見習い庭師トマと新米菓子職人ブルーノ 第二十話
「「こっちじゃありません!!」」
サリエルとトマは同時に叫んだ。
伯爵屋敷の、隠されていない方の地下室。そこは古くからあり不要だが捨てられない、様々な雑貨で一杯だった。
エレーヌが取り出そうしていたのは未使用の棺桶である。
「お嬢様!御出座しと言えばカトラスブルグ駅、そこからクレー港に決まっておりますわ!急げば大尉の御見送りに間に合うのです!何も聞いてらっしゃらなかったのですか!?」
「本当にしつこいわね……そっちはもう宜しいと何度言ったらお解りになりますの?第一ねアンタ、アンタ達があんな人形かっぱらってらっしゃいますから、こんな事になったのではなくて?貴女達はローゼンバーク家が正当に所有する美術品を盗み出して参りましたのよ?しかも盗んだ理由が、女主人に姿が似てるからって。それでは私まで共犯者ですわ」
「お嬢様、蝋人形は明日でも返せますが、大尉の見送りに間に合うのは今だけです……どうかお考え直し下さい」
「トマ。私は自分が泥棒の罪の穢れを纏ったまま、世間に顔向け出来ない自分のまま、尊敬する大尉の門出に立ち会おうとは思いませんのよ」
サリエルも、トマも。それ以上は何も言えなかった。
三人は、こんな時間に……昨日略奪して来たエレーヌの蝋人形を、元の場所に返しに行く事となった。
エレーヌに導かれるまま、二人は二階のエレーヌのリビングに戻り、そこにあるエレーヌ人形を棺桶へと移す。
「あの、動いて傷まないよう、隙間に何か詰めた方が」
「下で藁でも詰めたら宜しくてよ」
「仮にもお嬢様の空蝉……藁はあんまりですわ、せめてお花を一杯に敷き詰めて」
「……やめて下さらないかしら」
サリエルの不気味な提案を一蹴しつつ、人形を棺桶に移しながら……エレーヌは、狼犬のように鼻をひくつかせる。
「こんな臭いだったかしら?」
三人は棺桶を担ぎ、階段を降りる。
「厨房に一声掛けて来ますわ」
エレーヌは一旦そこを離れ、厨房の方に向かって行く。
「俺達は……これをワゴンに積んでしまおうか」
「……そうですわね」
「大丈夫か?君」
「何か、色々な事が一度に起きて……感覚が麻痺して来たかもしれませんわ」
「ああ。その方がいいかもしれないな」
トマとサリエルはそんな事を言いながら、裏口から運び出した棺桶を、裏庭のワゴンの方へと運んで行く。
エレーヌは屋敷の裏口から、古めかしいフード付の黒い外套を被って現れた。
サリエルはメイド姿のままである。エレーヌがそれでいいと言うのだ。
四輪の台車に積まれた藁を降ろし、代わりに棺桶を載せる三人。
「少し藁を被せた方が宜しいでしょうか?」
「そうね。警邏に見つかると厄介ですわ」
「職務質問を受けたら、かなり困りますね……」
辺りはもう大分暗くなっていた。時刻は午後六時。もうじき日も暮れる。
サリエルは一応、自分のタンス貯金を懐に入れて来た。
エレーヌは旅支度どころか他所に行くような格好すらしていない。庶民的なシャツとズボンに、古びた外套を羽織っただけだ。
そんな姿をリシャールに見せていいのかどうかはともかく。お金さえ持っていれば、急に八時の汽車に乗りたくなっても何とかなるだろう。
何となれば、せめて自分が着ているメイドの服を着てもらえばいい。
サリエルはそう思った。
「まだ少し時間が早いかもしれないわね。街の中心部は避けて下さる?」
「あの、お嬢様……カトラスブルグ駅の近くを通っては……」
「本当にしつこいわね。無いって言ってるでしょう」
しかし、サリエルの提案は最後まで受け入れられなかった。
ローゼンバーク家屋敷が見えて来る頃には、太陽は沈んでいた。時刻は七時近くになっている。
もう、レアル行きの汽車には間に合わないのだろう。サリエルは目を閉じ、大尉の姿を思い浮かべる。
自分は大尉のおかげで、陸軍の杖術を伝習所で学ぶ事が出来た。そんな恩義のある大尉に何も出来なかった事が、残念でならない。
「それで?持ち出す時はどこから持ち出しましたの」
「裏に、使われていない庭師用の通用口があります」
エレーヌとトマが話している。馬車は屋敷から少し離れた所で、河岸に降りる道へと入って行く。
「お嬢様はこちらでお待ちになりますか?」
「こんな所に一人で置いて行かないでくださるかしら」
薮の間の道を行く三人と……棺桶。
「自分で言うのも何ですけど。不気味ですわね、私達」
やがて、サリエルが鍵を壊した門を潜り抜け。石垣の下を歩き……三人は庭師の作業場へと入り込む。
今回は最初からランプを持って来ていた。
「この扉の向こうに、家具の山が」
「これ、全部どけないといけないの?」
「ああ……棺桶を通そうと思ったら全部どけた方がいいかもしれませんね」
ランプのシャッターを絞っているので作業し辛いが、サリエルの怪力のおかげもあり、どうにか通路は開いた。
「お嬢様、ローゼンバーク屋敷は今までに?」
「私、食事一つ招待された事もございませんのよ?本当にあの男、私に気があるのかしら」
「無ければこんな人形作りませんよ」
「蝋人形が好きなだけではなくて?」
先ほどから喋っているのはエレーヌとトマばかりだ。サリエルは黙ってついて行く。
屋敷内に侵入し、棺桶を担ぎ、三人は廊下を行く。
「何だか昨日より人の気配が無いな……」
「待ち伏せされてないでしょうね」
城主部屋の前まで来る間も、屋敷は無人であるように見えた。
サリエルはここまで来ると、前回のように黙って扉の蝶番を外し始める。
「嫌に手慣れてるわね」
「二度目ですので」
「……屋敷を見張るのの十倍タチが悪いじゃない」
「ごもっとも」
エレーヌはその辺りの調度品をいじりながら待つ。
「ここにはあまり居ないんじゃないの」
「市内の集合住宅の方は手放したようですし、ここの他には家は無いかと……」
「貴方そんな事まで調べてしまったの?」
サリエルは扉を外しながら考える。
アンドレイの気配が無い。昼間の出来事の憂さ晴らしに、どこかで遊んでいるのだろうか。
彼の話の中で、使用人にも心を許さないという所は本当のかもしれない。
やがて、扉は外れた。
三人は棺桶を担いで、三階から二階へと、階段を下りて行く。
「完全に砦ですわね。外からの砲撃に備えた構造ですわ」
「北東側の崖に面してますし、元々軍事用の建物なんですね」
「ローゼンバーク家はそういう家なのよ……長い間、この街の守護者だったのですわ、良くも悪くも。その事は忘れてはいけないの」
二人の会話をよそに、サリエルは二階の廊下の途中でふと寝室を覗き……ようやく口を開く。
「……誰かが昨日と今日の間にここに居たみたいですわ」
「急いだ方が良さそうね」
「お嬢様……その先の扉を……開けていただけませんか」
サリエルはエレーヌが手を離せるよう、棺桶の下に潜り込む。
「何よ……この下に何かあるの?」
エレーヌはランプを手に、先に階段を下りて行き……そこの扉を頓着なく開き、その中に入って行った。
サリエルとトマも、棺桶を担いで続く。
「ふうん」
エレーヌはランプで、その部屋の方々を照らして見ていた。
「お嬢様……何ともないのですか?」
サリエルは思わずそう尋ねる。自分は最初に見た瞬間に悲鳴を上げそうになってしまった。写真や肖像画にも驚いたが、家具の配置にも驚いた。
「きっとアンドレイの両親の部屋だったのよ。それで何でも二人分あるのですわ」
エレーヌは事も無げにそう言って、早速棺桶を開けようとする。
「お手伝いします……」
「そうして下さるかしら」
サリエルは棺桶から、慎重にエレーヌ人形を取り出す。
「本当に……ここに戻すのですか……」
「じゃあ貴女の部屋に置いておいても宜しいかしら?一生大事にして下さる?」
「それは……ちょっと……」
「アンドレイなら大事にして下さると言うのだから、いいじゃない」
サリエルは元通り、人形をソファに置き、姿勢やドレスを整える。
憂鬱な表情のエレーヌ人形が……その場所に戻った。
「私、こんなに鼻低いかしらねぇ」
エレーヌは呟く。サリエルは女主人の顔を見るが、主人は別に答えを求めている訳ではないらしい。人形には特に興味も無さそうに、床に落ちた藁屑を拾って棺桶に戻している。サリエルもそれを手伝い、棺桶に蓋を戻す。
「それで?この後は今来た通りに、全部元に戻しながら帰る訳ね?」
「そうなりますね」
「はい……」
エレーヌは振り向きもせず二階へ上がって行く。トマも黙って続く。
サリエルは最後に一度、振り返り、ソファに佇むエレーヌを見た。
「……本当に、これでいいのかしら……」
軽くなった棺桶はエレーヌとトマが持ち、サリエルは各所に残った三人の痕跡を、軽く掻き消して行く。
サリエルは途中で屋敷の時計を見た……七時三十七分……もう、間に合わない。
「さっさと行くわよ」
「……はい、お嬢様」
三人は、ローゼンバーク屋敷から静かに撤退して行く。




