プロローグ2 『潜入のはじまり』
あれからボクはメディカルチームに回収されて緊急治療を受けた。麻薬のリーダーが敵対者を完璧に仕留めるために使った毒だ。いったい、どんな猛毒なのか、どれほど凶悪なものなのか、治療チームだけではなく組織全体が能力者のボクを助けるために勢力を上げた。
しかし、結果は命に特段関わることはないというのが結論だった。どれほどボクの体を解析しても体からは毒の検出すらされなかった。ボクの体質が毒に強かったのか、ただの興奮剤だったのか、いろいろな憶測を呼んだが痕跡すら出ないことは異常なことであり、引き続き厳重な監視の下で治療を受けた。
――そんな中、急変が起きる。突然の激痛と苦しみは今でも忘れられない。体が燃えるような熱さにつつみ込まれる感覚、全身が押しつぶされるような呼吸もできない圧迫感。結論から言えばボクは無事だった――……だけど……
「失礼します。透です、ただいま参りました」
とあるビル地下にある一般オフィス。そこにある所長室と書かれた立て札に向かって高く可憐な声を放つ。あれから三日……いまだに自分の声に慣れそうにもないし、これからも慣れそうにない。
「はいはーい、ドア今開けたから入ってきてねぇ~」
ドアの向こうから帰ってきたのは陽気なアルトの声、気だるげなように聞こえるが艶っぽさも感じられる。今のボクの声とは正反対だ。ガチャッと施錠が外される音を聞いてからドアノブを捻り中に入る。
「おはよう~、急に呼び出してごめんねぇ」
「いえ、全然です……」
中の広さは10畳ぐらい。モノクロの絨毯、白い壁紙、小奇麗な小さな個人オフィスに居たのは今のボクよりも背が低い女の人――クレアさんだ。寝ぐせの付いたボサボサの赤い髪をポニーテールにまとめ、ダランとしたジト目が特徴的だ。
ボクの直属の上司であり上からの任務の依頼や通信機器のサポートなどは彼女がやってくれている。三日前に救助を呼んでくれたのも彼女だ。ボクが中に入ってきたことを確認すると、パソコンから目を離すとジーっと顔を見つめてきた。
「じぃ~……」
「な、なんですか?」
「いやー。随分と可愛くなりましてぇ~」
「それ、気にしてる今のボクにいいます?」
ニタニタと嫌な表情でボクの体を舐めまわすようにして眺めてくる。その視線をたどるようにして視線を下に……うぐぅ、可愛らしい赤いリボンがとてつもなく痛ましい、本当に痛ましい……まさかこんな格好をすることになるなんて……
「ほーらそんな顔しないの、可愛い顔がもったいないよ?」
「あんまり可愛い可愛い言わないでくださいよ……それにこんな服、女装までさせてどういうつもりですか?」
「別に今は“女”だから女装じゃなくない?」
「心は男なんです! 日本男子なんです!」
「それにしては、用意したその服ちゃんと着てくれたんだ」
「着る服が他にないからですよ――って、これ、クレアさんが用意したんですか?」
「そうよ、どう? その服の着心地は?」
「とてつもなく違和感しかありません」
慣れない体に慣れない服、そう――なんの因果か気づいたらボクは女の子になってしまっていたのだ。元々から中性的な見た目だったけど、女性の方にパラメーターが振り切りこの有様。銀髪の髪を二つ縛りにしてどこかの学生服を身を纏う美少女――まさか、男のボクがブラジャー着けることになるなんて……
「それにしてもよく下着付けれたねー? もしかしてよく着てた?」
「付けるわけないじゃないですか! どうしてクレアさんはボクのことを女装好きさせようとするんですか?」
「だって今の透くんって結構大きい方でしょ? 前提知識なしで付けれるって知ってないと無理じゃない?」
「今の世の中、スマホに聞けばなんでも一発ですよ」
「にしては髪結ったりしてノリノリだね。やっぱ女の子の恰好するのに合うし可愛いよ~?」
「可愛くないです。それに女の体になったらそれに合う服装をするのは当然かと? もう、これ以上可愛いって言ったら死にます」
――うぅ、ニタっとわざとらしい笑みを浮かべでいる上司が憎い。こっは気にしてるのにぃ……!
「ムスッとしてて可愛い〜♪」
「はい。死にます。死んじゃいます。責任取ってくださいね!」
何を言おうが子供のような笑みを止める気のない彼女に本気で腹が立ってきた。こっちはこんな姿にされて能力だって満足いかない状態なのになんでこのバカ上司はこんなにお気楽なんだろうか。
「……ッー、分かってますか? 唯一の能力使いなのにあんなヘマをして……もう、これから自分の処遇がどうなるか考えただけでも生きた心地がしませんよ……」
「あーそうそれ、ついでに透君の処遇言い渡さないと」
「ついでにって、本件は女になったボクを見てからかうために呼んだんですか?」
「そうだけど?」
「…………」
「ごめんて」
さっきを剝き出しにして睨んだらさすがのクレアさんも謝って押し黙った。
「ごほん……っ! えっと、では透君に処遇と今後に関してお伝えします」
「クビですか? それとも実験動物として隔離ですか……?」
「ふふっ、もっとスリリングな任務だよ。――透君には明日から、由緒正しき『お嬢様学園』に生徒として通ってもらいます!」
「…………はい?」
「だからその制服を着てもらったの。似合ってるよ、透花ちゃん♪」
その瞬間、ボクの脳細胞は完全に思考を放棄した。
こうして、元・日本男子のボクによる、絶対にバレてはいけない『お嬢様学園』での危険な潜入生活が幕を開けることになったのだ。




