28話 支柱
8月19日1330 国道32号線沿い
状況一転する。
敵の援軍部隊
3万の上陸。
それは我々の戦略そのものを
粉砕するものだった。
「ふざけんな!
前回みたいに奇襲上陸だったら
まだわかるがこれだけ緊張状態が
続く中で海自は
何やってたんだ!」
霞2曹が怒鳴った。
紀伊3尉が宥めるように
答える。
「落ちついてください。
海自も何もしなかったわけでは
ありません。」
「本当であれば敵の上陸部隊は
推定で4万5000ほど確認されて
いました。」
「撃沈した強襲上陸艦も
あります。」
「ですが敵は犠牲を
考慮せず無理やり押し切ったんです。」
「正気の沙汰とは思えません。」
犠牲を考慮しない。
それは大国である
中国軍の強みを生かしたものだった。
遠征軍である上に
要衝である九州や沖縄などは
占領下にないのにも拘わらず
援軍を送る事は
敵にとってもリスクが
ある事だ。
それを決断し、やってのける。
しかも、我々にとって
最悪な事この上ない
タイミングで。
間違いなく戦場の空気感が
分かった上でやっている。
局地的な勝利など
全体の戦略的勝利に
対しては意味を持たない。
先ほど我々が
中国軍を完封したように
今度は我々が目的であった
鳴門の敵部隊に手を出せなく
なってしまった。
開戦時からずっと
手のひらの上で
踊らされ続けている感覚。
敵の司令官の有能さを
認めざるを得なかった。
「我々はこれから
どうするんですか?」
紀伊3尉に聞いた。
「敵の兵力が
勝っている以上
鳴門の奪還作戦を決行する事は
できません。」
「奪還した地域を
陣地防御して防御を固め
司令部が人員をだしてくれるまで
待つしかないですね」
あと少しというところまで
きていた。
にもかかわらず何も
する事が出来ない。
悔しさに歯ぎしりする。
「諦めないで…
まだ…負けたわけでは…」
紀伊3尉の様子が
おかしい事に気づき
私と霞2曹は顔を見合わせる。
紀伊3尉はパタリと
倒れ込んだ。
慌てて駆け寄り
私と霞2曹で両脇を
抱え起こす。
額に手を当てると
紀伊3尉はすごい熱
だった。
足がガクガクと
震えているのを感じた。
「大丈夫です…
放してください…」
紀伊3尉が
力なく振りほどこうとするが
我々はそれを許さない。
こんなに衰弱しているとは
思いもしなかった。
「大丈夫なわけ
ないでしょう!!!
衛生班に連れていきます!!」
私達はバカだった。
全く気付いていなかったのだ。
考えてみれば紀伊3尉は
我々以上に
ずっと動いていたのだ。
追い打ちをかける様に
戦況が最悪になった。
まだ、25歳で私よりも
3つ年下なのだ
この状況で
心労が重なっても仕方がない
状況だった。
「私が、指揮を取らないと…」
その言葉を最後に
紀伊3尉は意識を失った。
その身体は、驚くほど軽かった。
8月19日1400 国道32号線沿い
私と霞2曹は
紀伊3尉を抱えて衛生車両まで
辿り着く。
しかし、負傷者も多く
衛生隊員はまったくもって
手が回っていない状況だった。
仕方なく我々は
紀伊3尉を連れて帰り
自分達の
高機動車の中で
寝かせる事にした。
馬鹿らしい現実だった。
自分達の為に身を粉に
して動いてくれていた人間が
苦しんでいる時に何も出来ない。
紀伊3尉の離脱は
我々小隊にとって
死活問題であった。
階級的には
次の小隊長は
霞2曹という事になる。
「しょうがねぇなぁ。
ちょっと司令部に行ってくるわ
現状の報告と指示受けにな」
霞2曹は渋々
司令部へと向かっていった。
一人いなくなるだけで
こうも雰囲気が変わる
ものだろうか…
考えてみれば
いつも小隊は
紀伊3尉に支えてもらっていた。
我々は一歩兵に過ぎない
戦場を渡り歩いていて
感じている事は
敵を倒す事よりも
自分達が生き延びる
方が重要だと
感じ始めていた。
残念だが我々小銃部隊は
敵を倒す時の決定打には
なり得ない。
強い打撃力のある
部隊には敵わないからだ。
だが、制圧力はある。
配置されているだけで
敵に対しての圧力になる。
だから生き延びて
さえいれば
なんとかなる。
我々を支えていたのは
紀伊3尉が戦場で的確な
冷静な指示を出し続けてきたからだ。
小さい目標や
大きい目標で我々に
目的意識を持たせて
モチベーションを維持させ
小隊の信頼関係を
繋ぎとめてきた。
だから生き延びてきた。
事実として今にも
崩れそうな自分がいた。
熱を出し痙攣するまで
疲弊した姿を見れば
ずっと無理をさせて
きたのが痛い程
伝わってきた。
感情のままに
反論した事もあった。
自分の浅はかさを
悔いていた。
程なくして霞2曹が
帰ってきた。
げっそりした顔して
ため息をついた。
「紀伊3尉すげーな。
指示受けに行ったけど
専門用語が多くて全く
ついていけなかった」
霞2曹は頭が悪い訳ではない。
むしろ頭が切れる方だ。
それでも分からない程
難解らしい。
「引継ぎもなしに行けば
そうなっても仕方ない
ですよ……」
「彼らは前提を分かっている体で
話しますからね…」
紀伊3尉が目を覚ます。
皆が駆け寄った。
「おい、馬鹿共やめろやめろ
あんまり負担かけるんじゃない。
紀伊3尉も寝ててください」
霞2曹が慌てて制止する。
「いやー紀伊3尉
普段から噛み砕いて説明して
くれてるんですね。
今回よーくわかりました」
「紀伊3尉は休んでいてください
あなたがいないと小隊が
まわらない」
霞2曹がおどけて見せる。
小隊が少しだけ
明るい雰囲気になった。
紀伊3尉の寝息を聞けただけで、
胸の奥が少しだけ軽くなった
読んでいただいてありがとうございます!
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