*幕を上げよう
この世界の神話の話をしよう。
エネミーと呼ばれる生き物も、今の人間も実は元々この世界で発生した種ではなかった。
原初まだ何もなかったこの世界に導かれるようにしてやってきた異世界の者たちが起源である。
異分子であるはずの彼らをこの世界の神は受け入れ、住む許可を出した。
互いに違う異世界からやってきたエネミーと人間は意外にも最初の頃は仲が良く、共存していた。
しかしエネミーには時折世界を崩しかねない強大な力を持った存在が現れるようになり、神は人間達に力を与えて強力な存在を倒させた。それからエネミーと人間は対立し、今でもそれは続いている。
「…久しぶりに来たと思えば、なんでそんな当たり前の話をしてくるんだ?」
昏々と眠る少女の前で、青年は訝しげな顔でその男に言った。
男はくすりと笑いながら、なんでもないと言って二人の傍に寄る。青年は何か言いたげな顔をするが、無駄だと思い諦め顔で口を噤んで頭を振る。この男はそういう男なのだから、とさりげなくジト目で見やりながら寝ている少女の髪を撫でる。寝ている少女は全く起きない。一見微笑ましい光景だが、少女がここ数日一回も起きていない植物人間状態と思えば切なくなる光景だ。
「…お前なら、サヨを起こすことできるだろ。」
ぽつりと青年は男に囁くような小声で言う。悔しそうな顔は、自分では到底少女を治せる見込みがないと気づいたからだ。残念としかいいようがない程、人を癒す、治すといった方面…さらに言ってしまえば魔法などに縁のない低知力なのである。筋力極振りと少女が思うに足るステータスは伊達じゃない。(悪い意味で)
「やれやれ、俺はどちらかというと殺す側であって治すなんて性に合わないんだが…。」
男は肩をすくめて少女の元に歩み寄る。半生半死の人間を全快させる力を持ちながら何を、と青年は思うが口には出さない。ジト目で見るのみである。そんな視線などものともせず男は少女の傍に立ち、その顔をしげしげと眺める。そして口を開く。
「彼女にとって、起きないでこのまま眠るように朽ちていく方がいいかもしれない。それでもお前は起こして欲しいのか?」
青年の方にはちらりとも視線を寄越さず、少女を眺めながら男は言った。その問いかけに青年は呆然とする。起きない方がいい、とはどういうことだろうか。それ程今の現状が酷いのか?それとも…起きない方が良かったと思うようなことが起こるのか?
「それでも、だ。」
しかし青年は迷いなく答える。それに男は瞠目して、穏やかに微笑む。成長した子供を見る親…というかおじいちゃんのような目をしているが、幸か不幸か青年は気付かなかった。気付いていたら馬鹿にされたような気持ちになってそっぽを向いていただろう。
「そうだな、俺如きが口を出すことでもなかったな。じゃ、さくっとやるか。」
「もうすぐ、あと少し。」
「私の願いが、やっと叶う…。」
「舞台は整いつつある。」
「誰にも邪魔はさせない。誰にも、決して」
微睡みの中
彼女はそんな誰かの悲痛な言葉を聞いた気がした。
「休憩は終わりだ。起きろ、入江紗世。
早くしないと幕はあっという間に引かれるぞ。」
そしてそんなどこかで聞いたことのある誰かの声に導かれて彼女はゆっくりと意識を浮上させていく。
ぜったい、せいこうさせるんだから…
そんな声を聞きながら。




