↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
52/61

第51話 麦より先に

 赤い大鎚が、壊れた東門を越えてきた。


 その後ろから、槍と盾を持つ団員が二列で門をくぐった。三十人ほどいる。先頭は首領の左右を固め、弓を持つ者は門脇の石段へ走った。


 ロウラは通りの中央に立った。背後は荷車の並ぶ広場、南側が穀物倉庫だ。町人は倉庫の裏へ逃げている。表の戸口では、人足が転んだ仲間を起こしていた。


「門から離れろ! そいつを裏へ運べ!」


 声を張ったとき、鎚を持つ大男が笑った。


「兵隊が増えてるじゃねえか。領主様も、やっと金を使う気になったか」


 カンディア領主フラウィアが、人足を倉庫へ押し込みながら振り返った。


 倉庫を通り抜ければ、裏へ出られる。フラウィアは袋をどけさせ、老人や子供を裏口へ急がせていた。


「グラトス。今度は町まで荒らすつもりかい」

「麦を寄越せば、すぐ帰る」


 鉄牙団の首領グラトスは、実物の鎚を肩へ担いだ。頭上には、門扉より大きな赤い鎚の像が重なっている。レリック《破城の戦鎚》だ。


「荷車も馬も、そのままでいい。人足まで連れていく気はねえよ」

「渡さねえ」


 ロウラは拳を上げた。


 大男が踏み込んだ。


 石畳を蹴る音。鎚が肩から離れ、赤い像も一緒に落ちてくる。ロウラは左へ跳んだ。巨大な鎚が、今いた場所へ叩き込まれた。


 衝撃で足が浮いた。


 砕けた石が膝を打つ。身体を沈め、手をついた。頭の上を石片が飛び、背後で盾を叩く音がした。


「下がれ! 直に受けるな!」


 王妹ヴァレリアが、盾を構えた近衛を広場へ退かせた。


 グラトスは鎚を引き上げようとしていた。両腕が上がり、脇腹が見える。


 ロウラは地を蹴った。


 右拳を突き出す。その前へ、白い光が立ち上がった。


 拳の周りに黒い罅が走る。光の面が大きく窪み、耳の奥で鐘を打ったような音が響いた。だが、拳は男へ届かなかった。


 光の向こうで、もう一人の男が盾へ肩を押しつけている。鉄牙団の副長ブレンノだ。手にした盾から広がるレリック《巨盾》が、二人をまとめて隠していた。


 光が横へずれた。


 その陰から、グラトスが鎚を横薙ぎに振るう。


 ロウラは身を伏せた。頭上を赤い鎚が通り、通り沿いの店の庇を吹き飛ばした。瓦が降る。後ろへ転がり、光の盾から距離を取った。


 右手は痺れたが動く。鎚が外れれば盾が塞ぎ、盾が動けば鎚が来る。一人へ踏み込めば、もう一人に殴られる。


「左を取るぞ」


 ヴァレリアがロウラの横へ来た。右手の剣を低く構えている。


「あたしが盾を引きつける。お前は鎚の方へ行け」


 ロウラが頷くより先に、北側の店先へ矢が刺さった。


 矢の根元が赤く光る。そこから石畳を、一本の炎が真っ直ぐ走った。


 ヴァレリアの行く手に火の壁が立つ。


「戻れ!」


 ロウラが腕を掴み、引き戻した。炎の先が店の戸へ届く。乾いた板が音を立てて燃え始めた。


「脇へ回るの、なしね!」


 女の笑い声がした。


 城壁の上で、女が二本目をつがえていた。鉄牙団の弓兵隊長ニケラ。握った《火走りの弓》には、赤い光が脈打っていた。


 周りの弓兵も一斉に射る。燃えない矢が盾へ突き立ち、近衛が頭を下げた隙に、地上の団員が間合いを詰めてきた。


「グラトス! 店を焼いた分、あたしの取り分も増やしといてよ!」

「麦を積んでから言え!」


 グラトスが鎚を持ち上げる。


 ロウラは歯を食いしばった。正面には二人。北へ回れば、上から炎の矢。南の倉庫へ寄れば、逃げ遅れた町人を戦いへ巻き込む。


「ロウラ、広場まで下がれ! 町人を先に逃がすぞ!」


 カッシウスの声で、ロウラはすぐに広場の手前まで下がった。


 緋環隊を率いる老兵アウルスが、兵を二列に並べていた。前の列は盾、後ろは槍。倉庫へ向かう敵兵を通さないよう、通りを塞ぐ。


「鎚が上がったら建物の陰へ退け。盾で止めようとするな」


 鉄牙団の槍兵が緋環隊の盾を叩き、別の団員が脇から剣を突き込む。緋環隊が押し返すと、前の敵が下がり、後ろの者が入れ替わった。


 緋環隊の後方を、カッシウスが指差す。


「フラウィア。裏から西へ抜けられるか」

「井戸の広場へ出られるよ」

「町人はそっちへ。荷を守る奴は一人も残すな」


 フラウィアが頷き、人足たちを追い立てた。補給役のセヴァンも水桶を置き、歩けない男へ肩を貸す。


 ナザルは倉庫の脇へ走り、逃げてきた人々を呼び止めた。


「走るな! 戸口で転べば、後ろも出られん。子供の手を離すなよ!」


 ナザルは、立ちすくむ女から麦袋を受け取った。空いた両腕へ子供を抱かせ、西の広場へ向かせる。ロウラは正面へ向き直った。


 グラトスが鎚を振り上げると、前にいた団員が左右へ退いた。


 緋環隊も建物の陰へ散る。通りに残ったロウラへ、赤い鎚が落ちてきた。


 鎚の落ちる場所から半歩ずれ、右拳を振り上げる。黒い罅と赤い鎚がぶつかった。


 衝撃が腕から肩へ突き抜けた。


 膝を曲げ、踏みとどまる。赤い像が斜めに流れ、脇の石畳を砕いた。だが、拳も弾かれた。息を吐く間もなく、グラトスが短く握った柄を突き出してくる。


 胸を打たれ、息が詰まった。


 ロウラは男の腕を払った。踏み込み直そうとした鼻先へ、光の盾が立つ。


 まただ。


 首領の鎚を逸らしても、副長が間へ入る。背後では、緋環隊の槍が団員たちを押し留めていた。まだ抜かれていない。ここで止める。


 ロウラが拳を握り直したとき、倉庫側から悲鳴が上がった。


 表の戸口で、セヴァンの足が止まっている。肩を借りた男の前に、燃える矢が刺さっていた。ニケラは、南側にも火を放ったのだ。


「上の女、こっちを見てる!」


 リネアが城壁より高い所を飛んでいた。


「今度は、戸のところ!」


 ロウラは走った。


 セヴァンから怪我人を受け取り、倉庫の中へ運び込む。セヴァンも後へ続いた。矢が戸口の柱へ突き立ち、火が足元を横切った。


 熱が頬を焼いた。


 戸の陰へ滑り込む。外でグラトスが叫んだ。


「盾は前へ! 右の車を出せ!」


 ロウラは戸口から覗いた。


 光の盾を先頭に、敵兵が広場へ入ってきた。アウルスたちの槍が光に押され、後ろへずれる。荷車の脇にいた町の兵が、敵二人に囲まれた。剣を落とし、肩を押さえて倒れる。


 団員たちは二手に分かれた。槍を並べ、荷車へ近づく兵を押し返す者。麦袋の縄を確かめ、馬の手綱を取る者。二台の荷車が、護衛に守られて東門へ向きを変えた。


「あれ、持ってっちゃう!」


 リネアの声が裏返った。


 ロウラは戸から出ようとして、止まった。


 倒れた兵が、荷車の車輪へ手をついている。起きようとするたび、肩から血が流れた。そのすぐ横を、次の車が通ろうとしていた。


 ロウラは低く走り、男の腕を掴んだ。


 車輪の前から引きずり出す。敵の槍が伸びた。柄を左手で掴み、引き寄せた相手の腹へ拳を入れる。男が膝を折る。槍を奪い、男を倉庫の壁へ押しやった。


「下がれ。もう殴らせんな」


 敵は腹を押さえ、這って離れた。


 ロウラは負傷した兵を担いだ。追えば届く距離で、最初の荷車が門へ向かっている。


 追えない。


 肩の上の男が、小さくうめいた。


「車はいい。こっちを見ろ。息はできるか」


 男が頷く。ロウラは倉庫へ運び込んだ。


 *


「ニケラ、帰るぞ!」


 二台目の荷車が広場を離れると、グラトスが声を上げた。


 ロウラは戸口へ戻った。ヴァレリアとアウルスが広場の中央を取り戻していた。ブレンノの盾の陰へ、槍兵が負傷した仲間を引き入れる。荷車を先に出し、残る団員も隊列を崩さず門へ退いていた。


 王妹の副官サビナが近衛を連れ、北の店の陰から城壁へ近づいていた。火の途切れた所を選び、弓兵へ迫ろうとしている。


 炎は真っ直ぐ進み、店の角を曲がってまでは追ってこない。サビナが角へ飛び込む。だが、その先へ出ようとした途端、別の矢が道を焼いた。ニケラは上から動きを見て、狙いを変えていた。


「もう二台くらい行けるのに!」


 城壁のニケラが不満げに笑った。


「積みすぎりゃ遅くなる。そいつらを止めろ!」


 女が矢を放った。


 今度はロウラたちを狙っていなかった。倉庫の軒下に積まれた、空の木箱だ。


 炎が箱の間を走り、割れた板を包む。火は上へ伸び、柱に掛かった日除けの布へ移った。


「水を寄越せ! 戸の上だ!」


 ロウラは桶を掴み、燃える布へ浴びせた。


 濡れた所の火が縮む。その横で、まだ乾いた布が燃え、倉庫の入口へ垂れ落ちた。奥から人が咳き込みながら出てくる。表へ戻った人足が、炎を見て足を止めた。


「裏は?」

「怪我人を運んでて、詰まってるんだ!」


 グラトスの笑い声が、門へ遠ざかっていく。


 倉庫へ火が入れば、残った麦まで燃える。火を消すあいだに逃げるつもりだ。


 ロウラは空の桶を投げ捨てた。


「追うな! こっちへ人を回せ!」


 自分が通った戸を見た。まだ奥に、人影がある。


 燃えた布を掴む代わりに、その端を吊っている横棒へ拳を叩き込んだ。黒い罅が走り、横棒が折れる。火のついた布を棒ごと通りへ引き落とし、人のいない方へ蹴り出した。


 熱い空気の中へ、両腕を伸ばす。


「出てこい! 一人ずつ、こっちだ!」


 煤で顔を汚した人足が、老人を背負って出てきた。ロウラは老人を受け取り、背後の兵へ渡した。


 次の人影へ、手を伸ばす。


 麦の車輪の音が遠ざかっても、戸口を離れなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。