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最終章 血の雨

港を吹き抜ける風は冷たかった。

撃ち合いの音が止み、辺りには硝煙だけが漂う。

倒れた仲間たちの間を歩き、俺は組長と向かい合った。

「兄貴たちは手を出さない。」

俺は拳銃を構える。

「俺も一人で決着をつける。」

組長は静かに笑った。

「若いの。」

「最後まで筋を通すか。」

「嫌いじゃない。」

互いに十数メートル。

動いたのは同時だった。

乾いた銃声が夜を裂く。

一発。

二発。

三発。

組長の弾は、迷いなく俺を捉えた。

右肩。

左脇腹。

太腿。

身体が熱くなる。

(速い。)

俺も撃つ。

しかし組長は紙一重で避ける。

「まだじゃ。」

さらに二発。

俺の腕から拳銃がこぼれ落ちる。

視界が揺れた。

(負ける。)

修羅場の数が違う。

技術も経験も違う。

俺はもう立っていることしかできなかった。

組長はゆっくり拳銃を向ける。

「終わりじゃ。」

その瞬間だった。

「先生!」

サチ子だった。

俺と組長の間へ飛び込む。

組長の目が大きく見開かれる。

だが、引き金はすでに引かれていた。

銃声。

サチ子の腹が赤く染まる。

小さな身体が俺へ倒れ込んだ。

「サチ子!」

俺は彼女を抱き止める。

組長は唇を震わせていた。

「……すまん。」

その声は組長ではなく、一人の父親の声だった。

俺の中で何かが切れた。

「死んどけ、この野郎!!」

怒鳴りながら拳銃を拾い、引き金を引く。

カチッ。

弾は出ない。

「な……。」

弾詰まり。

絶望が身体を支配する。

組長は静かに銃を構え直した。

「これで……。」

ダダダダダッ!!

横から無数の銃声。

兄貴たちだった。

組長の身体が何度も揺れる。

それでも倒れない。

血を流しながら前へ一歩踏み出す。

「……まだ。」

俺は予備の拳銃を抜いた。

ゆっくり立ち上がる。

組長は俺を見る。

その目は不思議なほど穏やかだった。

「若いの。」

「サチ子を……頼む。」

その一言で全てを理解した。

先生は最初から、自分が死ぬつもりだった。

俺は拳銃を構える。

「……あんたの覚悟、受け取る。」

三発。

胸。

腹。

額。

組長はゆっくり後ろへ倒れた。

雨が降り始める。

誰かが叫ぶ。

「勝ったぞ!」

「黒崎組は終わりだ!」

舎弟たちが歓声を上げる。

だが俺には何も聞こえなかった。

俺はサチ子を抱き締める。

身体は冷たくなり始めていた。

「サチ子。」

返事はない。

「……。」

兄貴が近付いてくる。

「助からんだろう。」

その時だった。

サチ子の指が小さく動いた。

「!」

目がゆっくり開く。

弱々しい呼吸。

それでも笑っていた。

「……先生。」

俺は身体を支える。

サチ子は立ち上がろうとした。

「無理だ!」

「お願い……。」

彼女はふらつきながら歩き始める。

俺は止められなかった。

サチ子は組長の前で静かに膝をついた。

血だらけの組長。

もう返事はない。

それでもサチ子は笑った。

「先生。」

「今までありがとう。」

「字を教えてくれて。」

「本を読ませてくれて。」

「ご飯を作ってくれて。」

「私を……育ててくれて。」

涙が止まらない。

「先生。」

「私、幸せでした。」

風だけが答えた。

サチ子は深く頭を下げる。

それが先生への最後の授業だった。

彼女は俺の方へ戻ってきた。

もう歩く力もない。

俺は支える。

サチ子は小さく笑った。

「……眠くなるまで。」

「そばにいていい?」

涙が溢れる。

「ああ。」

「この先も、ずっとそばにいる。」

「……ありがとう。」

そう言って彼女は俺の胸へ顔を埋めた。

俺は抱き締める。

初めて会った神社の日。

古本屋で笑った日。

肉じゃがを嬉しそうに話していた日。

全部思い出す。

彼女はもう何も話さない。

腕の中で体温が少しずつ失われていく。

俺は何度も名前を呼んだ。

「サチ子。」

返事はない。

それでも離せなかった。

最後まで。

最後の温もりが消えるまで。

俺は抱き締め続けた。

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