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8話 普通の人間ならドン引きするところ


「<狂花>は<景仰の騎士>と共に魔法陣の解除を。<嚇焉>は魔獣の排除を頼むわ。どちらもできるだけ早くね」


「魔法陣?」


 レティアは疑問の声を上げる。魔法陣とは何の話だろうか。ケイティが片眉を持ち上げた。


「知らなかったの? てっきり<嚇焉>が説明しているものだと思っていたわ」


「すまない。元は戦闘に参加させる気はなかったからな」


 リアムが経緯を簡単に説明して謝罪するが、レティアとしては自分の能力の拙さが原因なのでリアムに自己批判をして欲しくない。

 時間を無駄にはできないので心の中で叫ぶだけだ。


(師匠は悪くないんですよ―!!)


 実際は誘導役だったとしても、敵の詳細情報は基本的に事前に共有しておくものである。普段のリアムならたとえ自身を避けている人間相手だったとしても紙を利用するなどして伝える。しかし、レティアに拒否されてかなり動揺していたのですっかり忘れていた―というのが本当の理由だが。そんなことをレティアが知るわけもなく。


 ケイティは「ふぅん」と相槌を打つと説明を始めた。


「<漆桶の魔手>は襲撃を始めた後、襲撃場所に四つ魔法陣を設置するの。四つの魔法陣を真っ直ぐに結ぶ直線の内側では構成員と魔物が無限に涌く」


「魔法陣を破壊するまで襲撃が終わらないんですね」


「そう。目的を達した後も嫌がらせみたいに涌き続けることもある。人命を何だと思ってるんだか」


 味方も敵も見境なく、命を粗末に扱う。かつて残虐の限りを尽くしたという魔神を崇める。そんな狂気と悪意に満ちた集団が<漆桶の魔手>だ。この連中を邪教と呼ばずして何と呼ぶのか。


「解除の方法は?」


「床か魔法陣を無理やり破壊するか、解除式を付与するかね。破壊する方法だと暴走の恐れがあるから、解除式の方がおすすめだけど」


「そろそろ解除式の方が楽ですしね。魔力消費も必要ないですし」


「は?」


「え?」


 認識に齟齬があるようだった。ケイティが「いやいや」と否定してくる。


「術式解析にも、魔力伝導率を調べるのにも時間がかかるし。そのうえ解除式の構築は難解で、適切なものを選ばなきゃいけない消去式は三二七種類もあるでしょ」


「時間がかかるって......作業に一〇秒もいりませんよ! 術式付与には魔力伝導率が大きく影響するんですから、術式解析が終わった時点で全部終わるでしょう」


「終わんないわよ! 術式から魔力伝導率を逆算するなんて、暗算でできるものじゃないでしょ」


「私、できますし......」


「一般論の話をしてんのよ」


 はぁ、とため息をつかれる。どうも釈然としない。しかしそんなレティアを置いてけぼりにして、ケイティは話を進める。


「まぁとにかく、早急によろしく。外に魔法陣がないことは確認済みだから、絶対に屋敷内にある。魔獣の方はかなり大型のが東側にいるらしいわ」


「了解です」


 レティアが返事をする隣、リアムは声を出さずに頷いて早速ホールから出ていく。

 ホールにつながる大きな扉は見事に破壊されていたが、膠着状態が解消されてから一方通行の結界が張られていた。共有されている中和術式がなければ中に侵入できない代物だ。


(師匠、どうか傷つかないでくださいね)


 共に行動することは叶わなかった。そのことに眉間の皺を寄せつつ、リアムの無事を祈りながら見送るレティアの肩に、突然手が乗せられる。


 反射的に振り向くと―そこには、一人の女性がいた。サーコートを身に着け、その上から左側だけにかかるペリースと呼ばれるマントを纏う騎士。

 女性は東雲色の短髪。ボーイッシュな雰囲気で、伽羅色の瞳をキラキラと輝かせている。


「やぁ、<狂花>殿!」


「初めまして。<景仰の騎士>様ですか?」


「そうとも。<景仰の騎士>ウォルゼイン・ニムリだ。<狂花>殿に認知されているとは、嬉しい限りだよ」


 白い歯を覗かせて快活に笑う彼女は手を差し出してくる。その手を取り、握手をするとレティアは扉の方に向かって歩き出した。ウォルゼインも隣に並んでついてくる。


「私は数秒あれば魔法陣を解除できます。<景仰の騎士>にはその間の防御を任せたい」


「分かった。それはそうと―」


 ウォルゼインはにかっと笑う。


「できれば、名前で呼んでくれ。公開部署だから、登録名で呼ばなきゃいけない訳じゃない」


 明るい笑顔を見ていて、レティアは思う。こんな緊急時に流れるように名前呼びの提案をするとは、陽のオーラを纏う人間しかできない所業だ、と。

 ちょうど扉の所に辿り着き、結界を抜けながら口を開いた。


「……では、ウォルゼインさん。よろしくお願いします」


「ゼインって呼んでくれた方がうれしいな。ウォルゼインってのは男の名前だし」


「そういう風習なんですか?」


 ニムリというのは騎士の家系だ。代々腕の立つ騎士を輩出し、<従事者>業界でも評判がいい。そういった名門の家系では、勇ましく育つようにと女児に男性の名前をつけることも珍しくないのだ。

 しかし、ウォルゼインは首を振る。


「父がちょっとね。素晴らしい人なんだが、頑固すぎるんだ。ボクが生まれる前から名前はウォルゼインにするって言い張っていたらしいんだ」


「それなりの理由があったのでしょうが……なんというか」


「名付けられた側からしたら迷惑だけれども。愛称で呼んでもらえば問題ないし、父の死んだ戦友の名前だと言われると逆にうれしくなったよ。ボクは父を尊敬しているんだ」


 レティアならそうは思えないだろう。言い争うことはしないだろうが、ウォルゼインのように納得することはできない気がする。

 ちょうど襲いかかってきた構成員を、即座に引き抜いた長剣で切り裂き、ウォルゼインは話を広げていく。一撃で仕留めたところ、かなりの手練れである。


「尊敬しているといえば、キミもだよ」


 二体の魔物に左右から襲われ、すぐに身を翻して同士討ちさせながら、レティアはその一言に数回瞬きをする。


「私ですか?」


 ウォルゼインとは今日が初対面だ。特に尊敬されるようなことをした覚えはない。


「そうとも! キミの魔術の腕は素晴らしい。新体系魔術の研究発表には感動したよ。魔法に魔術式を付与するというのが面白い発想だ。魔力は物体ではないが、普通の付与とどれぐらい感覚が異なるのかな? さっきのは特殊魔術? 同時発表だった<氷丘烈>をベースにしているみたいだ。無差別のように見えて、構成員がいる座標のみ狙われていたからね。それにしても、構成員はかなり多かった。それを全て同時に氷漬けにし、しかも気取られないとはね。かなりの功績だ。膠着状態をそのまま利用したのかい? 近くにいた者が巻き込まれなかったのは防御結界のおかげかな? 是非とも、魔術式を拝見したいところだよ!」


 何故か、レティアがリナリア・アルベルトとして研究発表をしたことを知っているらしい。


 襲い来る構成員や魔物をなぎ倒しながら早口で長々と語るウォルゼイン。普通の人間からすればドン引きするほどの勢いだったが、魔術関連の話題でレティアが正常な感性を持っているはずもなく。

 同じように敵を倒しつつ、薄紅色の瞳を輝かせた。気持ちが昂っているからか、構成員への反撃にも力がこもる。


「すべて正しいです! ゼインさん、分かってますねっ」


 何の説明も受けず、感知魔術も展開せず、自分が見聞きしたことだけでここまでのことが分かっているのはすごいことだ。魔術に精通していなければできることではない。

 ニムリ家は名門。騎士は魔術を学ぶ者も多いし、セレナイト学園に通っていたのかもしれない。


「襲撃事件が終わったら<嚇焉>の拠点を訪ねていいかい? キミについてもっと知りたいんだ」


「構いませんよ。とっておきのお茶菓子を用意しておきます」


 ―というのは、魔法陣を解除しながらの会話である。

 解除が済むと二人は再び移動を開始する。魔法陣を探しながらしらみつぶしに屋敷を巡っているので、大抵の通路がホールから出て構成員や魔物の殲滅をしている者が通った後。未だ敵は至る所から湧き出しているので中々何の妨害もなしに進むことはできないが、廊下が床から壁、天井にかけて血塗れであることからそのことが読み取れた。


 しかし、凄惨な場所にあってもレティアの心境は決して暗くなかった。それはひとえにウォルゼインの発言によるものだ。あんなに饒舌になるなんて、さぞ魔術が好きなのだろう―と、最愛の人と同じくらい大切なものとして魔術を捉えているレティアは考える。


(魔術がたくさんの人に愛されるのはいいことですね)


 魔術が愛されていることを目の当たりにすると心が温かくなる。任務でリアムに惚れた女性がいたらドス黒い感情が湧くので、これが恋慕との違いなのだろう。


 <漆桶の魔手>は効率的に増員を行うために屋敷のできるだけ広い範囲を利用したいはず。一つ目の魔法陣の位置から大体の位置を推測し、二人は進んでいく。

 十数分後、三つ目の魔法陣の処理も終わったとき。三つも魔法陣の位置を把握していれば四つ目の位置はほとんど分かったようなものだ。部屋の中の敵を倒し切り、最後の魔法陣の方へと移動を始めようとしたレティアの腕を、ウォルゼインが引いた。

 周囲に敵がいないとはいえ、戦闘中。反射で振り向いたレティアはウォルゼインの意外な姿を視界に収める。


「ゼインさん、どうして―」


 快活で、明るくて。先ほど伽羅の瞳を輝かせ、太陽のように笑っていたウォルゼインは―


「どうして、泣いているんですか?」


―決して嗚咽は漏らさず。けれど静かに泣いていた。泣くというより、涙が勝手にこぼれていると表現するのが正しいような、そんな様子だった。


 レティアの驚く様を見て、ウォルゼインは空いている左手の方で涙を拭った。「すまない」と小さく謝罪がある。


「キミに伝えたいことがあってさ。言おうとすると師匠の想いがよぎってしまった」


「お師匠様の、想い?」


「師匠、<漆桶の魔手>に大切なものを奪われたんだ。幹部のヘリシーと名乗る男なんだが……ちゃんと殺したはずなのに、目撃情報が出ていて」


 語るうちに、ウォルゼインの声が感情を帯びていく。


「温厚な人なのに珍しく激怒していた。ボクは怒りと同時に、酷い悲しみも感じた……そのときのことを思い出してしまって」


 だから、とウォルゼインは告げてきた。



「今回の襲撃の幹部がもし、ソイツだったら。幹部を見つけられたら。そのときは―ボクに殺させてほしいんだ」



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