修羅場はハイエナも齧らない
家に帰りました。
扉を開けました。
扉を閉めました。
「………何をやっている?」
恐らく半目になっていそうな胡乱げな声色で精霊が言ってくるが、私も何をやっているかわからない。
なんというか体が拒否したというか、本能的に逃げに回ってしまったというか。薄く扉を開けて覗いてみる。
有り得ない光景にまたそっと扉を閉める。
「……何を、やっている?」
不審というより困惑を滲ませた声色で再び精霊が言ってくるが、私も何をやっているかわからない。
なんだろう、急に散歩に行きたくなってきたな。
少しそこら辺を歩いて行こうか、そうしよう。
踵を返して歩き出す私の後ろで扉が開く音がした。
「どうしたのですか、サヨさん。」
そして私の背にそんな声がかかった。
錆び付いたブリキ人形のようにギギギと音が出そうなぎこちなさで私は後ろを振り返った。
ふわふわとした金色の髪に海のような青い目で玉のような白い肌と最後に見た時よりも綺麗に、まるで絵画の天使が抜け出たような神聖さが溢れた見目。穏やかな微笑みを浮かべ、神に仕えるのに相応しい真白で尚且つ華美過ぎない程度に凝られた衣装を纏うその姿。
そこには、聖女の姿をした私にとっては悪魔のような存在がいらっしゃった。
…あ、取り巻きはいなかった。セーフ?
「会いたかったです…ずっと、ずっと。」
恋する乙女のような、そしてどこか危うげな雰囲気の笑み
うん、なにか厄介事フラグが立っている。逃げたい。
まぁ、逃げられる訳がないんですが。
「ふふ、改めましてお久しぶりです、サヨさん。そしてそちらの方は初めまして、でしょうか?」
ふわりと笑うアンジュは可愛らしいが…何故だろう。嫌な予感しかしない。
私たちがいるのは食堂である。だだっ広い場所に三人+捕虜一匹。どこぞかの急に家督を譲られたお坊ちゃんの気分が少しわかった気がした。
早急に応接室を作るべきだろう。他諸々も併せて増築したりリフォームしよう、そうしよう。
…現実逃避しても目の前のアンジュは消えない。
「お久しぶりです、アンジュさん。」
仕方ないので無難に挨拶する。
精霊のことを紹介するべきだろうか?
…いや、なんて説明すればいいかわからない。
知り合いの精霊ですとか?…痛い。
「初めまして。俺の事は好きに呼べばいい。」
いや、名乗れよ。
好きに呼んでいいとか言う前に名乗れよ!
アンジュも微笑みながらも困惑したように首を傾げているし、さぱっと名乗れよ!…そういえば私も名乗られた事なかったような。
「失礼ですが、お名前は?」
微笑みを浮かべたアンジュの発言は最もである。
というか初対面で名乗らない方が失礼極まりない。
もしや知っていて当然とかどこぞかの自意識過剰みたいな事思っていたりしていないだろうな?
思っていたら今後の付き合いを考え直す必要がある。
「…やれやれ。非常に心苦しいのだが色々規制の多い身でな、名乗ることは出来ない。だから好きに呼んでくれて構わない。」
人智を超えた超自然的存在だ。そういうこともあるのかもしれない。申し訳ないなどとは全く思っていないような軽い声色はこの上なく嘘っぽいけども。
私と同意見なのか、アンジュは一瞬怪訝な顔をした。
勿論すぐに笑顔を浮かべたが、彼女が精霊に対して疑念を抱いたのは疑いようのないことであろう。
「通称か、何か偽名などはありませんか?」
まぁ、好きに呼べとか言われても困るよね。
見た目も陽炎のように掴みどころがないというかあだ名を付けるような特徴がないのだし。その陽炎のような見た目が特徴と言えばそうなのかもしれない。
「通称、偽名か…。」
…変なもの、言わないだろうな?
ミッキーマ(ピー)とか。夢の国チキンレース強制参加とか勘弁願いたい。DQNネームも止めて欲しい。
「ザイン。ルプス・ザインと名乗っていた事がある。」
まともだった!
精霊って呼び名は色々と人前で呼ぶにはアレだし私もこれからザインって呼ぼうかな。
「お姉様!置いていくなんて酷いのですよ!」
「声をかけてくれてもよかったんじゃ…。」
どたばたと入ってきた二人。
嫌な予感センサーが警鐘を鳴らしているんだが一体何が始まるんだ?大惨事大戦か何かか?
「「「………。」」」
笑顔のアンジュ、そんなアンジュを睨むラティ、拗ねた顔で私を半目で見てくる馬鹿男、そして傍観しているザイン。
なんなのだろう、この修羅場のような雰囲気。
現実逃避に足元の捕虜(中二男)に視線をやるがぴくりともしやがらない。いつ起きるのか?今でしょ!
「お姉様、こちらの方は何方なのです?」
険しい視線をアンジュから離さずにラティが言った。
何方と聞かれても…なんと言えばいいのか。
昔一緒に冒険した知り合いのアンジュ、とか?
そういえばアンジュの本名は何だったかな。
「サヨさん、此方の方々はどなた様なのですか?」
馬鹿男とラティ、一緒に住んでる人。
…片方ドラゴンでもう片方ドラゴンハンターだったりするけど仲良く暮らしているよ、一応。
紹介しにくいスペックの人間多過ぎ笑えない。
「サヨ…。」
言いたいことがあるなら口にしなさい、馬鹿男。
何か言いたげにこっち見られても何も伝わらないから!
捨てられた子犬みたいな目で見られたら困るから!
あぁ、なんでこんなことに…




