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6話 信頼と、期待を込めて


「―さて」


 レティアが去っていくのを見送り、リアムは行動を開始する。日雇いの使用人を避け、年を重ねている使用人を選んで聞き込みをした。

 望んでいた情報を手に入れ、ホールの端、料理が並ぶエリアに近付く。何人か踊っていない者がいる。その中から<従事者>を選び、話しかけた。

 中肉中背の茶髪の男性。顔は整っているが印象が薄い。実名で参加している魔術師だ。


「すまない。少しいいだろうか」


 リアムの声を聞き、男性はピクリと肩を跳ねさせた。背後からいきなり話しかけられて驚いたのだろう。


「........................構わない」


 間が長いのが気になるが、指摘している場合ではない。

 男性に近付き、状況を話す。


「......他に誰も気付かなかったのか」


「聞き込みをしたところ、日雇いの使用人がドレスを汚し、共に色直しに行ったそうだ」


 <漆桶の魔手>の犯行予告が出ているのに二人で行ったというのだから迂闊である。それが連中の作戦だとしたら笑えないが、レティアには仮契約用の指輪を持たせている。命の危険があればすぐに知らせてくるだろう。


 去ろうとするリアムに、男が質問を投げかける。


「どうして自分に最初に伝えたんだ」


 リアムはチラリと振り返った。

 男は<従事者>として実名で参加している。かなりの実力を持っていると見て間違いないだろう。

 しかし、男の顔や佇まい、発する雰囲気を見てやはりと思う。強いて言語化するのなら―


「高階級のわりに目立たない凡庸そうな振る舞いだから、だろうか」


「――、..................失礼」


 長い間の後こちらを非難する反応が飛んで来る。「個性がないだけだ」とかなり悲しい自己評価をくだす男に苦笑した。


 リアムは次の行動を開始する。何人かの<従事者>に声をかけ、情報伝達に回らせる。そろそろレティアと別れて一五分、というところだった。

 灰色髪の女性に声をかけられたのだ。<従事者>ではないが、リアムも知っている人物。彼女は商人として有名だ。既に招待されているのに<従事者>本部から特別依頼を受けて金銭を受け取っているのを知っている。

 その女性の名は―ケイティ・リルグニスト。


(......金で動く人間のようだが、今回裏切っている可能性はほぼない)


 ベラベラと情報を語るのは問題だが、少し情報共有をするぐらいは構わないだろう。ケイティも特別枠とはいえ、<従事者>本部からの依頼を受けてここにいる。

 しかし、ケイティはその見積りを軽々と裏切ってきた。その顔にドス黒い笑みを浮かべて。


「ごきげんよう、<嚇焉>さん」


 小声だった―が、声の大小は問題ではない。最も注目すべきなのは、彼女が非公表部署に所属するリアムの登録名を認識していたことだ。

 参加客のリストをもらい、そのうちの<従事者>は把握しているはずだ。だが、そこで分かるのは今回使用している偽名だけ。任務内容は非公表だから外部の人間は参照できない。

 つまり、彼女は秘匿されている情報も掴んでいる。腕がいい商人ということだ。


 小声で状況をかいつまんで説明する。ケイティはアイスグリーンの瞳をギラギラと輝かせた。


「うーん、お金の香りがするかも。()()()()()()()()ね」


 黙っていれば神秘的な雰囲気を纏っているのに、今はドス黒い笑みを浮かべている。そのままグフフ、と悪巧みをするかのようにいくつかの算段を呟いていたが、しばらくしてこちらをまっすぐに見つめてくる。

 心底不思議だ、というように。


「どうして<狂花>さんは気付いたの?」


「感知魔術を展開したからだ」


「それは順番がおかしい。何かに気付いて感知魔術で確信を得たんじゃないの?」


 ケイティが言わんとすることをすぐに察する。そして、二の句が継げなくなった。彼女の言葉が的を射ていたからだ。


 言われてみればそうだった。普通人間は魔力を持っているのだから、感知魔術は特定の反応を探そうとしない限り有益とはいえない。

 しかし、あのタイミングでレティアが長女ソレイユを探そうとすることはおかしい。人物を絞って探すのであればカウツ伯爵本人かデビュタントの次女のはず。


 ケイティはリアムが抱きながらも指摘しなかった違和感を言語化する。


「<狂花>さん......何か隠してるんじゃない?」


 二人の間に、静かな沈黙が落ちた。リアムは何も言わず、ただケイティのアイスグリーンの瞳を見つめる。

 彼女の言いたいことは明白だった。


「<従事者>は能力の守秘を推奨してない。基本的に各自本部に書類を提出しているはずよね。同僚間の情報は本人の許可がないと駄目だけど、チームの責任者は自由に閲覧できる」


 レティアが提出した書類にそのような記述はなかった。


「私、()()()()()知り合いがいるからさぁ......調べてあげようか?」


 それなりに、という言葉が脚色されていないどころか遠慮を含んだ表現であることは考えるまでもない。ケイティは食料品から始まり、必要物資や魔術、工芸品の分野にまで手を伸ばしているのだから。

 だが、何故か首を縦に振る気にはなれなかった。仲間の能力が判明していないのは指揮を執るにあたってリスクが生じるので、一年前の自分なら頼んだのかもしれないが。


「―いや、いい。結構だ」


 目の前でアイスグリーンの瞳が見開かれる。全く予想外の回答を聞いたかのように。


「命が危険に晒されるかもしれないのに?」


「あの子が自ら伝えてくれるまで待つとするさ」


 レティアはレティアなりに考えて報告をしていないのだろう。ならば報告を待ち、そのときまで見守ってやるのが師が取るべき行動だ。それに、師としてではなくリアム個人の心情としても、レティアの意志を尊重してやりたい。


 すると、ケイティは訝しげな表情になった。


「あなた......本当に<嚇焉>?」


「<嚇焉>以外の何に見えるんだ?」


 もしリアムが<嚇焉>でなかったとしたら、何者だと言うのだろう。洞察力に優れた人物だと思いきや、トンチンカンな質問をしてくるケイティに、リアムは困惑を覚える。


 ケイティは数秒の逡巡の後、もう一度質問を投げかけてくる。


「私、五年程前にセレナイト学園を卒業しているのだけれど―学園で会ったときのこと、覚えている?」


 彼女がセレナイト学園に在学していたとき。リアムは一五歳ぐらいか。その頃は―辺境で長期任務をし、その最後敵の攻撃を受け、数日昏睡していただけのはず。

 セレナイト学園で、彼女と会っていたわけがない。考えるまでもなく、分かることだった。


「会ったときもなにも、今日が初対面だ」


 ケイティはリアムに対して何も言わなかった。代わりに何やらブツブツ呟いている。声が小さくて上手く聞き取れなかった。


「私の勘は間違ってない......この男は彼。でも、彼ではない。何があった?彼が姿を消した、というのは知ってる......後から部署を知って、任務が終わったから消えたんだと思ったのに―まさか」


 そのタイミングでケイティがこちらを見るが、どんな反応を求められているのか見当もつかない。


「上手く聞き取れなかったんだが」


「聞かなくていいわ―納得したから」


「そうか」


 もう彼女に用はない。次の<従事者>に声をかけるため、一歩踏み出しかけて―リアムはすぐ近くで息を呑む音を聞く。

 振り向けば、ケイティが懐から取り出した懐中時計を見つめて固まっていた。


 唇が震えているのは、恐怖故か興奮故か。彼女と親しくないリアムには判断がつかなかったが、もしここに彼女の友人が居たなら言うであろう。

―『............この女が震え出したら逃げた方がいいわ―大抵金儲けの予感を得たときの興奮による仕草よ』と。


 袖が掴まれた。懐中時計を見せられる。屋敷の簡単な図と、その周りの一〇個の印の赤い点滅。これらが意味するのは―


「屋敷の周辺に満遍なく紛れ込ませておいた私兵が同時に殺られた......赤い点滅は<漆桶の魔手>の魔力反応よ」



―<漆桶の魔手>の襲撃の開始。

 散らされた私兵が同時に、ということが示す事柄は自明である。


「かなり数が多いな」


「数百人規模の襲撃ね。特別手当が楽しみだわ」


 ホールに潜り込んでいる<従事者>たちにハンドサインを出す。「守備体制に移行しろ」と伝えたところで―ケイティが突然叫んだ。


「急いで!! ―この速さ......もう来る!!」


 その警告と同時に、ホールの入り口の扉が破壊された。重厚な扉は呆気なく破壊し尽くされ、その破片が宙を舞う。それを見てすぐ、リアムは近くにいた伯爵家の次女とケイティを背後に庇う。扉から黒いローブの集団が雪崩込んだ。

 <漆桶の魔手>の紋様が黒いローブの裾に存在しているのを認識し、恐怖が込み上げたのだろう。ホール中でいくつもの悲鳴が上がる。


 悲鳴が響きながらも、中央に進み出た<漆桶の魔手>の構成員の言葉が聞き取れたのは今日ここにいる人間のうち<従事者>の割合がかなり高かったからだろう。


「あァ、いい夜だと思わないかァ?」


 リアムを最大の敵と見なしたのか、進み出た男はこちらに体を向け、嗤っている。世界中の全てを嘲笑うかのような、品性に欠けた声。



「『ຂອງພວກເຮົາ(凡ては我らが)ພຣະເຈົ້າ(神のため)』!! 我らはこの地に眠る魔神様の遺物と長女ソレイユの身柄を要求する!!」



 <漆桶の魔手>の要求に応じなかった場合、彼らがどうするかは過去の事例が示している。王国民なら誰もが知っている。


 大量虐殺が行われてしまう。


 そのタイミングで、リアムから少し離れたところで魔術師の男が魔法を繰り出した。悪手としか言いようがない。

 実際、その男は近くにいた構成員に剣で喉を貫かれて殺された。


(ホール内の者は感知魔術で監視されている。こちらの反撃は可能だが、向こうも対応できる。下手に行動を起こせば弱い者から殺される)


 紛れもない膠着状態。被害が痛くない<漆桶の魔手>と違い、こちらは被害を無視できないうえに守るべき人間もいる。


 カウツ伯爵に視線を向ける。首を振られる。魔神の遺物がどのようなものかは分からないが、<漆桶の魔手>の要求には応じられないのだろう。

 幸い、契約精霊との念話に魔力消費は必要ない。察知されずにノルアと連絡を取ることができる。何やら<従事者>本部にいるらしいノルアに、一方的に襲撃のことを伝え、「危険だからこちらに近付くな」とレティアへの伝言を頼もうとして、思いとどまった。


 また、「危険だから」と彼女を遠ざけようとしている。

 自分の頑固さが嫌になりそうだった。

 レティアは<漆桶の魔手>の警戒を受けていない。魔術を使うにあたって詠唱が要らない。それに、レティアの覚悟はとっくに決まっているのだと感じ取ったばかりだというのに。


 ―レティアなら膠着状態を打開できるかもしれないのに。


 リアムは自らの決断を受け、少しだけ口角が持ち上がるのを感じながらケイティに話しかける。


「状況を打開する。指揮を執れるか」


「人を使うのには慣れてるわ」


「それは何よりだ」


 ケイティは守銭奴に相応しい純度一〇〇%の黒い笑顔になる。その様子に自信を見てとってリアムは目を瞑った。


 そして、ノルアに念話を送る。レティアへの伝言を頼む。

 信頼と、期待を込めて。



(《レティーに伝言を頼む。『屋敷で<漆桶の魔手>の襲撃が始まった。人質をとられてホールは膠着状態だ。魔術で状況を打開してくれ』、と》)




 忙しい時期が終わったので、定期的な投稿を再開します。大変お待たせしました。


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