第60話 同じ道を行く
カンディアを発って三日目、ロウラたちは紹介先の商会へ着いた。
王都方面へ進む街道の中継地だった。町の西門はカンディアへ、東門は王都側へ通じている。その間の大通りに、商会の倉庫があった。
「こちらがガイウス隊長です」
商会の主人が、麦袋を押さえている男を呼んだ。
レリスタ東部で商隊の護衛を請け負う傭兵隊長だ。隊の麦を買い付けに来たという男は、袋の口を縛り直してから振り返った。
「街道を開いた連中か。荷車が二台、すれ違えるか」
「砦の前は通れる。坂で一台待たせる所がある」
ロウラが答えると、ガイウスは部下に道順を書かせた。
重い袋を抱える兵を見つけ、紙を受け取る前に、袋の反対側へ手を貸した。
カンディアで護衛を頼んだ商人も、主人と話していた。ここで麦を積み足し、街道の先の町へ運ぶ約束だ。六台分の荷札をナザルが確かめているところへ、下働きが駆け込んできた。
「東門に王軍が! 守兵が門を開けました!」
男は門前で聞いた命令を、息を切らして伝えた。
王妹への物資供給を禁ずる。倉庫と街道は王軍の管理に置く。
王妹と取引した者は、帳面を持って出頭せよ。
国王に対抗する王妹ヴァレリアは、近くの宿から近衛を連れて来た。救出された緋環隊を率いるアウルスも、二十人を荷場へ集める。
「町ごと戦う気はねえ。荷を出せるか」
ヴァレリアの問いに、主人が倉庫を見た。
「まだ二台しか。残りは倉庫に……」
ガイウスが、ヴァレリアへ向き直った。
「あんたが王妹殿下か」
「ああ」
「俺の兵は商隊護衛で雇われている。王家の戦に出す契約はない」
「なら荷を護れ。あたしたちも、ここを出る」
ガイウスは買い付けに連れてきた十人を見た。剣へ手を掛けかけていた兵が、荷車の縄を取り直した。
ロウラは大通りへ出た。
東から槍が来る。先頭の一隊だけではない。その後ろも、角の向こうまで兜が続いていた。
兵は交差点ごとに列を分け、別々の路地へ入っていく。ロウラのいる倉庫へ向かうのは、その一部だった。
町の守兵が、王軍へ道を空ける。店の戸が閉まり、窓から人の顔が消えた。
「麦を運び出している商会は、作業を止めろ!」
王軍の小隊長が、倉庫を指した。
ナザルが買い付けの控えを持って進み出る。カッシウスも、その横についた。
「代金は支払い済みです。商人の荷まで止める理由を聞かせてください」
「反乱軍への物資流出を防ぐ。王妹とその兵は武装を解け」
「商会の働き手は兵ではありません。荷と一緒に通してもらえますか」
「隊長の命令だ。例外は認めん」
小隊長が剣を抜いた。カッシウスの右手が、腰の小鎌の柄へ下がる。
足元で、鎌の影だけが細長く曲がった。
小隊長は一度、背後の王軍を見た。剣の先が下がる。だが、次に振り向いたときには、倉庫の麦を睨んでいた。
「あの人の命令でなくても、通さん」
男が剣を上げ直す。
「ここは俺の町だ。お前らの補給所にさせる気はない。脇道へ回れ! 西門も押さえろ!」
王軍の列から兵が分かれた。
カッシウスがナザルの袖を引く。
「戻れ。こいつは退かねえ」
二人が倉庫へ下がると、槍を揃えた兵が大通りを駆けてきた。
ロウラがその前へ入る。
先頭の盾を横から殴った。盾が隣の盾へぶつかり、二人がよろける。開いた隙間から槍が三本、胸へ伸びた。
ロウラは、その穂先へ拳を打ち込んだ。
空間に黒い罅が走る。槍が跳ね上がり、兵の腕が浮いた。ロウラは踏み込み、盾の上から肩を押し倒した。
「裏から出せ! こっちはあたしが止める!」
背後で荷車が軋んだ。
倉庫の裏口から西門へ、細い道が通じている。ガイウスが部下を走らせた。
「先に門を確保しろ。車は一台ずつ出す!」
彼の兵が、まだ積んでいない麦袋へ手を掛けた。
「隊長、俺たちの分が残ってます!」
「置け。戻って積んでいる間に、出口を塞がれる」
ガイウスは兵の腕を袋から引き剥がし、御者台へ押し上げた。
「俺は残る。家に子供がいる」
荷運びの男が、倉庫の奥へ下がった。
「分かった。出る者は乗れ。乗らない者は車から離れろ」
ガイウスは男を追わず、荷場の入口を空けさせた。
その横を、灯火団の厩番になった少年ジュリウスが馬を引いて通る。まだ空の車へ、ガイウスが商会の働き手を乗せた。
「乗った者から奥へ詰めろ。足を車輪へ出すな」
飛び上がったリネアが、屋根の高さから叫んだ。
「ロウラ! べつの道から兵が来るよ! 西の門に行く!」
倉庫の表では、倒れた兵を後ろへ引きずり、次の盾が出てきていた。
ロウラは一人を殴り倒し、前へ出かけた。
そのまま押せば、目の前の列は崩せる。
だが、その間に西門が閉じる。
ロウラは歯を食いしばり、倉庫の裏へ走った。
「残った麦は諦める!」
ヴァレリアの声が飛んだ。
「アウルス、兵を下げろ! 近衛は車の両側につけ!」
緋環隊が倉庫から退き、近衛が車列を挟む。主人は戸口に立ち尽くしていた。床から梁の下まで積んだ麦が、その後ろにある。
アウルスは半数の兵を車の前へ送り、残りと裏道の横路を塞いだ。追いついた王軍の槍を盾で押し返し、車が通るたびに一歩ずつ退く。
「帳面を持って、乗ってください」
ナザルが男へ手を伸ばした。
「出した荷は俺が見ています。今ここで、あなたまで失うわけにはいきません」
主人は帳面を抱え、差し出された手を掴んだ。
ロウラが裏道へ入るころには、最後の車も動いていた。
車輪が溝に落ち、馬が立ち止まった。ジュリウスがその顔の横へ立つ。手綱を短く持ち、溝へ斜めに掛かっていた車をまっすぐ引かせた。
ロウラも車の後ろを押す。車輪が溝を越えると、少年は馬を西門へ向け直した。
「そのまま行け!」
カッシウスが少年の背へ声を飛ばし、ナザルへ顔を寄せた。
「あの野郎、上官を見なくなっても槍を下げねえ」
「それなら、ほかを当たる時間はない。俺たちも出よう」
ナザルは二人分の荷物を抱え、走り出した。
西門までは二百歩ほど。門の下で、ガイウスの部下が守兵の槍を押さえている。閉じかけた門扉を、別の二人が押し戻した。
そこへ、脇道を回った王軍が来た。
「車を止めろ!」
槍を突き出した兵の前へ、ガイウスが盾を入れた。槍先を外へ流し、部下と共に門の内側へ盾を並べる。荷車一台の通る幅を残していた。
先頭の車が抜け、次の車が続く。
車列の最後尾で、ロウラは追ってきた小隊長の剣を避けた。男の手首を掴み、倉庫へ通じる道へ押し返す。
男は踏みとどまった。町の守兵が二人、その横へ盾を出す。
誰も逃げない。
ロウラの背後で、悲鳴が上がった。
ガイウスの兵が腿を突かれ、最後の車の前へ倒れ込んでいた。御者が手綱を引き、車が止まる。
「俺が退かす! 車を後ろへ戻すな!」
ガイウスが叫んだ。自分が負傷兵を担ぐために盾を下げると、その隙間へ槍が伸びる。
ロウラは小隊長から手を離し、門へ駆けた。
ガイウスの肩越しに拳を振るう。
槍先の前で、黒い罅が弾けた。
「運べ!」
ガイウスが負傷兵を背負った。ロウラは彼の横へ並び、門の外へ下がる。最後の車の車輪が、門の敷居を越えた。
ガイウスの部下が門扉から離れた。ロウラも走った。
背後で、重い音がした。
振り向くと、西門が閉じていた。町の柵の上に、弓兵が並び始めている。
*
矢の届かない丘の陰まで退いて、ようやく車が止まった。
ガイウスが負傷兵を荷台へ下ろす。自分の上着を裂き、腿を縛る。兵が声を噛み殺すたび、彼の手が一瞬止まった。
「締めろ。緩めたら血が出る」
兵に言われ、ガイウスは布を引いた。
ロウラは自分の拳を見た。
まだ殴れる。あの小隊長にも、負けていない。
それでも、町には戻れなかった。
リネアが飛んできて、ロウラの前へ下りた。
「ぼく、もういちど見てこようか」
「いい。今はここにいろ」
「……ロウラ、怒ってる?」
「ああ。麦を置いてきた。あんなにあったのに」
リネアは翼を畳んだ。ロウラはしゃがみ、その背へ手を置いた。
「依頼の麦は、六台分のうち二台分です」
ナザルが商会の主人へ告げた。
「残りは倉庫に置いてきました」
「俺の麦も半分だ」
ガイウスが、負傷兵の腿へ布を巻き足しながら言った。
主人は帳面を開かなかった。
ナザルは護衛代の控えを出しかけ、やめた。請け負った荷の三分の二が届かない。満額は受け取れない。
「あの町で、次の仕事も取るつもりだったんだがな」
カッシウスにだけ聞こえる声で、ナザルが言った。
商会の主人が町を振り返った。
「あそこを通れなけりゃ、王都側には運べん。ほかの道を使うにも、荷車が通れるか調べ直しだ」
ヴァレリアが、丘の向こうへ目をやった。
「兄貴は、あたしたちを先へ行かせねえつもりだ」
麦の積まれていない荷台に、人が肩を寄せて座っている。町を出たままの姿で、誰も荷物らしい荷物を持っていなかった。
ロウラは一人ずつ顔を見てから、ガイウスへ歩み寄った。
「ガイウス。そっちの怪我人、ここで寝かせるのか」
「馬が休めたら動かす。あの町には戻せん」
ロウラは頷き、負傷兵のために荷台の麦袋を端へ寄せた。
朝まで向かっていた王都とは逆の道を、二つの隊は戻ることになった。




