ローン返すのは簡単ではありませんでした。
「はぁ……仕方ない……」
私が手を出すと、白虎は仕方なさそうな顔をしながら金貨を取り出した。
チャリン、チャリン
一枚ずつ確認するようにお金を手の上に置いていく。
「いちみゃい……にみゃい……さんみゃい……」
ただのキャンプ場で、一泊金貨一枚は高いんじゃないかと思ってたけど……
(思いのほか上手くいくものね……)
手のひらに乗っていく金貨を見ながら、ちらりと白虎の顔を見る。
金貨が離れていく度に、なんとも言えない顔をする白虎……
それでも情報を仕入れるために惜しみなくお金を出すところを見ると、冒険者としてもそれなりの強さなのだろう。
昨夜――
『いい……まりか。初めてのお客様を連れてきたことは褒めてあげるわ。でも、ここからが本番よ?』
『ほん、ばん?』
『そうだ。まずは宿泊費。一泊金貨一枚。これは絶対に下げてはならない。』
金貨一枚ってことは、日本円で一万……
高級ホテルとかならわかるけど、ただのキャンプ場で一万は……
『たかいんじゃ……』
私の声を遮るように、マチルダが私の口に手を当てた。
『高くないわ。まずは場所を考えなさい。ここはダンジョンの中よ。ダンジョンの中に、魔物も来ない安全な場所なんてないの。』
『そうだ。セーフゾーンだとしても、魔物が来ないとは言いきれん。ダンジョンの中にいる時は、寝ている間も警戒していなきゃならない。』
『それに比べて、ここはどう?』
マチルダはゆっくりと手を広げた。
『魔物の気配は一切ない。見張りもいらない。安心して眠れる――それがどれだけの価値か、わかるでしょう?』
『ん~っとぉ……』
初めてダンジョンに来た私にとっては、二人の言っている意味がこれっぽっちも理解できないけど……
『お前にはまだ理解できないかもな。そのうち理解できるようになるさ。』
そういうものなのだろうか。
(出来れば魔物討伐とかしたくないけど……)
『それにね、ここにいると……怪我の治りも他に比べて早いのよ。』
(へぇ~……)
全然知らなかった。
っていうか、そんな怪我なんか二人ともしてたかなと思わず首を傾げる。
『ふふっ……その顔は信じてないわね!』
『いいわ、実際に見せてあげる』
マチルダは、腰の剣を抜き、すっと構えた。
そして――
腕に向かって勢いよく振り抜く。
ヒュンッ――ポタリ、ポタリ……
赤い液体が、マチルダの腕を伝った。
「……っ」
『にゃ、にゃにしてゆのぉぉぉ~!?!?』
思わず叫ぶと、次の瞬間――
切ったはずの傷が綺麗に塞がっていた。
『ねっ?すごいでしょ?治癒魔法でも、ここまで早く塞がらないわ。』
(そ、そうなんだ……)
それよりも、急に切るとかやめて欲しい……
(心臓に悪すぎる……)
『原理はまだ分からないけど……これは間違いなく、ここの売りになるわ!!』
力強く言い切るマチルダに、私は何も言い返せなかった。
(……たしかに、これなら……)
――金貨一枚でも、高いとは言えないのかもしれない。
『わかっちゃ……きんか、いち、みゃいね!』
マチルダの言葉を思い出しながら、私は手の平に増える金貨を見た。
(久しぶりに……労働した気分ね。)
チャリン、チャリン
全ての金貨を確認すると、私は目の前にいる白虎に向けて微笑んだ。
「おきゃくしゃ、ありがちょ!!」
やっとローンが返せると思ったら、少し心が軽くなった気がした。
(今回は五枚返して……一枚は保管……)
一枚をポケットにしまおうとした瞬間――
ブォン
いつものようにパソコンが起動するような音が頭の中に響き渡った。
(げ……嫌な予感……)
《パッパカパーン♪おめでとうございます。まりか様。初めてのローン返済ですね。》
「……。」
《変ですね。お口がなくなってしまったのでしょうか。》
「……。」
《まぁ、良いでしょう。こちらの金貨は、全てローン返済に充てさせていただきます。》
《……たった六十万ですが、よいでしょう。》
持っていたはずの金貨が、すっと跡形もなく消える。
「にゃ、にゃい……!?」
《お話できないのかと思っていましたが、どうやらできたようですね。》
桜はクスリと笑うと、容赦ない言葉を突きつけた。
《残り返済額は五千九百九十万円です。》
「にゃっ、そ、そんにゃ……いちゅのまに……」
《当たり前ではないですか……今までお支払いがなかったのですから。》
「ぐっ……」
確かに……その通りだ。
返したい気持ちがあっても、現実はそう優しくなかった。
(でも、一枚くらい持ってたっていいじゃん……)
金貨一枚あれば、商売だってしやすくなる。
素材だって安く仕入れて高く売ることも出来るかもしれない。
《ふふ……では、これからも期待しております。》
(……いや、期待されても困るんだけど……)
そして、気づくと――
私の手の上には何も残っていなかった。
ブォン
システムのような音と同時に、静止された世界が急に動き出す。
「じゃあ、ここがどこか教えてもらおうか?」
目の前で平然と座っている白虎を、私は呆然と見つめた。
「って、まずは自己紹介からだな。オレはクァール。白虎族だ。よろしくな!」
「……」
「って、聞いてるのか?」
「……うにゅ……まりか。」
今の私には、クァールよりも消えた金貨の方が気になって仕方なかった。
「……一枚も、残らなかった」
ぽつりと呟いた言葉は、誰にも届かないまま消えていく。
それでも――
私は、ぎゅっと拳を握った。
(……でも)
借金は、まだ終わっていない。
ということは――
まだ、取り返すチャンスがあるってことだ。
「つぎは……もっと、かせぐ……!」
そう呟いて、私は顔を上げた。
ダンジョンの奥へと続く道は、まだ長い。
だけど――
もう、立ち止まるつもりはなかった。
――だって、私はまだ、この借金を返していないのだから。
――第一部 完――
こんにちは、ゆずこしょうです。
『異世界召喚の代償は三歳の身体と五千万円のローンでした!』をお読みいただき、本当にありがとうございました。
本作は、一旦「第一部完」とさせていただきます。
ここまで読んでくださった皆さま、応援してくださった皆さまに、心より感謝申し上げます。
また別の作品でお会いできることを楽しみにしております。
ありがとうございました。
ゆずこしょう




