初めてのお客様は白虎でした。
「……だいじょーぶ、でしゅか?」
転がっている男の人に声をかけると、ゆっくりと目が開いていく。
「き、きみは……天使……?」
「てんしじゃにゃい。まりかにょ。」
結構血が流れていたので心配していたが、話せる状態ではあるらしい。
「あら、さすが白虎族ね。身体は丈夫なのかしら。」
「からだがじょーぶ……いたい、いたい、ない?」
男の人の状態を確認するようにぐるぐる回ると、マチルダが「ふふっ」と声を漏らした。
「まりか、そんなに心配してたのね……」
(血を流している人がいたら、誰だって心配するでしょ!?)
それに今までいた世界では、ここまで怪我している人を見る方が少ないくらいだ。
「そんな顔しないの」
マチルダは私に近づくと、頭を撫でた。
知らないうちに、手にぎゅっと力が入っていて、顔も暗くなっていたみたいだ。
「安心しなさい。白虎族は獣人族の中でも強固な種族。治癒するのも早いと聞くし、そのうち良くなるわ。」
(……よかった)
ほっと胸をなでおろしてから、私は顔を上げた。
「このひと、はじめてにょ、おきゃくしゃ!!おかね、もらう!!」
思ったより大きな声が出ていたのか、マチルダは少し後ずさった。
「そ、そう……ね……確かに……だったらちょっとでも快適に過ごしてもらわないと……いけないわね?」
ダンジョンの中で、しかも魔物も来ないと言うだけで快適な気もしなくもないけど……
私のスキルを他の人にも知ってもらうためにも、
「うにゅ。このちとに、いいせいかちゅを、ぷれじぇんと、すりゅ!!」
手を広げてマチルダに伝えれば、マチルダは男の人に視線を戻した。
「そうね!今はお金も必要だし……歩く広告塔になってもらいましょう。見たところ、身なりもそれなりだし、お金は持っていそうだもの。」
別にお金を奪う気などはさらさらない……
だけどマチルダの気持ちも凄くわかる。
(この数日で……またローン増えてるもんね。)
日本円にすると、六千万近い……
(取れる時に、取れる所から、取れる分だけ取っておかないと!)
私は鼻息を荒くしながら、コクコクとうなずいた。
「まりか。私はこの人を見ておくから、あなたはトットールの所に行ってきて?あいつなら、それなりのテントを持ってると思うから。」
トットールが良いものを持っていることは不思議だけど……
(こういうのは聞かないが吉ね……)
私はマチルダに言われた通り、少し離れたところで未だに桑を振り回すトットールの元へ向かった。
***
「んっ……オレは一体……」
うっすらと目を開ける。
数週間前、パーティーメンバーとダンジョンに入ったところまで覚えている。
男所帯の中に、新しく一人加わって……
それから、少しずつ空気が変わっていった。
(あの女が入ってから……ダンジョン攻略が進まなかったんだよな……)
今思えば、女慣れしてないパーティーでも、狙ってたんだろうな……
ぼんやりと、天井を見上げていると、妙な違和感が、じわりと体に広がった。
(……?)
ゆっくりと意識が浮かび上がる。
(……痛く、ない?)
あれだけの傷を負っていたはずなのに、身体が妙に軽い。
体を少し起こしてみると、ふと腹のあたりに重みを感じる。
(攻撃を受けた時の重さとは違う気が……)
視線を落とすと――
小さな子供がすやすやと寝息をたてながら眠っていた。
「……?」
(だ、誰だ!?この子は……)
一人で状況を理解できずにいると――
ふいに、視界が明るくなった。
「まぶしっ……」
思わず目を細める。
「あら、目が覚めたのね。良かったわ。」
すぐ目の前に、エルフの男……
(いや……女、か……?)
がいた。
「こ、ここは……一体……?」
布が擦れるような音が、耳のすぐそばで聞こえた。
女はオレのすぐ近くに腰を下ろすと、小さな子供を揺さぶる。
「まりか、起きなさい!お客さんが目を覚ましたわよ!」
「ん……客?」
オレは怪我をしたことでダンジョンに置き去りにされたはずだ。
(一人で歩けるような状態ではなかったはず……)
「んっ……んぅ……おきゃくしゃ、よかた……すぅー、すぅー……」
「あら、今日はもうダメそうね。」
女は子供の頭を撫でる。
「感謝しなさいよ?あなた、まりかのお陰で助かったんだからぁ!」
(ちょっと声が低いような……やっぱり……いや、考えるのはやめよう……)
「と、言ってもあなたは大事なお客様なんだけどねぇ!」
そう言ってウインクをすると、まりかと言う子供を抱き上げた。
「今日はこのままゆっくり休んでちょうだい。明日また話しましょ」
「ちょ、待ってくれ……外は危険なはず……だ……」
言い終わる前に、マチルダはくるりと背を向けた。
「大丈夫よぉ。この中は安全だからぁ。」
そう軽く言い残すと、そのままテントの外へと出ていった。
「一体……何がどうなっているんだ……。」
頭を抱えて考えるが、血を沢山失っていたせいか、思考がうまくまとまらない。
ふと、自分の腕に視線を落とす。
(……傷が……ない?)
確かに深く裂けていたはずの傷は、跡形もなく消えていた。
恐る恐る体を動かしてみても、痛みはほとんど感じない。
(ありえない……あの状態から、こんな短時間で……?治癒魔法でも簡単には治せない傷だぞ!?)
混乱したまま周囲を見渡すと、簡素ではあるが、しっかりとした作りのテントの内側が目に入った。
寝やすいようにか、小さなろうそくがゆらゆらと揺れている。
(……ここは、安全……なのか……?)
さっきの女の言葉が、頭の中で何度も繰り返される。
「この中は安全だからぁ」
その言葉に、わずかに張り詰めていた意識が緩んだ。
まだ全てを信じたわけじゃないが――
(あいつらよりは信用できるな……)
オレは、ゆっくりと息を吐いた。
瞼が少しずつ下がってくる。
(……少しだけ……休むか……)
そう思った瞬間――
意識は、再び深い闇へと沈んでいった。




