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7話 状況を打開するお粗末な魔術


「屋敷で<漆桶の魔手>の襲撃が始まった!! 人質をとられてホールは膠着状態だ」


 言われて、愕然とする。<漆桶の魔手>の襲撃が始まったとしたら、先ほど連邦の男女が語ったことは何だったのか。


「ぇ、でも......犯行予告は偽造だったって」


「連中、吸い寄せられてきやがった。王都ではもうテロが始まってる」


 王都から離れた屋敷で<漆桶の魔手>の襲撃が起こり、普段よりも<従事者>の待機数が少ない王都ではテロが起きる。要求は魔神の遺物と伯爵家長女ソレイユの身柄―応じることはできない。じきに戦闘になる。

 ノルアの口ぶりからして襲撃の規模はかなり大きい。こちらの戦力も十分に用意されているとはいえ、数年前のセレナイト学園襲撃事件のときと違って応援を呼ぶことは難しい―かなり悪い状況だ。


「膠着状態って......」


「奴らは要求が叶えられるのを待っていて、こちらは決定打に欠けて動けねぇ。死んだのは先走った一人だけだがな」


 実際に起きた<漆桶の魔手>の襲撃。危険だ。危険すぎる。理由は不明だがソレイユの身柄が目的の一つというのだから、ここに留まって籠城するのが最適解に思える。

 だから、こう尋ねるのは怖かった。


「......師匠からの指示は?」


 ここに留まれと言われてしまえば、正当性もあるからそうするしかない。リアムのそばにいられない。盾になることもできない。


 だが、その不安はノルアが尻尾をゆらりと揺らしながら言った伝言の続きによって霧散する。


「おっと、伝言の続きがあるんだったな―魔術で状況を打開してくれ、だそうだ」


 心が歓喜に湧き立つのが分かる。リアムは多少のリスクがあっても、レティアの魔術を望んでくれているのだ。

 こんな状況にも関わらず、勝手に口の端が持ち上がってしまう。不謹慎だと分かってはいるが、それでも隠しようのない喜びがあった。


(不調なんて、言ってられませんね)


 今役に立たなくて、いつ役に立つというのか。


「ソレイユ様......私から離れすぎないでくださいね」


「は、はい」


 小ホールの扉に手をかける。強く押し出ながらノルアに告げる。


「師匠に伝えて。『承りました。五分で準備をします。その後合図を出してください』、と」


*_*_*_*_*_*


 ソレイユに先導されながら、レティアはホールへの道を静かに進んでいく。

 ホールの音楽が漏れ聞こえていた先ほどとは違い、廊下は不気味なほどに静かだった。構成員は基本的に話さず、足音を立てない。

 そのため、戦闘は静かに行わねばならない。


「......よし」


 倒した構成員はこれで七人目。まだホールまで距離があるからか、あるいはソレイユが案内している経路の幅が狭いからか、戦闘回数は少ない方だといえるだろう。

 幸い、構成員一人一人は大して強くない。一般人ならば苦戦するだろうが、レティアは物理戦闘のみの訓練も積んでいるので問題はない。


(同業者の方がよっぽど厄介ですし)


 レティアのドレスはオーバースカートを利用している。重ね着している外側のスカートを脱げば簡単に身軽になれた。加えて、内側のスカートはスリットを入れて動きやすくしている。

 靴は普段から厚底のものを履く傾向があるので、ヒールでも問題ない。ちなみに何故厚底なのかというと、その理由はレティアのコンプレックスに帰結する。


 曲がり角の向こうに構成員の黒いローブが見えた。走るスピードを上げて急襲する。

 杖槍を振るって意識を刈り取ろうとするが、腕の立つ者だったようで紙一重で避けられる。しかし体勢は崩した。


(姿勢は低く)


 非常に不本意ながら、小柄な人間の強みは相手よりも低い姿勢で戦いやすいところである。

 構成員の男が体勢を崩しながらも振るった剣は低く低く屈むことで避け、足払いをかけた。ここまで来ると、相手がかなりの実力者でない限り勝利は確実である。何度か杖槍で打ち合った後に頸動脈を断ち切った。


 噴き出す血を気にもせず、小さく振り向く。戦闘に怯えながらもソレイユが無傷でついてきていることを確認して安堵の息をこぼした。


「そろそろ着きますか?」


「えぇ。次の扉を開ければキャットウォークに出ます。ホールを見下ろすならそこかと」


「想定より早い到着ですね」


 ここまでで三分半。プラス一分かかることまでは想定していたのでソレイユの案内に感謝する。

 使用する魔術は決めてある。唯一の懸念点は味方の保護だ。初めて実行に移す魔術であり、そのうえレティアは調子が良くない。間違いが起きてしまえば取り返しがつかないのに。


(でも、対策はこの三分半で考えました)


 そして、思いついた。最も効率的な対策を。


 キャットウォークまでに障害はなかった。静かに中に侵入する。ホールの中は二十分ほど前とは打って変わって静まり返っていた。コッソリと見下ろすとホールの様子がよく分かる。

 参加客の衣装と<漆桶の魔手>の黒いローブの色の対比が嫌になりそうである。


 幸い、キャットウォークに構成員は一人もいなかった。

 手すりの陰にそっと座る。そしてソレイユの手を握った。不慣れな者は直接接触した方が成功させやすい。

 小声でソレイユに声をかける。


「伝えた通りにお願いします。術式構築まではこちらでやるので、発動を」 


「えぇ」


 ソレイユはセレナイト学園に入学こそしていないものの、家庭教師に魔術を教わっていた経験があるらしい。また、彼女はかなり魔力量が多い。使ってもらいたい魔術の発動を行っても余裕がある。

 だから、確実に安全性を担保できるよう、仲介術式を用いた防御結界の展開を決めた。


 まず氷属性と闇属性への耐性が極端に強い一級防御結界の式を用意する。そこに参加客の座標を全て代入した。仲介術式を通して魔術式を全てソレイユに伝える。一度維持してもらい、次の魔術に取り掛かった。


(潜伏がバレるリスクのある詠唱はできない。流石に謎の不調の中、詠唱なしで完璧に魔術行使できる自信はない。だから、特級魔術は使えない)


 特級魔術の精度や威力が必要な場面で、特級魔術を使用することができない。その可能性には気付いていた。故に構想はあった。氷系統特級付与魔術第三目<氷丘烈(ヒョウキュウレツ)>をアレンジした氷系統特殊魔術を。


 特殊魔術とは、他の魔術と違って効果を固定しなければならない。行使した後に魔力操作によって新たな指向性を持たせることができないのだ。

 そのうえ、特殊魔術特有の術式を組み込むと、魔力操作を拒む性質が生まれ、魔術を安定させるのが難しくなる。そのため使用者はほとんどいない。


 そんな中でも一際輝くメリットがある―それは、たった一つの効果のレベルが桁違いに高いということだ。


 構想があったとはいえ大部分が即興だからか、この魔術に対する思い入れはほとんどない。あるのは成功するかどうかの不安と、検証が済んでいない魔術への不信感。

 とてもではないが儀礼的な詠唱をする気にはなれなかった。必須なわけでは無い詠唱を魔術師がしたがるのは、その魔術に強い思い入れがあるからなのかもしれない―なんて思いつつ。


 五分経過したのを知る。動かず、ただ待ち続ける。


「今だ」


 ノルアが出した合図に合わせて魔力を放出し、即座に魔術式を付与する。ソレイユが発動直前で維持していた防御結界もほぼ同時に展開された。

 魔力反応を感じたのか、構成員がその反応を起こした者を始末しようと捜すが―ホール内にはいない。すぐには対応できない。その時間があれば防御結界の展開には十分。


 魔力放出から数コンマの間にホール上部を冷気が満たす。そして、空気が揺れた瞬間。

 ホール内を氷柱が駆け巡った。構成員の全身が氷に覆われ、ピシリピシリと音を立てながら氷像が出来上がっていく。


 ホールにいた構成員、その数二三七。その全てが氷像となり、端からヒビ割れが広がり、崩壊。氷の欠片となって床に落ちるまで―魔力放出から、三秒。味方や保護対象は完璧に結界で守りきった。

 特殊魔術の効果は人体を凍らせ、そして崩壊させること。凍らせる人体の座標を打ち込まねばならず、相手が移動すれば効果は発揮されない。しかしそれらのデメリットを超える、威力と速度というメリットがあるのだ。

 <漆桶の魔手>の圧力によって誰も動かない、操作性が必要ないこの場面では、特殊魔術はもってこいの魔術だ。


 ホール内の敵は一掃したので、隠れる必要はない。ソレイユの手を引いて風付与魔術で下に降りる。

 ケイティが呼びかけ、ホール中央に<従事者>たちが集まった。作戦会議をするのだろう。レティアも参加しようと一歩踏み出すが、近寄ってきたリアムの姿を見て足を止める。


「師匠っ。ソレイユ様は保護しました」


「あぁ。ありがとう、レティー」


 リアムの表情の動きは少ない。しかしそこに、確かに『任せてよかった』という感情があるのを見てとって、コッソリと胸を撫で下ろす。


「報告は聞きましたか?」


「この五分間でノルアから聞いた。ソレイユ様が無事なのはレティーのおかげだ」


「これは私を連れてきてくださった師匠の功績ですよぉ」


 リアムに褒められるのが堪らなく嬉しくて、口元がだらしなく緩む。状況も忘れてニコニコしまくりである。

 レティアとリアムの周りにだけ和やかな雰囲気が流れる中、「そういえば」と切り出される。


「あの魔術は何を使ったんだ? 特級付与魔術か」


「いえ、あれは特殊魔術です」


 訂正を入れると不思議そうな顔をされた。特殊魔術が分からなかったらしい。リアムは魔術を教育機関ではなく知り合いから習ったと聞いたので、単に教わっていないのだろう。

 簡単に特殊魔術について説明する。


「なるほど、効果の底上げの代償として操作性がないのか。事前に範囲は設定する必要があり、維持も難化する......使用者が滅多にいないわけだ」


「使える場面も限定的になりますからね。信念を以て使う方が多いです」


 そう言って、ダメージを受ける。

 先程の魔術は即興―こだわりも信念も込められていない。レティアなりに表現するとなると―大雑把な、残念な魔術。


「うぅ、恥さらしです。緊急事態とはいえ、よりにもよってあんな......私、最低です。魔術制作にこだわりを以て臨まないだなんてぇ......ううぅ」


 気分は急降下。自己批判しながら床に体育座りしていじけ始めるレティアに、リアムが動揺して固まる。


「レティー......その、だな......そこまで気にしなくても」


 そして、訳がわからないソレイユはあたふたと慌てるばかり。すっかり収拾のつかない場に、語気の強い女性の声が割り込んだ。


「ちょっと。私のお金儲けのためにも、遊んでないで協力してくれないと」


「ごめんなさい、ごめんなさいあんなお粗末な魔術を作ってごめんなさい......あ、ケイティさん。すみません、取り乱しました」


「失態は大きな借りとして考えといてくれたらいいわ」


 中々に嫌な予感のする台詞である。


 「とにかく」とケイティは咳払い。そして、レティアとリアムの担当を告げた。


「<狂花>は<景仰(ケイギョウ)の騎士>と共に魔法陣の解除を。<嚇焉>は魔獣の排除を頼むわ」


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