このエルフ……見た目に違わずの体育会系のようです。
「それじゃあ、ミスリル探しに出発よぉ~!」
「……」
「あらぁ~、元気ないわねぇ。初めての冒険なんだし、もっと楽しまないとぉ~。」
マチルダは私の後ろに回り込むと、無理やり右手を上にあげた。
「サンッハイッ!!」
「おぉ~……」
なんでこの人こんなに元気なんだろう。
(こっちはそれどころじゃないのに……)
宿屋を始めようと思い立ったのはいい。
思い立ったのはいいが……
(全然前に進まない……)
しかし、そんな私の気持ちなど知らないマチルダは、隣で遠足前の子供のようにはしゃいでいた。
「声が小さーい!はい、もう一度!!」
「おぉ~!!」
さっきよりも大きい声で返事をすれば、納得したのか満面の笑みでうなずいた。
「うんうん、いいじゃない!」
(いや、全く良くないけどね!?)
ミスリルと聞くだけで絶対レア度が高そうだし……犬小屋も改築しないといけないし……
考えないといけないことは多いのだ。
「まりか。気持ちで負けちゃダメよ?人生楽しんだ者勝ちなんだから!」
「こんじょーりょん……」
小さい声で呟くと、マチルダにも聞こえていたのか首を傾げた。
「ん?“こんじょーりょん”??」
「にゃんでもにゃい……」
「ふふ……その“こんじょーりょん”が何か知らないけど、大抵のことは力でねじ伏せられるから安心しなさい!!」
トットールに視線を移せば、同じ考えなのか、「そうだな。」と、うなずいている。
「……のーきんだ」
無意識に出た言葉を急いで飲み込む。
見た目は綺麗なエルフなのに、二人とも考え方は体育会系だった。
(知的エルフを想像してたのに……)
「まっ、何とかなるから大丈夫、大丈夫!!」
(大丈夫じゃねぇーよ!!)
こちとら、三歳のぷりちーな幼女なんだぞ!?
ナイフすら持てず、魔法を使えば意識なくなるし……
「ちゅ、んでる……」
「詰んでない、詰んでない~!!私たちに会ったことで、得なら詰んでるけどねぇ~。」
(いや、詰んでるって言葉は通じるんかい!!)
私は、ぷぅっと頬を膨らませてマチルダを睨むと、今度はマチルダが人差し指で私の頬を押した。
ぷきゅ~
頬から空気が抜けていく。
「ふふっ。その顔も可愛いけど、まりかは笑ってる方が可愛いわよ。じゃ、気を取り直していきましょうか。」
マチルダは私を抱き上げると、パチンと指を鳴らす。
その瞬間――
光が弾けたかと思えば、目の前の景色が一変していた。
「えっ!?どこ……!?」
町の賑やかな空気は消え、代わりに漂ってくるのは湿った土や苔のにおい。
冷たい風が頬を撫で、目の前には薄暗い石の壁が広がっていた。
遠くから、ぽちゃん、ぽちゃんと水の滴る音が聞こえてくる。
「ふふ。驚いた?これでも一応、元冒険者なのよ~。だからこのくらい朝飯前よ~!」
どうやらここはどこかの洞窟らしい。
「しゅ、ごい。」
「ふん、このくらい俺も使える。」
マチルダが褒められたことが気に障ったのか、トットールは機嫌悪そうに一言吐き捨てた。
「さっ、ここから私たちはただの保護者に徹するわ。」
マチルダは私を地面に降ろすと、小さなランプを一つ持たせた。
「戦い方は教えてあげる。魔物の名前もね。でも素材は自分で採取しないといけないんだから、まりかが頑張るのよ。」
マチルダの言葉がスタートとでもいうように、ポチャンと水滴が落ちた。
重苦しい空気にごくりと唾を飲み込む。
(大丈夫なのかな……)
なかなか足を進めることができずにいると、背中に手が置かれた。
「まりか、お前なら大丈夫だ。俺たちもついている。何かあったらすぐに助けに入るから安心して進むといい。」
「とと……」
私は持っていたランプをギュッと握りしめると、一歩足を踏み出した。
***
びちゃん、ぴちゃん――
ダンジョンの中を進んでいくと、空気が少しずつ重くなっていく。
「結構すごいわね……」
「そうだな。やはり、魔災が始まっているということか……。」
魔災……
――そういえば、以前トットールが言っていた。
(確か、魔物の災厄だっけ。瘴気が濃くなって魔王が生まれるとかってやつか……)
ふと、二人の顔を見上げると、マチルダもトットールも薄く笑ってはいるものの、その目は笑っていなかった。
マチルダの横顔に、一筋の汗が伝う。
(大丈夫かな……)
二人の顔がランプの明かりでゆらゆらと揺れる。
「そうみたいね……」
「それに、ここまで冒険者にすれ違わなかったのも気になる。」
「そうなのよね。ここはミスリルが採れるダンジョン。その中でも比較的魔物も弱くて人気なのに……」
二人の言葉に、嫌な予感がどんどん強くなる。
「それより、まりか。」
何事もなかったかのように、軽い口調で続けた。
「犬小屋を改造するには何の素材が必要なの?もしかしたらここで揃うかもしれないわよ?」
確かに、これだけの洞窟だ。
重苦しい雰囲気もあるし、鉱石しかないということはないだろう。
私は少し考えてから、必要な素材を二人に伝えた。
「ん~っと……もしゅ、しゅらいむのねーえきぃ、ほーんらびとのけがわ、すぷりゃうとのもくへんがひちゅよ~にょ。」
「……」
「それは……あなた……」
二人は顔を見合わせ、それからゆっくりと私を見下ろした。
「もちかちて、ちゅよい?」
やっぱり強くて倒すのが大変なモンスターってことだろうか。
(……だったら、三歳で倒せた私ってすごいんじゃないかしら)
「まりか、いったいたおちぇたのにょ!すごいでちょ!」
ふふんと得意げにマチルダを見ると、マチルダは目を見開いた。
「いや、逆よ!その辺にいくらでもいるモンスターじゃない!!」
「ぎゃぐ……?」
ランプの明かりに照らされたマチルダが、ふふっと肩を震わせた。
「ギャグじゃなくて~、逆ね!ぎゃ・く!弱いモンスターってこと!恐らく……この世界で一番弱いモンスターたちよ。」
「まぁ、素材がわかったところで――」
マチルダは、ふっと周囲を見渡した。
「ここには、いないんだけどね。」
「……え?」
マチルダの声がトットールのように低くなった。
「トット。」
「あぁ、わかってる。」
(……なんか、おかしい)
さっきまでとは違う、重たい空気。
息を吸うたびに、胸の奥がざらつくような感覚。
「とと……?まちりゅだ?」
二人は腰に刺している細い剣を取り出した。
「やっぱり、ちょっと苦しいわね。」
「そうだな。この空気、久しぶりだ。」
トットールの視線が、ゆっくりと私の方に向いた。
「まりかは苦しくないか……」
「くりゅちぃ?」
こてんと首を傾げると、二人は顔を見合わせる。
「いや、大丈夫ならいい。」
「そうね……あなたは私たちの後ろに隠れていなさい。」
その時――
ギロリ、と。
暗闇の奥で、赤い瞳が輝いた。
それは、明らかに“弱いモンスター”のものじゃなかった。




