48話 囮
9月2日 0300 山中
我々は道中をひたすらに
進んだ。
雨と風が弱まりドローンの
動きを妨げる事は
なくなっていた。
中国兵とロボットウルフが
先程からその姿で我々を
確実にとらえる様に
なっていた。
我々を探し出そうとする包囲網は、
確実に狭まっていた。
夜陰に紛れ木の陰に
隠れながら我々は
国境へと着実に
近づいている。
紀伊3尉を失った事での
精神的損失は大きかった。
何時間も
敵から隠れつつ
山中を歩き続けた為、
全員の疲労は
ピークに達しようと
していた。
国境線の近くには
中国兵が歩哨に立っていた。
数は8人程だが
今の人数では安全に突破は難しい。
もし、紀伊3尉の遺体が見つかれば
我々が国境線を突破しようと
している事は明白だ。
銃声も向こうには気づかれて
いる事だろう。
時間が経てばもっと
中国兵は増える可能性があった。
「佐藤さん、アンタあの歩哨
何とかできないのか?」
霞2曹が言った。
「完全に警戒態勢のあの人数を
相手にするのはリスクが高すぎる
女子供を連れているしな」
ここにきて家族の存在が
重くのしかかっていた。
しかし、だからと言って
突破しなければならない。
道はなかった。
もし突破できなければ
敵に隠れながら
山中を彷徨う事になる
それでも我々は耐えられるかもしれない。
だが家族は
持たないだろう。
兵士達をかいくぐり
家族達を安全に国境線を
突破させる方法。
簡単ではない。
だとしたらどうするのか?
私は小銃をグッと握り締める。
そして皆の前に一歩踏み出した。
「俺が囮になる。
ここで決断しなければ、全員死ぬ」
もっとも最初に反応したのは
霞2曹だった。
「おい、長門!!
皆で国境を超えるんだろ?
最後の最後になって何言ってんだ!!!」
私は霞2曹の言葉に
首を横に振った。
「時間が経てば状況は悪くなるだろう。
なら、私が敵を引き付けるのが
一番効率的だ。」
「霞はレンジャー隊員で私よりも強い。
佐藤さんは素性が分からないが明らかに
私よりも判断能力も身体能力も優れている。」
「もし、家族と共に国境線を超える事が
できる可能性が高いとしたら
私が囮になり二人が家族を連れて
国境線を突破する事が一番いい」
「証言者は一人でいい
霞が生きて東京に辿りつけば
それで事態は変わる」
「そんな考え自体が馬鹿な事だと
わかんねえのか!!!」
霞2曹は納得しかねている様子で
拳を握り私の顔を思いっきり
殴った。
「もう、同僚が死ぬのを見るのはご免だ!!
いいか!!俺達なら何とかできる!!」
私は地面に倒れ込む。
精神論で何とかできる状況ではない事は
自明の理なのに感情がそれを受け付けない。
佐藤が私と霞2曹の間に割って入った。
「やめろ、長門さんの案でいこう。
現実的だ。生存率が跳ね上がる」
9月2日 0400 山中
国境線を超える為の
最後の関門。
それを突破する為の
私の結論は自らを囮に
する事だった。
佐藤はそれに同意した。
「ちょっと待ってください!
私は納得していません!!」
「私の旦那ですよ!
朝日も何を考えてるのよ!!
止めてくれるかと思ってたのに!
私はあなたが死ぬのが怖いのよ……!」
妻の楓が激昂していった。
それをなだめる様に私は声を
発する。
「楓……私のいた戦場は
常に自己犠牲が求められていた」
「倫理的、感情的には
受け入れられなくても
犠牲を受け入れて
判断と決断をしないと死ぬ。」
「我々のいた戦場は
そういうところだ」
「それが……
今度は私の番が
回ってきたに過ぎない」
私は黙って妻の楓を
抱きしめる。
「愛してる。」
「私にとってお前達家族が
何よりも大切だ。
それはずっと変わらない」
「だから、私の決断を
受け入れて欲しい」
楓はただ涙を流していた。
娘の美樹がズボンの裾を
引っ張っていた。
「おとうさん…また
いなくなっちゃうの?
わたしはイヤだよ?」
私は膝を着き
美樹の頭にポンと
頭に乗せる。
「大丈夫だ。
前の時もちゃんとまた
お父さんは美樹に
会いに来ただろう?」
「今度もまた、必ず
帰ってくる。
約束だ」
私は小指を差し出す。
美樹は小指を差し出したまま、
何も言わず俯いた。
今度は指切りを
してくれなかった。
「オイ、長門
娘と約束するんだったら
必ず囮役をこなしたら
俺達と合流しろ」
霞2曹が言った。
「いいか、死ぬな!
例え捕まっても生きていれば
俺が必ず助けに行く!
必ずまた、生きて合おう」
霞2曹は手を差し出す。
私はその手を握り返す。
「妻と娘を頼む」
「当たり前だ!
絶対に俺が守る」
霞2曹はそう言って
家族達を連れて
別行動をとり始めた。
美樹は最後まで
私の方を見ていた必死で
私に呼び掛けていたが
佐藤が無理やり連れていた。
私は佐藤に対して
深々と頭を下げると
佐藤は手のひらをヒラヒラと
振って応じていた。
これでいい…
これでいいのだ……
未来を託すことができたのだから。
私は小銃を握りしめ
頭を切り替える。
さて、正念場だ。
佐藤達の移動を待ち
私は歩哨達を小銃で狙う。
心臓がバクンと
音を立てて高まっていくのを
感じていた。
この戦争が始まってから
一体何度死線を超えた事
だろうか?
筑摩曹長…
小隊の皆……
紀伊三尉………
戦争前にいた仲間達は皆死んでしまい
今はとうとう私一人で作戦を
行っている。
この作戦を成功させる事で
あなた方の無念に報いる!!!
私は呼吸を止め、照星を敵の
胸郭中央に合わせ、
第一段階抵抗を越え引き金を引いた。
一発の銃声が轟いた。
それが作戦開始の合図だった。
佐藤が静かにそういった。
読んでいただいてありがとうございます!
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