44話 切り札
8月31日 2230 大津
我々は佐藤と共にワゴンにいた
家族と合流して佐藤に導かれるままに
山荘へと向かった。
山荘は周囲を拒絶する様に
ひっそりと建っていた。
「ここは…」
「なんも聞くな
安全な場所だから
いいから入れ」
そういうと山荘に
案内してくれた。
中は質素だった。
必要最低限のものしか
置かれていない為
生活感はない。
はじめての山荘に
娘の美樹が無邪気に
喜んでいた。
その姿を佐藤は微笑みながら
見ていた。
必要な事しか喋らないが
どうやら悪い人間にも
思えなかった。
嫁たちが台所で
食事を作ってくれたので
夕食を取り、しばらくしてから
我々の家族は話をしたいからと
別室に通された。
どうやら佐藤は聞かれたくない
話をするらしい。
我々は居間にある
ソファーに座り
佐藤と私と霞2曹と紀伊三尉で
会談が始まった。
「アンタら、どこの部隊の人間だ」
佐藤の問いに紀伊3尉が答える。
「香川から来ました」
佐藤が驚いた様に言った。
「おいおいおい、
香川から家族を連れてここまで
きたのかよ。
よく捕まらなかったな」
「ん?香川……14旅団か
なるほど、どうりで」
香川から14旅団に即座に
結びつける辺りどうやら
佐藤が防衛省関係者である事は
間違いなさそうだった。
「それで紀伊さん
アンタさっき西日本新政府に対して
切り札があると言っていたが…
そいつを聞いてもいいかい?」
紀伊3尉は少しためらうように目を閉じると、
静かに口を開いた。
「我々、駐屯地の仲間は虐殺されました」
佐藤が目を見開いた。
そして静かに紀伊3尉に次の言葉を待った。
「西日本新政府が建国されその領土に属していた
自衛隊は解体されました。
その直後に駐屯地内の組織的虐殺が
おきました」
「なるほど、
アンタらその生き残りって訳か…」
佐藤はしばらく考えた後、
口を開いた。
「同情はするがそれだけだと
正直切り札にはならないぞ
各地で似たような事は
起きているからな……」
「その虐殺の指揮を取っていた
人物が問題なのです」
「………どういう意味だ?」
紀伊3尉は黙って
スマートフォンを取り出し
机の上に置かれた動画を
再生した。
そこには駐屯地で行われた
体育館の虐殺の映像が
映し出されていた。
私は思わず紀伊3尉の顔を見る。
この動画は紀伊3尉が撮ったものだろう。
私はあの惨劇を見た時に
ただただ戦慄するしかなかった。
だがどうやら紀伊3尉は冷静に
後々の証拠としてこの動画を
撮っていた事だ。
動画は途中から踊り歌っている
老人の顔にフォーカスされていた。
動画は微かに震えているものの
確かにその顔を捕らえていた。
その顔を見た時に佐藤はスマートフォンを
鷲掴みにしてその顔を食い入るように見た。
「………陸 和平!!!!」
信じられないという顔で佐藤はこちらを
見つめていた。
「……やはり、そうですか……」
紀伊三尉が静かに答えた。
「どういう事ですか?」
私の問いに佐藤が答えた。
「この老人は、大老とあだ名される
玉金書記長の実質的な後ろ盾だ!
そして占領軍の総司令官でもある」
「この映像は非戦闘員化した
正規軍人に対する組織的殺害!
完全な戦争犯罪案件だ!
それにルー・ホーピンが関わっている
明確な証拠になる!!」
「動画だけでなくアンタらの証言があれば
ルー・ホーピンを排除できるかもしれない
全てがひっくり返るぞ!!!」
佐藤の言葉を聞いた時
逆転の希望を我々は確かに
感じていた。
9月1日 0000 山荘
佐藤と我々3人は
会談を続けていた。
目の前のスマートフォンの動画と
我々生き残りとの証言があれば
あの老人を排除できるかもしれない。
陸 和平
名前も今まで知らなかったその老人は
姿こそ見せないものの、今までその戦略で
散々に我々を苦しめてきた
あまりにも強大な敵だった。
それが本人のあずかり知らぬところで
破滅に近づかせる事が出来る事は
なんとも痛快な話だった。
佐藤は静かに語り始めた。
「14旅団は奇襲を受けたにも拘わらず、
すぐに対応し善戦を続けていた」
「本来なら初めからルー・ホーピンにとっては
余力を持ち、確実に勝てる戦争だった。
何年もかけて入念に準備していたからな。」
「だが予想外の抵抗にルー・ホーピンは余程
腹を据えかねていたんだろう」
「だから、わざわざ自分がでてきて
虐殺を見届けたんだろう。
自分の墓穴を掘るとも知らずにな」
「日本は負けたが
ルー・ホーピンは尋常ではない被害を出した。
その上でその高い軍事功績は
向こうの総書記に警戒されている」
「ネタを渡せば中国政府は
喜んで失脚させるだろうよ」
「分かるか? アンタらの戦いは
決して無駄ではなかった
例え負けたとしても投げ打ってきた
命は無駄ではなかったんだよ……」
佐藤の言葉は我々に染みていく。
戦争の時、我々の命は恐らく無価値だった。
勝つ事も出来なかった。
それが戦争が終わった今、命に価値が生まれ始め
考えてもいなかった形で敵を追い詰めようとしていた。
それも長く携わってきた軍事とは全く違う形で。
皮肉なものだなと思う。
「それで、一つ提案なんだがな」
佐藤が全員を見渡し言葉を切った。
「アンタら、ここに家族を置いて
先に亡命しないか?」
「家族については後で俺の仲間が
迎えに行く形でな」
それは我々にとって
衝撃的な提案だった。
「そんな事は出来ない!!」
私は間髪容れずに言った。
道中で西日本政府の現状を
私は見ていた。
こんな所に自分の家族を
置いていく事は考えられない事だった。
「落ち着けよ、国境越えは命懸けだ。
正直子供連れは足手まといになる」
「アンタらも戦争を経験しているなら
分かるはずだ」
「家族連れで逃げる事が
できる程、甘くないぞ」
佐藤の言っている事は
至極正論だ。
だが、受け入れる事は出来なかった。
佐藤はチッと舌打ちをした。
「アンタら今自分の立場
わかってんのか!!」
「いいか!!
この国の命運を左右するかもしれないんだ
家族と国防どっちが大事なんだ!!」
「この状況で家族を選ぶってなら
アンタらの国防ってのは
そんなに甘いのか!!あぁ!?」
並々ならぬ思いがあるであろう
佐藤の言葉が我々に突き刺さる。
家族か国防か
これまで何度も対峙してきた事だ。
座ったまま両手を握り絞める。
その時紀伊三尉が静かに佐藤に問いかけた。
「今…この場でご家族を残せば
国境は固められてしまうかもしれません」
「二度と家族に会えないかもしれません
佐藤さん、あなたはその責任をとれますか?
その覚悟がありますか?」
佐藤は少し考えて「いや」とだけ答えた。
「かつて私は同じ質問された時
私は責任を取ると言いました。
だから我々は今ここにいます」
「命を懸けるというのであれば
せめて死ぬ時に後悔がないようにしてあげたい。
ダメでしょうか?」
その言葉を聞き
佐藤は目を逸らして少し考え込み
佐藤は「甘ぇよ…」とポツリと
こぼしたが降参する様に両手を上げた。
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