12話 反射
「無駄。あんたじゃあたしたちは倒せない」
次の瞬間、ヘヴンがどこからか拾ってきた木の枝によってその男の腕が切り落とされた。
木の枝によって骨が断ち切られたのは驚くべきことだろう。少なくともエレナには何年経ってもできないことだ。
『強者は、武器を選ばない』―とは、誰の言葉だったか。
強者は武器にこだわらない、ということではなく、強者であれば何をもってしても結果を残せる、という意。それを地で通せるのは、数知れない研鑽の結果だ。
いつの間にか、周囲にいた人間たちは散り散りに逃げだしていた。襲ってきた二人の男は、どちらも地面に蹲って痛みを堪えている。
ヘヴンがトドメを刺すのを眺めつつ、エレナは推測を発表する。
「あたし、思ってたのよね」
「何を?」
「予告は奴らのものじゃないだろうけど、<漆桶の魔手>は絶対来るって」
「……何故?」
<漆桶の魔手>については、何となくその精神性を理解している。
「奴らはどうせ<従事者>に紛れてる。予告を出すなんてまどろっころしいことはしないだろうけど、予告の情報なんて握っている。そうしたら―来るでしょ。国を引っ掻き回すの、大好きなんだから」
「なら……どうして、黙って行かせたんだ? 分かってたんだろ?」
不思議そうな顔をするヘヴンに、エレナは教える。
<漆桶の魔手>のことだけじゃない。エレナはレティアについてもある程度理解している。その心に抱える膿も、能力も、取るであろう行動も。
「あの子は絶対に自分で気付くから。変な先入観を与えた方が、あたしが予想もしていない戦略に対して後手に回ってしまうから。現に、こんなテロが起きるなんて予想できてなかったし。それなら、わざわざ面倒なこと、しなくていいでしょ?」
エレナは、レティアのことを信じているのだ。あんな変な人間、滅多にいるものではない。
超人に想像は通じない。天才に理屈は通らない。彼らは、当たり前のような顔をして、他人の予想と想像を裏切り続ける。
レティアもその一人だと、信じているから。
その後エレナとヘヴンは、一般人を装いながらもテロの収束へと努める。後に多額の特別報酬を受け取れるほどの活躍をしながら、エレナは誰にも聞かれないように告げる。
「これも、一つの『信頼』の形でしょ」
『信頼』―それは、皮肉にも、それはちょうど相手が持て余している言葉だ―そう、思いつつ。
*_*_*_*_*_*
魔獣の討伐のため、リアムは屋敷の東側へと移動した。
東は太陽が昇る方角なだけあって部屋が多い。それぞれが十分な広さであるため、構成員や魔物を処理しながら多くの部屋の中を確認しなければならなかった。
「……レティーは大丈夫だろうか」
細やかな装飾を楽しむ暇はない。走って部屋の中を確認して回る。
レティアが本調子ではなさそうなことも、少し気になっていた。というのも、先程気付いたことである。心配だが、彼女に頼らざるを得ない状況だったから止められなかった。限界が来る前には伝えてくれるだろうが。
他の仲間と別行動しているときよりも彼女のことを心配してしまうのは、やはり彼女が自分の弟子だからか。単純な戦闘力で言えば、物理戦闘のみでもエレナよりもレティアの方が強いというのに。
「…………早く合流してやりたいところだな。<漆桶の魔手>の襲撃では何が起こるか分からない」
逸る気持ちは嫌でも心臓の鼓動を速めていく。
相手が<漆桶の魔手>となると、最悪の想像をすることは難しくない。モラルに欠ける相手と敵対することはあれど、<漆桶の魔手>の異常性はそれと比べられるものではない。
常軌を逸している、という表現でも、足りるかどうか自信が持てないぐらいなのだ。
リアムは、暗殺者を始めた頃と比べても自分が成長していることは分かっている。身体面でも、精神面でも比べものにならないだろう。
しかし、未だ自分のことで分からないこともたくさんある。
例えば―何故、<漆桶の魔手>に対して忌避感よりも恐怖心が先行するのか―とか。強敵に対する恐怖とはまた別個の、言うなれば不安のような感情が胸を渦巻いている。
「――っ」
己の未熟さに嘆息した、そのタイミング。
近くの部屋から悲鳴が聞こえてくる。悲鳴というより、断末魔の叫びという方が近いか。
―魔獣が近くにいるかもしれない。
リアムは瞬時に速度を上げる。
巨大な窓から日光を取り入れるつくりの、東向きのモーニングルーム。かなりの広さがあり、その中央にはそれがいる。
「……あれか。言っていたのは」
巨大なサソリだ。
その黒光りする尾は人間の胴体よりも太い。胴体には金色の鎖が巻き付いている。大サソリが発する威圧感は、空気を震わせるほど。
すぐ脇に<従事者>と見られる男の遺体があった。先ほど聞いたのはこの男の声だったのだろう。
魔獣は普通、集団で挑むような相手だ。固有の魔法を持ち、それがなかったとしても魔物よりも遥かに強い。だから、複数人で襲いかかって固有魔法を使われる前に倒すのがセオリー。
――一人のときは、どうするか。
そんな問いかけがあったとして、その答えは至ってシンプルだ。
「――、」
小さく息を吸う。
そして、リアムは強く踏み込んだ。
大サソリの巨大な尾の間合いに入る。何もかもを破壊し尽くさんとするばかりの勢いで振るわれる尾を飛び上がって躱し、遺体を回収した。
魔獣を見て確信した。かなり激しい戦闘になるだろう。固有魔法も未だどのようなものか判明していない。こんなところに放置しておいては遺体が酷く損傷してしまう。
「それはあまりに、偲びないからな」
王国のために命を張る<従事者>。最期ぐらいは、せめて穏やかに過ごさせてやりたい。
リアムは遺体を部屋の端に横たえると、大サソリと向き直った。小ぶりのナイフを体の前で構える。
大サソリの次の行動を待った。
大サソリは複数の脚を同時に動かし、こちらに接近してくる。大鋏がリアムの頭がある場所を薙ぎ払った。直撃したら頭が爆散しそうな攻撃であった。
それを軽々と避け、リアムは蹴りを入れ―
「―っ、!!」
―蹴りが大サソリに直撃し、確かな感触を得ると同時。
リアムもまた、大きな衝撃を受けて吹っ飛んだ。
体が壁に叩きつけられる直前で身を捻り、着地する。ビリビリと衝撃で体が痺れているだけ。怪我はない―怪我はない、が。
(――何だ?)
黒く底光りする甲殻を、へこませてやるつもりで蹴った。事実、大サソリの甲殻はややへこんでいるところがある。リアムの意図は叶っている。
攻撃を受けたのか、と思うが、それはない。大サソリは踏ん張らないとできない尾の攻撃を外した。大鋏は視界に映っていた。リアムが大サソリと接触したのは、足だけ。
なのに、何かしらの攻撃を受けた。
「…………固有魔法か」
衝撃波を発する―というようなものではないだろう。それでは身体の痺れが説明できない。
では、その正体は何なのか―答えは、すぐに出た。
意図的に威力を弱くした風魔術で、大サソリを攻撃する。扉が閉まった状態の屋内なのに、己の髪を風が揺らしたのを感じる。
――リアムの仮説は正しかった。
「……攻撃の反射」
中々に厄介な能力である。能力が対応し得る範囲以上の攻撃をすれば倒せるのか、それともこの魔獣を使役しているものを殺さねばならないのか―何も分からない。これが人間なら、言葉を尽くせばヒントは手に入ったかもしれないが。
「これは……」
「あれだな」と呟く。さっさと片付けてレティアの方に向かってやりたいから、正直あまり気は進まないけれど。
「いくつか検証が必要らしい」
敵は魔獣。人語は介さない―となれば、敵の能力のアウトラインは、自力で探っていかねばなるまい。
*_*_*_*_*_*
その後、リアムは検証を繰り返した。
そして分かったことが三つある。
一つ、大サソリはこちらの攻撃を反射してくること。
二つ、物理攻撃は衝撃と痛みが跳ね返ってきて、実際的な傷は伴わないこと。
三つ、魔力を含んだ攻撃はそれごと跳ね返ってくること。
リアムは大サソリの尾の攻撃を躱す。
固有魔法についてある程度分かってきたから、攻撃するようなことは控えていた。ここ数分間、リアムがしていることといえば、大サソリが他の<従事者>を狙わないよう、思考の片手間で注意を引き付けるだけ。
ある意味、情けない近況とも言えるだろうが。だが、これも仕方のないことではあった。
魔獣について一つ、確かに言えることがある―たった一人で相対するとき、魔獣は、固有魔法を攻略しなければ倒せない。
他に気に取られているものがある魔獣に対し、不意打ちで特級魔術をくらわせるのであれば、弱い個体は倒せるかもしれないが、固有魔法を扱う個体となると話は別だ。
そこまで考えて、リアムはほんの少しだけ唇の端を持ち上げる。
「反対に―固有魔法を攻略すれば、魔獣は倒せるというわけだ」
魔獣には、人が有する創意工夫といった性質がない。奴らは、自らが授かった固有魔法を本能のままに弱者に振りかざすだけだ。
能力を改良しようだなんて、そんな高尚な意思は持ち合わせていない。弱点を克服しようとする真摯さもまた、持ち合わせてはいないのだ。
尾から射出された毒針をナイフで弾き落とす。
動物の毒は大きな個体ほど危険度が低いという説もあるが、わざわざ毒を受ける必要はない。
毒針の射出の他にも、大サソリは鋏を使って威嚇行動をしている―この魔獣は、サソリの生態に従って行動している。
であれば、その弱点もサソリの特徴に起因するだろう。
例えば、腹を地面に引き摺るようにして歩く。これは視力が良くないサソリの周囲の様子を感知する術である。
例えば、全身が硬い殻で覆われている。しかしあれだけ滑らかに動くということは、可動域を広げるために殻の間には隙間があるはずだ。
帝国との過去の戦争では何度も魔獣が使われた。
魔獣は巨大な動物の姿を取ることが多い―そのため、<従事者>は動物の生態についてある程度の知識を教えられる。故に、リアムは方針を選ぶのに躊躇わない。
「悪いな……お前にずっと構っていてやれるほど、暇じゃない」




