ひとつの恋の話。
「お姉様、第一王子様と第二王子様よ。お兄様を訪ねていらっしゃったの。」
私の言葉に、
「えっ、王子様?本当に?」
固まる姉。まだ彼女も10歳の子供なのだ。
「そ、そなた。女神のけ、化身とも言われているようだな?」
レオナルド様の声が上ずっている。
「はい?」
姉が眉を寄せる。彼女はその事を言われるのが1番嫌なのだ。
「ふっ、そ…その程度で?笑わせるわ。わ、わたしの方がもっとずっと美しいぞ!」
何故か手を腰に当てて胸を反らして威張っている、美貌の王子様。
「なんですって?」
姉の機嫌がみるみる悪くなり、焦るレオナルド様。
「あ、いや。」
ますます顔を赤くし、汗をかいている。
焦って言葉が空回りしていらっしゃるわ…。
私の中の、大人がそう言ってる。
「ナンダ、その。わたしはな?そなたは女神ではなくてただの小娘だと言いたいんだ!」
「……。」
「いや、美しくないとはいってはいない。充分美しくは、ある。」
ぐちゃぐちゃだ。先ほどの落ち着いた王子振りはどこに。
「…初対面で何ということをおっしゃるの。」
姉は毛を逆立てて怒っている。
「…怒るな。褒めているだろうが?」
「そんな風に聞こえません!」
口喧嘩が始まった。
「…ねえ、あの二人は良く似てるよね。白っぽい色の金髪で。澄んだ青色の瞳でね。」
ポツリとラディル様が言った。
「良い血統書付きの猫が二匹、喧嘩してるみたいだ。」
「確かに。」
「綺麗な人たちだ。きっと二人とも女神に愛されているんだよね。お城に飾ってる女神様の絵に似ているよ。」
はあっ。
ため息を吐く。
「ラディル様…」
ああ、綺麗な兄上がコンプレックスだったのか。
「ねえ、止めなくていいの。」
ラディル様が護衛に声をかける。
「そうですねえ。でもレオナルド様は楽しそうなんで。」
「あんな王子初めて見ました。いつも第一王子にふさわしい言動を心がけて…無理してらっしゃるから。」
肩をすくめる護衛達。
「姉は楽しくありませんわ。」
私はため息をついた。
彼女は本気で怒っている。
「そんなにご自分の美貌に自信をお持ちなの?気持ちわるいナルシストだわ!」
「何を言うか!美しい人間が美しくいることで、世界が良くなるのだ!そなたこそ、髪がボサボサに乱れているではないか!今度良いヘアクリームをだな…」
「今、お庭で風が吹いたからでしょ!」
「ああ、頭を振り回すな、細い髪がユキヤナギの枝に絡まったらどうする!」
「何の騒ぎですか、これは。」
そこに父が兄と現れた。
二人とも不機嫌そうな顔をしている。
「殿下…私に会いに来たのでは?」
「そ、そうなんだよ!ゴールディ!べ、別にシルヴァンに会いに来たわけでは!
いや、あの。ラディルをだな?アルヴァロッテ嬢に会わせたかったのも本当なんだ。
シルヴァンはその、たまたまついでに…」
「たまたま?ついでに?」
姉の口元が上がる。
「ではこれで失礼しますわ、ご機嫌よう。」
ぷりぷりと怒りながら去っていく。
その姿をじっと見つめるレオナルド様だった。
それから。
「殿下。何故ここに。」
「アルヴァロッテ嬢をお城に呼ぶと、危険だと言うのだろう?だからこちらに教師を呼んでだな、ラディルと一緒に学んで貰おうと。」
王宮から一流の家庭教師が派遣される様になった。
礼儀作法にダンス。歴史に語学。
「どうして私達まで一緒に学ぶのですか?」
姉が睨みつける。
「ゴールディは私の側近だ。教養をつけるのは当然だ。
そ、それにシルヴァンだってな?学んで損はないぞ?」
「…レオナルド様までご一緒なのは聞いてませんわよ。」
「一流の教師なんだ、私も一緒の方が彼等の手間も省けるし。私も復習になるし…」
ああ。レオナルド様はお姉様と一緒にいたいんだ。
「…ダンスのレッスンは良いですけど、何故私の相手がレオナルド様なのですか?」
「ひとりではダンスの練習にはならないだろ!」
「…お兄様がいますわ。」
「兄妹で踊るなんておかしいだろ!」
「そんな馬鹿な!」
兄は笑いを堪えている。
「ふん。良いですわ。足を踏んでも知りませんわよ!」
「なにい?…あっ、本当に踏んだ!」
「…もしかしてレオナルド様??私と踊りたいのですか?」
姉が薄く笑う。
「 ! そんな事は!だいたい私には生まれた時から婚約者が!」
「…そうでしたわね。」
「ああ!私はな、親戚だし、相手は居るしで、安全な人間なんだぞ!オマエなんかうっかり変な男と踊ったりしてみろ、付きまとわれてしまうぞ!」
それからも、姉とレオナルド様は喧嘩友達だった。
完璧な王太子と呼ばれているレオナルド様は姉相手だと勝手が違った。
好きな子に意地悪を言う小学生男子のようだと思った。
そんな年が何年か続いた。
――幸せな時代だった。
その後学園に兄や姉達も通うようになり、殿下の婚約者の東国の姫さまも留学されて、姉と殿下の接点は減った。
姉は大層モテた。
学園で知り合った北国の第二王子は姉を見た瞬間、膝をついて
「私の女神。結婚してください。」
と言ったそうだ。彼が姉に夢中だったのは間違いはない。
「私のことを本当に愛して大事にして下さる人に嫁ぎたい。」
姉がポツリと言ったのを聞いたことがある。
姉の結婚が決まった時、レオナルド様は。
「お、オマエなんか早く遠くに行ってしまえ!」
と半泣きになりながらおっしゃって、姉はそれを聞いて綺麗な礼をした。
実際、姉がレオナルド殿下をどう思っていたのかは知らない。
だけど二人で軽口を叩いている時はとても幸せそうだった。
「殿下はね、私を女神の化身扱いをしないの。ただの娘だと言ってくれたのよ…」
「シルヴァン、殿下には婚約者が。破棄はできないぞ、国と国との約束だ。」
「まあ、お兄様。わかってますわ。あの方は私に意地悪ばかり。
昔は大嫌いでしたわ。」
兄と姉が庭園で散歩していた時の話を聞いたことがある。
今は?嫌いではないの?とは誰も聞かなかった。
…北国に嫁いだ姉が変わり果てた姿になって戻ってきた時、
(遺体をあの土地に埋めることは父が許さなかった)
レオナルド様の慟哭が教会の中に響いた。
「北国は女神信仰が1番強いから…シルヴァンを大事にして幸せにすると誓ったくせに…!!許せない!」
姉は17で結婚したが19になっても女神の姿にはならなかった。
「女神の化身が国を豊かにしてくれると思ったのに。」
北国はここ何年か不作が続いていたのだ。
それで城の中の…王子に恋をしていた女性たちや失望した王妃達にいびり殺されたのだ。
ろくに食事を与えられず、弱っていったのだ。
その時、夫君の第二王子様は領地に出たケモノ倒す際に怪我をしていた。
病院にその後静養にと……さりげなく離されて、気がつくのが遅れた。
塔に閉じ込められた姉は逃げようとして、ふらついて階段から落ちたのだと。
身体は痩せ細り髪の色は白くなっていた。
「シルヴァン…!!」
姉の骸を抱きしめるレオナルド殿下の目は、赤く怒りに燃えていた。




