46話 安堵と油断
9月1日 1900 山中
雨は激しさを増し
我々の心境とまるで
リンクしている様だった。
我々は山中を
ひたすら黙って歩く。
娘の美樹ですら
道中で一言も話さない。
月明かりもない山中は、闇に呑み込まれていた。
佐藤が先頭をきって
赤い遮光をしたライトを使い
歩いていく。
このライトを使うのを見る限り
やはり佐藤は軍属で間違いない
のだと確信していた。
夜目は鍛えれば効く様になる。
我々は夜の山道は慣れているものの
民間人である私や霞の家族には
不得意だろう。
佐藤のライトをつけているのは
その配慮の様に思えた。
この状況ではぐれる事は
命とりになる為
私は娘の美樹の手を
しっかりと握り歩いていく。
3時間程、歩いた時
音とともに後方で光が見えた。
軍事用の照明弾だ。
そしてその方向は
私達と最初に佐藤と
出会った場所の付近だった。
「ちっ、最悪のタイミングで
バレたな……」
佐藤がぼそりと呟いた。
バレたというのは
佐藤と出会った時に殺して埋めた
巡回の中国兵の事だ。
雨が降れば埋めた穴の部分は
いくら偽装しようと
当然沈む。
だとしたら
痕跡を辿り掘り返されたら
バレても仕方がない話だ。
時間差をつけて
次々と照明弾が
空へと打ち上げられていく。
それは我々の前方からにも
打ち上げられていた。
それはまだ確証がないながらも
捜索が始まる事への合図の様に
思えた。
「どうしますか?
一旦撤退しますか?」
紀伊三尉が佐藤に確認を取る。
「いや、今戻って捕まれば
それが一番最悪だ」
「奴らが本格的に捜索を
始めれば山荘が見つかるのは
時間の問題だ」
「だったらこのまま
国境を越えた方がいい」
「わかりました。
私もそう思います。
急ぎましょう」
紀伊三尉もそれに了承し
私もそれに頷いた。
敵も確証を得ていない上での
捜索だ。
明確に我々を認識した上での
捜索でなければ逃げ切れる
可能性はあった。
我々はひたすら
歩き続けた。
佐藤がその途中で
身振り手振りで
隠れる様に指示した。
我々は草むらに隠れて
やり過ごす。
前方から中国語が
聞こえてきた。
4人組の中国兵だ。
何を言っているか
分からないがどうやら
捜索をしているのは
間違いないようだった。
やがて中国兵は
去っていった。
「話を聞くに
どうやら本格的に
「山狩りをしているらしい」
佐藤がそういった。
「中国語がわかるんですか?」
私が聞いた。
「……ああ。」
佐藤はうなずいた。
「ここから先は慎重にな。
敵に見つからないようにしろ。
戦闘はするなよ。」
佐藤はそういうとまた
歩き始めた。
私は国境越えが
より困難になっている事を
肌で感じていた。
9月1日 2300 山中
雨はますます勢いを
増していく。
風は強くなり
紀伊三尉はしきりに
後ろの私達の家族を
確認していた。
心配してくれて
いるのだろう
紀伊3尉の配慮に感謝
していた。
山中に対しても敵は先ほどから
頻繁にドローンを
飛ばそうとしている。
しかし、強風のせいか
上手く機能していない
ようだった。
「このタイミングでの国境越えは
最適だったかもしれませんね」
紀伊3尉が静かに言った。
「いずれ、巡回の兵士達の死体は
バレていた事です。」
「もし延期していたなら、
状況はもっと悪化していたでしょう」
「それにこの台風でドローンなどの
偵察の目は機能しません」
「雨で中国兵の視界も
遮られ音もかき消してくれる。
つまりは後は我々が頑張るだけです」
紀伊3尉が皆を励ますように
笑って言った。
その言葉に我々は
力強くうなずいた。
状況に対して常に諦めず
冷静にその場を分析し
皆を励ます紀伊3尉のその
言葉には我々をまた立ち上がらせる
力をもらっていた。
「紀伊さん、いつも
ああなのか?」
佐藤がポツリとこぼした。
「ええ、ああやっていつも
励ましてくれます」
私が誇らしげに答えた。
「なるほどねぇ。
道理で絶望的な状況だったにも
拘わらず生き残る訳だ」
佐藤は頭を掻きながら
そう告げるとまた
歩き始めた。
敵兵。
滑落の危険のある
岩盤地帯。
急斜面。
慣れ親しんだ
山岳での訓練で
たとえ雨天であろうとも
なんなく進む事が出来た。
家族達もいる為
適度に休憩を
とりながら進んでいく。
進み続ける上の方から
ズズズという異音が聞こえた。
僅かに地面が揺れているのを
感じて直感する。
以前の土砂災害で災害派遣に
向かった時の経験が瞬時に
頭をよぎった。
「土砂崩れだ!!!
全員ここから離れろ」
私はそう叫ぶと
娘の美樹を抱え上げ
すぐにその場から離れる。
その声を受けて
全員がその場から
退避していた。
そのすぐ後に
寸前まで私達がいた場所に
土砂が流れ込んでいた。
間一髪の所だった事を知り
私は思わず冷や汗をかいた。
幸い規模は小さいものだ。
「おー、よく気が付いたな」
佐藤が感心したように言った。
「災害派遣で以前似たような
場面に出くわしましたから」
私は笑いながら答えた。
困難自体にも拘わらず
私達自衛官の経験は確かに
生きていた。
「土砂崩れが起きるという事は
ここら辺は地盤が弱いと思います。
迂回した方がいいかもしれません」
紀伊3尉が佐藤に伝える。
「そうだな…そうするか」
佐藤もそれに答えた。
思えば我々は眼前の土砂崩れという
危機を乗り越え油断していたのかも
しれない。
それは唐突に訪れた。
私に抱きかかえられたままの
美樹が突然指を指した。
「あっ……わんわん」
わんわん、野犬か?
美樹は笑っていた。
それが生き物ではないと
理解していなかった。
私は娘の指さす先を見て
思わず思考が停止した。
そこには土砂崩れの場所を
確かめる様に一体の犬型の機体がいた。
戦場で何度も見た銀色のその肢体。
ロボットウルフだった。
赤外線センサーの赤い光が
雨粒に反射していた。
首部のセンサーが不自然な角度でカクンと傾いた。
撃鉄を落とす無機質な音が雨の中に
滲み込んでいった。
それは生き物が引き金を引く音ではなく、
装置が作動するだけの音だった。
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