第六章 先生の願い
黒崎組本部。
「サチ子を連れて来ました。」
若衆に連れられ、サチ子は組長の部屋へ入った。
部屋には組長一人。
机の上には湯飲みが二つ置かれていた。
「座れ。」
怒鳴るでもない。
いつも通りの声だった。
サチ子は静かに正座する。
組長は湯飲みに茶を注いだ。
「最近、本は読んどるか。」
「……はい。」
「そうか。」
沈黙。
雨の音だけが部屋に響く。
やがて組長が口を開いた。
「浜崎の若い衆。」
「あいつに会ったな。」
サチ子は俯いたまま答える。
「……はい。」
「好きになったか。」
涙が一滴、畳へ落ちた。
否定できなかった。
組長は小さく笑う。
「そうか。」
「ええ男なんじゃろう。」
サチ子は驚いて顔を上げた。
怒ると思っていた。
殴られると思っていた。
しかし先生の顔は穏やかだった。
「先生……。」
組長は静かに言う。
「わしは人殺しじゃ。」
「何人殺したかも覚えとらん。」
「じゃが、お前だけは普通に生きてほしかった。」
「学校へ行って。」
「恋をして。」
「結婚して。」
「子どもを育てて。」
「そんな人生を送ってほしかった。」
サチ子は涙を流す。
「なら先生も……。」
「先生も一緒に来てください。」
組長はゆっくり首を振った。
「無理じゃ。」
「わしには血が付き過ぎた。」
「今さら堅気には戻れん。」
そう言って立ち上がる。
「サチ子。」
「お前は自由になれ。」
その一言が、先生から弟子への最後の授業だった。




