41話 家族と共に
8月29日 1600 五色台 宿舎
宿舎前にたどり着いた
我々の前に
2人の自衛官が
歩哨として立っていた。
彼らは弾倉の入った
銃をこちらに向け
誰何した。
「誰か!?」
「15連隊1中隊紀伊3尉です」
奥からもう一人自衛官が
やってくる。
階級は曹長。
恐らくはここの指揮を
取っている人物だ。
「銃を下げろ、敵ではない
紀伊3尉ですね?
以前一緒に訓練をした事もある」
2人は銃を下げた。
「3中隊、箱根曹長です。」
「4日前から定時報告が
繋がらない。」
「本部からの通信が来ない上
補給もこない。
困り果てていた所です」
紀伊3尉は怪訝な顔をする。
「なにも聞いてはいないのですか?
いないのですか?
今の状況も?」
「停戦した事までは聞きましたが
それ以上はなにも、何せ携帯なども
敵に傍受される為使えませんでしたから」
「外で何が起こっているかは
分からないんですよ」
彼らは戸惑っていた。
おそらく本部は意図的に
情報を遮断したのだろう。
わざわざ現状を話して
混乱させる事はないからだ。
最終的には家族を救いだす予定だったが
その前に惨劇が起き本部が機能しなくなった。
結果、彼らに与えた命令だけが
取り残されたのだと言える。
紀伊3尉は現状を丁寧に伝えた。
西日本政府が建国され
自衛隊が解体になった事
駐屯地に残っていた
自衛官は皆殺しにされた事
そして、ここには自分達の家族を
迎えに来た事。
それを聞くと箱根曹長は
静かに目を閉じて
近くに置かれていた
石の上に座った。
箱根曹長は怒るでもなく
悲しむでもなく
諦観が滲み出る口調で
静かに口を開いた。
「何か良くない事が
起こっている事は薄々
感じていましたが…」
「そうですか…
駐屯地は壊滅ですか…」
その姿はどこか哀愁が漂い
同業者からすると
見ていられるような
なものではなかった。
「我々と共に
一緒に来られますか?」
紀伊3尉が優しく語りかける。
箱根曹長は静かに首を横に振った。
「私は今年で55になります。
デスクワークも長いですから
一緒に行けば足手まといになります」
箱根曹長はとても深い
ため息をついた。
「もう30年以上
それこそ貴方が生まれる前から
自衛官をやっている。」
「あと少しで定年だった。
このまま平和が続く事を願っていた」
「違う生き方をするには
長く勤めすぎたのかもしれません
なら、せめて最後の命令に殉じたいと
思います」
「おい、お前らはどうする?
聞いての通りだ。
一緒に行くならいけ。
オレも自衛隊ももう守ってやれんぞ」
「箱根曹長を置いて
一緒にはいけませんよ」
他の隊員達もここに残る
選択をしたようだった。
「……そうですか」
紀伊3尉はうつむいた。
これ以上説得は無意味にも思えた。
受け入れるに時間が必要だが
時間が経つほどに状況は悪化する。
そんな時間をかけている状況ではなかった。
「命懸けでここまで来られたでしょうから
ご家族を連れていく事は止めはしません」
それを聞き我々は宿舎に向かい
歩きだした。
その後ろ姿に箱根曹長が
声をかける。
「紀伊3尉、恐らく
家族を連れて東日本に行くと
いう貴方の考えは正しい」
「願わくは」
「俺たちが好きだった
日本を
自衛隊を
もう一度取り戻してくれ」
我々はその言葉に
静かにうなずいた。
8月29日 1610 五色台 宿舎
我々は宿舎の中に入っていく。
宿舎の中には
自衛官達の家族がいた。
家族が心配なのか
皆鬱々とした。
その上でテレビなどの
情報収集源もないのだ。
社会から
取り残されているとも
言えた。
そこには妻の楓と
娘の美樹の姿もあった。
「お父さん!!」
美樹が駆け寄ってくる。
霞2曹も奥さんと
会っている様だった。
楓も心配そうに
駆け寄ってきた。
しかし、再会を喜んで
いる暇はなかった。
紀伊3尉が目配せをして
すぐに出ていく事を
伝えた。
グズグズしていると
いらない詮索を
受ける事になる。
事実を伝えれば
反発を受ける事は
必死だった。
「楓、一緒に来てくれるか?」
私は妻に問いかける。
妻は不審がりながら応じてくれた。
一人の家族の男性が
紀伊3尉に問いかける。
「あの……失礼ですが
外から来られたんですよね?
私達の家族がどうなったか
知りませんか?」
「それは……」
紀伊3尉は返答に困り
ギュッと心臓のあたりを
掴んでいた。
「それは私から
お答えします」
箱根曹長が宿舎に
入ってくる。
箱根曹長は
我々に首で行けという様な
合図をした。
我々は軽く会釈をして
宿舎を後にした。
霞2曹の妻、静香と
妻の楓と娘の美樹が
加わり我々は下山する。
万が一の事を考え
山中を移動していた。
子供の為、美樹に関しては
私が背中におんぶしていた。
移動しながら
我々はこれまでの
経緯を話した。
静香さんと妻はその話を聞いて
唖然としていた。
情報から遮断された状態で
この話を聞けば
信じられなくても仕方ない話だ。
「お父さん、これからどうなるの?」
美樹が問いかける。
今の話を理解できていたかは疑問だが
子供の問いは時に残酷だ。
答えはわからないが正解だが、
子供に自分の不安を見せる気にも
ならなかった。
なんとかごまかそうとする。
「大丈夫だ。
私達は東京に行くんだ。」
「日本の首都だ!
すごいぞなんでもあるんだ!」
私は東京になんて行った事もない
それでも娘を安心させる為に
嘘をつく。
「お父さんはもう戦わなくても
いいの?」
その問いは私達の核心を突いていた。
そうだ。
本当なら戦わなくてもいいんだ。
もういいじゃないか。
日本政府は戦っていた我々を裏切って
西日本新政府の建国をゆるした。
個人の幸せを考えれば
このまま逃げて
新しい仕事を見つけて
家族と幸せに暮らして
多分……
本当はそうして暮らしたいんだと思う。
それが正しいんだと思う。
けれど……
私は日本を日本人を守りたかったんだ。
日本人が日本人だと誇れる暮らしを守りたかったんだ。
侵略されて不幸になる日本人を見たくなかったんだ。
例えそれが自己犠牲の果てだとしても。
先人が命懸けで託してくれた未来だから。
だから…
この事だけには嘘をつけなかった。
「美樹、違うよ。
お父さん達は戦い続ける」
「けど、それは美樹たちが
幸せに暮らせる未来を願っているからだ」
ふと、私の頭を美樹が撫でた。
「いいの!
わたしは皆を守っている
お父さんが大好き!!」
「……そうか」
私はその言葉を聞いて
心底救われていた。
今はどれだけ惨めでも
我々は諦める訳にはいかない。
そう、心に誓った。
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