追い詰められたらスキルが発動しました。
「で、でちた……!?」
辺りを見渡すと、目の前にいたはずの大きな魔物はいなくなり、さわさわと桜の木が揺れている。
そして、目の前には――
小さな犬小屋がポツンと建っていた。
(ここは――スキルの中……)
じゃあ……
「しぇ、しぇいこう!?や、やった。びゃく……しぇいこうちた!!」
「ええい、うるさい。そんなに言われなくても聞こえているわ!」
ぴょんぴょんと跳ねて喜んでいると、白夜がゴホンと咳払いをした。
「おい、まりか……それよりも二人のことはいいのか?」
二人……
(……あ)
白夜の言葉で、一気に現実に引き戻される。
生命の危機だったこともあって、すっかり頭の中から抜け落ちていた。
「とと……まちりゅだ……?」
もう一度、きょろきょろと辺りを見渡す。
(二人も一緒に来れたかな……)
一瞬、二人の姿が見えなかったことで、胸がドクンと波打った。
(やっぱり……ダメだった……?)
そう思っていれば、白夜が顎をクイッと持ち上げて、とある方向を指した。
トテトテと歩いていく。
そこには――
呆然と立ち尽くす二人の姿があった。
「いた……」
ホッと息を吐く。
「よかった……」
さわさわと桜の花びらが舞い、二人の肩にひらりと落ちる。
「こ、ここは……一体……」
「苦しかったはずなのに……」
私は二人に近づくと、マチルダの服の裾をくいっと引っ張った。
「まちりゅだ……とと……?」
二人の視線が、ゆっくりとこちらに向いた。
呆然としていた表情が、ほんの少しだけ揺れる。
「「まりか!」」
二人は私の名前を呼ぶと、ギュッと抱きしめた。
「無事だったのね!!」
「よかった。」
二人の声に涙が浮かぶ。
(……助けられてよかった)
それからしばらくして、マチルダが声をかけてきた。
「それで……?ここは一体どこなの?」
私はマチルダを見上げると、その言葉を待っていたとでもいうように、にっこりと笑った。
「ふふ……ここはにぇ……まりかにょ、すちりゅのにゃかよ!」
「「す、すちる!?」」
二人の声が重なる。
「そうにょ!にゃんかちゅかえたの!!」
ふふんと胸を張って答えると、白夜が「我のおかげだろうが……」と呟きながら、足先をなめている。
「びゃく、うるちゃ!」
「ふん、お前に言われたくない!」
「おみゃえじゃにゃい!まりかにょ!」
「はぁ~!お前でもいいだろうが!」
「おみゃえじゃにゃい!ま・り・か!」
白夜と言い合っていると、トットールたちがぽかんと口を開けてこちらを見る。
「あれ……白夜って……」
「ポシェットだったよな……」
二人の視線は、私の隣にいる白夜へと向けられていた。
(そっか……この姿、初めてだもんね……)
「ふん。あれは仮初の姿よ。本当はこっちが本物だ。」
「かりしょめ……?ちがう、いしぇかいだと、あのしゅがたにしかにゃれないだけ、でちょ!」
「ええい!さっきからうるさいぞ!」
白夜が唾を飛ばしながらガミガミと叫ぶ。
「うるちゃいにょは、そっち!」
小さい指で白夜を指さすと、ぱくりと私の指に噛り付いた。
「いちゃい!」
「ふん、お前がわるいのだ。」
「もう……何やってるのよ、二人とも」
マチルダが呆れたようにため息をついた。
「それよりも、ここについて教えてちょうだい。」
「……で……ここは安全なの?安全じゃないの?」
見た感じ安全そうには見えるが、何も知らないマチルダたちが不安を感じるのも無理はない。
私はマチルダの言葉にうなずくと、そのまま話を続けた。
「うん!ここは、まりかにょ、すちりゅにょ、なかにゃのよ!」
「だかりゃ、まもにょもこにゃい。あんぜんにょ!」
胸を張って答えると、白夜がふんと鼻を鳴らした。
「といっても、犬小屋と桜の木しかないがな。」
「びゃく、だまっちぇて!」
「ふん……まあいい。安全なのは事実だ」
白夜はそう言いながらも、じっと私を見た。
「まあ、ここにいる間は……だけどな……」
「……どういうこと?」
マチルダが眉をひそめる。
白夜は少しだけ間を置いてから、肩をすくめた。
「外に出れば、話は別だということだ。」
「え……?」
「ここは守られている。だが外は違う。さっきの魔物が消えた保証などどこにもない。」
白夜の言葉を聞いた瞬間、胸の奥がすっと冷える。
「しょーゆーこと……」
さっきまでの安心が、ゆっくりと剥がれていく。
「確信は無いが、そういうことだ……」
私はどこか得意げな白夜を、じっと見上げた。
(……なんか腹立つ)
白夜と視線がぶつかったまま、しばしの沈黙が落ちる。
どちらも引く気はない。
そんな空気の中、マチルダが言いにくそうに口を開いた。
「……あの、二人?いえ、一人と一匹ね」
「話の途中で悪いんだけど、一つ聞いてもいいかしら?」
マチルダに視線を向けると、白夜をちらりと見た。
「まちりゅだ、どちたにょ?」
「その……そちらの偉そうな狐は、何者なのかしら?白夜って言ってたけど……私の知ってる白夜は、まりかのポシェットなのよねぇ。」
「……」
「偉そうは余計だ!!マチルダ、お前も我に対して失礼だぞ!!」
「ご、ごめんなさいね?でも、私たち初対面よね?」
マチルダは不思議そうに首を傾げた。
それもそのはずだ。
会ったことがあるのは、ポシェットとしての白夜だけなのだから……
しかし白夜はそれに気づいていないのか、ガミガミと言い返す。
「初対面!?そんなわけないだろうが。お前だけじゃなく、トットールだって我のことを知っているはずだ。」
「なっ?トットール。」
肯定を求めるように、トットールへ視線を送る白夜。
だが――
「いや、俺も初めて会うぞ?」
その一言で、白夜の自信が音を立てて崩れた。
「……っ」
吹き出しそうになるのを、もう止められない。
「ぷぷぷ……ははははははははは!!びゃく、だれもしらにゃ……えらしょーなきちゅね……うけりゅぅ~!!」
「なっ、なっ……」
白夜の顔がみるみる赤く染まっていく。
「なんだってぇぇぇ~~!!」
私は涙を拭いながら、白夜を見上げた。
「ぷぷっ……えらしょーにゃきちゅね……」
まだちょっと、笑いが止まらなかった。
「笑うなぁぁぁ~!!我は高貴な狐なのだぁぁぁ!!」
先ほどまでの陰鬱とした空気は、もうどこにもない。
――けれど。
その外では、まだ何も終わってはいなかった。




