第1話 こうしてお嬢様と出会ったのだ
――重い、すっごく重い……! スーツケースを引きずる二の腕はパンパンに張り詰めている。男の頃は軽々持ち上げられていたけどまるで鉄の塊を引きずってるような感覚になる。
「はぁ、はぁ……また階段かよぉ……」
東京から離れたとはいえここもかなりの大ターミナルだ。これ……街ちゃんと歩けるかなぁ……
ここ、弥舞市はボクが住んでいた街から電車に乗ること6時間ほど掛かる場所にある。大都会を離れて西へと向かい、人口100万人を抱える地方都市へと線路を進むここに至る。
背が低くなったことと慣れない女体に重いスーツケースの組み合わせはただ移動するだけなのに困難を極めることとなった。
「あっ、ご、ごめんなさい……」
「おう、気をつけろよ嬢ちゃん!」
自分の口から出たとは思えない高くか弱い謝罪の声。歩くだけでも方向感覚とか体のバランスに違和感を抱いてしまう。
先が思いやられる一日の始まりだ――どうしてこんなことになってしまったのだろうか。ホームの吹き抜けから覗く空を見上げれば真っ青なキャンバスにいくつもの白い雲が浮かび上がっていた。澄んだ空とは真逆でボクの心は暗い曇り模様だ。
ホームから改札を抜けると、そこはまるで大きな商業施設が固まった巨大なアリーナだった。
有名店のコンビニや売店が並び立っている。改札からすぐに出て目の前にあるモダンな喫茶店に目を引かれる。
奥に進めばさらには有名な百貨店のロゴが歓迎するように迎え入れてくれた。思ったよりずっと都会だ……あ、スマホ震えた。
人込みを避けるために壁の方に移動するとスマホを取り出す。今までは片手で操作していたスマホを両手で触る。通知欄にはクレアさんから『げんきー?頑張ってね~』と、500ポイント分の電子マネーのプレゼントが添付されていた。
お礼を言いつつ返信するとスマホに7:17の文字を確認する。どうせならこのポイントを朝食にさっそく使わせて貰おうと思い、近くにあった空いていた喫茶店に入ろうとスーツケースを引きずり足を進めた。
コンビニのとなりに併設されたモダンで木目調の落ち着いた外観を持つ喫茶店。
入口の脇には看板とメニュー台が置かれていて、POPを一目見ただけで美味しそうだ。吸い寄せられるようにしてお店の前にふらりと立ち止まる。
電子決済が使えることを確認してからお店に入る。店内では優雅な音楽とお客さんたちの話し声、そしてエスプレッソマシンの蒸気音が出迎えてくれた。トーストに溶けるバターの香ばしい匂いが鼻をくすぐり、お腹が空いてくる……
窓際にはカウンター席が並んでいてテーブル席は丸テーブルにソファが取り囲むように設置されていた。席数も多くて思った以上に中は広かった。
いらっしゃいませーと女性店員たちが出迎えてくれる。スーツケースも預かってくれた。
「あ、ありがとうございます」
「いえいえ〜、ごゆっくりどうぞ〜」
お好きな席にと言われたのでカウンター席に陣取る。右隣にはサラリーマンのお兄さん、左隣には新聞紙を広げたおじさんがいた。
「っと……」
ぴょんと少しだけジャンプしたあとに片足を上げてそのままお尻をスライドさせるかのようにして座る。体が小さくなったからカウンター席に座るだけでも大変だ。ピカピカに磨かれたガラスと向き合うとメニュー表を眺める。
バタートースト、エッグトースト、ピザトースト――それ以外にはサンドウィッチや朝カレーなんかもあるけど予算を考えるとトースト系にしようかな。オーダーは流行りのスマホから注文する奴だ、QRコード読んで……
「あのぅ……? すいませ~ん」
「えっ?! は、はい……?」
突然後ろから声を掛けられて振り向く。そこには見覚えのある学校制服に身を包んだ同い年ぐらいの女の子が居た。綺麗な黒髪を腰まで下ろしてポニーテールにまとめ活発とした印象を与える女の子。
顔から少し視線を落とすと普通のリボンより少し大きい赤いボウタイが特徴的で、大きな胸がそれを押し上げている。濃紺色のセーラー服の上から純白のボレロを羽織り、同じく濃紺のインプリーツスカートが目に入る。
胸元には見覚えのあるエンブレム……って……ゆっくりと視線を落とすと全く同じ格好をしたボクの姿が目に入る。
「あ、え……?」
思わず固まってしまう。思いもよらぬところでこれから過ごす学生と接触してしまった。しかも女の子、男の方が……よく考えたら女子校だからいないか。
「え、えと、なんですか?」
「……えーと、その……」
彼女は琥珀色の目を伏せ、申し訳なさそうにゆっくりと言葉を紡ぎだした。
「ごめん、えっと、ちょっとお願いが……」
「な、なんですか?」
「……ちょっと来て」
肩を寄せて縮こまりながらボクをどこかに案内しようとする。親に叱られる前の小さな子供のようというか……なんだかほっとけなさそうだから彼女に案内されるまま別席へと連れられる。
お店の中央にあるテーブル席に移動する。二人用の大きなソファと一人用のソファが向き合った席だ。大きなソファにちょこんとお人形のように座る女の子が居た。
自分と同じ格好をしており、整った顔立ちはとても気品がある。髪は黒髪の子よりも短い腰より上のセミロング……長さはだいたい今のボクと同じだろうか?
「あ……」
「ど、どうも……」
目が合った。宝石のように青色の澄んだ眼、透き通った声。その上品な佇まいで少し緊張してしまう。何がどうしたのやらボクは小さい方に腰掛ける。
向かい側に黒と金の少女が並ぶ。神妙な顔つきで見られているとなんだか面接されてる気分になる……うまく話せるかな。
同年代の子とろくに喋ったことすらないけど……朝食を食べるはずなのにどうしてボクはJKと向き合っているのだろうか。
「あー、えと、どうされたんですか……?」
「ごめんなさい、ちょっと一緒に居てくれる?」
「ほら、美桜さんまたナンパに付き纏われてたみたいで」
またということは初めてではなさそうだ。
「なるべく固まったってた方がいいと思って」
「アタシもさっき美桜さんから連絡があってね。一応、こっちも友達呼んだからさ」
「それは災難でしたね。怖くなかったですか?」
「怖かったわ。でも、他の子と一緒にいれば大丈夫」
美桜と呼ばれる金髪の女の子は特に何事もなかったように真顔を浮かべていた。話すたびに綺麗な髪が波打つ。
「えっ、警察とかに相談したほうがいいんじゃ……?」
「いいのよ。いつものことだし――ほら」
「え……」
美桜と呼ばれる彼女はテーブルに置いておいたメニューを差し出してくる。
「ご馳走するわ。登校時間もまた90分ぐらい余裕あるから」
「悪いですよそんな」
「遠慮しないで、ほら、ルルも」
「ありがとー! じゃあここはカレー言っちゃおうかなぁ〜?」
黒髪――ルルさんと呼ばれる女の子はメニューがっついてスマホを取り出す。美桜さんはその様子を見てのんびりとした表情を浮かべていた。
本人は慣れきってるみたいだけどこういうものなのかなぁ……?
「ほーら、頼まないの?」
「わえっ? そ、その……」
「遠慮しないで」
「そうそう、美桜さんがこう言ってるんだから遠慮なく遠慮なく」
「ルルは少し遠慮してほしいかも」
「えぇ〜」
やりとりを見ているとかなり親しいのかと見える。やっぱり、自分で払いますからと断るがルルさんが、身を乗り出してスマホを押し付けてくるので受け取る。他人のスマホはなんか重く感じる……
「じ、じゃあトーストセットで……」
「それだけでいいの?」
「カレーいきなよ」
こいつ。どれだけ遠慮するんだよと言いたげな眼差しが……
「さ、サンドウィッチセットにします……」
「えー控えめ〜」
「ルルも控えて欲しいわ」
「別にいいじゃんかあー」
他人に奢ってもら経験なんかなくて申し訳なくなってしまう。シュンとソファの背もたれに背中を預けてなるべく前を見ないようにしよう。
――だって、ボク、高校どころか学校の経験がない……座学はクレアさんから教わってたし、コミュケーションは仕事関係の時だけ。初っ端から同年代、しかも異性の友達の輪にはいるのは……
「ねぇ……名前なんて言うの?」
「え、ええっ……!」
「そうそう。そう言えば見かけない顔だよね。何組? 少なくても2組じゃないよね」
よく考えたらそうだ。エンブレムをよく見ると同じ2年。彼女たちにとってボクは見知らぬ同級生と考えるが自然だ。先に考えるなら違う組の生徒を疑うだろうが、ボクは転校生だ。
「えーと、その、実は今日から転校する予定なんです」
「……ッ! ホント?」
「えぇーー! うそ! マジぃ!?」
思いもよらぬ出会いにひっくり返るルルさんと、口を半開きにして驚く美桜さん。こうしてボクたちの出会いは始まった。




