能に恵まれないヤツって、こういうヤツのことを言うんだよ。
シルヴァは自分のことを才無しの無能剣士と思い込んでいたようだけど……彼はメチャクチャ恵まれている。剣の才能が無かったとしても、普通にただの高身長イケメンだ。蒼真悠斗に真っ向から対立できるレベルの。
改造ついでにボサボサに膨れた長髪と生い茂る髭を整えてやれば、出てきたのは鋭い目元のクール系イケメンフェイス。君さぁ、王道ファンタジーのシミュレーションRPGでソードマスターで登場してなかった? というようなルックスである。
別動隊は天職持ち無しの普通の低ランクパーティとして目立たないような編成にするつもりだったけど、シルヴァがあまりにクールイケメンへ様変わりしたせいで、冒険者女子から熱い眼差しが注がれている。受付嬢も営業スマイルじゃない、本気の乙女ちっくスマイルで応対するほどだ。
一方、底辺チンピラのウラガ君といえば、僕が語った通りに非常に恵まれないスタイルをしている。身長こそ僕を僅かに超えているけれど、並ぶと明らかに腰の位置が僕より低い。日本人の僕は特に足の長いモデル体型では無いにも関わらず、彼の短足ぶりは圧倒的だ。
そのくせ、僕の背は超えているのだから、彼の胴長顔デカぶりが分かるだろう。
これで勝みたいに愛嬌のある顔つきをしていればいいのだけれど、無駄にゴツい顔のせいで可愛げの欠片もありはしない。
まるでキャラメイクでふざけて作ったかのような、アンバランスな顔と体の持ち主である。
「だが安心して欲しい。貧弱ドチビの顔デカ野郎の君は、これから見事なムキムキマッチョの大男のタフガイになるんだ」
シルヴァには魔力を与えた。ウラガには新たな肉体を与える。
物理特化の屈強な肉体。その改造に耐えうる体を持っていることが、ウラガの才能なのだ。
「そのための核となる呪印がコレ――――『巨人の鎧』だ」
『巨人の鎧』:聳え立つ巨躯を意味する呪印。巨人に鋼の鎧兜は必要ない。巨大な肉体を成す血、肉、骨、その全てがあらゆる武具を超越する。強き者とは、大いなる者。
オーマで作った『亡王錫「業魔逢魔」』、ザガンの頭蓋骨を使った『巨人の兜』。この二つが揃ったことでレムは『巨大化』を使えるように、専用装備が揃わなければ巨大化は発動させることは出来ない。
けれど巨大化術式を構築するための、非常に大きな参考資料にはなってくれた。
次いで、リザの『巨神戦装』が、更なるヒントを与えてくれた。
ゴーマ式の術は人間に用いるには、あまりにリスキーだ。だから物理的な肉体はどうとでもなるレムにしか施していない。
一方、元から『精霊戦士』の技である『巨神戦装』は、人間のための術である。
この術式の効果は、御子という力の供給源に大きく依存するので、御子が変われば効果も変わる。今のリザは黒い炎に燃える魔人と化すが、以前は岩の装甲を纏った巨人になっていたという。
ウラガもリザと同じように『精霊戦士』とすることは出来る素質を持ち、『巨神戦装』を発動させれば、まぁそれなりに何かデカくて強いヤツにはなれるだろう。
けれど彼に求めているのは、そんな発動タイミングが限られる特殊な変身スキルではなく、24時間365日戦える、屈強な肉体である。一日三分だけ巨人に変身するのではなく、平常時から強く大きな体を維持することが目標。
そうでなければ、黒髪教会と無関係の別動隊として活動するのに支障しかないし。
そこで編み出したのが、強く大きな肉体をオールウェイズ与える呪印、『巨人の鎧』である。
ゴーマ式とディアナ式、両方の巨大化術式を学んだ上で、僕が編み出したオリジナルの呪印。
効果は永続。しかしその分、巨大化としての力は大きく劣る。これを刻んでも、大型モンスターと殴り合える巨人にはならない。
けど、誰もが見上げるほどの大男にはなれる――――はず!
「この『巨人の鎧』は、頭の天辺からつま先まで、入念に刻まないといけないし、実際にタトゥーとしても刻印しないといけない箇所も多い。大がかりな刻印作業になるから、トーナちゃんも手伝ってね」
「あぃ……!」
日夜、僕にくっついて存分に魔術師としての知識欲を満たしているトーナは、早くもちょっとした刻印は出来るようになっている。
本人のヤル気もあるせいか、彼女は物覚えがいい。それに地味に重要な、器用さも併せ持つ。
呪印だけでなく、簡易錬成陣も早々に使いこなしている。僕が用意した、ニューホープ農園の工房で愛用している、初心者用の簡易錬成陣セットをプレゼントすれば、よほど錬成が楽しいのか、色んな素材を投入しては一晩中回しているようだ。
作業は大雑把で、モチベーションの欠片もない姫野が見習うべき、素晴らしい姿勢である。これぞ社員のあるべき姿。
まだ姫野の方が慣れているのと眷属の恩恵もあって、錬成技術は優れているが……それでもトーナは現時点で0.2姫野くらいの実力になっている。このペースで成長すれば、すぐにでも姫野の実力を追い抜き、2姫野、3姫野、と高い労働生産性を叩き出してくれるだろう。
いやぁ、顔採用ならぬ体採用をした彼女が、こんなに熱心でスキルアップの早い錬成職人になってくれるとは。やっぱ実際に働いてみないと、分からないことってあるよね。
そんなワケで、七面倒くさい『巨人の鎧』の刻印作業を、僕とトーナの二人がかりで、何時間もぶっ通しで行った。
うん、これマジで面倒くさいよ。誰だよこんな複雑で膨大な術式設計したヤツ。もっと簡略化できなかったのか。これで汎用性皆無の個人の高適性依存とか、仕様終わってるでしょ。
二度とやるか、こんなクソ呪印……
などと自分で自分の術式への愚痴ばかりが浮かんでくるほど精神を削りながら、僕らは何とか刻み切った。
相棒……やりましたね、私達……
かつてやり込んだゲームでの、プレイヤーが成し遂げた偉業にタダ乗りしてくるNPC風情の不快な台詞が脳裏を過りながら、僕はあまりの精神疲労に倒れるように眠った。
「――――ふぁっ」
ふと目が覚めると、僕は大いなる胸の谷間に包み込まれていた。
極楽。まだ夢の中なのかな。
いや、これは現実だ。どうやら僕は、脇に設置しておいたソファで、トーナに抱きしめられるようにして眠っていた。
うむ、やはり極楽。僕の頭よりデカいおっぱい枕だけじゃない、この全身を包み込まれるような肉感。そこらのモテカワだの何だののたまう貧相スタイルのカリカリ女では絶対に得られない感触と満足感は、この豊満スタイルあってこそ。絶対『恵体』持ってるでしょ。
いつまでも埋もれていたいところだが、これ以上は自制できない浮気にまで発展しそうなので、名残惜しくも肉布団を抜け出す。
トーナ本人はまだ疲れて眠っているようなので、このままそっとしておこう。
「よしよし、ちゃんとデカくなってるな」
ツルツルのスキンヘッドにまで剃って、文字通りに頭の天辺からつま先に至るまで、呪印が刻み込まれたウラガの肉体は、身長2メートルを超える巨漢と化していた。ちゃんと大き目のベッドにしといて良かった。
無駄にゴツくてデカい顔面はそのままだけれど、今やその大きな頭部でも八頭身になるマッシブボディ。今の彼を見かけて、舐めてかかるようなヤツは一人もいないと確信できる威圧感だ。
立派な巨躯となったお陰で、ゴツい顔もよく似合っている。筋肉パワーで何でも解決する脳筋アクション映画の主人公を張れそうな風格。いやぁ、本当に見事な肉体だ。
苦労して『巨人の鎧』を刻んだ甲斐があったよ。
「うっ……ぐ……」
「あ、起きた?」
ちょうどウラガも目が覚めたようである。苦し気な呻き声を上げながら、ゆっくりと目を開き、起き上がろうとするが、
「痛ぃっ、てぇ……」
「まだ新しい体が馴染んでないから、無理して動かない方がいいよ。今どんな感じになってる?」
「全身、酷ぇ筋肉痛みてぇだ……一歩も、動ける気が、しねぇ……」
そのテの痛みを実感しているなら正常だ。何も感じない、ってなったら『巨人の鎧』で変化した肉体と精神が同期してないってことになり、イチからやり直しという地獄を見る羽目になっていた。
一応、念のために手先や足先、体の各所を僕が触診して、その感覚もちゃんと感じられるかどうか確かめてみる。
「うんうん、良かった。『巨人の鎧』は正常に機能している」
「なぁ、俺……どうなっちまうんだ……?」
「リハビリ頑張ろうね。心配しなくても、すぐに動けるようになるさ」
「ほ、本当か? 俺の体、今どうなってんのか、見せてくれねぇか」
「いいよ」
痛すぎて首もロクに動かせないようだから、この素晴らしいボディがまだ見えていないのだ。不安そうに天井だけを見つめるしかない彼に、劇的なビフォーアフターを見せつけよう。
僕は匠の気分で、大きな鏡を抱えて、ウラガの体を写してやる。
さぁ、とくと見よ。これぞ改造人間、力の2号ウラガだっ!
「ハゲてる……」
第一感想それかよ。ホントにアストリアの男の人って、いつもそうですね!
◇◇◇
晴れて技の1号と力の2号という新戦力が揃い、パーティとして形になって一週間ほど。僕らはシグルーン大迷宮の第三階層に生息している、とあるボスモンスターの前にいた。
ホォオァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!
妙に甲高い独特な咆哮を轟かせるのは、『スケイルレス』と呼ばれる不気味なドラゴンだ。
その名の通りに鱗はないが、脈動する野太い筋肉に、分厚いゴム質の皮膚を纏った。パワータイプのモンスターである。
目のないのっぺりした頭部はワームのようだが、地を這う強靭な四肢と長く伸びる尾は、典型的なトカゲ型の四脚竜の骨格だ。
不気味な青白い肌のスケイルレスは、その全身に満ちる筋力を大いに躍動させ、10メートル級の巨躯で凄まじい速さで獲物たる僕ら目掛けて突っ込んできた。
「真っ向勝負だ! 行け、ウラガ!」
「オーケー、ボス!」
ガツン、と巌のような拳を打ち付け気合を入れてから、ウラガは恐れることなく真っ直ぐスケイルレスに立ち向かう。
人と竜は互いに雄たけびを挙げ、正面衝突。
「ぐっ、うおおぉ……」
「流石に殴り飛ばせるほどのパワーは無いか。突進止めただけ上出来だよ」
僅かに当たり負けして、たたらを踏んでふらついているウラガを責める気は無い。
突進してくる中型ドラゴンを一方的に殴り飛ばせるスーパーパワーは、メイちゃんくらいじゃないと無理だ。
それをついこの間までスラムの底辺を彷徨っていたチンピラ少年が、第三階層のボス相手に力勝負を挑めているのだから、破格の強さだろう。
これが一対一の勝負だったなら、大きくふらつくウラガの劣勢は確定だが、突進の勢いが完全に止められ、怯んでいるスケイルレスの隙をついてくれる仲間がここにはいる。
「悪ぃ……止めきれなかった……」
「問題ない」
ウラガが頭を振って体勢を立て直している間に、颯爽と追い抜いて行く人影が一つ。
足の止まったスケイルレスへ、剣を抜いたシルヴァが疾風のように襲い掛かった。
ヒィイイァアアアアアアアアアアアアアッ!!
再び轟く咆哮は苦悶の声だ。
スケイルレスの青白い肉体に、幾筋もの斬撃が刻み込まれている。竜の命を奪うにはまだまだ浅いが、それでも無視できない痛みが駆け巡っていることだろう。
「今宵の『虚月』は、血に飢えているぞ……」
シルヴァが何か言ってる。
まぁ、ようやく新しい剣でボスを相手に試し切りが出来ているのだ。テンションも上がるというもの。
『虚月』:僕がシルヴァのために作った専用の剣。基本の造りは日本刀で、呪印『血啜り』を刀身に刻んである。
今の僕が集められる限りの素材をつぎ込んだ一品だ。悔しいが完成度は抜群だった『天命剣・聖鳥羽撃』を大いに参考にしてある。
剣としてはとにかく頑丈さと切れ味を追及した実用特化。炎やら雷やらを放つ魔法攻撃力は一切ない。しかし唯一刻んである呪印『血啜り』によって、血の通う生きたモンスターを斬りさえすれば、その鮮血を啜って魔力へ変換することができる。
勿論、『虚月』の魔力は使い手たるシルヴァへ、呪印を通じて即座に還元され、彼の魔力を回復してくれる。ゲームでもたまにあるよね、攻撃したらMP回復する系の効果。
そう聞くとぶっ壊れ装備みたいに思えるけれど、『血啜り』の魔力吸収量など微々たるもの。本職の魔術師が、魔力回復が必要とするほど欠乏した時に、自ら剣で敵を斬りつけられるか、と考えれば実用性は低い。
普通の前衛職だったとしても、微量なので無駄な効果ではないけど、無くても別に気にならない程度。
けれど呪印によって魔力供給をするシルヴァにとって、その少しの魔力が重要なのだ。
元より必要とする魔力量そのものが低いから、微量回復するだけでも、彼の全力戦闘時間は目に見えて伸びる。
名前の由来は、シルヴァが元のパーティ名を『月光の御剣』と名づけるくらい、アストリアで有名な月光剣の剣士が好きなので、月のイメージのネーミングにした。
今回も由緒正しき命名選択式で、僕の『虚月』とリライト式の『まんまん満月』の二つを提示したら、シルヴァはノータイムで『虚月』を選んでくれた。いいセンスだ!
「ちゃんとボスも切れてるし、大丈夫そうだな」
後方腕組み待機で、僕はスケイルレス相手に奮戦する二人を眺める。
シルヴァは『虚月』を手に縦横無尽に駆け回り、完全にスケイルレスの攻撃を振り切る勢いで斬撃を叩き込み続けている。ただ早いだけじゃない、実に美しい立ち回り。完璧に相手の攻撃と次の動きを見切って、常に最適な位置へ最短距離で達している。
出会った翌日の初探索で、僕とジョン・ドゥのサポートありきで討伐経験があるとはいえ、それでも惚れ惚れする動きだ。
モンスターとの戦いにはそれなりに慣れた自負のある僕でも、ここでそこまで踏み込むのか、あえてここで止まるのか、と彼の立ち回りには見るべき点が多い。モンスターハントゲームの神プレイ動画を見ているような気分にさせられる。
「ウラガも足を引っ張るほどじゃないし、十分に及第点だね」
一方のウラガの立ち回りは素人丸出し、駆け出しの新人でももうちょっと上手く戦えるよ、というほど。
しかし彼が素人なのは百も承知。その素人スタイルでも第三階層ボス相手にも、なんとか張り合える身体能力こそが強みなのだ。
剣術のけの字も知らないウラガには、ただ振り回すだけで破壊力を得られる大きなハンマーを得物に選んである。なんだかんだで刃のついた武器は、刃こぼれ錆びつきと、扱いとメンテに気を遣う繊細なもの。でも硬さと重さで相手を叩き潰すだけの鈍器は、原型さえ保っていれば威力に問題はない。
なので、立派な巨漢となったウラガに相応しいサイズのハンマーを与え、とにかくこれで殴ることだけ考えろ、と伝えてある。
回避も防御も大事だが、どっちも素人には無理だ。痛い思いをしながら、体で覚えろ。それができるだけの肉体を与えたのだから。
「あと少しだ……畳みかけるぞ」
「おうっ!」
どうやら戦いも佳境の様子。
息一つ乱れず、返り血の一滴も浴びていない綺麗なままのシルヴァに対し、満身創痍でボロボロだが漲るパワーで元気一杯のウラガ。対極的だが、不思議と悪い気はしない。まだ結成して日も浅いが、いい前衛コンビになりつつあると思う。
そうして危なげなく、スケイルレスの討伐は完了した。
お疲れ様。素材の解体はこっちでやっておくから、ゆっくり休んでていいよ。
「ぉおつ……っす……」
そして戦闘が終われば、すかさず魔力の補給をするのがトーナのお仕事。
ここ一週間で多少は慣れてきたか、僕が指示しなくても、光石結晶を手に二人の下へと向かってくれるようになった。
シルヴァは『虚月』の回復効果があるとはいえ、戦いが終わればマメに補給するにこしたことはない。ウラガは魔力だけでなく、巨体を維持するカロリーも大切だ。結果、そこそこの大食らいでもある。
それをサポートするのがトーナの役目。
彼女は二人の呪印に魔力を補給する源となる、魔力の結晶を錬成で作るところから任せている。別に僕がやってもいいし、在庫は十分だけど、トーナはこういう裏方仕事が向いているので、任せられるところは、どんどん任せていきたい。
ウラガ用の高カロリープロテインバーのレシピも渡してるので、そっちも作ってもらってる。
正直、もうこの三人だけで十分に冒険者としてやっていけるようになった。僕は偉そうに指示を出しているだけだし、今のシルヴァとウラガなら屍人形騎士ジョン・ドゥのお世話になることもない。トーナがいれば、二人の強さも維持できるし、呪印のメンテも可能。魔法学校で習う基礎的な魔法が扱えるだけでも、探索の利便性は段違いだ。
僕の代わりに気の合う仲間の一人か二人を加えれば、さらに安定感も増して、ランク4への昇格は堅い。ランク5だって目指せるだけのポテンシャルはある。
「でも、悪いけどしばらくは僕に付き合ってもらうよ」
力を手にすれば、自由な冒険者として成功できる。そうなれば、僕の言うことなど聞く必要もなくなるが――――彼らにその道は選べない。
どうして僕が、孤立して行き場のないような者を選んだと思う。それは決して、憐れみなどではない。
どうして僕が、僕だけが見いだせる才能の持ち主を選んだと思う。それは決して、夢を見せるためではない。
「裏切る心配がない仲間って、最高だよね」
最も重要なのは裏切りの防止。彼らの力は、僕の呪術によって成り立っている。
つまり、僕よりも大切な家族やら恋人やら何やらを人質にとられて、泣く泣く裏切るような事態になったとしても、僕と敵対した瞬間に彼らの力は失われる。
シルヴァの呪印も、ウラガの肉体も、僕はいつだって取り上げることが可能。トーナの錬成も、僕が用意した錬成陣ありきでの話。
僕が許さなければ、彼らが今こうして手にした力は一瞬で失われる。
「君達を信用していないワケじゃないんだ。でも、僕の敵は強大だから。これくらいの保険は必要なのさ」
出来ることなら、彼らに与えた力を剥奪するような事態にならないことを、僕も心から願っている。こんな残酷な事実に気づくこともなく、冒険者としての栄達の道を歩いていけるよう、僕も頑張るからさ。
「おーい、ボスぅー、そろそろ帰ろうぜ!」
「戻るには、いい頃合いだ」
「ぉぁあ……」
僕は三人の呼び声に応えて、撤収することとした。本日の探索は終了だ。
そうして、ボスを仕留めて意気揚々と管理局へと帰還し、そこそこの金額の報酬精算を済ませ、今日はちょっとパーっと飲みに行こうか、という気分だったところで、
「あの、そろそろパーティ登録をなさっていただかないと」
受付嬢から、微妙な困り顔でそう言われてしまった。
「あれ、してなかったっけ?」
「ええ、まだ臨時編成のままですね。ですが、固定メンバーで探索を続けておられるようですので、正式にパーティ登録をしていただく方が……」
「ごめんね、すっかり忘れてたよ」
やっぱり僕が一人で何人もお世話していると、こういう単純なとこをすっぽかしたりするんだよね。
いいよなぁ本体は、リザが何でもしてくれるから。単純に護衛戦力として強力、メイドとして身の回りの世話をしてくれて、秘書のようにスケジュールの管理などもしてもらっている。おまけに目の保養にもなる美貌とスタイル。こんなの大金積んでもそうそう雇えないよ。
「それで、どうでしょうか」
「今登録しまーす」
身分偽装で何度も冒険者やってるので、このテの書類はすっかり慣れたもの。サラサラと必要事項を上手くも無いアストリア語で書き上げて、とある欄でピタと止まった。
「パーティ名はいかがなさいますか? こちらはメンバーとご相談いただき、後日にすることもできますが」
「うーん、そうだなぁ……」
パーティ名なんて全然考えてなかったよ。メンバー強化することばかりに集中していたし。
まぁ、別動隊だし、適当でいいか。いやでも、あんまり変なのとか、無難すぎるのにしたら、文句も言われそうだし。何かこう、僕らの意気込み、みたいなものを感じられる名前がいいかな。
「パーティ名は、『ジョブレス・オブリージュ』でお願いします」
俺達は天職を超える無職だ、という意気込みを込めて命名した。高貴でなくとも、義務はあるんだよ、無職には!
なかなかいいネーミングが出来たぞ、と満足して、今度こそ立ち去ろうとしたその瞬間であった。
「あっ、コタローっ!?」
「げえっ、ハピナ!」
「コタローぉおおおおおおおおおっ!」
馬鹿野郎、だから変装してる時に本名叫ぶの止めろつってんだろ! がっつりメンバー全員に聞かれちまったじゃねぇか!
「おい、静かにしろ! いいからその名前を叫ぶのをまず止めろ!」
「うううぅ……コタロー、助けて欲しいのですぅ……」
またしても出会って5秒で泣き芸を見せつけてくるハピナを引き摺って、とりあえあず管理局ロビーの隅っこへと移動。
何事だ、と目で訴えかけてくるメンバー達には、ハンドサインでその場で待機と指示を出しておく。ごめん、正直また厄介事に巻き込まれる気しかせぇへん。
「で、今度は何に困ってんだよ」
「うぅ、実は……ハピナ、このままだと『勇星十字団』を、辞めさせられちゃうかもしれないのです……」
お前ついこの間、推薦で入ったばかりだろ。なんでもう退団の危機になってんだよ。
正直、詳しく聞きたくない。巻き込まれたくもない。こちとら目立たないための別動隊だぞ。勇者のいる本丸の集団と、関わる気は全くないってのに……
「コタロー、助けてぇ……」
「はぁ……ほんっとにしょうがないヤツだな……分かったから、とりあえず事情を話せ」
クソデカ溜息を吐きながら、ああ、今日は楽しく飲めると思ったのになぁ――――とテンション下げつつ、僕は渋々、話を聞くことにしたのだった。




