気がついたら宿泊費請求されました。
「お、おきた……?」
誰かに、体を揺さぶられる。
「……ん……?」
小さい子供の声……
ゆっくり目を開けると、昨日、自分の腹の上で寝ていた女の子が、じーっとこちらを見ていた。
(夢じゃなかったのか……)
女の子はぱちぱちと瞬きをすると――
ぱっと顔を輝かせた。
そして、大きく息を吸い込んだ。
「まちりゅだ!おきたぁぁぁ!!」
キーン
(頭に響く……)
思わずオレは耳を塞いだ。
「……お、おい……せめてもう少し小さい声で……」
しかし、オレの声が届いていないのか――
目の前にいる子供は、きょとんとした顔でオレを見ると、オレの腹の上によじ登ってきた。
「だいじょーぶ?いたい、にゃい?」
オレの顔を見ながら首を傾げる。
(な、かわ……)
小さな手で、ペタペタと身体に触れてくる。
どうやら怪我が残っていないか確かめているらしい。
(このままだと日が暮れてしまうな……)
「ケ、ケガはないから大丈夫だ。」
一言そう告げると、パチパチと目を瞬かせてから、少し不安そうな顔でこちらを見つめた。
「ほんと?」
「あぁ、本当だ。」
頭を軽く撫でてやると、分かってくれたのかホッと小さく息をついた。
「それより……ここは……どこだ……?」
ダンジョンの途中から白いモヤがかかったように思い出せない。
誰かと少し話した記憶はあるが、
男だったような……女だったような……
一人で考えていると――
「やっと起きたのねぇ」
聞き覚えのある声の女がテントの中に入ってきた。
「あなたは……」
「怪我もしてたし、昨日のことはあまり覚えていないようね。」
そう言いながら、カップを一つ取り出した。
中からは湯気が出て、美味しそうな匂いが鼻の奥に広がる。
「あなたがここに来て丸一日経ったわ。」
「まる……一日?」
「そう、相当疲れてたのね。」
そんなに時間が経っているとは思いもしなかった。
「あなたは覚えていないかもしれないけど、この子に拾われたのよ。」
「……拾われた?」
よじ登っている子供に目を向けると、その子供はふくふくと笑いながらうなずいた。
「うにゅ!ひろっちゃ!ねこちゃ、たおりぇてた。」
「猫ではない。」
「んー……ねこちゃ!おきゃくしゃ!」
少女は少し考えてから、胸を張ってそう言った。
「だから、猫ではない。白虎……」
「とりゃちゃも、ねこちゃも、みためいっちょ!!」
猫じゃなくて、虎なんだが……
どうやら、この子からすると同じらしい。
(子供に何言っても無駄か……)
小さくため息を吐くと、女の方から「ふふっ」と笑い声が漏れた。
「ふふっ……この子からしたら、虎も猫も同じなのよぉ。」
「ねっ?まりか?」
まりかと言うらしいこの子は、嬉しそうにこちらを見上げた。
「うにゅ!まりか、おきゃくしゃ、ひろっちゃ!」
「……きゃく?」
「そうよぉ、あなたはここに来た初めてのお客様ってこと。」
まさか――
ダンジョンの中で……商売をしてるのか?
「まっ、あなたが驚くのも無理はないわ。でもね――」
「あなたがここに一泊したということは変わらないのよっ!」
そして、まりかはニンマリと微笑むと――
「うにゅ!おきゃくちゃ、おかねもらいましゅ!」
バッと手の平をこちらに向けて、顔の前へと差し出した。
「……いや、状況が追いついてないんだが?」
差し出された小さな手と、無邪気な笑顔。
そのどちらも、どう見ても“商売人”には見えなかった。
「いっぱく、きんか、いちみゃいでしゅ!」
「いや、高いな……」
「たかい……?」
なんの汚れも知らない子供の目がこちらに突き刺さる。
「あっ……んーっと……」
「まちりゅだ……たかい……って……」
まりかはオレの上から降りると、女に抱きついた。
(確か……マチリュダとか言ったか……)
「あらあら……」
マチルダは肩をすくめると、くすりと笑う。
「そういう意味じゃないのよぉ。この人はねぇ――」
ちらりとこちらを見る。
「まだ状況が理解できてないだけ」
「じょーきょー……?」
まりかは首を傾げた。
「そうよぉ。ダンジョンの中で安全な場所があるってこと自体、有り得ないことだもの。」
(やっぱり、ここはダンジョンの中なのか……)
周囲の気配を確認するが、ここに魔物の存在はない。
(もう一人……誰かいるようだが……)
オレの言いたいことがわかったのか、マチルダはニヤリと笑った。
「だから、ここがそんな価値の高いものってわかってないのよぉ。」
「……価値、ね……」
言われて、オレは自分の体を見下ろした。
あれだけの傷を負っていたはずなのに、痛みはない。
それどころか、身体は妙に軽い。
(……確かに、普通じゃない……)
「でしょぉ?」
マチルダは楽しそうに微笑む。
「しかも、安全で、休めて、回復も早い――」
「これで金貨一枚なら、むしろ安いくらいよぉ?」
「……いや、それは言い過ぎだろ」
思わず即座にツッコむ。
「うにゅ?たかくにゃい?」
まりかは不思議そうにこちらを見上げた。
(……いや……高いか安いか以前に……)
「マチルダ……と言ったか?ここは一体どこなんだ……」
「失礼ね、マチルダよ!」
まりかがマチリュダと言っていたから呼んだだけなんだが……
どうやら違ったらしい……
「それはまだ言えないわねぇ~。ねっ、まりか?」
マチルダとまりかはお互いの顔を見合わせると、今度は無邪気な顔で笑った。
「うにゅ、ひみちゅ!」
(……助かったはずなのに、安心できない……)
目の前で無邪気に笑い合う二人を見ながら、オレは小さく息を吐いた。
「はぁ……仕方ない……支払うから……ここがどこなのか教えてくれ……」
「……そりぇは……きんか、あとごみゃい、ひちゅようでしゅ!」
「……」
「いや、高すぎるだろ!」




