表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
伯爵令嬢エレーヌ・エリーゼ・ストーンハートには血も涙も汗もない  作者: 堂道形人
見習い庭師トマと新米菓子職人ブルーノ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

85/91

見習い庭師トマと新米菓子職人ブルーノ 第二十話

「「こっちじゃありません!!」」


 サリエルとトマは同時に叫んだ。

 伯爵屋敷の、隠されていない方の地下室。そこは古くからあり不要だが捨てられない、様々な雑貨で一杯だった。

 エレーヌが取り出そうしていたのは未使用の棺桶である。


「お嬢様!御出座おでましと言えばカトラスブルグ駅、そこからクレー港に決まっておりますわ!急げば大尉の御見送りに間に合うのです!何も聞いてらっしゃらなかったのですか!?」


「本当にしつこいわね……そっちはもう宜しいと何度言ったらお解りになりますの?第一ねアンタ、アンタ達があんな人形かっぱらってらっしゃいますから、こんな事になったのではなくて?貴女達はローゼンバーク家が正当に所有する美術品を盗み出して参りましたのよ?しかも盗んだ理由が、女主人に姿が似てるからって。それでは私まで共犯者ですわ」


「お嬢様、蝋人形は明日でも返せますが、大尉の見送りに間に合うのは今だけです……どうかお考え直し下さい」


「トマ。私は自分が泥棒の罪の穢れを纏ったまま、世間に顔向け出来ない自分のまま、尊敬する大尉の門出に立ち会おうとは思いませんのよ」


 サリエルも、トマも。それ以上は何も言えなかった。

 三人は、こんな時間に……昨日略奪して来たエレーヌの蝋人形を、元の場所に返しに行く事となった。



 エレーヌに導かれるまま、二人は二階のエレーヌのリビングに戻り、そこにあるエレーヌ人形を棺桶へと移す。


「あの、動いて傷まないよう、隙間に何か詰めた方が」

「下で藁でも詰めたら宜しくてよ」

「仮にもお嬢様の空蝉……藁はあんまりですわ、せめてお花を一杯に敷き詰めて」

「……やめて下さらないかしら」


 サリエルの不気味な提案を一蹴しつつ、人形を棺桶に移しながら……エレーヌは、狼犬のように鼻をひくつかせる。


「こんな臭いだったかしら?」



 三人は棺桶を担ぎ、階段を降りる。


「厨房に一声掛けて来ますわ」


 エレーヌは一旦そこを離れ、厨房の方に向かって行く。


「俺達は……これをワゴンに積んでしまおうか」

「……そうですわね」

「大丈夫か?君」

「何か、色々な事が一度に起きて……感覚が麻痺して来たかもしれませんわ」

「ああ。その方がいいかもしれないな」


 トマとサリエルはそんな事を言いながら、裏口から運び出した棺桶を、裏庭のワゴンの方へと運んで行く。



 エレーヌは屋敷の裏口から、古めかしいフード付の黒い外套を被って現れた。

 サリエルはメイド姿のままである。エレーヌがそれでいいと言うのだ。

 四輪の台車に積まれた藁を降ろし、代わりに棺桶を載せる三人。


「少し藁を被せた方が宜しいでしょうか?」

「そうね。警邏に見つかると厄介ですわ」

「職務質問を受けたら、かなり困りますね……」



 辺りはもう大分暗くなっていた。時刻は午後六時。もうじき日も暮れる。


 サリエルは一応、自分のタンス貯金を懐に入れて来た。

 エレーヌは旅支度どころか他所に行くような格好すらしていない。庶民的なシャツとズボンに、古びた外套を羽織っただけだ。

 そんな姿をリシャールに見せていいのかどうかはともかく。お金さえ持っていれば、急に八時の汽車に乗りたくなっても何とかなるだろう。

 何となれば、せめて自分が着ているメイドの服を着てもらえばいい。

 サリエルはそう思った。


「まだ少し時間が早いかもしれないわね。街の中心部は避けて下さる?」

「あの、お嬢様……カトラスブルグ駅の近くを通っては……」

「本当にしつこいわね。無いって言ってるでしょう」


 しかし、サリエルの提案は最後まで受け入れられなかった。




 ローゼンバーク家屋敷が見えて来る頃には、太陽は沈んでいた。時刻は七時近くになっている。

 もう、レアル行きの汽車には間に合わないのだろう。サリエルは目を閉じ、大尉の姿を思い浮かべる。

 自分は大尉のおかげで、陸軍の杖術を伝習所で学ぶ事が出来た。そんな恩義のある大尉に何も出来なかった事が、残念でならない。


「それで?持ち出す時はどこから持ち出しましたの」

「裏に、使われていない庭師用の通用口があります」


 エレーヌとトマが話している。馬車は屋敷から少し離れた所で、河岸に降りる道へと入って行く。


「お嬢様はこちらでお待ちになりますか?」

「こんな所に一人で置いて行かないでくださるかしら」


 薮の間の道を行く三人と……棺桶。


「自分で言うのも何ですけど。不気味ですわね、私達」


 やがて、サリエルが鍵を壊した門を潜り抜け。石垣の下を歩き……三人は庭師の作業場へと入り込む。

 今回は最初からランプを持って来ていた。


「この扉の向こうに、家具の山が」

「これ、全部どけないといけないの?」

「ああ……棺桶を通そうと思ったら全部どけた方がいいかもしれませんね」


 ランプのシャッターを絞っているので作業し辛いが、サリエルの怪力のおかげもあり、どうにか通路は開いた。


「お嬢様、ローゼンバーク屋敷は今までに?」

「私、食事一つ招待された事もございませんのよ?本当にあの男、私に気があるのかしら」

「無ければこんな人形作りませんよ」

「蝋人形が好きなだけではなくて?」


 先ほどから喋っているのはエレーヌとトマばかりだ。サリエルは黙ってついて行く。



 屋敷内に侵入し、棺桶を担ぎ、三人は廊下を行く。


「何だか昨日より人の気配が無いな……」

「待ち伏せされてないでしょうね」


 城主部屋の前まで来る間も、屋敷は無人であるように見えた。

 サリエルはここまで来ると、前回のように黙って扉の蝶番を外し始める。


「嫌に手慣れてるわね」

「二度目ですので」

「……屋敷を見張るのの十倍タチが悪いじゃない」

「ごもっとも」


 エレーヌはその辺りの調度品をいじりながら待つ。


「ここにはあまり居ないんじゃないの」

「市内の集合住宅の方は手放したようですし、ここの他には家は無いかと……」

「貴方そんな事まで調べてしまったの?」


 サリエルは扉を外しながら考える。

 アンドレイの気配が無い。昼間の出来事の憂さ晴らしに、どこかで遊んでいるのだろうか。

 彼の話の中で、使用人にも心を許さないという所は本当のかもしれない。


 やがて、扉は外れた。



 三人は棺桶を担いで、三階から二階へと、階段を下りて行く。


「完全に砦ですわね。外からの砲撃に備えた構造ですわ」

「北東側の崖に面してますし、元々軍事用の建物なんですね」

「ローゼンバーク家はそういう家なのよ……長い間、この街の守護者だったのですわ、良くも悪くも。その事は忘れてはいけないの」


 二人の会話をよそに、サリエルは二階の廊下の途中でふと寝室を覗き……ようやく口を開く。


「……誰かが昨日と今日の間にここに居たみたいですわ」

「急いだ方が良さそうね」

「お嬢様……その先の扉を……開けていただけませんか」


 サリエルはエレーヌが手を離せるよう、棺桶の下に潜り込む。


「何よ……この下に何かあるの?」


 エレーヌはランプを手に、先に階段を下りて行き……そこの扉を頓着なく開き、その中に入って行った。

 サリエルとトマも、棺桶を担いで続く。



「ふうん」


 エレーヌはランプで、その部屋の方々を照らして見ていた。


「お嬢様……何ともないのですか?」


 サリエルは思わずそう尋ねる。自分は最初に見た瞬間に悲鳴を上げそうになってしまった。写真や肖像画にも驚いたが、家具の配置にも驚いた。


「きっとアンドレイの両親の部屋だったのよ。それで何でも二人分あるのですわ」


 エレーヌは事も無げにそう言って、早速棺桶を開けようとする。


「お手伝いします……」

「そうして下さるかしら」


 サリエルは棺桶から、慎重にエレーヌ人形を取り出す。


「本当に……ここに戻すのですか……」

「じゃあ貴女の部屋に置いておいても宜しいかしら?一生大事にして下さる?」

「それは……ちょっと……」

「アンドレイなら大事にして下さると言うのだから、いいじゃない」


 サリエルは元通り、人形をソファに置き、姿勢やドレスを整える。

 憂鬱な表情のエレーヌ人形が……その場所に戻った。


「私、こんなに鼻低いかしらねぇ」


 エレーヌは呟く。サリエルは女主人の顔を見るが、主人は別に答えを求めている訳ではないらしい。人形には特に興味も無さそうに、床に落ちた藁屑を拾って棺桶に戻している。サリエルもそれを手伝い、棺桶に蓋を戻す。


「それで?この後は今来た通りに、全部元に戻しながら帰る訳ね?」

「そうなりますね」

「はい……」


 エレーヌは振り向きもせず二階へ上がって行く。トマも黙って続く。

 サリエルは最後に一度、振り返り、ソファに佇むエレーヌを見た。


「……本当に、これでいいのかしら……」



 軽くなった棺桶はエレーヌとトマが持ち、サリエルは各所に残った三人の痕跡を、軽く掻き消して行く。

 サリエルは途中で屋敷の時計を見た……七時三十七分……もう、間に合わない。


「さっさと行くわよ」

「……はい、お嬢様」


 三人は、ローゼンバーク屋敷から静かに撤退して行く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ