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14話 先達を追って


「ダメだよ、お兄さん……<小豆>はね、可愛がるための生き物なの。分からないなら、生きてちゃダメ」


 そんな言葉とともに、破壊が全力を持ってリアムに襲いかかってきた。


 <小豆>の小さな体躯からは想像もできないほどに俊敏な動きであった。二回、三回と大剣が振られるのを目で追いながらリアムは分析する。

 筋肉を増強する技を使う流派の者と見て間違いないだろう。明らかに筋肉量と動きが一致していないのだ。


 瞬きと同じだけの時間に、四回。その全てがリアムに躱され、空を斬ったものの、その動きは上の下ぐらいの<従事者>と並ぶレベルだ。


「……あまりに理不尽な基準だな」


「普通の人なら、分かるはず」


「普通とはかけ離れているという自覚はあるが」

 

「だからね、生きてちゃダメなの」


「……お話にならないな」


 会話が通じている気がしなかった。リアムの苦手なタイプである。


 軽く息を吐いたところで、再び連撃が始まる―が。


「―もう慣れた」


 大サソリと比べて素早いからいくらか時間がかかったが。


 ナイフで攻撃を受け、弾き飛ばしてやると、<小豆>の身体の影から<鬱金>が肉薄してきた。その両手には金色に輝く小盾が一つずつ。

 何と驚くべきことに、盾で殴りかかってきたのだ。まだ成長しきっていない小柄な体格を活かして、低姿勢で下から攻撃を繰り出してくる。


「<小豆>に負けてらんねーからな!!」


 そんな声を聞きつつ、リアムは<鬱金>の右腕の盾を上から踏みつけた。痛いだろうが、戦場に立っている者に容赦する必要はない。

 苦し紛れに振るってくる左腕を掴み取り、盾をはいだ。這いつくばる<鬱金>の背中の服を掴み、投げ飛ばす。


 盾を観察してみると、細かな装飾が目に入った。色や装飾以外に特筆すべきことない、何の変哲もない盾に見える。

 慎重に持ち上げてみる。程よい重さだ。


(盾で殴りかかるのか……斬新なスタイルだ)


 「真似してみてもいいかもしれない」なんて呟いていると―少し離れたところで、<鬱金>が呟く。


「死んじまえ」


 負け惜しみに使う時間はない。<小豆>が再びこちらに向かってくるのを見て、対応しようとして―ふと、思う。

―あの、妙に<小豆>を見下していた<鬱金>が、大人しく負け惜しみなんてしているのは何故だ?


 その問いの答えは、考えずとも手に取るように分かる―まだ、彼は自分が負けたつもりではないからだ。


 <鬱金>の様子を観察する。何か動く様子はない。次いで、手の中の盾を見る。特に何も、おかしな点は見当たらないが―可能性があるとしたら、これだ。

 捨てようと思うが、その前に<小豆>に対処しなければならない。


「それにしても……やはり不思議だ。筋肉の増強とはな」


「どうして知ってるの」


「…………」


 戦って殺したことがあるから、と告げたら<小豆>の反応はどうなるのだろうか。特に知りたいと思わないし、変に感情的になられたとしても困るので黙っておく。

 代わりに、斬撃を器用に受け止めた後、リアムはプレゼントを贈ることにした。


 ナイフを宙に投げ、盾を床に落とす。接近してきた<小豆>の右腕を掴んだ。しっかり固定して大剣を動かせなくしたうえで、互いに片手で組み合う。

 <小豆>が胸元を掴もうとしてくるところを、右手で捕まえる。その隙に足払いをかけた。


「―しまっ」


 <小豆>が体勢を崩したところで、しゃがみ込んだ。苦し紛れの大剣はその動きで回避し、盾を拾う。

 そして、軽く放った。一瞬触った盾は温度が上がっていたことからして、やはり爆弾系魔導具でもあるのだろう。<小豆>を盾と一緒に、風魔法で<鬱金>の方へと飛ばした。


 <小豆>との攻防はたった数秒の出来事である。

 よって起き上がる途中であった<鬱金>は、飛んできた<小豆>の下敷きになる―彼の盾を、間に挟んで。


 盾の形をした魔導具は、火柱を上げて爆発した。


 <小豆>と<鬱金>―動き自体は年齢にしては優秀ではある。しかし、まだまだ未熟だ。

 そんなことを考えながら、リアム様子を窺った。


 すると意外なことに、<鬱金>の方が微かに動いている。

 どうやら、爆発の直前に<小豆>が盾を抱きかかえたらしい。そのため被害が最小に収まったようだ。代わりに彼女の死体は見るも無惨な状態だが。


「……案外手こずらせてくるな」


 リアムに一五秒も使わせたのだ。そのうえで片方はまだ生きている。かなり優秀である。この二人の仲間がまだ、あと三人残っている。


 さて―早く<鬱金>にトドメを刺し、他三人を処理し、レティアと合流しなければ。


*_*_*_*_*_*


 シーラにとって、魔術というのは身近なものであった。


 魔術師というのも、身近な存在であった。

 他国での護衛任務中に三六歳という若さで行方不明となった、宮廷魔術師候補であったシーラの母。闇魔術の研究で異例の昇格を繰り返すエムリナ。セレナイト学園の理事長を務める、最年少で宮廷魔術師となったミラ。ミラの友人の、水属性上級魔術師であるシーラの師。

 これまでに知り合い、お世話になった魔術師たちは、全員が魔術業界の上澄みだ。全員がそれぞれの得意分野において成果を残している。シーラが辿り着けそうにない高みにいる者が多い。


 その、数々の成果は全て才能のお陰なのだろうか。 

 あるいは、そのためにどれほどの努力をしたのだろうか。


 シーラに大した才能はない。

 ある程度の魔力量はあり、師に恵まれたものの、凡人の域を出ない―それが、自己評価。


 ―しかし。

 それでも、魔術師になりたい。


 そう思ったキッカケの日は、今でもありありと思い出せる。ちょうど、ミラと出会った―シーラの人生が、変わった日。


 もし、血が滲むような努力の果ての結果なのなら。

 シーラの努力でも、少しは通用するのなら。

 自分にも、魔術師になる道があるのなら。


 可能性があるなら、目指したいと思ったのだ。


 その日、シーラは「あのぅ」といつの間にか皮肉の応酬に発展しているミラとエムリナの会話に割って入った。


 ―そのことを、後悔したことは一度もない。



「わたしに、魔術を教えてください」



*_*_*_*_*_*


 ケイティの指揮により、<従事者>の半分以上がホールの外へと向かっていった。残りは警備である。カウツ家の面々を初めとして、普通に招待されてここにいる貴族たちやその使用人たちの護衛をするのだ。

 <従事者>はこのホールを起点に行動しているし、結界も高精度のものが張ってある。故に、ホールに残った、この屋敷にいる<従事者>のうち、どちらかというと低階位の方にあたる者たちの主な仕事は、氷の破片となった<漆桶の魔手>たちをホールの端に寄せることだった。

 それは、まだ学生であるシーラも同じである。<漆桶の魔手>の襲撃に対して学生が何か行動を起こすなど、本来はあり得ないことなのだから。


「……かつての襲撃事件では、学園が主な舞台となったので、仕方なく……ですものね」


 シーラは初級の水魔術で生み出した水流で、氷の破片を押し流していく。


 自分も役に立ちたい、というのが本音。きっと、ある程度は貢献することができる。

 ただ、戦闘に参加することで、シーラを見守るという仕事が生じることも分かっていた。そのことを理解しつつ、それでも連れて行けと言えるほどの勇気と蛮勇はない。


 そっと息を吐くと、隣の、友人であるソレイユが反応した。彼女とはかなり幼い頃からの付き合いだ。


「どうかされたの?」


「わたくしも早く貢献したいと思っただけでしてよ」 


「あぁ……、<星鏡の魔術師>様もエムリナ様も、襲撃事件でご活躍されたしね」


 納得したようにソレイユが頷く。

 それが初対面のときと比べて、あまりにも馴染んでいるから、少し笑いそうになった。ソレイユはわりと酷い人見知りだったのだ。今は初対面でも頑張っているようだけれども。


「歯痒いものですわ」


「ここで、舞台が学園でしたら……と言わない、生真面目なシーラが好きだわ」


 そう、「ふふっ」と笑われて、シーラは釈然としない気持ちになる。


「生真面目……なんて。わたくし、当たり前のことを言っているだけですわ」


「そういうところも、生真面目と言うのかしらね」


 そう言うソレイユは、魔術の行使をしていない。全然、手伝ってくれても構わないのだが。

 シーラが考えたことが伝わったのだろう。ソレイユは言い訳がましく言う。


「先ほどの防御結界、かなりの魔力消費だったんだもの」


 言われて思い出す。

 確かに、先ほどの結界はかなりの防御力を持つものであったし、範囲が広かった。発動自体はソレイユが行ったというのならば、魔力をたくさん消費していてもおかしくない。


(レティアさんは魔力量が多いですもの。レティアさんからすると大した消費ではないのでしょうね)


 魔力量が二〇〇程度の者が魔力消費一〇〇の魔術を使うのと、魔力量が一〇〇〇に近い者が魔力消費一〇〇の魔術を使うのでは負担が違う。それと同じことだろう。


「<狂花>は涼しい顔をしていたけれど……あちらの特殊魔術の方が魔力消費が多いのにね」


「流石はレティアさんと言ったところでしょうね」


「あら……知り合いなの?」


 意外そうな顔をするソレイユ。シーラは唇の端を持ち上げた。

 もし彼女が魔術師となっていたら、こんな風にもっと多くの人に彼女のことを誇らしく語る機会が多かっただろう、と思いつつ。


「わたくしの友人ですのよ」


 友人のことを褒めるのは、やはり気持ちがいい。

 今頃レティア何をしているだろうか―と考えていると、視界の端で黒い布が翻った。


 『…………黒いローブの人間は発見次第殺しなさい』。

 今日の出発前、姉のエムリナの言葉だ。これまでにエムリナのアドバイスが間違っていたことは一度もない。

 だから、シーラはその言葉に忠実に従う。


 シーラは発動していた初級水魔術の術式を書き換え、分割。片方は自分たちを守る盾の形にし、もう一つは上級魔術に変化させる。温度調整により水を凍らせ、黒いローブの男の方へと複数の矢を降らせた。

 いつでもこの動きができるよう、何度もシュミレーションを重ねていた。故に、『どこから入ってきたのか』と混乱せず、無駄なく、一連の動作を行った―のだが。


「………………」


「……シーラ」


 黒いローブの男は微動だにしなかった。ソレイユの不安そうな声がシーラを呼ぶ。


 男は反応の代わりとでも言うつもりか、口を開いた。

 そこから流れ出したのは、いくつかの声が混じり合い、不協和音を形作ったような―およそ、普通の人間の声帯から発せられたとは思えないような、不快な声。


「『ຂອງພວກເຮົາ(凡ては我らが)ພຣະເຈົ້າ(神のため)』」


 彼らの―<漆桶の魔手>の紋章に精霊文字で象られたのと同じ言葉。

 シーラの背中に悪寒が走る。先ほどは歯痒い、などと言ったものだが、相対すると意見は見事に反転した。


 ―怖い。


 ―逃げたい。


 ―誰かに任せてしまいたい。


 そんな、甘えた言葉ばかりが心に浮かんでくる。


 だが、そうは言っていられない。

 実力者が屋敷中に出回った今―ホール内で戦闘に臨める者はそう多くない。加えて、戦闘はいくつか始まっているのだ。現在ホール内で最も強い魔術師であるエムリナももう戦闘を始めている。


 だから―、


「怖くとも、立ち向かってみせなさい。逃げたくとも、背中に誰かを庇いなさい。誰かに任すなど、そんな恥晒しな真似はやめなさい」


 そう己に命令し、シーラは毅然と杖を構える。キッと男を見据える。



「他の誰でもない、わたくしの手で……あなたを倒します」



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