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47話 45度の敬礼

9月2日 0000 山中


我々はロボットウルフに

対峙した。


一匹のロボットウルフからは

撃鉄を落とす音が聞こえた。


私は美樹を抱えている為

回避も身を隠す事も

不可能だった。


美樹を守り射線を切る為には

自分自身を盾にするしかなかった。


私は咄嗟に美樹に覆いかぶさる

ようにしてその場に身を伏せた。


娘だけは何としても

守らなければならなかったからだ。


銃声が聞こえて

血が飛び散った。


私が目を開けると、


私の目の前には

紀伊3尉がいた。


紀伊3尉が仁王立ちになり

私と美樹を庇っていた。


その背中は銃撃によって

血まみれになって黒く染まっている。


それは一目見てもう

助かる見込みがないと分かる程の

姿だった。


「私の部下だ。

手出しはさせない……」


紀伊3尉は震える腕で

小銃を手に取り発砲を

繰り返した。


目の前の

ロボットウルフは

役割を終え動かなくなった。


その姿を見届けると

紀伊3尉はどさりと

仰向けに倒れた。


「紀伊3尉!!!!!!」


私と霞2曹が紀伊3尉に

駆け寄る。


紀伊3尉の黒々とした血が地面に

染み込んでいく。


私は茫然として

心の中で何かが壊れたような感じがした。

何も言葉を発する事が出来ない。


紀伊3尉が倒れている。


こんな死に方をして

いい人ではなかったはずだ。


我々、小隊をずっと

導いてくれていた。


私は紀伊3尉と出会った

時の事を思い出していた。


常に周りに気を使いつつも


重要な決断をし続け

責任を負い続けた。


自分の言った事に違わず

例え苦しい立場になっても

皆を励ましてその背中を

見せてきた。


我々に脱出を呼びかけ

家族と共にここまで

連れてきてくれた。


自分だって不安定な立場に

あるはずなのに。


仲間だった。

間違いなくかけがえのない

仲間だった。


あと少しだったんだ。


あと少しというところで…

こんな…こんな…


ドシャッ


霞2曹がやりきれなくなったのか

地面を殴りつけていた。


「二人共……私のことは……いい

先に……進んで…下さい」


「これは……命令…です…

はやく……」


突然銃声がした。


見れば2体のロボットウルフを

佐藤が拳銃で片付けていた。


「おい、紀伊さんの言う通りだ。

銃を撃った以上敵はここに

集まってくるぞ」


「……行くぞ

アンタらが生きて国境を抜ければ

紀伊さんも報われる」


佐藤はそういうと

黙って紀伊3尉の胸元から

スマートフォンを抜き取った。


私達もそれは

分かっていた。


仕方なく立ち上がり佐藤に

従おうとする。


「筑摩……曹長

そこに…おられましたか…」


立ち去ろうとした

我々の背後で

紀伊3尉が片手をゆらゆらと

あげていた。


筑摩曹長は我々の小隊で

最初に戦死した陸曹だ。


きっと幻を見ているのだろう。


「どう……だった……でしょうか…?

私は……小隊長の任を…やり切れたで…

しょうか…?」


「多くの・・・隊員を…殺して…しまった…」


私は聞いていられなくなり

紀伊3尉の元に駆け寄り、紀伊3尉の手を

両手で優しくつかんだ。


「紀伊3尉!!!!!

貴方は小隊長の任を

立派にやり遂げられました!!」


「我々小隊を導き続け

支え続けてくれた

最高の小隊長でした!!!」


「我々の小隊長でいてくれて

本当にありがとうございました!!!」


「だから、もう、ゆっくりと

休んでください」


それを聞くと紀伊3尉は

少しだけ微笑むと

静かに息を引き取った。


雨はまだ降り続け

私の涙を洗い流した。


私はまだ温かいその手を

離すことができなかった。


9月2日 0025 山中


雨が降りしきる中

私と霞2曹と佐藤は殉職した

紀伊3尉に対して

45度の敬礼を行った。


45度の敬礼は

自衛隊で天皇陛下と

殉職した者にのみ行われる

最敬礼だ。


私達は深々と頭を下げ

死を悼み別れを告げる。


家族達もそれにならい

深々と頭を下げた。


残念だが追手が来る為

紀伊3尉の遺体は

そのままにしておくしかなかった。


自分達に尽くしてくれた

上官の死に対して何も出来ない事に

無力を感じざるを得なかった。


我々はそれでも

前進を続けるしかない。


美樹が私のズボンの裾を

掴んで言った。


「きいさんは、死んじゃったの?」


私は娘の問いにすぐに

答えられなかった。


「違うよ、紀伊3尉は

もう辛くて苦しい思いをしなくても

いい所に旅立ったんだ」


「紀伊3尉はね、

とても頑張って日本や私達家族を

守ってくれたんだ」


「だから美樹も紀伊3尉が

天国に行けるように祈ってあげてね」


我々はその場を後にした。


我々は黙々と前進し続けた。


心にはぽっかりと穴が開いたままだ。


いつも自分達を支えてくれていた人は

もういなかった。


私は何に対して怒ればいいのだろうか?


私は何を憎めばいいのだろうか。


私は何を間違えていたのだろうか。


無能な政治家を生み出し

許容して放置した社会か。


私利私欲の為に

国を売った政治家か。


反戦感情を煽り自衛官の

命を無駄に散らしていったメディアか。


それとも佐藤の判断に従わず

家族を共に連れてくるという

甘い判断をした自分自身か。


どうしようもない感情がグルグルと

自分の中に流転して拳の振り下ろし所のない

自分に気づく。


いつも自分達の主張を聞き届け

諫めていた紀伊3尉は

もういないのだ。



「紀伊さん……

年、いくつだった?」


佐藤がぼそりと聞いてきた。


「確か、25歳ですね」


私が答えた。


「ちっ、若いよなぁ…」


「俺はもし生き残れたら

俺の組織に紀伊さんを

推薦する気だったんだ…」


「えっ…?」


私と霞2曹は二人で顔を見合わせる。


それは「別班」にという事だろうか?

もしそうならすごい事だ。


「ほら、優秀だっただろ?あの人。

だからだよ」


私達は胸が誇らしくなる

感じがした。


「惜しい人を失ったよな……」


「だから、お前らは死ぬなよ?

お前らが死んだら俺も困るんだからよ」


「ごちゃごちゃ考えずに

まずは無事に国境を超えることだけ考えろ」


「そうすりゃ、紀伊さんも天国で

笑ってくれるだろうよ」


私は佐藤の気遣いに驚いた。


ぶっきらぼうで冷徹なのかと

思っていたがどうやら

そういった事も言えるらしい。


我々は丁度小高い丘の

ような所に差し掛かり

その下の方に

簡易のフェンスが見えた。


佐藤はそこを指さした。


「見えるか?

あそこがゴールだ

生き延びるぞ!」


佐藤が笑った。


長かった国境線の

旅路にようやく終着点が見えた瞬間だった。

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紀伊3尉に敬礼
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