9話 死んだはずの旧敵
幹部ヘリシーと遭遇したら、自分に殺させてほしい。
その願いを聞いてレティアは思わず頷いていた。それほどの勢いがあった―気圧されたのだ。ウォルゼインこそが大切なものを奪われてしまった張本人だと錯覚するほどに。
深く考えてからの判断ではなかったが―問題はない。四つ目の魔法陣の位置は把握した。それさえ対処が終わっていれば、レティア達が任された仕事は終わりだ。その後は残った敵の殲滅になる。
「まぁ、魔法陣の処理が終わっていれば......構わないんじゃないでしょうか」
「ありがとう」
レティアとしても、師匠であるリアムが大切なものを奪われたらと思うと気が気ではない。実際にそうなったら自分が復讐に走ることは容易に想像することができた。
移動を再開しながら口を開く。レティアから会話を始めてもいいかもしれない、と思ったのは少し敵が減ってきたからだ。順当に数を減らせているのだろう。その分壁や天井に飛び散る血は多いけれど。
「それにしても、大切な人なんですね」
「そうとも。どうしようもないボクを救ってくれた、素晴らしい人なんだ」
「騎士の方ですか?」
「いや、魔術師だよ。とても立派な人だ。全人類が見習うべきだと思っているぐらいに」
「全人類が?!」
「それでも足りないぐらいだ」
「お師匠様、重圧に耐えきれないのでは」
ウォルゼインの敬愛は傍から見てもかなり重い。さぞかし、プレッシャーのかかることだろう。
「そんな器じゃないさ」
一体、何者なのだろうか。魔術師なら高確率でレティアが知っている人間。聞いてみようか、と口を開きかけ―やめる。話が長くなりそうだから、またの機会にした方がいい。
「今度聞かせてくださいね」
「もちろんだ。何時間でも語ってみせよう!」
「私がウンザリしないぐらいでお願いします」
要求を伝えると同時、玄関に到達する。最後の魔法陣はこの空間にあるはずだった。近付くにつれて敵が湧き出しているのが分かる。構成員がおらず、魔物だけなのは気になるが、問題ないだろう。
ウォルゼインに視線を送る。すぐに頷きが返ってきた。それを見てレティアは突入する。
段取りは四つだ。
レティアが魔法陣に近付く。ウォルゼインがついていって、レティアを攻撃から守る。レティアはその間に魔法陣を解除する。そして、部屋に残った敵を殲滅する。
既に三回も繰り返した作業であり、特段に強い敵がいなければ失敗する可能性もない。今回も特に苦戦することなく部屋の敵の殲滅を終え、魔物ばかりだったので素早く火をつける。魔物はすぐに腐敗してしまうからだ。
「幹部の場所、分かるんですか?」
「師匠が会敵したときと違って、魔力徴収が行われていないから難しいが、師匠にもらった数年前の魔力サンプルで探せるよ」
「それは何よりです」
単純に遭遇するのを願っているだけでは中々見つけられないだろうが、魔力サンプルがあるというならば話は別である。
(私は邪魔しない方がいいですよね)
小さく手を振ってウォルゼインと別れる。レティアはこの階をグルリと大回りするつもりだった。ウォルゼインは最上階に向かうようだ。
「では、ご武運を」
「そちらこそ、<狂花>殿」
小さく手を上げ、去っていくウォルゼイン。それを見送りながら魔物の残骸を処理し終え、レティアも廊下に身を躍らせようとしたところで―ハタと動きを止めた。
気配を感じたのだ。背後に、禍々しい気配。
振り向くにつれて死角になっていた後方の様子が目に飛び込んでくる。黒い靄のような、そんな魔力が強く主張する。そこにいたのは異形だ。
体の表面を肉が蠢いている。目も、口も、耳も、腕も、およそ普通の生き物とは呼べないぐらい、たくさんついていて。それとアンバランスなのは上部から生えた太い角だ。太くて、黒くて、鋭い、どこぞの守銭奴が見たら目を輝かせそうなぐらいには立派な、一本だけの角。
異形は飾られている鎧を己の体に取り込んでいる。壁に掛かったタペストリーなどもお構いなしに、近くにあるものを無差別に。
(この威圧感......最初から部屋にいたのなら、絶対魔力に気付いていたはず)
つまり―今、現れた。
ゴクリ、と唾を飲む。冷や汗が肌を伝うのを感じた。
おそらくは、魔法陣が全て無効化されたから。<漆桶の魔手>の劣勢に傾き始めたから。おそらくは今、召喚されたのだ。
周囲に視線を走らせると、廊下に消えていく黒い影がある。反射的に追いかけようと思うものの、それは叶わない。
それは何故か―答えは単純である。
「余所見するとはいい度胸だな」
「なっ......貴女はっ?!」
聞き覚えのある声を認識したのが一番最初。それから一秒も経たないうちに異形の姿がめまぐるしく変化し、とある女性の姿になった。体内に取り込んでいたらしい斧で女性が襲いかかってきたのがその次だ。
半年前に死んだはずの彼女の声と姿に驚愕し、黒い影を追いかけることはできなかった。反応が遅れるレティアに斧が振るわれる。
忘れもしない、その女性のコードネームは。
「<流離>......どうして?!」
ありえないことだ―死者が蘇るなど。
しかし、レティアの問いに納得できるような答えを返してくれる者はいない。ただ無情に攻撃が繰り出されるだけ。
どうにか<流離>との間に氷魔法で盾を作り出して攻撃を凌ぐ。五連撃をどうにか防ぎきって距離を離した。
杖槍を構え直す。
「仇敵を殺そうとするのに、それ以上の理由が必要か?」
「そういうことじゃないですけど! 私はどうしてここにいるのかって聞いてんです!!」
「教える意味がない。どうせお前はここで死ぬ」
「貴女は処刑されたはずなんですがっ!!」
いつかのように互いに凄い剣幕で言葉を吐く。そのことを懐かしいと感じる余裕など、あるはずもない。
学園に潜入していた頃と比べて大きく成長し、戦闘技術は高まっている。しかしその代わりというべきか、レティアは調子が悪い。その結果生まれたのは、完全な膠着状態だ。
だから、何度も互いに斬り合いながらも、決定打は持ち得ない。
(大掛かりな魔術はあまり使いたくない......さっきの魔術ですらかなり負担が大きかった。まず前提として、魔術は有効なのかが分かりませんし......)
普通に人間の急所を突いて致命傷を負わせたとして、それであの異形の生命活動を止められるのかも不明。異形の正体も、これは幻覚ではなく現実なのかも、何故<流離>の姿になったのかも、何もかも分からない。
(異形の正体......魔獣ですかね。変身は固有能力? 取り込んだ人間になってるわけじゃない。<流離>はもう死んでいる。なら、私の記憶に干渉しているんでしょうか。私が強いと認識している人間の姿になっているなら納得はできますけど)
魔物と魔獣はどちらも魔神に生み出された異形だという点で同じである。その一番の違いは魔法を使うかどうか。魔獣は魔法を扱い、意のままに操るのだ。
異形の正体はおそらく魔獣―となると、精神干渉魔法によってレティアの記憶に干渉し、潜在的に恐れている人物や強さを認めている人物の姿をトレースしているのかもしれない。レティアが持っているイメージを再現しているのか。
「―っ」
突如勢いを増した頭痛に、レティアは一瞬バランスを失う。慌てて後退するが、<流離>は追撃してくる。
(私、体調悪いんですけど!)
敵に情報は渡せない。だから心の中で悪態をついた。
避けようとしても掠ってしまうかもしれない。それなら、受け止めた方がマシだ。
杖槍を体の前に運び、振りかぶった。水平方向に頭部を薙ごうとする斧をまっすぐに見つめ―そして、思いきり杖槍を振り下ろす。
リスクが大きいから、半年前なら絶対にやらなかった行動だ。だが、日々熱心に修行をして、任務で実戦経験を積み、成長したレティアはやってみせる。確実にできると思わない限り、余程の馬鹿以外はやらない行為を。
―相手の攻撃に自分から向かい、勢いが増す前に武器で受け止める。
文字にすれば簡単に思えるが、相手に武器を弾き飛ばされないだけの膂力、武器の角度を調整する繊細な操作、加速前のタイミングを見抜く観察眼が必要なかなり難しい対処だ。
<流離>の斧とレティアの杖槍がぶつかり合い、火花を散らした。武器を介して睨み合う。しばらくするとレティアは後ろに飛び退いた。
少なくとも攻撃は掠ると思っていたらしい<流離>は、体の調子を確かめるかのように何度か斧を回す。
「.....中々、しぶといな」
聞いたことがある言葉だった。それも当然か。
少し考えてから、レティアは言葉を返す。
「...... 私、死にたくないので」
「魔法の腕を見るに、魔力中心の戦い方の奴だな。だが、魔力消費を抑えている。何故?」
「......残量魔力が少ないもので。だから、早く殺られて頂きたいところなんですけど」
そう言うものの、一般的な魔力量の四倍は残っている。本当のことを言う必要なんてどこにもないのだ。
それに、攻防を重ね、言葉を交わしたから分かる―レティアの記憶を頼りに作られた<流離>の取ろうとする戦術を。
一つ、彼女は感知魔術を展開することはしない。作戦でどうしても必要なとき以外は魔術を使わないのだ。それは、彼女が魔術というものを忌み嫌っているから。
だから、魔力量でのブラフは露見しない。
「代わりに殺してやる」
「結構です!」
拒絶の言葉と共に杖槍を振るう。指先で自由自在に回転させながら攻撃と防御をこなせるようになった―それが、 半年前と違うこと。
「私はかなり成長しましたが。貴女はむしろ退化している気がしますね! 殺気が足りないんじゃないですか? 動きも鈍ってますけど」
「余裕の無さが透けて見える。お前は軽口を叩かないと死ぬのか?」
「黙ったら黙ったで言葉数が減ったなとか言ってくるくせにっ!!」
レティアの想像上の<流離>が理不尽すぎる。
半年前は入念に準備を重ねたうえでギリギリあと一歩のところまで追い詰めた。追い詰めたという結果から悲観はしていなかったが、思い知る。
<流離>もまた、一〇年以上を復讐のための研鑽に費やしてきた猛者なのだと。
そしてそれをレティアが理解しているからこそ、中々<流離>に決定打を与えられない。半年前と同じ手段で勝てるイメージが湧かない―だから、半年前の自分を圧倒的に超えていると確信できる手段が必要だ。
(『倒したと思ったときが勝負時』―そう、エレナちゃんは言っていました)
いつかのエレナからの贈り物。それを思い出しながら即興で作戦を立てる。そして、口を開いた。
自らの手で、<流離>を葬るために。
「知っていますか、<流離>」




